9月24日
何を着ていけばいいのかわからない。僕は小一時間ほどクローゼットの前で佇んでいた。
そんなこと言っても、服なんてたいして持ってないから普段通りの格好にしかならないんだけど。でも、デートっていうのはそれなりに気合いを入れるものなんじゃないかって思うし……。
下は黒かグレーのパンツかジーンズ、上はTシャツしかないから、本当にこれでいいのだろうかと思うわけで。
かといってミネリョーに相談して服を借りたとしても、恐らく僕にはとても着こなせない。だってあいつ、絶対にお洒落な格好するだろうから。
背も高いしスタイルもいいのでそもそもサイズが合わない。というかミネリョーの場合は何でも似合うんだろうな。イケメンは便利だな。
などと羨んでいても仕方ない。僕はどこにでもいるような、普通を絵に描いた高校生男子なんだから。
そうだよ、地味な自分はどう足掻いても地味なんだから、背伸びなんてせずにいつも通りでいこう。そうしよう。
……い、いや、でも。ちょっとくらいはお洒落ってやつをしてみよう、かな? 確か、恒太が少しいいシャツを持っていた気がするし! よし、借りられるか聞いてこよう。
僕は早速、リビングで寛いでいるだろう弟の下へと向かった。
けれど、リビングに恒太の姿はなかった。今日は土曜日で学校も休みのはずなのに、どこかに出かけているのだろうか。
「恒太は?」
キッチンで洗い物をしている母さんに声をかけると、困ったような顔をされる。
ん? もしかして僕が忘れているだけで以前から予定でもあったのか? ……あ、そっか。
「今日も部活か! 二学期以降は試合が多いって言ってたし、そりゃあ忙しいよな。じゃあもしかして、明日も部活でいない?」
それならこっそり借りても問題はなさそうだ。そもそもアイツは部活が忙しくて、高校に入ってからは私服をほとんど着ない生活をしてるもんな。
「恒太に、何か用があったの?」
カチャカチャと音を立てて洗い物をしながら母さんが聞いてくる。
「え? ああ、服を借りようかなって思って。その……明日、出かけるからさ」
さすがに親に向かって彼女とデートだとは言いにくい。だから出かけるとだけ伝えたのに。
「ああ、デートなのね」
「へっ!? な、なん……ええっ!?」
さも、当たり前かのように言われて動揺を隠せない。慌てる僕の反応を見てニヤニヤと笑った母さんは、洗い物を終えて手を拭きながら僕に目を向けた。
「そこまで動揺するってことは、当たりなのね?」
カマをかけられた!! くっそ、まんまと引っかかった。
まぁ母さんは昔から何かと鋭い人ではあったけど。確信を持ったように言うんだもん。引っかかるよ、あれは。
「なによ、そんなに驚いて。隠しておきたかった?」
「そ、そういうわけじゃ、ないけど。な、なんで、わかるの」
「女の勘ってやつよ。いくつになっても働くものなの」
「女の人って怖い……」
誇らしげなところがまたちょっとムカつく。けど、母さんはからかうようなことはしないからな。そういうところはありがたいって思う。
「で、恒太に服を借りたいってことね? きっと大丈夫よ。その程度で怒ったりもしないでしょ」
「それはそうかもしれないけど、一言くらい言っておいた方がいいかもって思って」
「……メールでも送っておけばいいじゃない」
「それもそっか。そうする」
それは盲点だった。そうだよ、メールとかメモ書きでも残しておけば良かったんだ。勝手に部屋に入ることにはなるけど……。隠してある物を見付けても見なかったことにするから許してほしい。
双子といえど、そういう部分はちゃんとしておきたいしな。アイツはしないけど。
「ねぇ、相手はどんな子?」
「えっ」
そうと決まれば恒太の部屋に行こうと立ち去りかけた時、母さんがイスに座りながら話しかけてきた。
くっ、からかったりはしないけど聞きたがりではあるんだよな……。こうなったら話すまでしつこく聞いてくるんだ。逃げ場はない。
家族みんなが揃ってるところで聞かれるよりは、二人の時に話してしまった方がいくらか精神的ダメージも少ない、か。
僕は諦めて母さんの向かい側のイスに座った。
