夏野陽菜の奮闘

9月5日~9月11日


 夏休みが終わった。ついに新学期だ。


 私はこの日をずっと待っていた。なんでかって? だって! お休みの間は好きな人に会えないじゃない!


「まぁ、それもこれもさっさと勇気を出さなかった私が悪いんだけど」


 鏡の前で髪を整えながら口を尖らせる。わかっているんだ。自業自得だって。

 でも仕方ないじゃない。そんなに簡単に告白出来るなら、一年もウダウダしてない。


 そう、私には好きな人がいる。入学式の時に出会ったとても優しい人。

 しかも! 去年も今年も同じクラス! 最高! 神様に感謝したよ!


 だというのに、告白はおろか少しも話しかけることが出来ていない。普段の人懐っこさはどこに行った? 人見知りしないで誰にでも親しく出来るこの性格はなんの役にも立たないんですけど。


 でも、今度こそ告白するんだから!


 夏休みまでには告白する、冬休みまでには、学年が上がる前には、そしてまた夏休みまでには……と何度も繰り返したけど今度こそ本当だもん!

 だいたい、いつまでにって決めるからうまくいかなかったのだ。絶対に今日、告白するって決めておけば良かったんだよ。


 いつも以上に念入りに身支度を整える。自分で言うのもなんだけど、私はそこそこかわいいと思うので自信もっていこう。

 大丈夫、大丈夫。私はかわいい、かわいい。言い聞かせるのって大事。


「よぉし! 行ってきます!」


 こうして高校二年、二学期の初日。私は玄関を出てまだ夏の暑さが残りまくりの外へと一歩踏み出した。




 ……そして、今に至る。


「で、告白はどうなったの?」

「き、聞かないで薫ちゃぁん……」

「聞くでしょ。だってもう金曜日だよ? 今日を逃したらまた来週だよ?」

「ああああああっ!」


 昼食中、友人の薫ちゃんに聞かれて机に突っ伏す。わかってる! 嫌というほどわかってるんだよ、言いたいことはっ!


「まったく。もし断られたとしてもさ、諦められないからって押せ押せでいけばそのうち付き合ってもらえるって。陽菜はかわいいんだから、相手に恋人とか好きな人でもいない限り大丈夫だよ」

「で、でも、恋人がいたらどうしよう……? はっ、そうだよ! あの時、ヘアゴム持ってたもん! 友達がすぐなくすからって言っていたけど、その友達が好きな人だったりして……!」


 その予想はこれまでに何度もしてきた。だってあれだけ優しいんだもん。すでに恋人がいてもおかしくない……。

 だけど、いつ見ても彼は一人で本を読んでいるからたぶんいないはず、そう結論も出たはずだった。


 この考えを一年半ほど何度繰り返したことか。結局、聞くことも話しかけることさえも出来ずに今に至る。


「勝手な想像で言い訳を探してんじゃないわよっ」

「あいたっ!」


 薫ちゃんの容赦ないデコピンが命中して涙目になる。本当にその通りだけど! 言い訳ばっかりしてるけど! 本当に痛いんだからね、これぇ! つい恨みがましく口を尖らせてしまう。


