クリスマスデート
二学期が終わり、冬休みに入ろうとしている。私もこれまでだったら長期休みに心が躍るところなんだけど、今は毎日悠太に会う口実がなくなるのが憂鬱だ。
そうはいっても、クリスマスデートがあるからワクワクもしてるんだけどね!
「ね、ちゃんと覚えてる? 日曜日は映画を観に行くからね?」
「覚えてるよ。もう、毎日言うんだから」
「だって、楽しみなんだもん」
ふふふ、有言実行。陽菜さんを舐めてはいけない。バッチリ、今週も悠太と恋人同士になれましたとも!
しかも今回は月曜日に告白してすぐお試しのお付き合いまで持っていけたから、週末の今はかなり仲良くなれていると自負しております!
ただ、今週も恒太くんのことは伝えていないけどね。せっかくのクリスマスなんだから、気楽に楽しんだら? という薫ちゃんとミネリョーくんのアドバイスに従った形だ。
私としても、そうしたいと思っていたところがあったから、二人がそう言ってくれたことになんだか安心した。
と同時に罪悪感もある。それでいいのかな? とか。悠太が何も知らない状態でクリスマスを楽しむことになるのは、いいことなのかとか。
けど、真実を伝えることが必ずしも正しいことじゃないって悠太のお母さんにも背中を押され、お言葉に甘えることとなったんだよね。
私の言い訳を、みんなが許してくれたのだ。
「映画なんて、久し振りだな」
「悠太も? 私もすっごく久しぶり。ね、いつもどんなジャンルを観るの?」
「小説と一緒で、なんでも観るよ。けど、好みなのはサスペンスとか、SFとかかな」
「そ、そうなんだ。私、ヒヤヒヤするヤツは苦手かも。あっ、観るのは好きなんだけど、大げさに驚いちゃうから映画館で観られないっていうか!」
他愛のない話が今日も楽しい。この話題もすでに何度もしているんだけど、毎回言われる言葉が微妙に違ったりするから飽きることもない。愛ですよ、愛!
「あはは、そういう人いるよね。じゃあ、観るのはもっと平和そうなのにしようか」
「えっ、でもいいの?」
くーっ、優しい! 悠太はいつでも人のことを優先させる。だから私が苦手というものを無理に勧めることはないって知ってはいたけど、やっぱりときめくよ。
「もちろん。……でも、陽菜が驚くところを見てみたい気もする、かな」
「っ!?」
急に、これまでとは違う悠太の反応を見て動きが停止してしまう。
なっ、なっ、なんて言った? ちょっと意地悪そうな笑みを見せた後、冗談だよと照れたように笑う悠太なんて、初めて見たんだけど……!?
ほら。ほら、ね? こうして、時々見たこともない反応をしてくるから飽きるわけもないのだ。うぅ、好き。
※
そうして迎えた日曜日。
電車の中には少しお洒落した女の子や男の子がいて、どことなくソワソワしているように見える。きっと私も同じように見えているんだろうなと思うとおかしくなってしまったりして。
他にも小さな子ども連れの家族や、友達同士でキャッキャと楽しそうな子たちがいる車内は賑やかだ。
まだ電車の中でしかないのに、クリスマスの雰囲気をヒシヒシと感じる。私もこれまでは家族や友達と過ごすのを毎年楽しみにしていたけれど、今年はやっぱり特別だな。
良い思い出が作れるといいなって思う。それを悠太が忘れてしまうのだとしても、私だけは一生覚えていよう。
待ち合わせの駅に着くと、そこにはすでに悠太が待っていた。駅の改札口で悠太が待っている、という状況をずーっと待ち望んでいただけに、感動もひとしおだよ……!
そりゃあ、今日はまだ日曜日だから悠太が覚えているのはわかっていたけど。
「お、おはよう、悠太」
「あ、陽菜……? お、おはよう」
ドキドキしながら声をかけると、悠太からも少し照れたように挨拶を返される。
デートも何度かしてきたけれど、やっぱり私服を着て外で会うという特別感はすさまじい。今日の悠太もかっこいいよ……!
「なんだか、照れるね」
「えへへ、そうだね。ほら、早速行こう!」
一分一秒だって無駄にしたくない。私はサッと悠太の手を取ってグイグイ引っ張った。悠太は顔を赤くして戸惑っていたけど、構うものですか。
確かに私という存在は忘れてしまうかもしれないけど、悠太は行った場所や体験は覚えているんだもんね。
だから、今年のクリスマスは最高に楽しかったっていう思い出を悠太にプレゼントしたいんだ!
私たちはまず映画館に向かった。動物が出てくるハートフルな映画を見て号泣しちゃったのは恥ずかしかったな。
見終わった後は感想を言い合うためにお茶をしたんだけど、頼んだ紅茶がとても美味しかった。
お喋りしていたらあっという間にお昼の時間になってしまったんだよね。別のお店に移動して、私たち食べて飲んでばっかりだねって笑い合った。
食後にはクリスマスだからと言い訳をしてケーキを頼んだ。それを一口ずつ交換したのは恋人っぽくて感動したよ。
午後は寒空の下を少しだけ散歩したりもした。風は冷たいし、出来れば室内にいたい気温ではあったんだけど、私も悠太も外を歩くのは好きだから苦じゃなかった。
というか、悠太と一緒ならどこでどう過ごしても楽しいんだけど。
だからかな、時間が過ぎるのもあっという間で……。冬だから暗くなるのも早くて、一日の終わりもより早く感じちゃう。
今日はあらかじめ、特別な日だからということで夕食も一緒に食べることになっていた。クリスマス万歳だ。
両親が遅い時間まで許してくれたのも、クリスマスだからこそなのである。
そうは言っても、ディナーだなんて食べられるほどお金に余裕があるわけじゃない。私たちはまだ高校生だからね。学生らしく、ショッピングモール内にあるレストランで食べました!
