9月12日~9月18日


 金曜日、ついに告白して有頂天になった私。


 泣きながら告白した後、ちょっと強引に連絡先の交換をして、これからよろしくね、と付き合うこと前提で話を進めて逃げてしまった。


 だって、いっぱいいっぱいだったの。後悔はしてないよ! まだまだこれからなのだ。薫ちゃんみたいに、少しずつ好きになってもらうんだから!


 まずは一歩進展した、それが大事。


 彼氏、彼氏かぁ……。うふふ。えへへ。土曜、日曜はずっとにやけていたと思う。


 彼は真面目で、私がメールを送ると少し時間は空くけど必ず返事をしてくれた。

 私が無理矢理「今日から彼氏と彼女で!」と押し切ったというのに怒ることも拒否することもなくて。慣れていないのか変なところで改行が入っていたりもするけど、それがまた愛おしくて……。


「どうしよう。もっともっと好きになっちゃう」


 初めての恋人(仮)にルンルンだった私は、薫ちゃんへの報告もしていないことに気付く。せっかく協力してくれたんだから、ちゃんと言わないとね。


 まぁいい。月曜日に直接話そう。


 森藤くんとは明日の月曜日、改札で待ち合わせようと約束をしてある。彼氏と一緒に登校だなんて、考えただけでワクワクしちゃう。


 日曜の夜、私は人生で最も幸せな気持ちで眠りについた。


 ※


 だけど、月曜日の朝。私は人生で最も悲しい気持ちで改札に立ち尽くしていた。いくら探しても森藤くんの姿がないのだ。

 私の方が二分ほど後に電車が駅に着くから、彼がここで待っているって。そんな約束だったのに。


 寝坊でもしたのかと暫く待っていたけど、いくら待っても彼は来ない。メールもないし、送っても返って来ない。

 何かあったのかな……? これ以上は遅刻してしまうからと不安を抱えながら、私は仕方なく一人で学校に向かった。


 教室に着くと、私は再び悲しい気持ちになって固まってしまう。

 だっていつも通り何食わぬ顔で、彼が自分の席で本を読んでいたから。


 なんで? どうして? 昨日約束したじゃない。


 そりゃあ強引だったよ? 私だけ一人で初彼氏だー、なんて盛り上がってたよ。気持ち悪い女だったよ。


 でも、でもさ。約束くらいは守ってくれたっていいじゃない。

 嫌なら嫌って、ハッキリ言ってくれたら良かったじゃない。こんなのって、こんなのって……ないっ!


「森藤くん」

「え? ……夏野さん?」


 怒りよりも悲しみが大きくて、泣きそうになる。不思議そうにこちらを見上げてくる彼の顔が憎たらしく見えた。


 もう、なんて言ったらいいのかわからなくて、言葉が全然出て来てくれない。

 どうして先に行っちゃったの? とか、約束忘れちゃったの? とか、色々あるはずなのに。


「……どうか、したの?」


 なのに、彼は心配そうな顔で私を見上げてくる。


 だ、誰のせいでこんな顔になっていると思ってるの。君が約束を忘れたから、私はすごく悲しんでいるんだよ。


 声が、上手く出せない。だって出したら泣き声になりそうなんだもん。


「えっと、大丈夫……?」


 心から心配しているようだった。なんなの、もう。何もわかりません、みたいな顔しちゃってさ。


 ムカつく。悲しい。先週の私の勇気を返してほしい。


 いや、全部自分勝手な言い分だってわかってる。でも、行き場のないこの感情をどうしてくれよう。


「と、とりあえず、座る?」


 優しくしないでよ。なんなの? ムカつく。優しい。


 ……好き。


「なんで」

「え?」

「なんで、先に行っちゃったの? 約束、忘れたの?」


 やっと聞けた。彼がどこまでも穏やかな様子だったから、落ち着けたのかもしれない。ちゃんと冷静に聞けたと思う。


 だけど、森藤くんは困惑した様子だった。


 ……え、まさか本当に忘れちゃったの? まさかそんな。え、そんなに私の印象薄かった!? 一世一代の告白だったのに?

 さ、さすがにないよね? こんなにすぐに忘れるもの!?


「ご、ごめん。約束って、なんだった? 僕、夏野さんとなにか約束をしていたっけ……?」


 そのまさかだった。し、信じられない……!


