エピローグ
最終話
ユーマが目を覚ますと、ユイの顔が目の前にあった。後頭部に太ももの感触。
「おはよう、ユーマ」
ユイは満面の笑みを浮かべる。
「おはよう……ユイ。身体は平気か?」
「うん、まだ頭が痛むけど……大丈夫」
ユーマはゆっくりと起き上がる。すると、脇腹に痛みが走り、思わずうずくまる。
「応急処置をしただけだから、ユーマはまだ動かない方が良いよ」
「……おとなしく、そうしとくよ」
「ユーマ! 目を覚ましたのね」
その声に、ユーマは首を向ける。エリがユーマの胸めがけて飛び込んできた。
「――! イタタタ!」
「あ、ごめんねユーマ。つい嬉しくって……」
エリはユーマから慌てて離れる。後ろでシュンがため息をついている。ミオとソーマがその様子を見て微笑みながら、ユーマの元へ来た。
「お疲れ様です、ユーマさん。まさかこんなことになるとは思いませんでしたけど……あなたのおかげで、最善の結果になりました」
ソーマがミオの横で頭を下げる。
「俺のおかげじゃないです。これはみんながいたから、できた」
ユーマはユイとエリと目を合わせて、笑った。
「――そういえば、幽鬼がいなくなってるね」
先ほどまでいた無数の幽鬼が、跡形もなく一人残らず消えている。あたりを見回しても、ただ戦場の跡のような荒地が広がっているだけだった。
「――イザナミが消去されたからだろうな」
後ろからの声。振り返ると、先祖たちが全員起き上がっていた。
「良かった……無事だったんですね」
「途中で気絶してしまうとは…………役に立てず、不徳の致すところだ、深く詫びたい」
先祖は頭を下げた。
「何を言っているんですか。ご先祖さまがいなければ、どうにもなりませんでした。感謝しかありません」
座り込んだまま、ユーマは深く頭を下げる。先祖はユーマを見て穏やかに微笑んだ。
「さて」
先祖が言う。
「君たちは早く治療した方が良いだろう。ここで、お別れだな」
先祖が指を横に線を引くように動かすと、地面に白い光の線が、ユーマたちと先祖たちを分けるように伸びた。
「そうか、イザナミが消えたから『幻影の扉』は閉じる必要がなくなったんですね」
「いや、現世と幽世がつながっていると、現世の人間を悪い霊が幽世に引きずりこんでしまうとか、色々と弊害が出てしまうだろう。扉は閉じておいた方が良い」
ユーマは息をのむ。しかし、先祖は笑っていた。
「安心しろ。『幻影の扉』は私たちが閉じておく。君たちは生きていて、私たちは死んでいるんだぞ、これは当然のことだ」
「…………」
ユーマは唇を噛む。そして、頭を下げた。
「ご先祖さま……ありがとうございます」
ユイも一緒に頭を下げる。
「――気にするな。ただ……一つ頼みがある」
先祖はまっすぐ指さす。現世へつながる小さな道の方だ。
「現世へ戻るとき、洞窟を抜けるまで絶対に振り返るな。二つの世界に境界線を引く意味で、大切なことだ」
「……わかりました」
ユーマはうなずいた。痛みをこらえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「肩貸すよ」
ユイがユーマを支える。ユーマは少し顔を赤らめながら、ユイに寄りかかった。そしてもう一度、先祖に頭を下げた。
ユイとユーマは後ろを向き、現世に続く道へと歩いていく。エリ、ミオ、シュン、ソーマも先祖たちに会釈をすると、ユーマとユイを先導するように前を歩く。ユーマに歩調を合わせるから、とても遅かった。
「生きろよ」
先祖は、最期にそう言った。
ユーマたちは振り返ることなく、ゆっくり前に進む。小さな洞窟の道に入り、明かりが消えて一気に暗くなる。
続く、暗闇の道。照らす懐中電灯の明かりが、ユーマたちの未来を示す。
背後で何やら音がして、ユーマのところまで反響した。
「ユーマ、身体はどう?」
エリが、音を遮るように言った。
「……頭がくらくらするし、身体中痛いし、正直すぐに横になりたい気分……」
エリはくすくすと笑った。
「それくらいしゃべれていれば、ひとまずは大丈夫そうね」
「どうかな……」
ミオが前を向きながら、言う。
「今は外の一族の方たちに連絡が取れないので、洞窟を抜けたらすぐに病院に行きましょう」
「うん、そうして欲しい、かな」
やがて、洞窟の道のりも終わり、ソーマが入口を塞ぐために作ったワープがあるところまで行きついた。ソーマがワープホールに触れると、徐々に外側から円を描いて消えていく。
「――眩しっ」
夜は明け、外はもう朝日が世界を照らしていた。ユーマは思わず目を瞑った。
ワープホールを消し、ユーマたちはついに洞窟の外に出た。ユーマはゆっくり目を開けると、鬱屈としていた森に光が差しこみ、綺麗な緑色が輝いているのがユーマの瞳に映った。
「もう、朝か」
「ねえ、ユーマ」
そう言ったユイを見ると、ユイは後ろを振り返っていた。ユーマもユイに倣って後ろ見る。
音など一つもなかった。ユーマたちが外に出てから少しの時間しか経っていなかった。それなのに、いつの間にか洞窟の穴はなく、完全に塞がれ、ただの巨大な岩があるようにしか見えなかった。初めから、そこに洞窟はなかったとでも言うように。
「――今まで、長い夢を見ていたみたいだ」
存在してはいけないところに、行ってしまったかのような気分だった。
「本当に、夢だったりしてね」
「こんなに、怪我しているのにか?」ユーマは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「冗談だよ。私たちは、生きて帰ってこれた」
そのとき、ユーマを呼ぶ声がした。
「――――――兄さん!」
ユーマは再び前を向く。涙で視界がにじんだ。けれど、たしかにケンタの姿があった。ケンタも、一族の人に支えてもらいながら立っている。必死にユーマとユイに向かって手を大きく振っている。
「走れないのがもどかしいや……」
ユーマは涙をこぼした。
「そんな急がなくても、大丈夫だよ。私たちには時間があるんだからさ」
ユイは無邪気に笑った。ユーマもつられて笑う。
これから先には、果てしない未来があって。
その未来をどうにでもできるんだ。どうにでもできる未来があると、信じられるんだ。
それだけで、生きて行ける。
温かい風が、頬を撫でるように吹き抜ける。ユーマは大きく手を振った。
幻影の扉 柊木舜 @hiirgi_sh999
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