「薫ちゃんはすごいよね。告白して、好きじゃないって言われたのに押しまくって、今ではラブラブなんでしょ? 羨ましいなぁ、もうっ」

「押したもん勝ちよ。誰だって好き好き言われ続けたら少しは情が移るでしょ? あとは、好きになってもらう努力を惜しまなかったの。それだけ私は彼が好きなの」

「カッコいい……」


 自分に自信を持って言い放つ薫ちゃんは本当にカッコいい。

 黒髪のショートカットが似合う背の高いモデル体型の美人さん。しかも一途。


 はぁ、憧れる。私は身長もそんなに高くないし、童顔だからどれだけ格好つけてもこうはならないもんなー。


「で、いい加減その片思いの相手くらい教えなさいよ。知ってる人なら協力するって言ってるじゃない」

「で、でもぉ……なんか、恥ずかしいし」

「絶対に告白するって決めたんでしょ。今日こそは逃がさないんだから。ほら、吐きなさい!」


 有無を言わさぬ勢いで顔を近付けてくる薫ちゃんを避けるように仰け反る。うぅ、誰にも言ったことのない私の秘密ぅ。


 で、でも、そうだよね。ここらで薫ちゃんに強く背中を押してもらわないと、私は永遠に彼に告白なんて出来ない気がする。

 他力本願っぽくてダメダメだけど、このまま告白出来なかったらもっとダメになるもんね。


 覚悟を決めて何度か深呼吸を繰り返す。それからしばらく間を置いて、私は彼の名を告げた。


「……森藤、くん」

「いや、声ちっさ」


 聞こえなかった、と言われればもう言わない! と押し通すつもりだったけど、薫ちゃんの耳は聞き漏らさなかったらしい。


 森藤、森藤、と連呼して思い出そうとしているのか目線を上にあげている。薫ちゃんは同じクラスになったことがないから知らないよね。

 で、でも、そ、そんなに何度も名前を呼ばないでぇ! それだけでドキドキしちゃうからぁ!


「あ、そうか。森藤って稜ちゃんの!」

「え? ミネリョーくん? 何か関係があるの?」


 稜ちゃんことミネリョーくんは、薫ちゃんが口説き落としたという例の彼氏のこと。今は私も同じクラスだ。

 背が高くて髪が少し長くておしゃれな印象がある。すごくモテそうなオーラがあるっていうか。


 薫ちゃんも背が高いから、二人が並んでいる姿は本当にかっこよくて理想のカップルって感じ。

 でもそこでなんでミネリョーくんの名前が出てきたんだろう?


「稜ちゃんの親友だもん。私も話したことあるし」

「えっ、森藤くんがミネリョーくんの!? し、知らなかった……」

「あんまり一緒にいるところ見ないもんね。森藤くんは一人でいることが多いし、陽の者である稜ちゃんと仲が良いっていうのも違和感あるよね」

「まるで森藤くんが陰キャみたいな言い方ぁ。一人が好きなだけだもん、たぶん」


 これはすごい新事実を知ったなぁ。そっか、森藤くんとミネリョーくんって仲が良いんだ。同じクラスなのに一緒にいることを見たことはほとんどない。

 たまに会話はしてた気がするけど、ミネリョーくんが誰とでも話す人だから気付かなかった。


 なんだか意外……。別に森藤くんが陰キャだとか思ってないよ? ただ、二人のタイプって全然違うというか、真逆な感じがするから。


 ダメだな、私。大好きな人のことをまだまだ知らなさすぎる。


「でも、そっか。そういうことなら協力出来るじゃん。今日、稜ちゃんに聞いてあげるよ。攻略方法」

「ほ、ほんと!?」

「ほんと、ほんと。だから来週は絶対に告白すんのよ? 約束!」

「う、わ、わかった! 約束する! ありがとー、薫ちゃん!」


 ともあれ、ついに私は告白への第一歩を踏み出せた。くっ、そうと知っていれば早く相談しておけばよかった。いやいや、過去を嘆いたって仕方ない。


 今度こそ、今度こそ告白するんだから!


 その日の放課後、薫ちゃんに呼ばれて渡り廊下に行くと、そこにはミネリョーくんが立っていた。ここは放課後になると人通りも少ないから、話すのにちょうどいいって。

 二人は休み時間の間にメールでやり取りをしていたらしい。し、仕事が早い。


「夏野さんだね? 陽菜ちゃんって呼んでいい?」

「じゃあ、私もミネリョーくん、でいい?」

「うん、それでいいよー」


 ヘラッと笑うミネリョーくんは、気だるげな雰囲気もあってまさしくイケメンだ。これまで何人もの女の子と付き合ってきたっていうし、女の子との接し方に慣れていそうだよね。


