刻め。「好き」を。何度でも。

さらに一歩先へ


 毎週、毎週。めげずに告白し続けていたら、あっという間に世間はクリスマスの雰囲気に包まれ始めていた。まだ一カ月以上も先だというのに。


 でも、それが今の私を奮い立たせている。


「今年のクリスマスは日曜日! 他の週に失敗したとしても、この週だけは絶対に恋人になるんだから……っ!」


 カレンダーを睨みながらぐぬぬと唸る。ちなみに、これまでの戦績は七勝二敗だ。告白すること九回。……勝率は悪くない、はず。


「もちろん、今週だって諦めないけどね! 頑張ってよ、ウサギちゃん」


 あの日、キーホルダーによって悠太の記憶を揺さぶる作戦に切り替えてからというもの、これをきっかけに仲良くなることには概ねうまくいっている。

 悠太はその度に、話を深掘りすればすぐ恒太くんと喧嘩したことを思い出してはくれるけど……それ以上の進展はない、というのが現状だった。


「でも、どうして知ってるの? 僕が、その、恒太と喧嘩したって。そもそも、弟の話ってしたことあったっけ?」

「えっ、あ、えっと。ミネリョーくんに聞いたんだよ! ごめんね、勝手に詮索するようなことしちゃって」

「あー、なるほど。ううん、いいよ。アイツは余計なことは言うけど、言っちゃダメなことは弁えてるから」


 二人の親友という間柄になんとなくムッとする。いいなぁ、仲が良くて。幼馴染って強いよね、こういう時。

 はぁ、私も悠太と幼馴染だったらな。こんなにもモヤモヤしなくて済んだかもしれないのに。


 いや、むしろ思い悩んだかも? ま、もしものことなんて考えたって仕方ないよね。切り替え、切り替え。


「で、どうかな? お試しでも私を彼女にしてみない? それとも、ちゃんと気持ちが伴わないとダメ、かな?」

「えっ、う、うーん……」


 絶賛、口説き落とし中なんだからっ! 今週は初っ端からガンガン行くよ! まぁ、割と最近は毎週最初から飛ばしてるけど。


「森藤くんだって、キッカケはこんなでも、もしかしたら私を好きになってくれるかもしれないじゃない。ね? 無理になったら無理って言ってくれていいから!」

「そ、そうかな? えっと。じゃあ、その。夏野さんが、それでいいなら」

「っ、彼女にしてくれるの!?」


 あれっ、この前はもう少し考えさせてって言われたのに。同じパターンで告白しても、悠太の答えは変わるんだな。


 そりゃあそうか。別にタイムリープしているわけじゃないんだもん。

 人との思い出が残らないだけで、悠太の時間は流れているんだから。そういう気分の時、そういう気分じゃない時、色々と日によって違うのも当たり前だ。


「う、うん。でも、本当にいいの? その、僕で」

「悠太がいいのっ!」

「な、名前呼び……!?」


 すっごく嬉しい! やっぱりオーケーを貰えた瞬間っていうのは毎回舞い上がっちゃう。ニヤニヤが止まらないよーっ!


 こんなトキメキを味わえるんだもん。楽しいよ? 悠太と恋人になるまでや、恋人になった後の生活はいつだって楽しい。


 だけど、一向に進展しない関係がもどかしくもある。仕方ないよね、いつだって付き合い始めのままなんだから。

 真面目な悠太は絶対に付き合い始めで手を出したりしないし。良くて手を繋いでくれる、そこまでだ。


「じゃあ連絡先を交換して、と。よし、今から私は悠太の彼女で、悠太は私の彼氏ね!」

「わ、わかった」


 スマホを抱えてそそくさと席に戻る。ま、すでに何度も交換しているので、互いの連絡先はずっと前から登録済みなんだけどね。

 悠太のスマホにも登録はされているんだけど、悠太の脳には認識されないのだ。悲しいけど。いいの、今認識されたから。


 はぁ。いちゃいちゃしたい。けど、私も私で手を繋ぐ以上のスキンシップにはなかなか踏み出せない。

 だって恥ずかしいし、なんといっても記憶に残らないのに初めてのあれこれをしてしまうのは……なんか、嫌で。前に色仕掛けを試した時の失敗で色々とお察しだ。


 そうなるともう、この繰り返す進展しない関係がもどかしくて仕方ないっていうか?


 はい、正直に言います。欲が出たんです。もっと悠太との関係を進展させたいって欲が出たんですぅ!


 何度も告白をしている内に、薄々気付いてはいたんだ。私の気持ちが少しずつ変化しているって。

 ただ悠太に幸せな時間を、私も幸せなひと時を、それだけで頑張ってきたけれど。やっぱり、悠太には覚えていてほしいって……。


 も、もちろんそれだけじゃないよ? この先、ずっと悠太が新しい人との思い出を作れないのは悠太にとっても良くないんじゃないかって思うし!


