1章ー転校生ー

-1-

目が覚めると奥ゆかしい天井が見えた。

ヒノキのきれいな木目の天井は、いかにも本物だが、デザイナーの父がかなりこだわって描いたもの。つまり絵だ。「家の中にも和風らしさがあったほうがいいだろう。」とよく言っていた。この家は僕が5歳のときに引っ越してきた鉄筋コンクリート造の戸建て。2階建てだ。僕が今いる自室は2階にあり、下から母がバタバタ作業をしている音がする。父いわく、本当は2階建ての木製住宅が良かったらしいのだが、火災や耐震を考えて、しぶしぶ鉄筋コンクリート製にしたのだそうだ。彼の和へのこだわりは、芸術センスのない僕には全く理解できなかったが、この和風な感じが僕を落ち着かせてくれていたのは確かであろう。

「早くしないと学校遅れるよ」

一階から母親に急かされる。

ベッドから飛び起きた僕は、急いで着替える。4月らしい春の暖かい陽気が僕を包む。とはいえ、春の朝は寒い。早くシャツを着なければ。

「制服、奥のクローゼットにかけてるから」

母に言われる。

そっか。制服変わるのか…。

僕は3月まで地元の中学校に通っていたが、ちょっと上手くいかなくて、この度転校。中学2年生となる今年からは、私立桜紋学園に転入することとなった。

大急ぎで着替えて家を飛び出る。このままでは電車に乗り遅れる・・・。朝ごはんも抜きだ。

空は薄雲でおおわれていた。


-2-

「ええ、いまから20xx年度、桜紋学園、一学期始業式を行います…」

放送で始業式の音声が聞こえてくる。始業式は体育館で行っているのはずなのだが、僕は転入早々相談室に入れられてしまった。遅刻したから…ではない。

別に悪いことをしたわけではなく、単純に待機しておいてとのことだった。なんとも、入学式の流れで始業式をするため転入生がいるとややこしいらしい。う~ん…。理屈はわかんないけどまあ呑むしかないよね。

―ガチャリ

 ボーっと放送を聞いていると相談室のドアが開く音がする。

「どうも。担任の大矢です。宜しくね。深月さんは2年C組です。」

大矢先生と名乗った彼女はとても親切そうな先生だった。僕がこれまで見てきた教師とはまた違う、優しい雰囲気をしていた。

「深月さん、単刀直入に聞くわね。言いにくかったら言える範囲でいい。ちょっとずつでも構わない。前の中学校であった話を聞いてもいい?」

ふむ。彼女なら話してもいいだろうか。彼女はそう思わせる雰囲気をしていた。

彼女がさす”前の中学校であった話”とはほかでもない。僕が受けていたいじめの話だ。正確には僕が小学校の時からだが。

「念のため伝えておきますが、話すと長くなりますよ?」彼女が軽くうなずくのを見て僕は話し始めた。


 僕は人と話すのが苦手だった。僕が小学校四年生の時。父親の仕事の都合で転校した僕は、転校先の学校で目の敵にされた。僕の家が比較的裕福であったこと、そのくせ僕はコミュ障で、おどおどしていて、弱々しく見えたのではないだろうか。途中から来た転校生がそんな様子では、目の敵になるのもわからなくはないが・・・。そして僕は仲間はずれにされたり、悪口を言われたり、妙な噂を流されたりした。まあいじめと言ったら殴られたりするものなのかもしれないが、幸い僕は殴られたり、物を隠されたり壊されたりすることはなかった。今から思うと、そんなことをしては確実に先生に怒られることが彼らもわかっていたからではないだろうか。でも、登校そうそうランドセルをはぎとられて教室に投げ入れられては、教室に内側から鍵をかけられ入れず廊下に立たされ、教室からは「ウイルスー!」と罵る声がする。まあ先生が来たら何事もなかったかのように教室に入れられたのだけど。とはいえそんな状態、とても耐えられるものではなかった。つらい日々だった。教室に入れてもらえないようなことは転校したばかりの週で終わったものの、その一件後、余計にコミュ障をこじらせてしまった。その結果、仲間外れにされたり、近所の友達と一緒に帰っていたらいつの間にか逃げられてたなんてことはずっと続いた。そして中学校1年生。勉強が得意だった僕は余計に嫌がらせが悪化した。勉強は好きだし、ちゃんと勉強したかった僕は、この学校では耐えられないと思い、両親にも相談して転校した・・・


「って感じです。まあいじめっていうと大層なのかもしれませんが。」僕は最後に小さくため息をついて話し終えた。思わずため息をついてしまったが失礼だったかもしれない。聞こえてないことを祈るばかりだ。

「いやいや、それはつらかったよね。」大矢先生は優しくそう言った。

「うちの学校の子らはたぶんそんなことしないと信じてるけど、何かあったら必ず私に伝えてね。あとは学級委員の三波さん。彼女はとてもやさしい子だからきっと力になってくれるはずよ」

 そう語りかける大矢先生の顔は、これまで見た教師の顔でも最も優しかったかもしれない。この人はなんだか安心できる気がした。


-3-

転校してから一か月。僕は放課後、毎日この図書室で勉強するのが日課になっていた。陽光が温かく僕らを包み、本のいいにおいがするこの図書室は、勉強するにはうってつけの場所だった。今日は特に人が少なく勉強しやすい。