「当ててあげる。きっとすごくかわいい子ね。明るくて、笑顔が魅力的。それで、たぶんその子に告白されて付き合い始めた」
「怖い怖い! なんでそこまで当ててくるの!」
「あらぁ、当たり? そうだったらいいな、と思ったことを言っただけよ。嬉しいわねぇ」
そして恐ろしいくらいに当ててくるので本当にビビる。本人は楽しそうに頬杖をついて余裕の表情だけどさぁ。女の勘の範疇を越えてない? この人には隠しごとなんて何も出来ないんじゃないかって思うよ。怖い。
悠太の口からどんな子か聞きたいわねー、と白々しくも言ってきたけど……。正直、全て母さんに言われたって感じだ。
そ、それに、まだお試し期間みたいなもんだし。歩み寄るつもりではいるけどさ。もちろん、そこまで正直には言わない。絶対。
「まだ知らないことが、多いから……」
結局、そんな風に濁した言い方しか出来なかった。別に嘘じゃないし。これから知っていくんだし。
ハッキリしない僕だったけど、母さんは特に何も言わずにただニコニコしていた。それから数秒後、ゆっくりと口を開く。
「今度、家に連れていらっしゃい。歓迎するから」
家って。かなりハードル高いんですが? 気が早いと言うかなんというか。僕は曖昧に笑いながら立ち上がる。
「あ、その。母さん。このこと、恒太には……」
そのまま二階に行こうとして、ふと立ち止まる。別に隠す気はないけど、母さんから聞いたとなったらなんでお前が言わないんだよ、って文句を言われる気がする。いや、絶対に言われる。
自分のタイミングで打ち明けたいし。ちゃんと言う気はある。あるぞ。
「……勝手に言ったりしないわよ。自分で言うんでしょ?」
「うん。ありがと」
母さんはほんのわずかに眉尻を下げてため息を吐いた。信用してないと思われたかな? 念のための確認だったんだけど。
トントンと階段を上がる。そしてそのまま恒太の部屋に入っていった。用事はさっさと終わらせてすぐに部屋を出てやろう。
相変わらず、賑やかな部屋だ。殺風景な僕の部屋と違って、壁にはサッカー選手のポスターとかアイドルのポスターが張られている。
洗濯された服がその辺に置かれていたり、漫画や雑誌も床に広がっていて、足の踏み場に少々悩む。恒太は片付けが出来ないヤツなのだ。
まぁいい。用があるのはクローゼットだ。すぐに目当ての服は見つかって、ハンガーごと手に取る。
『なぁ、悠太。俺さ……』
そういえば、前に神妙な顔で何かを相談された気がする。なんだったっけな? なんとなく、心がモヤッとするから、あんまり良い内容じゃなかったのだけは確かだ。
……忘れたままでいよう、そうしよう。まぁ、恒太からまた切り出されたら、服を借りたお礼に聞いてやらないこともないけど。
借りた服を手に、僕はすぐに自室へと戻る。そこそこ片付いている自分の部屋はやっぱり落ち着くな。恒太が言うには、物がなくて落ち着かないらしいけど。つくづく性格が正反対だ。
ふと、ベッドに置きっぱなしだったスマホが点滅していることに気付く。どうやらDMが届いていたようだ。……陽菜、だ。
【明日は楽しみだね。よろしくね! 大好きだよ、悠太。】
大好き、の文字列にブワッと顔が熱くなる。どうしてそういうことをサラッと言えるかなぁ!? た、確かに飽きるまで伝えるんだって言っていたけど! ほ、本気なのかな……?
そして、何度言われてもいちいち照れる僕の情けないことと言ったら。……慣れる日は来るのだろうか?
「なんて返事すればいいんだ、これ……」
明日はデート当日だというのに、先が思いやられるな。ベッドに転がって数十分悩んだ後、僕はようやく返事を送信した。
【こちらこそ、明日はよろしく。】
つまらない男で申し訳ない。本当に。こういう時、ミネリョーや恒太ならもっと気の利いた返事でも送るんだろうなぁ。
────
『彼女が出来たことが母さんにバレた。女の勘っていうのは本当に怖いな。気にしたら負け。今は明日のデートのことを考えよう』
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