 ああ、何を言っても言い訳になっちゃう。だって仕方ないじゃん! 自分の欲の方が割合的には大きくなるに決まってる! それっぽい理由を並べ立てたところで、結局は大好きな人に忘れられるのが悲しいんだよぉ!


 折れないって、覚悟は決めているけどさ。


 だから、私はチャレンジしたくなった。悠太の症状を治すということを。


 でも、それは私一人で決められない。だって、私はどこまでいっても悠太にとってはただの他人なんだから。


 その事実が、私の胸にズキンと痛みを与えてくるけれど……。弱気になっている暇なんかないっ! 行動あるのみ!


 その日、私は帰宅後に自室でスマホを取り出してある人へと電話をかけた。悠太の、お母さんだ。


 お風呂も入って、あとは寝るだけ。この時間は忙しいかもしれないけれど、ゆっくり時間を取りたかったから。

 迷惑だったら、また後日改めてかけ直すことを伝えようと思っていたけれど、悠太のお母さんは快く話す時間を作ってくれた。


 世間話から始まった会話だけれど、悠太のお母さんは何かを察したのだろう。何か相談事? と聞いてきた。ま、まぁ、察するよね。急に電話してきたらさ。


「あの、私……やっぱり、諦めたくなくて」


 ドキドキしながら私は自分の考えを口にしていった。今日、改めて考えたこと。自分勝手な欲求を。


「悠太くんの症状を、治すことは出来ないのでしょうか」


 電話口で悠太のお母さんがハッと息を呑むのが分かった。あまり触れられたくないことだと思う。でも、どうしても聞いてもらいたかった。


「私は、結局は悠太くんにとって他人です。だから、勝手なことを言っているのはわかってます。無責任な提案だとも……だけど、やっぱりこの先もずっとこの症状を抱えるのって、苦しいと思うんです。悠太くんにとっては、今の状態の方がずっと平和で幸せなのかもしれないですけど」


 私はもちろん、ご家族だってきっと苦しみを抱えたままなんじゃないかって思う。でもそれは私の押し付けだ。交渉を成功させたいから、みんなそう思ってるんでしょって思いたいだけ。


 悠太のお母さんに向かって、貴女も苦しいでしょう? なんてことは口が裂けても言えないよ。そのくらいはわかる。


 だというのに、似たようなことを口走る私は最低かもしれない。


「私のエゴ、かもしれません。ただ諦めたくないだけだから……」


 醜い自分と向き合うのは苦痛だけど、隠しておきたくはなかった。悠太のご家族には誠実でありたい。嘘は吐きたくないんだ。最低なことを言ってはいるけれど。


「もし、続けていく内にご家族や友達が辛い思いをするというのなら、もうしません。ご家族の判断で、悠太くんにこれ以上負担がかかると思えば、私を止めてください」


 これだって、勝手な言い分だと思う。私がそうしたいから、迷惑をかけますって言っているようなものだもん。本当にごめんなさい。でも!


「どうか私に、悠太くんの記憶を掘り起こす、余計なお節介をさせてください……!」


 電話だから私の姿は見えないけれど、無意識に頭を下げていた。この想いは伝わった、と思いたい。けれど……。


『……お話は、わかりました。でも、ごめんなさい。少し考えさせてくれるかしら?』


 そう簡単には、事は運ばない。もう遅くなるからと、その日の通話はそこで終わってしまった。


 ※


 何度も諦めずに電話をする私は、なんて迷惑な小娘だろうと思う。だけど、悠太のお母さんが毎回必ず私からの電話に応じてくれることが私に希望を持たせた。


 毎回、考えさせてってやんわりと断られてしまうけれど。

 悠太のお母さんが乗り気ではないのがよくわかるけれど。


 でも、もしかしたら少しは望んでくれているんじゃないかって、そういう希望を持ってしまうんだ。


 そうして、一週間が過ぎようとした頃だった。


 結局今週は悠太と恋人にはなったけれど、これといった進展はなかった。週末にデートに行くということもない。

 ドキドキしたし、一緒に過ごす時間は相変わらず幸せだった。


 でも、ちょっと物足りない一週間だったかな? まぁ、今週はこの説得に力を入れていたのだから仕方ないね。


『……陽菜ちゃん。貴女が、一番辛い思いをするかもしれないのよ?』

「!」


 いい加減、しつこいと怒られるかもしれないと思っていた。だって、あれから毎日お願いし続けているんだもん。


 だけどこの日、ようやく悠太のお母さんから断り以外の言葉を聞けたのだ。


『私はね、主人も含めてその辛さを知っているの。それをね、余所の大切なお嬢さんに経験してほしくないって、そう思っていたわ」


 そんな風に思っていてくれたんだ……。私のことを心配してくれていたことに感謝しかない。


「だからこっそりね、貴女のお母さんに連絡をさせてもらったの」

「え。えっ!?」


 ジーンと感動しているところへ予想外のことを言われて、声が裏返ってしまった。

 い、いつの間に!? え、お母さんってばそんな素振り少しも見せなかったよね?