「もう、いいっ!」

「えっ、あっ……」


 これ以上ここにいたら、嫌な言葉を言っちゃいそうで。私は逃げるように自分の席に向かった。


 ああ、もう。意味がわかんない。

 勇気、出したのにな。すごく、嬉しかったのにな……。


 ※


 それから二日ほど、私が森藤くんと話すことはなかった。メールだってしてないし、来てもいない。辛い。


「ねぇ、陽菜。稜ちゃんが、話があるって」

「え、ミネリョーくんが?」


 私は出来れば会いたくないんだけど。でも、私が見るからに落ち込んでいるのを見かねた薫ちゃんが、どうやらミネリョーくんに相談したようなのだ。


 親友の気遣いを無駄にするわけにもいかない。

 放課後は薫ちゃんが部活でいないので、昼休みに話をすることになった。さすがに今は、あのミネリョーくんと二人で話す気にはなれなかったから。


「随分、落ち込んでるみたいじゃん? だから言ったでしょ。自己責任だって」

「うぅ……っ、そんなの、意味わかんないよぉ」


 ミネリョーくんの言った通りではあったよ、そりゃ。でもわかるわけないじゃん。だって、なんにも教えてもらえなかったもん。

 涙が溢れそうになって、お弁当を開けずに机に突っ伏してしまう。今は食欲なんて出てこない。


「ちょっと稜ちゃん。陽菜をいじめないでよ」

「え、心外。いじめてなんかいないのに」


 そこへ、薫ちゃんが援護してくれた。優しい。持つべきものは親友だよぉ! でも、ミネリョーくんは相変わらず飄々としていた。


 でも、チラッと顔を上げて見たミネリョーくんは、ほんの少しだけ申し訳なさそうにしていた。


 ……別にミネリョーくんが、そんな顔することないのに。私がフラれただけなんだから。


「俺は忠告したじゃん。不幸になるよって。今からでも遅くないよ。悠太のことは諦めた方がいい。次の恋に進みな。でも、幼馴染としてお礼は言っておく。悠太を好きになってくれてありがとな」


 言葉自体は突き刺さるものだったけど、声色には気遣いの心が感じられた。

 たぶん、無理して私を突き放そうとしているんだろうな。なぁんだ。嫌なヤツだって思ったけど、ミネリョーくんてばめちゃくちゃ善良じゃない。意地悪な言い方ばっかりするけど。


 優しさが沁みるよ。ミネリョーくんの気遣いも、薫ちゃんの頭を撫でてくれる手も、全てが沁みる。


「……ない」


 だけど、私は諦めが悪いんだ。


「諦められないよ! こんなことで、こんなよくわかんないまま終われないっ!」


 ガバッと身体を起こしてそう言うと、二人は驚いたように顔を見合わせた。仲良しカップルか。


 いや、だってそうでしょ。ものすごくショックを受けたけど、これまでの話から言って絶対に訳ありじゃん!

 それに、思い返してみたら森藤くんだって様子がおかしかった。あれは絶対に「本気で忘れていた」から。


 そうだよ。彼はすごく優しい人じゃない。だから好きになったんだよ、私は。

 そんな彼が、あんなにも自然に私の告白をなかったことになんかしない。絶対に。


「……もっと辛くなるよ?」

「それでも知らないよりいい! お願い、ミネリョーくん。教えて……!」


 事情を知っている彼がそう言うのなら、たぶん本当に辛い思いをするのだろう。だけど、モヤモヤしたままの状態で忘れることなんて出来ない。


 私はもう止まれないんだ。彼に告白をした、あの瞬間から。


「稜ちゃん、私からもお願い。陽菜の思いは本物だよ。興味本位で聞いてるわけじゃないって思う。聞かれたくないなら私は離れてるから」


 ジッと真剣にミネリョーくんを見つめていたら、また薫ちゃんが助けてくれた。もう本当に大好き。一生親友。


 大好きな彼女には弱いのか、ミネリョーくんは観念したようにため息を吐いた。


「……はぁ、いいよ。薫ちゃんも聞いてて。そんで、親友のこと支えてやってよ」


 ようやく事情を話してくれるみたいだ。私はたぶん、パッと目を輝かせたと思う。


「元々、今日は話すつもりだったから」

「そういえば、ミネリョーくんから話があるって言ったんだっけ」


 だからこの場にいるんだもんね。話を聞くと、あまり信じてもらえないかもしれないから、直前まで話すかどうか悩んでたのだとミネリョーくんは苦笑していた。

 私がちゃんと話を聞けるか、少し様子を見ていたんだって。ここで諦めるなら、それでおしまいのつもりだったらしい。


 ……本当に、重大な話なんだ。


「嘘みたいな話だけど……全部本当のことだから」


 声を潜めて言うミネリョーくんに合わせて、私も背筋を伸ばして聞く姿勢を整えた。

 嫌な汗が流れる。一体、どれほどの話が飛び出すんだろう。


「悠太は……一週間しか記憶が持たないんだ」


 え……と。それはつまり、記憶喪失、ってこと? え、でも一瞬間しか? すぐには理解が出来なくて言葉が返せない。

 その反応を予想していたのか、ミネリョーくんは話を続けた。


「それも、人に関わる記憶だけが綺麗に消える。勉強とか、自分が体験したことはしっかり覚えてるんだ。不思議だよな……ある時を境に、全ての人間関係に関する思い出とか、そういうのを一週間で忘れちゃうんだよ。月曜日になると全部リセットされてしまう」


 あ……だから、私が告白したことも全部、忘れてしまったってこと?

