クリスマスのプレゼント
月曜日がやって来た。
先週は、かなり悠太の心に何かを刻めたんじゃないかって思う。だから、いつも以上に悠太の様子が気になった。
覚えていてほしい。今度こそって期待に胸が膨らむ。それと同時に、期待し過ぎちゃダメだっていう予防線も張っている自分がいた。
だって、もしここでダメだったら……今までで一番心が折れてしまう気がするから。
そうならないように、何度も自分に言い聞かせてきた。今日はいつも以上に、鏡の前で折れるな、って。
悠太の担当医である伊崎先生だって言っていたもん。傷を癒す時間が圧倒的に短いって。この症状を克服するにはなによりも悠太自身が過去を乗り越える必要があるんじゃないかって。
悠太は今回、かなり深いところまで思い出して、自覚はしたんじゃないかって思うけれど……乗り越えたかと言われると何とも言えないんだから。
緊張する。ドキドキと鳴りっぱなしの心臓を押さえて、私は電車を降りた。
駅の改札口。もうすぐ悠太のアラームが鳴るはずだ。陽菜と待ち合わせってメッセージのついたアラーム。
本当は悠太がこの柱の前で待つ予定だったけど、どうしても気になっていつも通り私がここで待っている。
柱の影からそっと改札を見た。悠太が出てくるのが見える。
ドクン、ドクンと鳴る心臓がますますうるさい。初めて告白した時以上の緊張だ。口から色んな臓器が飛び出そう。
アラームが鳴ったのだろう。悠太がポケットからスマホを取り出して画面に視線を落とした。
気付いたよね? そこにある私の名前に。私との約束に。
覚えていて。あの時の出来事を。どうか、どうか……!
────だけど、私の祈りは届かない。
悠太はスマホを見ながら僅かに首を傾げ、そのまま再びポケットにスマホをしまう。
それから、柱の前に立っていた私に視線を向けることなく素通りして行った。
心臓が、止まったような気がした。残念ながら、動いているのだけど。
「……また、一からやり直し、か」
ポツリと呟く。声に出すと、余計に実感として重く圧し掛かってくる気がした。
ははっ、そりゃあそうだよね。ドラマや映画みたいにうまくいくわけない。
悠太から教えてもらった本の、記憶喪失の主人公たちだって結局は思い出せなかったって結末も多かったじゃない。フィクションでさえなかなかうまくいかないんだもん。現実はもっと思い通りにはいかないものだし。
だけど、出来ればハッピーエンドが良かった。物語なら切ない思いを残すエンドもいいけど、現実ではやっぱり報われたいよ。
ああ。
今日はさすがに……こう、クる。
「……折れるな。折れるな。折れるな」
だけど、問題ない。一度の挑戦で無理だったからってなんだ。何度でも挑戦すればいいだけのことなんだから。
私は唇を噛みながら勢いよく顔を上げ、学校への道を歩き出した。
※
世間はクリスマスムードで一色だ。私の家近くの商店街もクリスマスの飾り付けがされているし、BGMはもちろんクリスマスソング。
学校までの道のりは何もないからその雰囲気も緩和されるけど……生徒たちはやっぱりどことなく浮足立っている。冬休みも近いしね。
次の、そのまた次の日曜日は、いよいよクリスマスなのだから当然といえば当然だけど。
私も、少し前までは絶対にクリスマスは悠太と恋人同士で過ごすんだって張り切っていたな。
でも、今はとてもそんな気分にはなれない。いくら私でも、能天気に楽しめるほどの図太さは持ち合わせていないみたいだ。
まぁ、告白はするけど。
そりゃあするでしょ! ショックなのは間違いないけど、悠太と恋人関係になれないのはもっと寂しいもん。それに、立ち止まっている暇なんかないっ!
