セツナノート~俺は”セツナ”を記録する~

司原れもね

第1話 セツナ的恋愛

 ずっと”セツナ”を記録していた。あの日からずっと。記録できない彼女の代わりに。


「また書いてたの……? 熱心だね。ゆきくんは」


 彼女。宮代節那は記録することができない。六年前、彼女は事故に遭った。そしてそれ以来、思い出も、学びも、何もかも、わずかな時間しか記録することができなくなった。


「おまえがすぐ忘れるから、俺が記録しているんだろ……」

「あはは。ごめんね。いつもありがとう」


 そう言って微笑む彼女は、昔と変わらない。いや、見た目は少しだけ大人っぽくなっただろうか。だが、その中身は何も変わっていない。彼女は記録することができないから。


「ゆきくんは優しいね……。こんな私なんかと一緒にいてくれて……」


 彼女はいつも自嘲的に笑う。そんな風に自分を卑下するなと言っても、決して治らない。どれだけ言葉を重ねても、明日にはきっと忘れてしまうだろう。


「ねぇ……、ゆきくん。今日は何月何日?」

「カレンダーは見ただろ。二〇一七年四月一日だよ」

「そっかぁ……。じゃあもう、三年生なんだね」


 彼女はゆっくりと窓の外を見つめた。そこには桜の花びらが舞っている。風に乗ってひらりひらりと舞う花びらはまるで雪のよう。


「きっと、大学には行けないだろうなぁ。高校に行けたのだって奇跡みたいなモノだし」


 節那の記録できる時間は日に日に短くなっている。高校に入った頃はまだ五日ほど記録できていたが、今はもう一日分すらも怪しい。おそらくあと一、二年もすれば、彼女の記憶は完全に消え去るだろう。一体、記録できなくなった彼女はどうなるのか。想像したくもない。


「大丈夫だ。高校に入った時みたいに、俺が勉強を教えてやる」

「あはは……うれしいな。でも、無理だよ。私のガラクタみたいな頭じゃ、大学にいけるだけの勉強を覚えられないよ……。だから、ゆきくんは自分のために勉強をしてほしいな。ダメダメな私なんか放っておいてさ」

「……」


 彼女は、昔から自分のことを『ダメ』だとよく言う。それが、俺は嫌いだった。彼女のどこがダメなのか、俺にはわからない。

 確かに、彼女はあまり賢い方ではないかもしれない。けれどそれは、彼女が覚えることができないだけで、彼女自身が悪いわけではないはずだ。それに、彼女はいつも一生懸命で努力家だ。小学校までの知識とたった五日分の記憶で高校に入学した時は本当に驚いたし、誇らしかった。


「ゆきくんは何になりたいの? やっぱりお医者さん? ゆきくんならなれそうだよね!」

「ああ……」


 たとえ節那に残された時間がわずかだったとしても、諦めることはできない。彼女の症状が治る可能性がある限り、最後まで足掻いてみせる。例えそれが無謀な挑戦であったとしても。


「……私はね、ゆきくんの夢を応援することくらいしかできないけど、応援してるよ! がんばってね!」


 彼女はそう言って、にこっと笑った。夕焼け空に輝くその笑顔は、とても美しくて、同時に切なかった。


「そろそろ帰ろっか」


 彼女はそう言って立ち上がった。そして、こちらに手を差し伸べる。

 これも、いつもと同じ光景。帰り道では、必ずこうやって手を繋ぐのだ。


「ねぇ、ゆきくん。一つ聞いていいかな?」

「ん……?」

「もしも私がゆきくんのことを好きって言ったらどうする?」

「…………」

「冗談だよっ! 本気にしないでね」


 彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。だが、その顔はどこか寂しげに見える。


「……どうすることもできないさ。おまえとの恋愛は刹那的すぎるから」

「そう……だよね」

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セツナノート~俺は”セツナ”を記録する~ 司原れもね @lemo_tsuka

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