 そんな、そんなことがあるの……?


 でも、それなら納得出来る。優しい彼が全てなかったかのように振舞う、その理由が。


「昔はそうじゃなかった。これは本当に最近のことで……この前の夏からだよ。症状が出る以前に築いた関係や思い出なんかはちゃんと覚えてるんだけど、その後に築いた関係については全てを忘れる。解離性健忘って言うんだって」


 そ、そっか。だから、森藤くんは私のことを知っていたんだ。告白したあの時、ちゃんと名前を覚えていてくれてたもんね。クラスメイトとして、私のことは認識していたんだ。


 あ、あれ? それじゃあ……。


「……もし、私が夏休み前に告白していたら」

「覚えていただろうな。たぶん、だけど」


 な、なんということだろう。私が、グズグズしていたばっかりに……!


 いや、でも結局、一週間でリセットされてしまうならどのみち辛い思いをしたかもしれないよね。


 あーっ、それでも! ただのクラスメイトと恋人じゃ全然違う! だって恋人になれていたら、彼に寄り添えていたかもしれないもん。


「治らない、の? ついこの前に発症したのなら、治る可能性だってあるよね!?」

「それはわかんない。治るかもしれないし、ずっとこのままって可能性もあるって言われてる」


 そんな賭けに君を巻き込むわけにはいかないと思ったんだけど、とミネリョーくんは弱々しく笑った。

 なかなか理由を言ってくれない理由が、よくわかったよ。


「ねぇ、陽菜ちゃん。君はそれでも、悠太を好きでい続けられる? 月曜日になったら忘れられるんだ。それでもまだ、悠太と付き合いたいって思うの?」


 そんなこと、決まってる。


「諦めない」


 私がポツリと告げたその言葉に、ミネリョーくんはもちろん、薫ちゃんも身動ぎしたのがわかった。


「だって、まだ何もわからないじゃない! やってみなきゃわからない! もしかしたら、いつか治るかもしれないもん!」


 希望が残っているのなら、それに縋りたいじゃない。彼のカイリセー、ケンボー……? を治すだなんて、そんな無責任なことは言えないけど、それでも。


「絶対に、諦めない。だって、知らないことが多すぎる。知っていけば何かが変わるかもしれないし、糸口が見つかるかも。私、森藤くんの症状が治るまで、何度だって告白する。後悔したくないのっ」


 傷付くかもしれない。無意味かもしれない。でも、そうじゃないかもしれないんでしょ?


「事情を知らないから、無理に思い出させようなんてしないよ……私が勝手に、めげずに告白し続けるだけ。それに、治るまで絶対に泣かないって約束する」


 もしかしたらって思ってしまう。病気が治らなくても、もしかしたら少しくらいは改善するかもって。甘い考えなのはわかってるよ。


「私は、彼を諦めない。諦められない……!」


 だからこれはただの意地なんだ。ワガママなんだ。


 私はそれだけを言い捨てて、すぐに席を立った。


 お弁当箱をそのままに教室を飛び出し、一直線にある場所を目指す。

 ミネリョーくんと薫ちゃんが私を呼び留めた声が聞こえた気がするけど、振り返らなかった。


「森藤くんっ」

「な、夏野さん……?」


 彼は天気が良い日には陽当たりのいい場所で昼食を摂る。一人でのんびりとする時間が好きなんだと思う。リサーチ済みだ。


「この前は、変なこと言ってごめんね」

「う、ううん。何かあったんでしょ? 気にしないで」


 急に走って来て謝り出す変な女に対しても、彼は優しい対応をしてくれる。


「元気になった、かな?」


 ああ、心配までしてくれるの? 勝手に怒って立ち去ったって言うのに。


 好きが、溢れていくよ。


「うん。あのね、森藤くん。私……君のことが好きなの」

「え……」


 まずは、二度目の告白を。


 相変わらず緊張はするけど、前の時より穏やかな気持ちですんなり言えた。告白の腕が上がっちゃうかもしれないな。


「君が私を彼女にしてくれたら。きっともっと元気になると思う。ねぇ、どうかな? 私じゃ、付き合えない?」


 こうして私は、森藤くんと二度目のお付き合いをすることになったのだ。

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