 もちろん、今は薫ちゃん一筋だと聞いているし、その辺りは信用してる。

 チャラさはあるけど、どことなく理知的で真面目な雰囲気も感じるから。ただの偏見と印象だけど。


 軽く挨拶をすると、薫ちゃんはこれから部活だからとさっさとどこかへ行ってしまった。

 お互いクラスメイトだから名前は知っているけど、こうして話すのは初めて。それなのに二人きりにされるとは。


 でも、私は人見知りをしない方なので緊張はしない。ミネリョーくんも同じようなタイプだよね。力が抜けているのが見ていてわかる。


「単刀直入に言うね。……悪いことは言わない、悠太はやめとけ」

「え」


 だけど、初っ端から言われたその言葉に一瞬で場が凍り付いた。

 だって、まさかそんな否定的なことを言われるとは思ってなかったから。


「り、理由はっ? 森藤くんには彼女がいるの? 好きな人とか……」

「いや、そういうのはいないけど……あー、その方が諦めつく、か? じゃあ、いるってことで。いるいるー」

「……全部聞こえてるんだけど? 嘘が適当すぎっ! ねぇ、いないならなんで? 理由を教えてくれない? あっ、もしかして恋愛対象が女じゃない、とか?」


 つい声が大きくなってしまう。初対面で取るような態度じゃない気はしたけど……でも、やめとけなんて言われて、はいそうですか、とはならないでしょ!


「違う、違う。そういう誤解はやめてあげてね。アイツはノーマルだよ。でもねー、理由はちょっと、ね。個人情報だから。別に意地悪で言ってるんじゃないよ。俺だって本当は、出来れば陽菜ちゃんみたいにかわいい子がアイツの彼女になってくれたらいいのにって思ってる」

「じゃ、じゃあなんで」


 ますます意味がわからない。さらに聞こうと一歩踏み出した私を押しとどめるように、ミネリョーくんは人差し指を立てて私を指差した。


「君が、不幸になるからだよ」


 なんだ、それは。


 今の私は疑いの眼差しを向けていると思う。ミネリョーくんは無言で睨む私を見返すと、仕方ないヤツだと言わんばかりに苦笑を浮かべた。


「って言っても……諦めないよねぇ、その目は」

「もちろん! 納得のいく理由がないと、無理だよ!」


 とか言っておきながら、一年半も踏み出せなかったわけだけど……。

 でも、反発心があった方が勢いでいける気がする。ああ、こんな勢いでしか告白出来ないなんて、自分が情けない。


 でもね? 私だって何が何でも自分の意思を押し通したいってわけじゃない。

 本当にダメな理由があるというのなら、諦めるという選択肢だって出てくるよ。悲しいけど。


 だからハッキリさせておきたいんだ。次に何を言われても譲る気はないと意気込み、来るなら来い! という姿勢を取る。


 けど、実際にミネリョーくんが続けた言葉は、拍子抜けしてしまうものだった。


「いいよ。じゃあ告白してみたら? アイツは押しに弱いから、まだ気持ちがなくても付き合えると思うよ。なんならアイツに陽菜ちゃんと付き合うように俺が助言してもいい」

「へ?」


 言っている意味がわからなくて、数秒止まる。

 だって、そんな、言っていることがめちゃくちゃじゃん……。


 それなのに、何もなかったかのようにアイツも初彼女かー、とミネリョーくんは微笑んでいる。

 その姿を見ていたら、だんだん怒りが湧いてきたんですけどぉっ!?


「え、っと? やめろって言ったり、背中を押したり……どっちなの?」

「どっちも。どっちも俺の本音だよ?」

「なにそれ。私をからかってるの?」


 ハッキリしない回答だ。理由についてはどうしても言う気がないらしい。個人情報って言っていたもんね、無理して聞くことではないのかもしれない。


 でもその態度はどうなのっ! なんかもっとこう、あるじゃない!? 苛立ちを見せてしまうのも仕方ないと思う。


「からかってなんかないよ。でもそう感じるのなら、それも仕方ないかなぁ」


 だけど、そんな私に対して急に真顔になったミネリョーくんにそう言われてグッと言葉に詰まる。

 呆れちゃうよ、こんなの。どこまでも人をおちょくるような言い方をしてさ。


 でも、どことなく悲しそうにも見える微笑みを見ていたら、言葉が出てこなかったんだ。なんで、そんな顔するんだろう?


