9月19日~9月25日


「うぅ、やっぱり忘れられてる……!」

「陽菜……無理しなくていいんだよ?」


 次の週の月曜日、今度は私が早めに言って改札を出た柱の陰で待ってみたけど……やっぱり森藤くんは全てを忘れてしまっていたようだった。


 一応、対策はしてみたんだよ? 駅で待ち合わせるためにアラームを設定させて、って。改札を出る頃、「陽菜」という表示とともにアラームが鳴ったら何か思い出すかなって。

 お願いした時は、なんで? って感じで訝しんでいたけど、素直で優しい悠太はお願いした通りに設定してくれた。


 だけど、意味をなさなかった。

 アラームには気付いたけど、不思議そうにそれを止めるだけでそのまま歩き去ってしまったのだ。


 どうやら、記憶にないことは文字にしてあっても森藤くんの目には映らないみたいだった。


「無理なんかしてない。まだまだ諦めるつもりはないよっ!」


 それは、ダメ元の作戦だった。だって、先週の出来事を記録しておく、なんていう作戦はすでにご家族が試しているはずだってわかっていたし!


 色んなことを試して、それでも効果がなかったからミネリョーくんだって諦めモードに入ってるんでしょ? 最初から無駄だって諦めていたわけじゃないことくらい、大体察せる。

 もしかしたら、何度も挑戦する内にご家族やミネリョーくんは心が折れてしまったのかもしれない。あとはいつか自然に思い出してくれるのを待つしかないって。


「私、ちょっと考えたの。記憶に残るようなすっごいことが起これば、忘れたくても忘れられないんじゃないかって!」

「す、すっごいこと?」


 けど、私はまだ挑戦したばかりだもん。諦めたりなんかしない。

 何度だって挑戦するし、彼の症状が改善するならどんなことでもしてみせる。


「今から、みんなの前で告白する!」

「えっ、ええっ!?」


 彼の記憶に残るんだ。彼の心に刻むんだ。


 私という存在を。


 緊張する。すごく。でも、やるって決めた。

 私はいつものように一人、自分の席で本を読む彼の下に歩み寄る。


 読んでいるのは先週オススメされた記憶喪失モノの小説だね。普段、本を読まない私だけど……君のことを知るために頑張って読んだんだよ。


「おはよう。ちょっといい?」


 声をかける時、なぜか自然と手が伸びて本を取り上げてしまった。これじゃあただの意地悪女になっちゃうね……。


 でも、だって。君の顔が見たかったから。


 余裕の態度を崩さないように、必死で取り繕った。森藤くんは、急に本を取り上げて話しかけてきた私のことをかなり警戒しているみたいだったけど、もう後には退けない。


「それで、何か用かな? 夏野さん」


 こんな意地悪女を相手にしても、森藤くんの優しさは変わらなかった。ああ、好きだなぁ。


「告白したいと思って。私、森藤くんのことが好きなの。私と付き合ってください!」


 その日の私の行動力は、過去最高だったと思う。自分で自分にビックリ、というかここまでグイグイいけるんだ? って自分のことなのに新発見したというか。


 告白した時、悠太が驚きと困惑と疑惑に満ちた複雑な表情は一生忘れられない。


 ※


「き、緊張したよぉ……!」

「ついこの間までのウジウジしていた陽菜はどこにいったの……」

「え、えへへ。自分でもビックリだよ。でも、なりふり構ってなんかいられない。好きな人のためならなんだって出来る気がする!」


 放課後、掃除当番である森藤くんを待つ間に薫ちゃんを捕まえて本音を吐露する。

 今日は一日中心拍数が上がりっぱなしだ。今日だけで数年分の寿命を消費した気がするもん。


「でも、見てたらなんだか応援したくなってきたよ。辛くなったらいつでも泣きつきにくるんだよ、陽菜」

「薫ちゃぁぁん……! 好きっ」

「はいはい、私も好きよー、陽菜ー」


 そんな心強い親友がいたおかげで、私はたくさん頑張れた。


 結局、頑張った成果として今週は森藤くんと名前で呼び合うようになったし、連絡も初日から取り合える仲になった。

 好き好き言いすぎて、なかなか返事はもらえなかったけど、それでも良かった。素直になってグイグイいくようになったら、毎日が楽しくて仕方なくて。


 でも、三日目にもなると不安が顔を出すようになった。自分の気持ちを押し付けてるんじゃないかな? とか。いつも話に付き合ってくれるけど、実はすごく迷惑なんじゃないかな、とか。


「じゃ、じゃあ、さ。……僕と、付き合う?」


 だから、悠太の方からそう言われた時は心臓が止まるかと思った。だ、だって、初めて悠太の方からそんな風に言ってくれたから。


 嬉しくて嬉しくてたまらない。過去最高記録だよ、お付き合いを始めたの! それに、ちゃんと悠太も納得した上でのお付き合いだよ? これまでの二回は無理矢理なところがあったから!


