思い出
月日が過ぎるのは早い。特に受験生だったからか、考えなきゃいけないことが一気に押し寄せてきて、あれよあれよという間に一年が経った気がする。
三年生に進級したのが、ついこの間のような気がするのに。
この制服を着て学校に通うことがもうないなんて、信じられない気持ちだ。
また悠太と同じクラスになれたって大喜びしたり、毎週あの手この手で告白したり、学園祭や修学旅行でもたくさん思い出を作ったり、バレンタインやクリスマスなんかのイベントも堪能したり。それらがついこの間のことのよう。
この一年は、ずっと悠太との楽しい思い出ばかりを作ったな。
結局あれ以来、事故のことを無理に思い出させようとしたり、精神科に通うこともなかった。
でも伊崎先生は時々、悠太のお父さんの知り合いと言ってお家に訪問していたみたい。悠太の様子に異変はないか、ご両親の精神状態は問題ないかを診てくれていたと聞いた。
悠太の方はもちろん問題はなかったけれど、悠太のお母さんが少し心が疲弊気味な時があったっけ。
それを聞いた私はすぐにお母さんに相談した。そうしたら、知らない間にお母さんが悠太のお母さんを誘って遊びに行ったり、お茶しに行ったりしていてすごく驚いた。行動力の塊だよ、お母さん。我が母ながら、すごいと思う。
そのおかげもあってか、悠太のお母さんもそんなに酷い状態にならずに済んだと、後ですごく感謝されちゃった。今では家族ぐるみで仲良しになりつつある。
これで、悠太の記憶さえリセットされなければなぁ、なんてつい思ってしまうけど……贅沢を言ってはいけない。
今後、会う機会が少なくなっても縁が続くことのありがたさを噛みしめないと。
ハンガーラックにかけられている、この前のクリスマスに悠太にもらったマフラーを撫でる。
三月とはいえまだ寒いから、今も時々使わせてもらっているけど……これからどんどん使わなくなっていくのが、まるで今後の悠太と私を表しているみたいで切なくなる。
ダメダメ、弱気になったら。
今度はその前の年にもらったウサギのぬいぐるみ、ゆーちゃんの頭を撫でた。一年以上経っているから、少しだけくったりしているけど、相変わらずかわいい。
「センチメンタルな気分に浸ってしまうのも、卒業式を終えてしまったからかもね」
楽しかったことを思い出して、幸せに浸った方が健康な心を保てるし!
っていうか、意外とリア充だったよね? 私の高校生活って。
悠太と付き合えなかったのは、長期休みを除けばほんの数えるほどだったもん。実質、二年ほど付き合い続けてる恋人同士なのでは?
なーんて、言ってないとすぐに落ち込んじゃう。
だって、卒業してしまったんだもん。卒業証書をもらっちゃったんだもん。
もう、学校の最寄り駅で悠太を待つことも出来ないし、毎週告白することも出来ない。
進路はもちろん別々で、これからはそう簡単に会うことすら叶わない。
だけど私は諦めない。高校を卒業したからって、悠太を諦める理由にはならないもん。
じゃあどうするかって? そんなもの決まってる。直接家に乗り込むのですっ!
ほら、お母さんのおかげでお家同士の縁は続いているからね。それを利用させてもらうのだ。なんだか言い方が悪く聞こえるけど、手段を選んでなんかいられないもん。
それでも、これまでよりもその機会はグッと減っちゃうけど。
お母さんとの約束通り、私はちゃんと将来のことも考えた。そして、自宅から一時間ほどの距離にある大学の教育学部に進むことに決まっている。
悠太は、通っていた高校からもそれなりに近い場所にある大学の文学部へ進む。す、すごく頭のいい学校だから、私には無理だったんだよね……。
ただ、悠太は記憶の問題があるから就職をする時期になったらさすがに記憶の問題から目を逸らせなくなる。
それが心配ではあるけど……新しい環境で刺激を受けて、少しずつでも症状が緩和されることを願うばかりだ。
希望がまったくないわけじゃないしね! 前にもこういうことがあった気がする、と言う頻度が増えているし、行ったことがない場所のはずなのに知ってるかも、と言ってくれたりもするのだ。
それに、私のことも。ずっと前からの付き合いな気がするって言われた時は、うっかり泣きそうになったっけ。
「陽菜ーっ! 時間は大丈夫なのー?」
「はっ、まずいっ!」
浸ってる場合じゃなかった! 今日は悠太と約束をしているんだから。
卒業しちゃったけど、二人で学校の近くまで歩かない? って。昨日の、日曜日に。
そう、つまり今日は月曜日。悠太の記憶がリセットされる日だ。
だから、行ったってきっと誰もいない。そんなことはわかってるんだけど……毎週、毎週、もしかしたらって思いながら駅で待っていたんだから、今回だってもしかしたらって思いながら行ってみたいなって。
だというのにっ! 私ってヤツはーっ!! すっかり時間を忘れて思い出に浸っちゃったよーっ!
