9月26日~10月2日
月曜日。私が改札に着いた時、悠太はそこにいなかった。やっぱり、忘れられてしまったのだ。
でも大丈夫。昨晩も今朝もおまじないをしてきたから。私はめげない、何度だって悠太に好きを伝えるよ。
それでも胸の奥にズシリと重く圧し掛かる悲しみを振り切るように、私は走り出した。
まだ暑さが少し残る九月の終わり。走り続けるとやっぱり暑くて、きっと止まったら一気に汗が噴き出すだろうなって思った。
途中、悠太とミネリョーくんが一緒に登校している姿を見かけた。珍しいな、ミネリョーくんが一緒なんて。どんな話をしているんだろう。気になる。気になるけど。
今の私は、まだ悠太とはただのクラスメイトなのだ。恋人じゃない。森藤くんって呼んでいた頃に戻ってしまっているのだから。
悔しい気持ちが出てしまったのかもしれない。彼らを追い越す時、少し悠太に近付きすぎてしまった。ぶつかりはしなかったけど、ギリギリだったね。今頃、驚いたように目を丸くしているのかな。
心の中でごめんね、と謝って、私はまだ走り続けた。少しだけ冷たさを感じる風が心地好かった。
「え、陽菜? どうしたの、そんなに息を切らして」
教室の前に着くと、朝練を終えたばかりの薫ちゃんと廊下で出会う。とても驚いた顔だ。
私はまだ息が整っていなかったから、ぜぇぜぇと荒い息をしたまま。
薫ちゃんがまだ開けていないペットボトルのスポーツドリンクを手渡してくれる。それを私はありがたく受け取って、ゴクゴクと三分の一ほど飲んだ。後で新しいの買うからね、薫ちゃん。
「やっぱり、忘れられてた」
「……そっか」
薫ちゃんはもちろん、事情を知る周囲の子たちからも同情の眼差しを向けられて苦笑を返す。ごめんね、みんなにも心配をかけてしまって。
「大丈夫。まだ折れてないもん。今週はまた違う攻め方をするから!」
タオルで汗を拭って、そう宣言した私。そのまま教室に入って窓の方へと向かう私に、クラスメイトの視線が集まる。
「違う攻め方って、何をするつもりなの?」
「ふふーん、まぁ見ててよ」
怪訝な表情を浮かべながら私のクラスの教室内に入って来た薫ちゃんの方をチラッと見て、私はニヤリと笑ってみせた。これでも、昨日一生懸命考えたんだから。
記憶に残るには、すごいことを起こさないと。悠太がビックリして、忘れたくても忘れられないような。そんな飛び切りの告白をしてやる!
窓の外に、校門を抜ける悠太とミネリョーくんの姿を見付ける。私はガラッと窓を大きく開けて、息を大きく吸い込んだ。
「森藤くーーーん! 森藤、悠太くーーーん!!」
お腹から声を出すのは得意なんだ。手を大きく振って、何度も彼を呼ぶ。
私の突然の呼び声に、悠太は驚いたようにキョロキョロした後ようやくこちらに目を向けた。よし、気付いた。
背後からはクラスメイトたちのどよめく声が聞こえてくる。けど、気にしない!