 そう思いながら春の陽気を感じていていると、

「深月君、ちょっといいかな?」

遠慮がちに声をかけられた。振り返ってみてみると、きれいな顔立ちに華奢な体をした見たことのある少女―うちのクラスの学級委員こと三波蒼衣だった。先生に紹介されて以降、彼女とは話したことがなかったものの、毎週月曜日に彼女がいるのは知っていた。この学校はおそらく特殊で、中学部、高等部の間はそれぞれクラス替えがない。中学部から高等部にあがる時はクラス替えがあるみたいだけどね。それゆえに、去年から学級委員を務める彼女はクラスでも一目置かれていて、僕みたいなやつが話しかけれるわけもなく・・・。まあ彼女に限らず、クラスの子とはほとんど話してないんだけど。授業とかでは何とか話しているけど休み時間とかにはせいぜい隣の席の子とかしか話さない。まだ席替えしてないから、僕が話せるのは両脇の男子と女子だけだ。そんな僕に彼女はいったい何の用だろうか。

「学校どう?楽しい…?ちょっと心配になっちゃって。おせっかいかもなんだけど…。」心配そうに彼女は僕に尋ねる。

長年(13年)の経験上、話し方や雰囲気でその人が自分にとって危険な人かどうかの判断はおおよそできるようになった。なんとなく雰囲気でこの人危険だなって思った時には後々裏切られたりとかしたし。彼女もまた悪い雰囲気はしなかった。しかし、僕はそっけなく答えることにした。

「別に。普通だけど。」

「そう?ならいいんだけど…。」

しばらくの沈黙ののち、彼女は優しく僕に語りかける。

「いつもここで勉強してるよね?すごいと思うよ!」

正直僕は女子は得意じゃない。男子に比べて考えが読みにくいからだ。

「まあ勉強するためにここに来たから」僕は正直に答える。角が立つ言い方だったかもしれないなと思いつつ、ここはかなりの名門校だし、許されることを祈る。幸いもう遅くなってて図書室に残っているのは僕ら二人だけのようだった。

 そうして僕の返事を聞くと彼女は感心したように、

「やっぱりえらいね!でも、どうしてこんな途中で転校してきたの?前の学校じゃ勉強できなかったの?」と尋ねる。彼女の顔はとても不安そうだった。何か引っかかることでもあったのだろうか。

しかし、

「君に話してもわかりやしないさ」と思わずかなり冷たく返してしまった。別に冷たくする気はなかったのに…。

そうすると彼女は軽く怒ったように

「そんな言い方しなくてもいいでしょ!」といってから悲しそうに口をつぐむ。「・・・。深月君を見てるとね、幼馴染のことを思い出すんだ。彼は教室の隅でずっと絵をかいてるような子で、私以外とはほんとにしゃべらない子だった。そして小学校6年生のころかな。気が強い転校生の子に目を付けられて、いじめられて、そしてついに自殺してしまった。止められなかった。私はクラスも違うかったし、彼の心に寄り添ってあげれなかった。だから、もし君もつらい思いをしているなら、私でよければ話してほしいなぁって。」

 なるほど。彼女から感じた優しい雰囲気はこういうことだったのか。

「なるほど…。それは君もつらかった、よね…。なんか強く言ってごめん…。」


静かになった図書室には夕日が鋭く差し込んでいた。

正直、彼女にすべてを託せる自信はなかったけれど、僕は彼女を信じてみたかった。そうして僕のすべてを話した。この時、彼女は僕の秘密を知る唯一の友人となったのだった。


-4-

キーンコーンカーンコーン・・・

テスト終了のチャイムが鳴り響く。

今日は1学期中間テストの最終日。さすが名門校、前の学校とは比べ物にならない難易度だった。

「どうだった?テストは?」

なんだか楽しそうに蒼衣が尋ねてくる。正直はじめはここまで腹を割って話せる友人になるとは思っていなかったが、この一か月でかなり仲良くなった。これまで胸を張って友達といえるほどの人はいなかったので、僕にとっては彼女が初めての友達であり、親友ということになろう。そう考えるとなんだか恥ずかしく、感慨深いものだ。

「まあたのしかったよ。テストの点は保証できないけど。絶対どこか間違えてる気がする。」

平然とそう答えると、蒼衣は驚いたように

「いやいや、もしかして満点狙ってる?すごいね。さすがあれだけ勉強してたのはある…。」というが、定期テストって満点とるものじゃないのか?もしかすると僕の感覚がずれているのかもしれない…。ただ、彼女も僕と同じくらい勉強できたはずだ。あの日の後、毎週月曜日はずっと図書室の隣の机で勉強していた。彼女の勉強する様子を間近で見ていた感じ、彼女も満点取れそうだったけどなぁ。とりあえずテスト返しが楽しみだ。


そして一週間後…。職員室前の廊下にテストのランキングが貼られていた。僕は5科目合計491点・・・。学年一位であった。


まずいな。これは…。


そう思って僕は教室まで歩いていく。これは僕の一番苦手な注目を集めてしまうパターンだ。正直3位くらいがよかった…。蒼衣は488点で二位だった。転校生が学年一位を取るとか、絶対に噂になる。めんどくさいことになったなぁ…。


嫌な予感がしつつ教室に戻ったとき、案の定クラスメイトからの視線を感じた。最近は少しずつクラスにも打ち解けてきて、10人くらいとは話せるようになったのだけど、僕が話したことのない男子たちもたくさん僕のほうに詰め寄ってくる。

「深月!お前学年一位だったろ!すげーな」

「深月君すごいね!」

「勉強教えてくれぇー!」


こんなに人から優しく話しかけてもらえたのは初めてかもしれない。コミュ障と照れ臭いのとであんまりうまく返事できなかったけれど。こういうのを青春というのだと僕は初めて実感した。


まだまだ僕の青春は始まったばかりだ。








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空は青を求めて 小林ナイン @kobayashi_9

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