「とりあえず、さ。もし本当に告白して、悠太と付き合うようになったら。そんで、なんか変だなって思うことがあったら。そん時はまた俺んとこ来てよ。そうなったら話すしかなくなるから、さ」

「どういう意味? もうわけわかんないよ……」


 たぶん、これにも答えてはくれないのだろう。予想通り、ミネリョーくんは肩をすくめるだけだ。


「けど、忠告はしたからね? アイツはやめとけって。君が不幸になるから。絶対に」

「……」

「あとは、自己責任で」


 ミネリョーくんは最後にじゃあね、と言い捨ててその場を去って行く。……モヤモヤするなぁ、もう!!


「なんなの……? 薫ちゃんには悪いけど、ミネリョーくんって嫌なヤツっ! なんか、逆に勇気が沸いてきたかも!」


 口の中でブツブツ怒りを呟いてしまう。


 よし。決めた。

 また来週、だなんて言っていられない。今だ。今から告白しよう。


 この時間なら森藤くんは図書室にいるだろう。伊達に一年半も片思いしていないのだ。そのくらいは知っている。

 あと、この勢いを途切れさせてはいけない。また臆病風に吹かれてしまうから。


 早く、早く。


 図書室に向かうまでの道が長く感じる。

 気持ちが、はやる。


 そして、図書室の前についた私は三度ほど深呼吸をして息を整えた。大丈夫、まだあの勢いは途切れてない。


 息を吸い込み、そして止めてから静かにドアをスライドさせた。


 キョロキョロと辺りを見回す。静かな図書室には、カウンターに座る図書委員の他には数人しかいない。


 その中の一人、森藤君はいつも通り図書室の隅にあるテーブルに座り、黙々と本を読んでいた。


 彼を見つけただけで、胸が高鳴る。ドッドッと心臓が早鐘を打ち始め、そろそろ口から飛び出そうだった。


 でも、彼の下に向かう足は止まらない。足早に彼のいるテーブルまで来ると、私は彼の隣の席に無言でストンと座った。


 まさか隣に座られるとは思っていなかったのだろう、彼が驚いたように身動ぎをしたのが気配でわかった。


 こちらを見ている、よね。よ、よし。


「あ、あの」

「……はい?」


 緊張で彼の方を見ることが出来ない。だから、目の前の机を凝視しながら声をかけると、ほどよく低い声が返事をした。戸惑っているみたいだ。無理もない。私もですっ!


「私のこと、知ってます……?」


 つい敬語になってしまう。彼の顔が見られないから俯いたままだ。完全に不審人物だよね。でも頑張っているの! 許して!


「それは、もちろん。夏野さんでしょ? えっと……何か、用がありました、か?」


 なぜか彼も敬語になってる。私から発するただならぬ気配を感じ取っているのかもしれない。


 うー……! ここまで来たんだから、言え。言うんだ!


「わ、たし。森藤くんが、好き、で」

「……へ?」


 彼は変な声を出した。めちゃくちゃ驚いている。


 よし、いけ。勢い、勢い! バッと顔を上げた私は身体を向け、しっかりと彼を見つめた。


 目を丸くしたその表情に、キュンと胸が締め付けられる。


「私を、彼女にしてください……! ずっと、好きだったの、で……!」


 たぶん、今の私は涙目だ。小声ながら叫ぶように告げたことで、彼がオロオロし始めたのがわかった。


「ま、まだ私を好きじゃないってことは、わかってる。でも、その、お試しでもいいから、私と付き合ってもら、もらえません、か……?」

「わ、わわっ、待って、泣かないで? ど、どうしよう」

「う、うぅ、付き合って、くださいぃ……」

「わ、わかった! わかったからとりあえず落ち着いて、ね? ね?」


 その後は、なんだかもうわけがわからなくて。一度溢れた涙がなかなか止まってくれなくて。


 でも、彼が「わかった」って言ったのは聞こえた。この了承の言葉を、私は都合よく利用しちゃうんだから。


 チャンスは、掴まないと。


 この日、私は人生で初めての彼氏(仮)が出来たのです。

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