だから、クリスマスもデートに誘いたいなって思ってるし、絶対に来週も恋人になりたいって思いはある。ただ、どうしてもテンションは上がらない。それだけである。
おかげで今週は、大きなため息を吐くことが多かったように思う。もちろん、悠太の前では吐かないようにしたよ! だって、悠太にはいつでもかわいい私を見てもらいたいし。
そんな努力の甲斐もあって、今週もいつも通り恋人同士になれた。先週のことが尾を引いているのはミネリョーくんも同じだったみたいなので、さすがに過去のことを悠太に告げるのはやめた。だから、今週は穏やかに過ごそうと決めていたんだ。
相変わらずときめくし、ドキドキするし、悠太と一緒の時間は楽しい。
でも、何も知らない悠太に元気がないね、って言われてしまうくらいには立ち直れていなかった。
「こんなんじゃダメだ!」
金曜日。両頬を思い切りペチンとやった私を見て、薫ちゃんが提案してくれたことがある。
「クリスマスにも恋人になるつもりならさ。プレゼント、必要なんじゃない?」
「……そうだった」
すっかり頭から抜け落ちていたけど、クリスマスにプレゼントは必須だ。
「ついでに、陽菜も気分転換してきなよ。一人でのんびりショッピングする週末があってもいいと思うな」
「薫ちゃん……うん、そうだね。息抜きもしなきゃ、だね」
本当に今週の私はダメダメだったのがよくわかったよ。
思えば、ずっと全力疾走していたかもしれない。一人でのんびり、自分のために時間を使うことを最近は忘れていたなぁ。
どうしたって悠太のことは考えてしまうし、どうせならプレゼント選びというドキドキで楽しいことを考えたい。
あ、一人でカフェランチなんて洒落たことにチャレンジするのもいいかも。ちょっと大人になったみたいで緊張するし、テンションも上がりそう。
というわけで、明日の土曜日には大型ショッピングモールに足を運ぶことに決めた。
※
「っあー……何を買えばいいのかまったく思い浮かばないぃ……」
そしてやってきました土曜日のショッピングモール。気合いを入れて少しだけお洒落をし、朝から出かけたというのに、どれだけのお店を見てもピンとくるものが見つけられず。すでに昼過ぎだ。途方に暮れちゃう……。
ひたすら歩き回って疲れたし、お腹も空いた。オシャレにカフェランチ、と意気込んではいたけれど……どうもそんな気分にもなれない。
結局、飲み物と軽食を買って外に設置してあるベンチで食べることにした。これもこれで、一人ランチだ。お店でお一人様に挑戦するのは、もう少し元気が出てからにしようと思う。
道行く人をぼんやりと眺めつつ、サンドイッチを口に運ぶ。合間にぬるくなったココアを飲み、ホッと息を吐いた。
白い息が出てくる季節に外で食べるなんて、とも思ったけど。なんとなく、外にいたかったのだ。寒いけど、気分は悪くない。
「陽菜さん、かな?」
残りのココアを飲み干したところで、低くて柔らかな声が私の名を呼んだ。
ここは学校から一番近いショッピングモールだし、知り合いがいてもおかしくはない。ちょっと気を抜きすぎたかも、と思って慌てて振り返ると、そこには予想外の人物がいた。
「え……? あっ、伊崎、先生……?」
「はい、そうですよ。こんにちは、陽菜さん」
悠太の精神科の担当医だ。普段着だったからすぐにはわからなかったけど、優しい雰囲気のおかげで気付けた。
「少し、隣いいかな?」
うーむ、こうして見るとどこにでもいる妻子持ちのお父さんって感じ。優しすぎて奥さんに尻に敷かれてそう。などと失礼なことを思いながらも、どうぞと席を空ける。
伊崎先生はそれじゃあ失礼して、と言いながら、程よい距離を保ちながら私の隣に腰かけた。そういう気遣いがさすがだ。人との距離感をよくわかっている。
「すぐに陽菜さんだってわかったけど、声をかけるつもりはなかったんだよ。でも、どうも元気がないように見えてねぇ。休みの日だというのに、気になったら止まらなくて。はは、職業病かな」
伊崎先生の話し方はとても心地好い。言葉の選び方も優しさが滲み出ていた。
