足りない時間
さて、今週も月曜日になると、悠太に完全スルーされる陽菜です! 凹まないぞー! 今週の陽菜さんはいつもより元気いっぱいだ。
だって、希望が見えたから。あの電話の後、私は試してみたいことをリストアップしていったのだ。それをこれからは少しずつ試していこうと思う。
そのためには、やっぱり悠太と親しくなる必要がある。月曜日からすぐ告白して、恋人になれたらベスト。なれなくても、仲の良い友達ポジションにはいたいところだ。
さらに、悔しいけどミネリョーくんにも協力してもらう。それもこれも悠太の記憶を取り戻すためだ。敵であろうとも力を借りねばならない。
ちなみに試したいことのほとんどは、すでにご家族が試したであろうことばかりだ。だけど、私も改めて検証してみたいと思って。試す時期、人が変わればまた何かが変わるかもしれないし。
これは、同じパターンで告白をしても答えが違うことがあった、ということで証明済みだからね!
やる気がメラメラだったからか、なんと三週連続で月曜日から悠太にオッケーをもらえた。強引だったのは否めないけれど、結果オーライ!
この三週間は引き続き悠太と恋をしながらも、すぐに色んな検証をし始めた。
検証その一、証拠を見せる。
悠太は、先週までに起きた人との思い出を全て忘れてしまう。でも、物理的に残った証拠を見たら変わるんじゃないかなって思って!
「ねぇ、悠太。これが誰かわかる?」
見せたのは、先週撮った悠太とのツーショットだ。この教室で急に撮ったヤツだから、悠太が驚いたように目を丸くしている。
「? 陽菜、でしょ?」
「私だけ?」
「え、そうだよね? 何、他に何かが映ってるってこと……? 心霊写真!?」
は、反応がかわいい……! もちろん、心霊写真などではないけどね。
でも、悠太の目には私の隣で驚いた顔をする自分の姿は見えていないようだった。こんなにはっきり映っているのに。
ちなみに、悠太以外の人にはちゃんとツーショットの写真に見えている。
その翌週には、悠太のスマホで取った写真を見せてみた。そうしたら今度は都合よく私だけが見えていないようだった。
こんな写真、いつ撮ったんだろう? と首も傾げていたな。て、手強い。
それから同時進行で日記も書かせてみたんだよね。というのも、悠太は時々スマホ内に自分で日記を書くことがあったみたいで、それを利用させてもらったのだ。利用っていうと、なんだか言い方が嫌だけど。
ぬ、盗み見たわけじゃないよ!? 悠太が一人で珍しく本ではなくスマホを弄っていたから、何をしているか聞いてみたら教えてくれたんだよ! しかも。
「ほとんど書いてないけどね。書かない日も多いし。ほら」
「えっ、み、見てもいいの?」
「ここ最近は何も書いてないから大丈夫」
悠太はそう言ったけど、スマホ内の日記はほぼ毎日のように書かれていた。し、しかも、私との思い出を赤裸々に……!
どんな羞恥プレイかと思ったよ。わ、私がかわいいとか、もしかしたら好きなのかも、とか……!
先週も、その前の週もずっと。私のことばっかり書いてあるんだもん。恥ずかしすぎて死んじゃいそうだったけど、同時に涙が出そうなくらい嬉しかった。
ちゃんと悠太は、毎週私を好きになってくれてるんだってわかって。
「どうかした? なんだか顔が赤いけど……具合悪い?」
「なっ、なんでもないよっ!」
「そうかな……ちょっとごめんね」
じんわりと嬉しさを噛みしめていたら、悠太に心配されちゃった。
しかも、そのまま悠太の手がスッと伸びて私のおでこに触れる。少しだけひんやりとした、意外と大きな手。ひ、ひぇ……!
「やっぱりちょっと熱いよ。無理しないで?」
「っ、う、うん。ありが、と。でも、少し熱いだけで、本当に大丈夫だから……!」
それは君に触れられたからですーっ! こんな時の悠太の優しさはもはや暴力だと思いますーっ! 好きーっ!!