私はもう一度大きく息を吸い込んで、彼に向かって叫んだ。
「森藤悠太くん! 私、夏野陽菜はぁ……貴方のことが好きです! 私を! 彼女にしてくださーーーいっ!!」
我ながら、大胆過ぎることをしてるなーって思うよ? こんな勇気、私のどこにあったんだって。薫ちゃんにも言われるだろうなぁ。
ドキドキと心臓が心地好く鳴ってる。そう、心地好いんだ。緊張はするけど、スッキリもした。
別に、悠太のためにだなんて思ってない。そこまで図々しくはないよ、私。これはただ、自分の願望のためにやっていることだ。
私がただ、悠太の記憶に残りたいからやるんだもん。
「返事は、後で聞かせてくださーーーい! 以上っ!!」
簡潔に言いたいことを叫んで、私はガラピシャッと窓を閉めた。そのまま窓を背に寄りかかってズルズルと座り込む。
や、気が大きくなってただけかも。今になって急に恥ずかしくなってきた。
両手で顔を覆って身体を縮こませる。今頃、クラスメイトたちは呆れたように、もしくは面白がって私を見ているかもしれない。
「……ほら、いつまでそうしてるの」
「薫ちゃん……」
しばらく座り込んだままでいたら、薫ちゃんがポンと肩を叩いてくる。恐る恐る顔を上げると、困ったように笑ってるのが見えた。
「もうすぐ森藤くんも来ちゃうよ? そんな姿、見せていいの?」
「だ、ダメ」
そうだ。あんな告白しておいて、こんな姿を見せたらダメだよね。返事を聞かせてもらっていないし、今週は始まったばかりなんだから。
「大丈夫。みんな陽菜を応援してるみたいだよ」
「え……」
薫ちゃんの手を借りて立ち上がると、クラスメイトたちが優しく私を見てくれていることに気付いた。
誰もおかしいヤツだって笑ったり、からかったりなんてしてこない。
「み、みんないい子すぎるぅ……!」
何これ、本当に優しい人たちが集まるクラスだ、最高じゃない? 思わず泣きそうになっちゃったよ。泣かないけど!
みんなが口々に頑張れ、カッコ良かった、と声をかけてくれるから、ますます泣いてなんかいられないよね。
「本当に良いクラスだね、ここ。ほら、シャンとしな」
「うん!」
頑張ろう。まだ挑戦は始まったばかりなんだから。何度忘れられたって、私は覚えてるじゃない。
何度忘れられたって、何度も告白すればいいんだ。
また一から、恋人になろう。覚悟してよね! 悠太!
※
それから私は、先週と同じように悠太に付きまとった。言い方がアレだけど、事実そのままなので。
仲良くなれるように本の話をしたり、ちょっと強引だけど名前を呼び合いたいって決めたり。
少しでも長く恋人として過ごしたかったから、今週は月曜日から放課後からデートに誘った。きっと悠太は図書室に行きたかったと思う。でも、一分一秒でも早く恋人になりたかったから、奥の手を使わせてもらった。
「本屋さんに行きたいなって思って。最近、悠太が読んで面白かった本とか、選んでもらえないかな? ダメ?」
「うっ、だ、ダメじゃ、ないけど……」
「やった! ありがとう、悠太! 大好き!」
「ひぇ……」
少しでもたくさん好きを伝えるために、ね!
まぁ、正直なところ悠太の優しさに付け込んでいる部分はあると思う。良心が痛まないのかと言われたら……痛むよ、ちょっと。
だから嫌なら断ってね、と伝えることも忘れない。嫌な女だと思われるのは、やっぱり悲しいもん。変な女だと思われるのは諦めるけど。
「グイグイ振り回しちゃってるよね、ごめん。私は悠太が好きだから、周りにどう思われてもいいけど……悠太からしたら迷惑だと思う。だからね、本当に嫌だったら断ってほしいんだ。無理して付き合うことは、しなくていいんだよ……?」
いくら先週お付き合い出来たからって、今週の攻め方で同じように上手くいくとは限らない。悠太は私のことをただのクラスメイトとしか思っていない状態なんだから、そこのところを勘違いしちゃダメだって思った。
つまり、調子になるなよ、私。
とまぁこんな感じで、早く恋人になりたい大好きーっ! って暴走する時と、ふと冷静になって反省するのを繰り返しちゃう。悠太の症状のことを聞いて、私も情緒不安定になっているのかな。
だけどね、だけど。弱気になった私に悠太はやっぱり優しい言葉をかけてくれるんだ。
「無理はしてないよ。嫌なら嫌だってちゃんと言えるから。むしろちょっと、嬉しいし……」
もーっ、ちょっとー! そんなこと言われたら調子に乗っちゃうじゃん! それに、勘違いしちゃうよ? 悠太も、私のことが少しでも好きなんじゃないかな? って。