おかげで、乗る予定だった電車より一本遅い電車に乗る羽目になってしまった。
「うぅ、早く着けーっ」
電車の中で、小声で呟く。気が急いてしまう。どうせ、悠太は来ていないだろうに。
それでも、好きな人に会いに行くのだという時はソワソワしてしまうものなのだ。好きな人が来るのを待っていたいのだ。乙女心だ。
電車がホームに着き、ドアが開くとともに急いで外へ飛び出す。制服じゃなく、私服でこの駅に来るというのがなんだか変な感じだ。
階段を駆け下り、改札を出る。そのまま、いつもいつも待っていた柱の前まで走った。
「……いるわけ、ないか」
ハァハァと息を整えながら、思わず溢す。わかっていたけど。それでも、この瞬間はいつだって辛い。悲しい。
柱に寄りかかり、大きく息を吐く。もしかしたら、何かがあって遅れている可能性があるよね。私だって、うっかりで遅れたわけだし。
そう言い聞かせながら、もうしばらくこの場所で待つことにした。どうしても動く気になれない、その言い訳として。
それから三十分ほどぼんやりとした頃だっただろうか、急に着信音がなってビクッと肩を揺らす。
ここは高校が休みの時はあまり人も来ない駅で、電車の音や車の音くらいしか聞こえなかったからすごくビックリした。
急いでスマホを確認すると、悠太のお母さんからの着信だった。何かあったのかと思い、焦って通話ボタンを押す。
「はい、陽菜です。な、何かありましたか?」
『それがね、陽菜ちゃん。悠太ったら今朝起きてすぐ、朝食も食べずに慌ててどこかに出かけてしまったの。私も一度後を追いかけて外に出たんだけど、すぐに見失っちゃって……スマホも部屋に置きっ放しで、こんなこと初めてだから驚いて……陽菜ちゃんなら何か知ってるんじゃないかと思ったんだけど』
「慌ててどこかに……?」
もしかしたら私との約束を思い出したのかも、という考えが過った。けど、すぐにその可能性を消す。
淡い希望を抱いている場合じゃない。
悠太は高校生男子で、もうすぐ大学生になるのだから一人で出歩いたって別に危険ではない。人との記憶が消えるだけで基本的な生活は普通に出来るしね。むしろ優秀なくらいだ。
とはいえ記憶障害という症状がある以上、普段とは違う行動をされると不安にはなる。だからこそ、悠太のお母さんも私に連絡をくれたのだろう。
「とりあえず心配ですし、私、心当たりのある場所を探してみます! 今、ちょうど学校の最寄り駅に来てるので……もしかしたら、忘れ物とかがあったのかもしれないですし。ミネリョーくんにも連絡してみますね! 悠太のお母さんは、悠太が家に帰って来た時のために待機していてください。その時は、連絡してもらえますか?」
『わかったわ。まぁもうすぐ大学生だし、問題ないとは思うのだけど……陽菜ちゃんも、何かわかったら連絡してね?』
もちろんです、と答えて通話を切る。ふぅ、と小さく息を吐いて考えを巡らせた。
そうは言っても、どこへ? というのが正直な感想だ。ただ出かけただけなら、買い物とか図書館に行ったのかな、と思うところだけど。慌てていたとなるとやっぱり忘れ物かな? と考えちゃう。
安直だし、悠太に限って忘れ物なんてするかな? という思いもある。
「まずは学校の方に行こうかな。先生がいたら、悠太のことを聞いてみよう」
学校の先生は悠太の事情を知っているし、話は通じるだろう。そこで見つからないようだったら、ミネリョーくんに連絡だ。いよいよ心当たりがなくなるからね。それまでは、心配させるのも悪いし。
そう思いながら走って学校に向かっている間にふと気付く。
……もし悠太が学校に向かったのなら、すでにすれ違ってるはずじゃない? 私はずっと駅にいたんだから。
「何やってんだろ、私……」
どうやら私も焦っていたみたいだ。自分の馬鹿さ加減に溜め息がでちゃう。
すぐに引き返そうと思って、止める。なんだか、懐かしくなっちゃったから。こんなことしてないで、早く悠太を見つけなきゃいけないのに。
休みの日の通学路はいつもとは違って見えるなぁ。そういえば、以前もこんな風に思ったことがあったような。
「あ、あの時か……」
少し考えて、すぐに思い至る。あれは、悠太が恒太くんの死を思い出して、受け入れて……酷く取り乱して学校を飛び出した日。
そして、初めて悠太から告白された日だ。忘れるわけがない。彼から告白してくれたのはあの日だけだもん。
あの時も、この道がいつもとは違って見えたっけ。
「そうそう、ちょうどこの辺りで悠太に追いついたんだよね」
座り込んだ悠太を抱き締めた場所だ。なんだか懐かしくて、思わずその場で立ち止まってしまう。
あんな悠太を見るのは、辛かったな。でも、やっと苦しみを吐き出せたんだなって思うと安心もした。
あれ以降、そんな姿を見ることはなかったけれど。
思い出を胸にしまい込み、いい加減駅に戻ろうと歩き始めようとした時だった。ふと人の気配を感じて顔を上げる。
────心臓が、止まるかと思った。
周囲に人がいないからか、その人の存在にはすぐ気付いた。
走って来たのだろうか、ハァハァと息を切らしている。
「悠……森藤君、どうしてここに……?」
そこに立っていたのは、他ならぬ探していた悠太だったから。
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