その後もしばらく心配そうに気遣ってくれる悠太に、またしても私は恋に落ちた。
しかし、そうそう悠太といちゃついてばかりもいられない。
週の半ばには、一度悠太に恒太くんとの喧嘩を思い出してもらい、その上で事故が起きたことを伝えなければならないのだから。
正直、この時間が一番辛い。特に、ミネリョーくんにはかなりのストレスがかかっていると思う。
ほら、事故のことは私から伝えるわけにはいかないから。恒太くんとの接点がないからね……。頼む時には、いくら私の敵とはいえさすがに戸惑った。ミネリョーくんは勝手にライバルだと思っている相手だけど、傷付けたいわけじゃないもん。
「悠太の母さんも頑張ってんでしょ? 陽菜ちゃんもさ。ここで俺だけパス、とは言えないでしょ。男が廃る」
「稜ちゃん、カッコいいよ」
「ん、ありがと薫ちゃん。よし、いくらでも頑張れそー」
愛の力でなんとかなりそうで何よりです!! 薫ちゃんさまさまだぁ。チキショウ、ミネリョーくんめ。
だけど、やっぱりいざ事故のことをを話す時は、とても辛そうで見ていられなかった。でも目は逸らさない。この痛みは共有したいと思ったから。
薫ちゃんも心配そうだったな……。思わずごめんね、って謝っちゃうくらいに。
その度に、薫ちゃんは困ったように笑って私のおでこを指で突く。それだけで、十分伝わった。言いっこなしだよ、って。
それを十一月は毎週、毎週繰り返した。
悠太やミネリョーくんの中学時代の友達も、時々協力しに来てくれた。みんな泣きながら悠太を説得してくれて……本当に友達に恵まれていたんだなって思うと嬉しさも感じたよ。
ねぇ、悠太。悠太はすごく幸せ者だよ? たくさんの人に愛されてる。
※
十一月最後の週。今週はついに十二月になってしまう。なんだかあっという間だ。
今週もいつも通り悠太に告白して、事故のことを知ってもらって、といういつもの手順は踏む予定だ。
でも、気がかりがある。相変わらず悠太の中学時代の友達も手伝ってくれているんだけど……どことなく、疲れているような雰囲気を感じ始めているのだ。
無理もないよね。何度も同じことを伝えて、その度に悠太が苦しんでいるのを見ているのに、また月曜日になったら最初からやり直しになるんだもん。
嘘みたいに全てを忘れているのを毎週目の当りにしたら、普通は疲れてしまう。
私が諦めないでいられるのは、ただ悠太への思いがあるからこそだと思うから。
だから、それをみんなには強要すべきじゃない。無理はしないで、って最初からミネリョーくんにも告げてあった。
それでも、まだ大丈夫だと笑顔で付き合ってくれる彼らは本当にいい人たちだと思うよ。でも、そろそろ限界かな……。
一度、この件から離れて休憩した方がいいんじゃないかな。ミネリョーくんに提案してみると、そうだね、と同意を得られた。やっぱり、同じ心配をしていたみたいだった。
「さぁ悠太、陽菜ちゃん、行きましょうか」
「は、はい。よろしくお願いします」
しかし、落ち込んでいる暇などない。今週末はいつもとは違う予定が入っているんだから。
無事、悠太と恋人関係になれて事故のことも伝えた今週の金曜日。その翌日の土曜日に、悠太と悠太のお母さんと三人で精神科に向かうことになったのだ。
悠太は覚えていないけれど、事故の後の数週間は悠太がお世話になっていた病院で、今日は久しぶりの受診となのだとか。
そんなところに私が付き添ってもいいものかと思いはしたけれど……悠太のお母さんが是非にと言うのでありがたく付き合わせてもらった。
「陽菜、本当にいいの? なんだか、悪い気がする……」
悠太は自分の症状についてすでに聞かされてはいるけれど、いまいち実感がないというか、自覚症状がないので終始こんな感じで申し訳なさそうにしているんだよね。
まぁ、悠太にしてみれば最近出来たばかりの彼女が病院に付き添うことになったんだもん。色々と心中は複雑になるよね。
「私がそうしたいの。むしろ、悠太は嫌じゃない? 嫌なら私、受診中は外で待ってるよ」
「え、と。色々と話しは聞かせてもらっているし、それは構わないんだけど。陽菜さえ、嫌じゃないなら」
嫌なわけないじゃなーい! 飛び切りの笑顔を心掛けてそう言うと、悠太は照れて笑う。その顔が見られただけで十分だよ。
悠太にとっては付き合い始めたばかりの彼女を、信用してくれて嬉しくないわけがないのだ。
私は幸せだ。幸せだよ、悠太。
診察室には悠太と悠太のお母さん、そして私も一緒に入れてもらえた。事前に悠太のお母さんが先生に伝えてくれていたみたい。
先生の方も、ご家族の許可があるならと快く受け入れてくれて、なんだか胸がくすぐったい。
だって、なんだか悠太の家族の一員に入れてもらえたみたいで。不謹慎かもしれないけど、ちょっと嬉しかったんだ。
「悠太くんの精神は安定していますよ。恒太くんのことを聞いてショックは受けているけれど、誰もが経験する当たり前の感情の範囲内ですからね」
悠太の担当医は眼鏡をかけた五十代前半くらいの男の先生で、伊崎先生といった。