 今週が終わるまではまだ四日もある。恋人として過ごせる四日間で、たくさん思い出を作りたかった。悠太の記憶に、少しでも残りたくて。

 悠太はきっと、こういうのが好きだろうなとか、こういうのは苦手だろうな、とか。長い片思い期間やこれまでの二週間でそこそこ知ることが出来たから、それを活かしたプランを練ろう。そう決めた。


 放課後デートでカラオケに行ったのはドキドキしたなぁ。友達とワイワイ出かけることはあったけど、誰かと、それも男の子と二人きりでカラオケに行くのなんて初めてだったからすっごく緊張したけど。


 歌を歌う時なんか、マイクを持つ手が震えちゃったもんね。でも、悠太はカラオケ自体初めてだったらしいから、私以上に緊張していたのか気付かれなかったのが良かった。


 これ以上、嬉しいことなんてないなって。人生で一番幸せな日だなって思ったよ。けどね、次の日はもっと嬉しいことが起きた。


「……うん。その、良かったら、だけど。一緒に、出掛けない、かなー……? って」


 悠太から、デートに誘われたのだ。耳を疑ったよ。だ、だって、悠太が私を誘ってくれるなんて、って。


 泣きそうだった。今すぐワンワン声を上げて泣きたかった。でも、悠太の症状が改善するまで泣かないって決めたんだから、グッと堪えた。

 クラスメイトの子たちの方が泣いているのが見えたのはなかなか厳しかったな。あんなのズルい、私も泣いちゃう。


 私が悠太に何度も告白していることで、クラスのみんなも色々と察してくれたんだよね。それで、このままだと誤解を招くからって、ミネリョーやご家族の許可も得て悠太には内緒でこっそり事情も話された。

 もちろん、月曜日に記憶がリセットされてしまうっていう症状だけを簡単に知らされただけだけど。


 みんなはそれを温かく受け入れてくれた上で、私のしていることを陰ながら応援してくれている。いい子たちばかりでまた泣きそうになっちゃうね。

 中には白い目で見てくる人もいるけど、邪魔をしてこないなら気にしないことにした。


 それよりも何よりも、今は日曜日のデートについて考えなきゃ。人生で初めての、彼氏とのデート。


 遠出も買い物もあんまり出来ない、って言っていたけど、そんなことどうでもよかった。

 好きな人と二人で過ごす時間というだけで、今の私にはどんな時間よりも尊い時間になるんだから。


 ※


 デートの日は、約束の時間よりも早めに待ち合わせ場所に行った。悠太もきっと、早く着くと思ったから。


 案の定、悠太は時間より三十分以上も早く来た。私が言うことじゃないけど、早すぎじゃない? ついクスクス笑ってしまう。


 でも、すぐに声はかけられなかった。だって、今日は日曜日で、明日は月曜日。


 今週はすっごく頑張ったけど、明日になったら全てを忘れられてしまうのかなって思ったら……この光景を忘れないようにしっかり見ておきたかったんだもん。


 声をかけた時にすごく恥ずかしそうにしていた悠太の顔。

 照れながら私の格好を褒めてくれた悠太。

 可愛らしいお店にも一緒に入ってくれて、私の話をたくさん聞いてくれたね。

 お昼には、二人でファストフードを頬張った。実はこういうの好きなんだよねって話で盛り上がって。


 気付けば、もう陽が暮れる時間になって。二人して電車に揺られながら、悠太が楽しかったって言ってくれたのがすごく嬉しかったのに、どうしても私は気持ちが沈んでしまっていた。


 明日のことを思うと、不安で、悲しくて、仕方なくなっちゃったんだもん。


 覚えていてほしい、今日のことを。また告白から始めなきゃいけないことに落ち込んだり、もしかしたら覚えていてくれるかもという僅かな希望に縋ったり。


 今日が楽しかったから余計に辛いんだと思う。だけど、そんな事情を悠太は知らない。何も知らない。


 だから、沈んだ顔なんかしていたらダメだよね。わかってる。だから、ちゃんと笑顔を作って明日の約束をした。


 一緒に学校に行こうっていう約束。悠太が改札で待っていてくれるように、アラームも私がセットした。

 先週、私がセットしたままのアラームだ。表示される文字は少し変えた。そうしたら、悠太はここまでしなくてもって苦笑いしていた。


 もう、デートが終わる。気持ちを切り替えなきゃ。そう思って立ち去りかけて、止まる。

 彼の服の裾を引っ張って、少し背伸びをして耳に口を寄せて。


「……大好きだよ、悠太。これからもずっと。何があっても」


 どうか。どうか覚えていて。ほんの欠片でもいいから。


 私はそう祈りながら、走って彼の下を去った。涙は流さない。絶対に。


 ああ。結局、今週も悠太からの「好き」はもらえなかったなぁ……。


 その日の夜は、先週以上にうまく眠れなかった。明日の朝は少し早めに起きよう。そして、鏡の前でおまじないをしよう。そう思った。


 挫けてしまわないように。絶対に諦めないでって自分に言い聞かせるように。


 折れるな、折れるな、折れるな。


 いつかきっと伝わるはずだ。私が信じないでどうするというのか。


 悠太はちゃんと私に歩み寄ってくれた。それが今週わかっただけでもすごいことじゃない。

 私は、悠太の彼女になれるってことなんだから。まだ、好きになってもらえてないかもしれないけど。


 一歩ずつ進もう。

 めげないで。泣かないで。大丈夫。次がダメでも来週があるから。


「……悠太、待ってて。また好きをたくさん伝えるから」


 飽きるほど。心に刻むんだ。忘れられないように。


 私の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

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