「悠太はお人好し過ぎると思うな。でも言質は取ったから、これからもつけ込んじゃうからね!」
「お、お手柔らかに……?」
こんな一言でも嬉しくて舞い上がっちゃうんだよ。私って本当に単純だなー。
だから、その日は本屋さんで進められるがままに三冊の文庫本を買った。これは、一生宝物にするって決めた。
火曜日は、やっぱり朝から一緒に過ごして、たくさん話をした。悠太のことを聞いたり、私のことを話したり。
悠太はまだ緊張気味だったけど、少しずつ言葉数も増えてきたし、彼から話をしてくれることも増えてとても嬉しかった。
そして水曜日。先週と同じ三日目で、悠太は私とちゃんと付き合いたいって言ってくれた。
ただ先週と違うのは、それが三日目の朝だったということ。やった、記録更新しちゃったね。
「まだ、ハッキリ陽菜のことを好きだって言えないんだけど……不誠実でごめん」
「……ううん、誠実だよ」
相変わらず、とても真面目で誠実な言葉だった。先週と同じくらい嬉しかったし、感動した。
やっぱり、何度聞いても嬉しい言葉は色褪せないものなんだな。
朝の内に聞けたことで、先週よりも少しだけ長い時間を恋人として過ごせることになった。毎日放課後デートに行きたいところだったけど、悠太の趣味の時間を邪魔したくない。
だから、その日は悠太が図書室から出てくるまで玄関で待つことにした。
「え、待っていてくれたの? 言ってくれれば良かったのに」
「ご、ごめんね? ただ私が一緒に帰りたくて待ってただけだからっ!」
優しい悠太のことだから、そう言ってくれるだろうなってことはわかってた。だけど、本当に邪魔はしたくなかったから。
彼女になりたかったし、オッケーしてもらえてすごくすごく嬉しいけど……嫌われたく、ないんだもん。
「でも、ここで本を読んで待っているなら、どうして図書室に来なかったの?」
うっ、しまったなぁ。悠太が来る前に本はカバンにしまっておけば良かった。だって、つい面白いから読んじゃったんだよ。
ジッとこちらを見ながら聞いてくる悠太に、私は観念して本当のことを告げることにした。
「えーと、たまには一人の時間を過ごしたいかなぁ? って思って。悠太は元々、一人で過ごすのが好きだと思ったし、ほら、私ずっと悠太に付きまとっていたでしょ?」
なんだかちょっと恥ずかしくなってきたので、思わず目を逸らす。自分がずっと強引すぎた自覚があるから、どうしてもね。
「変なところで気を遣うんだから……」
「え?」
だけど、悠太の反応は思っていたのと違った。……ううん、予想通りだったかもしれない。
だって、彼がすごく優しい人だって知っているじゃない、私。ちゃんと向き合ってくれる人だってことくらい、わかっていたはずだ。
「僕らは、その、か、彼氏と彼女になったんでしょ? 一緒にいるのが普通、なんじゃないの?」
ちゃんと歩み寄ってくれている。まだ私のことを好きかどうかはわからなくても、好きになろうとしてくれてるんだ。
や、優しすぎるでしょぉ!? 感動でプルプル震えていると、悠太はさらに言葉を続けた。
「一人の時間は、家でいくらでも過ごせるんだから。今さら遠慮なんかしないでよ。そんな風にされると……」
けど、途中で言葉を切って右手で口元を覆ってしまった。え、何? そんな途中で止まられると気になっ……
「か、かわいいなって思ってしまう……」
「っ!」
予想外の爆弾発言に、息が止まる。
え、何? い、今、かわいいって……。あ、あ、どうしよう。
……嬉しい。
たぶん、私も悠太に負けないくらい顔が赤くなっているんだろうな。思わず両手を頬に当ててしまった。
玄関で顔を赤くしながら立ち尽くす私と悠太は、とても青春していると思う。
「……もしかして、私がいなくて寂しかった?」
「すぐ調子に乗る……でも、うん。そうだね。少し、物足りないって感じたかな」
この恥ずかしい時間をなんとかしたくて、少し冗談を混ぜてみたけど、あえなく撃沈。素直の威力は凄まじいよ、悠太。
おかげで今週は、金曜日までずっとこんな調子で甘酸っぱい青春を過ごせたのだ。土日もたくさん電話でお喋りをして、つい夜更かしをしちゃったくらい。
ああ。
この毎日を切り取って、アルバムにとっておけたらいいのに。
そうしたら月曜日に、悠太が全てを忘れてしまっても一緒に見返せるかもしれないのにな。
そう思ったら、幸せなのに胸がギュッと痛んだ。
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