『陽菜ちゃんのお母さんったら、面白い方ね? それに朗らかで……陽菜ちゃんと母娘なんだなって実感したわ』

「あ、あのー……母は、なんて……?」


 あまり大きな声では言えないけれど、私のお母さんはちょっと変わってる。悪い人じゃないよ! 普通に善人。

 だけど、感覚がズレているっていうか細かいことを気にしなさすぎというか、楽観的すぎるというか。


 だから、私が孤軍奮闘していることなんて全く気付いていないと思う。そんなところへ悠太のお母さんから連絡がきたってわけでしょ?

 ひえぇ、想像がつかないっ! っていうか、私がしていることを知って何を思ったんだろう。恥ずかしいヤツとか、精々頑張れとか……? ううっ、余計なこと喋ってないといいんだけどっ!


『陽菜ちゃんのお母さんはね、陽菜の好きにさせてもらえないか、ってお願いしてきたの』

「え……」


 もっとこう、おかしなことを言われているかと思ったのに。これは予想外だ。お母さんが、ちゃんと母親していた。


 も、もう、やめてほしい。いつもは冗談しか言わないようなお母さんが、こういう時に真面目で真剣な対応するのはっ。て、照れるじゃん……。


『傷付くのも、苦しむのも、全ては経験だからって。彼女が選んで進んだ道なら、傷付いても後悔はしないだろうって。ふふっ、むしろボロボロになっていく娘を見るのが楽しみだと笑ってらしたわ』


 あ、やっぱり安定のお母さんだった。言いそう。ニヤッと笑った顔が目に浮かぶ。


『娘の貴女のことを信頼しているんだなって思ったわ。私にはなかった。いつまでたっても息子たちが心配で、私が保護しなきゃ、守らなきゃって考えだった。それじゃあ、子どもたちだってどこにも行けないのにね?』


 悠太のお母さんの声が、なんだかしんみりとして聞こえてくる。

 もしかしたら、私のお母さんの底抜けに楽観的な思考が力になれたのかな。


『目が覚めた気分よ。その電話の後、主人ともう一度話し合ったの』


 悠太のお母さんは電話口で一度小さな深呼吸をした。なんだかこちらも緊張してしまって、無意識に背筋が伸びる。


『陽菜ちゃん。これまでごめんなさいね。勝手な言い分かもしれないけれど、貴女の力を借りたいの。私たちももう一度、悠太と向き合ってみるから。どうか、悠太の記憶障害を治すのに協力してもらえないかしら』


 そ、それってつまり……許して、もらえた? それどころか、悠太のご家族ももう一度足を踏み出してくれる……?


 嬉しさが込み上げてくる。すぐに言葉が出てこなかったけれど、出来るだけ急いで返事をした。


「……っ、も、もちろんです! 私に出来ることがあったら何でも言ってください!!」

『ありがとう。頼もしいわ。そうは言ってもね、陽菜ちゃんは陽菜ちゃんがしてみたいように動いてくれて構わないわ。精神科への通院のことや、その他のフォローはこちらがするもの』


 気持ちがフワフワしてる。まだ、悠太のことは何も解決していないけれど……希望が見えた。もしかしたらって思える。頑張れる。


『実の親がフォローに回るなんて、情けないけれど。なんだかね、陽菜ちゃんが動いた方が、効果があるんじゃないかって。そんな気がするのよ』


 そ、それはさすがに買い被り過ぎでは……! 私はただの、悠太が好きな恋する女子高生でしかないんだもん。


 曖昧に笑って返事をしていると、悠太のお母さんはさらに続けてこう言った。


『だって、陽菜ちゃんは恒太が一目惚れした相手でもあったんだもの。もう他人ごとじゃなくてね』

「……え」


 ん? え? あ、あれ? 今、なんて……?


『あら、大変。悠太に呼ばれてしまったわ。また連絡するわね。色々とありがとう、陽菜ちゃん』

「え、あ、あのっ!」


 悠太のお母さんはそれだけを言い残すと、慌ただしく通話を切ってしまった。画面が切り替わったスマホ画面に視線を落とし、しばし呆然とする。


「恒太くんの、一目惚れ……? 私が? 悠太、じゃなくて?」


 それが悠太の間違いだったとしたら、それはそれで驚きではあるんだけど。恒太くんっていうところが、余計に意味がわからないというか。だって、面識ない、よ……?


 ちょっと、頭が混乱してきた。最後にとんでもない爆弾を落としていったなぁ……。


 落ち着け、落ち着け。それは一度置いておくとして。


 とにかく、私はついにやったのだ。これで、ようやく本格的に動くことが出来る。ベッドに仰向けに寝転がり、私は両拳をえいや、と天井に突き上げた。

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