呪われた橋

十余一

呪い

 辻、峠、坂に橋。そういったところは異界との境目なのです。

 特に橋は、わかりやすくあちら側とこちら側を結ぶもの。古くは今昔物語こんじゃくものがたりに、橋で刀のような爪を持つ鬼に襲われたとか、橋を渡っている最中に不気味な声がしたなんて話がございます。それから災いの手紙を手渡される旅人、化ける川獺かわうそ。枚挙に暇がありません。


 本日の主人公である彼も例に漏れず、不可思議な存在と出逢ってしまうのでございます。



 月のない真っ暗な夜、七つにもならないわらべ欄干らんかんに背を預け泣いておりました。些細なことで父親と喧嘩し、長屋を飛び出し当てもなく走って来たのでしょう。気付けば帰り道もわからなくなり、橋のたもとにある常夜燈じょうやとうに縋る他ないのです。


 川のせせらぎに幼子のすすり泣く声。そこに、どこからともなく、か細い女の声が聞こえてきました。


「坊や、そちらは寂しいでしょう。こちらへおいでなさい」


 すぅっと暗がりから現れた青白い顔の女はおいでおいでと手招きします。そのギラギラとした蛇のような目と尋常ではない雰囲気に、童は震えあがり逃げることができません。


 そこに颯爽と現れたもう一人の女性。真っ白な留袖とめそでを靡かせて、決める華麗な平手打ち! よろけたところに、すかさず蒙古手刀打ちモンゴリアン・チョップが炸裂ゥー! 一、二ィ、……三ッ! 蛇目の女、立ち上がれないーッ!


 窮地を救った白い留袖の女性は膝をついて童に目線を合わせると、涙を優しく拭い、慈しむように両手で頬を包み込むのです。


「夜に出歩いちゃあ、いけないよ」


 その手はひんやりと冷たいというのに、童の心はふわりと温かくなりました。初めて会ったはずなのに、どこか懐かしいような気さえするのです。「元気が出るおまじない」と言って頭を撫でられると、本当に元気が出てくるのです。

 そうしているうちに、童の名前を呼ぶ声と足音が聞こえてきました。


「文蔵! 無事でよかった……!」

「おっとう……!」


 無事の再会に、父子は抱き合って喜びます。そして橋を振り返ると、女性は闇に溶けたかのように姿を消していたのです。束の間の、不思議な出会いでございました。


 帰り道、文蔵は父の腕の中で「おっかぁのはなし、ききたい」とせがみます。父親は、若くして亡くなった母親の話を愛おしく語り始めました。


「お前のおっかぁはな、美人で気立てが良くて、腕っぷしも強かったんだ」



 のろいはまじないとも読みまして、つまりは祈りなのでございます。我が子の幸せを願うまじないは、きっと何よりも強いことでしょう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

呪われた橋 十余一 @0hm1t0y01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