私は患者でもないのに、こうして気にかけてくれるんだな。この人は、元々とても人が良いのだろう。
「頑張り過ぎていないかい? 陽菜さんも、疲れた時は休まないと」
「そう、ですね。そのために、今日は一人で買い物に来てみたんです」
「おや、そうでしたか。それはとてもいいことですね」
そう。休むために、気晴らしに買い物に来たはずだった。
だけど考えないようにしようと思えば思うほど、どうしても考えちゃって……薫ちゃんと一緒に来れば良かったなぁ、なんてちょっとだけ後悔している。
「でも、やっぱり考えちゃいます。どうしても」
「……何か、あったんですね?」
苦笑しながら伝えると、察しの良い伊崎先生は微笑みながらそう聞いてきた。
私は少しだけ迷った後、ここで会ったのも何かの縁だと話してみることにした。悠太の担当医だから信用出来るっていうのもあるけど……たぶん、誰かに聞いてほしかったんだと思う。
ポツリポツリと話している間、伊崎先生は黙って聞いてくれていた。
「なるほど。そんなことが……それは陽菜さんにとっても、周囲の方々にとっても、心に負担のかかる出来事でしたね」
最後まで話し終えた後、伊崎先生は何度も頷きながら穏やかな口調で告げた。同情するでも、励ますでもないその対応にはとても助かった。
「それでも、陽菜さんは今週も頑張ったのでしょう? やっぱり頑張りすぎなんじゃないかって思うけれど。たまには悠太くんと関わるのをお休みする週があってもいいんじゃないかな?」
伊崎先生に言われてドキッとした。私だって、そうしようかなって迷ったことがあったから。
本当は、今週は悠太に関わらずに過ごそうかってギリギリまで考えたよ。
だけど。
「……今週は休もうと思ったとして、ですよ? それで、もしも次の週に、悠太の症状が治っていたら? そうしたら、元気のない私が悠太の記憶に残っちゃうじゃないですか。先週、関わらなかったことを一生後悔する気がするんです」
わかってるんだ。それっぽい理由を付けてるだけで、ただの意地だってことくらい。そんなことして、私が倒れでもしたら元も子もないって。
だからちゃんとご飯を食べるようにしているし、寝る時間も遅くなりすぎないように気を付けてる。
いつだって元気で明るい、かわいい陽菜でいるために。
私は笑顔を心掛けて伊崎先生の方を向いた。今になって初めて、ちゃんと正面から先生の顔を見たかもしれない。穏やかに微笑みつつも、心配そうな顔だ。本当にいい人だよね。
「伊崎先生。私、悠太に恋をしているんですよ。好きな人には、いつだって最高にかわいい私を見てもらいたいんです」
恋する女の子は無敵なのだ。惚れた弱みともいう。
私は、何より私のために頑張っている。うまくいかなかった時のことを、決して人のせいにはしたくないから。
「……そうか。はは、恋する女の子は強いなぁ」
伊崎先生は楽しそうにそう笑うと、それでも押し潰されそうになった時はいつでも頼ってください、と言い残して立ち上がった。
「陽菜さんの頑張りは、決して無駄ではありません。悠太くんの心の奥に、貴女の思いが残っていると思うんですよ」
「……はい。ありがとうございます」
私も一緒になって立ち上がり、ペコリと頭を下げて先生を見送る。
先生の言葉は気休めのように聞こえるけれど、私には本心でそう言ってくれてるように思えた。
もしもの時に頼れる人がいるというのはとても心強いことだな。先生には感謝の気持ちでいっぱいだ。
それに色々と話せたからか、なんだか心が少し軽くなった気がする。
「あ、そうだ。悠太は本が好きなんだから……それに関する物をプレゼントしようかな」
おかげで、クリスマスプレゼントの方もなんとかなりそう。今頃になって色んな案が浮かんできた。
ランチのゴミをまとめてゴミ箱に捨てる。
もう足も重たくない。私は意気揚々と、再びお店巡りを開始した。
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