それでも、いつもよりはちょっぴり豪華にしたけどね! 今日だけでたくさんお金も使っちゃったし、明日からは節約しなきゃ。
「はーっ、今日は楽しかったなー。ね、悠太は? 楽しかった?」
帰る前にイルミネーションを見てから駅に向かうことになったので、二人で歩きながら悠太に問う。
夜になるとますます寒かったけど、キラキラ光るライトアップや夜の風景が特別感を醸し出していて、少しだけ大人になった気分だった。
「うん、すごく。あの、さ、陽菜」
「ん?」
イルミネーションが飾られた小道はもうすぐそこだ。だけど、悠太はピタリと立ち止まって私を呼び止める。
少し前を歩いていた私は、自然と後ろに振り向く形となった。
「こ、これ」
「え」
振り向いた先にいた悠太は、持っていたトートバッグから袋を取り出して私に差し出している。
赤い袋に金色のリボンが巻かれているそれは、あの、もしかしなくても……。
「ま、まさか、プレゼント……? えっ、私にっ!?」
「う、うん。あの、気に入ってもらえるかは、わからないんだけど」
いつプレゼントを悠太に渡そうか、今の私がまさにそれだけを考えていただけに、自分にも何か貰えるとは思っていなくて暫し固まってしまう。
どうしよう……これ、どうしよう!
「……す、っごく、うれしー……!」
きっと今の私は顔が真っ赤になっているし、口が変に歪んでる。
そんな情けない顔を見られたくなくて、マフラーで口元を隠した。今が夜で、そしてイルミネーションの明かりがあまり届かない場所で良かった。
「あ、開けてもいいかな?」
「も、もちろん」
道端で、私たちは二人してギクシャクしている。人の邪魔にならないように端に寄ってはいるけど、道行く人に生温い眼差しを送られている気がした。気にしたら負けっ!
悠太から袋を受け取り、そっとリボンを解いていく。袋に手を突っ込んで中身を掴むと、フワリとした柔らかな感触があった。
「わ、かわいい……! ウサギの、ぬいぐるみ?」
袋から出したフワフワは、淡いピンク色のウサギのぬいぐるみだった。
両手の上にちょんとお座りしている姿がとてもかわいい。首に赤いリボンを巻いたそのウサギは、円らな瞳でこちらを見つめていた。
「ウサギが、好きなのかなって思って。それで」
「あっ、あのキーホルダーを見て? そっかぁ。嬉しいな、色々考えてくれたんだ」
さらに、頭を悩ませながらこのぬいぐるみを買いに行ってくれたのかと思うと余計に胸がキュンとする。
「ウサギ、大好きだからすごく嬉しい! ありがとう、悠太! 大好き!」
「わ、わかったからっ、そ、そんなに大きな声で言わないでっ」
気持ちが溢れたら何度だって言いたくなるもん。「好き」はたくさん伝えたいから。
「そうだ。私もね、悠太にプレゼントを用意してきたんだ。今渡してもいい?」
「えっ、いいの?」
「いいに決まってるでしょ? ふふ、もしかして、自分が貰えるとは思ってなかった?」
背負っていた小型リュックを下ろして中を探りながら問いかけると、悠太は戸惑ったように頷いた。それを見てたらおかしくなってクスクス笑う。
「私も一緒。いつ渡そうかってずっと悩んでたの。だから、悠太には先を越されちゃったな」
はい、と紺色の袋でラッピングされたプレゼントを手渡すと、悠太はありがとうとお礼を言いながらそれを受け取ってくれた。
開けてもいい? と私と同じことを聞いてきたので笑顔で頷いて見せる。
「ブックカバーだ……手触りがいいね。使いやすそう」
「悠太といったら、やっぱり本かなって。少し大人っぽいデザインになっちゃったけど」
「僕、こういうの好きなんだ。だからすごく嬉しい。ありがとう、陽菜。大事にする」
自分が選んだ物を受け取った時の相手の反応って、ものすごくドキドキする。それが好きな人なら余計に。
だから、喜んでもらえてとても安心出来た。はぁ、良かった。いつもブックカバーなんて使ってないから、もしかしたら使いたくないのかなって思ったりもしたし。
「私も、ウサギちゃん大事にするよ。毎日一緒に寝ちゃお。ね、ゆーちゃん!」
「ゆー、ちゃん?」
「ウサギの名前。悠太だと思って大事にするもん。だからゆーちゃん」
「そ、れは……!」
私がニコニコしながら伝えると、悠太がみるみる内に真っ赤になっていくのがわかった。暗闇でもわかるほどだなんて。してやったり、だ。
「プレゼント交換も終わったし、イルミネーション見に行こ!」
「わ、待って陽菜。暗いんだから走ったら危ないって!」
ウサギを小脇に抱えて反対の手で悠太の手を掴む。このまましれっと手を繋いでイルミネーションを見る作戦は、とても上手くいったと思う。
この時間が、永遠に続けばいいのに。そう願わずにはいられない。クリスマスは特別な日なんだから、良い感じに奇跡が起きたらいいのに。
けど、そんなにうまくいくものではない。
また明日、連絡してね、と約束して帰った私たちだけれど……翌日の月曜日、悠太からの連絡が来ることはなかった。
わかっていたことだけど、デートが楽しかったからこそ余計に胸が締め付けられる。
その日は、冬休みだというのに何もする気が起きなくて、ウサギのゆーちゃんをひたすら抱き締めながら過ごした。
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