声はとても穏やかで、聞いているだけで安心するような不思議な感覚がある。すごい。この人、この職業になるべくしてなったのでは? と思っちゃう。
「悠太くんには、何度も記憶がリセットされているという自覚が一切ないんだよね?」
「は、はい」
「だからこそ、心の健康は保たれているのかもしれないね。さて悠太くん。それを実感したいと思いますか? 思い出したいとは? こんなにも複雑な症状が出るほど、君は実際には大きなショックを受けている。思い出せば辛く苦しい思いをするかもしれません」
先生は、意外にもズバズバと言葉を重ねた。穏やかな声色とはいえ、そんなに直球で伝えても大丈夫? と心配になる。あ、でも今の悠太は安定しているから平気なのかな。
実際、悠太の反応はいたって普通。神妙な顔をしてはいるけれど、どこか他人事のように思っているからか、ショックを受けているようには見えない。それはそれで、改善の余地がないとも言えて複雑なんだけど……。
先生の言葉を聞いて数秒ほど考え込んだ悠太は、ゆっくりと顔を上げて口を開いた。
「……思ったんですけど。僕がそんな状態だというのなら、母さんや陽菜……周りの人たちが、今まさに辛く苦しい思いをしてるんじゃないですか?」
悠太の言葉に、私や悠太のお母さんはもちろん、先生までもがわずかに驚いたように目を丸くしていた。
「二人とも、というか僕の周りの人たちはみんないつもと変わらなくて……うまく隠しているのかな? 無理しないでほしいです」
悠太は、どこまでも悠太だ。人のことばかり考える、すごくすごく優しい人。だからこそ私も周りの人もみんな悠太が心配になるんだけど……。
でも、そういう気遣いが嬉しくて胸がいっぱいになってしまう。
「だから、思い出せるなら思い出したいです。でも、そのことでどれほどショックを受けるか僕にはわからないから……今以上に迷惑をかけることになるんじゃないかって、それは心配です」
「……君は優しいですね。自分のことより人のことを考える。だからこそ、ショックも大きかったのかもしれないね」
先生は穏やかに微笑んだ。悠太は困ったように黙って俯いている。たぶん、悠太には優しくしているという自覚がないからだ。
その後、悠太は看護師さんに連れられて一人別室へと案内された。簡単な質問シートに記入してもらうのだそう。
でもそれは建前だ。先生が、残された悠太のお母さんと私に向けて話し始めたから。
「恐らく悠太くんの症状は、彼自身がしっかりとそのことに向き合い、きっかけとなった事故のことを乗り越えることで改善されるんじゃないかとは思います。絶対ではないんですけどね。自覚することはとても大事なことなので」
やっぱり、そうかぁ。薄々、そんな気はしてた。ショックが原因なら、その原因をなんとかするしかないのかなって。
今の悠太はまず自覚もしていない。事故に遭ったことは思い出しても、繰り返しリセットされる方の自覚が一切ないのだ。
それが、道のりの遠さを示しているみたいだ。
「事故からは四カ月ほど経過しています。ご家族はこの時間をかけてゆっくりと傷を癒していますよね。もちろん、痛みは残るし完全に癒えることはないかもしれないけれど、改善はしているはずです。でも悠太くん、彼は違う」
「え……?」
先生は、深刻な顔で続けた。
「立ち直るためのプロセスとして、まず事実を受け入れ、酷く落ち込み……それからようやく少しずつ時間をかけて癒していきます。他の皆さんが四カ月かけてしていることを、彼は記憶がリセットされるから一週間で、いや場合によっては二、三日でやらなければならないんですよ」
衝撃を受けた。でも、言われてみればその通りだった。
今、私が交通事故に遭って大切な誰かを失ったら? それをすぐには受け入れられないはずだ。落ち込むし、信じたくないって思うに違いない。事実を受け入れるまで、一体どれほどかかるだろう。
「彼はまず、事実の受け入れすら出来ていない状態から始まるんです。良くて酷くショックを受ける段階までは進めるだろうけれど……傷を癒すには、一週間はあまりに短いのです」
「じゃ、じゃあ……私たちがやろうとしていることは、無駄なことになるんでしょうか」
絶望的だ、そう思った。だって、どう考えても無理だよ。
唯一の兄弟が、自分も被害に遭った事故で亡くなっていたなんて、それも四カ月も前の出来事だなんて、まず信じられないもん。
事故のことは思い出せて、悠太がその事実を受け入れたとしても……ほんの少しでも立ち直るのに、どれほどの時間がかかることか。
時間が解決するとはよく言うけれど、その時間がない場合はどうしたらいいの……?
「陽菜さん。私は貴女のその行動が無駄とは思いませんよ。ただ、かなり厳しいとは思いますが……。こればかりは手探りで様子を見ていくしかありません。心というのはとにかく複雑ですから」
穏やかな先生の優しいはずの言葉が、今はとても残酷な響きを持って私の胸を刺した。
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