呪われた橋

外清内ダク

呪われた橋

 渡るなよ。絶対渡るな! この橋は呪われてる。幾多の若者がこのたもとから旅立ったが、誰一人戻ってはこなかった。命が惜しけりゃ渡るべきじゃない。まともな神経だったら渡らんね。

 こんな急流に誰がどうやって橋をかけたか誰も知らない。少なくともひい爺様の代にはすでにあったらしい。おかしいだろ? いくら石橋でも手入れもなしに百年ももつわけがない。人間の仕事とは思えん。私の考えじゃあ、悪魔が作ったんじゃないかな……

 ああ? ないよ。この橋以外に川を越える手段はない。私は川べりに40年住んでるが、流れが緩んだところは見たことがない。年がら年中どうどうとうるさいくらいの水量で、舟もイカダもたちまち流し去ってしまう。泳ごうなんざ自殺行為だ。他所よそを渡るのも無理だな。上流は天険アラカル山脈の断崖絶壁に阻まれ、翼でもなきゃ越えられるもんじゃない。下流は下流で国境くにざかいの暗黒湿地を貫いてる。あんたが湿地の怪物どもを退治できるほどの英雄様だっていうなら話は別だが。

 分かったろう。引き返すがいい。そうした方が身のためだ。

 向こう岸の話か。まあ、少しは知っている。まず渡った先には見ての通り鬱蒼うっそうたる森があるが、あれは《夜の獣》の縄張りだ。奴は夜を呼ぶ。真っ昼間なのに突然目の前が真っ暗になったらもう奴の術中だ。闇に紛れて獲物に忍び寄り一撃で首を噛み切ってしまう。だから昼間でも松明の火を絶やしちゃいかん。

 森を越えれば次は熱砂の荒野。ここの砂は一粒一粒が明確な殺意を持って肺に吹き込んでくる。普通の布では防げない。鉄面皮スイギュウの革で作ったマスクが必要だ。

 やっとの思いで荒野を抜けても、悪魔どもの都が待ち構えている。そこには燃えるように熱い肌の美姫と、こごえるほどに蠱惑的な美男が山ほどいて、手練手管しゅれんてくだの粋を凝らして人を骨抜きにしてしまう。奴らに捕まったが最後、冒険心と情熱の全てをしぼり取られ、ただ後進の足を引っ張ることだけに血道をあげる人間のカスにされてしまう……

 ……ふん。だと思ったよ。それでも渡るんだろ。やかましい。この首の傷は転んで木の根が刺さったんだ。この咳は単なる風邪の症状だ。この性格は生まれつきだ! 礼など言われる筋合いはない。ほんとに呪われてるのは橋ではない。好奇心という救い難い悪癖。呪われてるんだ、お前も私も!

 さあ行け! そして願わくば、あのくそったれな悪魔どもに、私の分まで拳骨ゲンコツを食らわしてくれ!


THE END.

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