9月23日


 気付けばもう週末だ。今日を終えれば土、日と家で過ごせる。

 けど、今週の僕は先週までとは違う。さすがに付き合い始めて最初の週末になにもなしというのは良くないかなぁと思って。


 というか、どうしたらいいのかさっぱりわからないので、恥を忍んでミネリョーに相談することにした。


「そりゃあ当然、デートに誘う。一択でしょ」

「あー……やっぱり?」


 けど、ただの高校生でありアルバイトをしているわけでもない僕は、実のところあまり金銭的な余裕がない。

 昨日もカラオケに行っちゃったし、あまり頻繁にどこかに行くというのは難しい。


 そんな話を漏らすと、ミネリョーはわかってないな、とニヤリと笑った。


「お金を使わないデートすればいいじゃん。俺だって、そんなの毎回やってたら破産するし、それは彼女も同じ」

「え、お金を使わないデートって何!?」


 映画を観に行くとか、水族館とか、そういうところに出かけるという頭しかなかったから驚いた。

 検索した時も、テーマパークだったり美味しいお店に行くとかそういうのばっかりだったから。やはり持つべきものは彼女持ちの友。勉強させてもらおう。


「もっと涼しい季節なら、弁当持参でピクニックとか? ま、今はまだ暑いから厳しいし、俺らはいつもショッピングモールのフードコートでダラダラしてることが多いかな。涼しいし、ちょっと飲み物買うだけで長居できる」

「な、なるほど……でも、何もしなくても間が持つもの?」

「彼女がよく喋るからね。あー、あとゲーム機を持って行ったりもするな」


 なるほど。陽菜もよく喋る子だから、案外それでも良いかもしれない。というか、結局また陽菜任せなのはどうなんだ? と思わなくもないが。

 あとはゲームか。やってないし、持ってないな……。陽菜は何かゲームをやっていたりするのだろうか。


「お前の場合、本屋に行ってもいいじゃん。図書館とか」

「い、いいのかな? 陽菜はつまらないかもしれないし……」


 それでいいなら僕は大歓迎だ。けど、自分の好きな本をひたすら読むだけの時間を過ごすことが果たしてデートと呼べるのか? ああ、もうわからない!


 救いを求めるようにミネリョーに目を向けると、なぜかこいつはニヤニヤしながら頬杖をついて僕のことを見ていた。な、なんだよ……。


「へぇ、いつの間に名前で呼び合うようになったの? しかも呼び捨て。仲良しじゃん」

「か、からかうなよっ」

「別にからかってないよ。俺は未だに薫ちゃんって呼んでるから、呼び捨てもいいなって思っただけ」


 今度不意打ちで呼んでみよっと、と嬉しそうに笑うミネリョーには、本当に他意はなかったようだ。僕が気にし過ぎなのか……?


「そ、それよりも! 他に何かいい案はないか? ミネリョーたちは他にどんなことして過ごしてるんだ?」

「うーん、あんまりペラペラ喋るのは薫ちゃんにも悪いしなぁ……」

「あ、ご、ごめん。そうだよな。その、でも本当に困ってるんだ。言える範囲でいいから。後生です、ミネリョー様……」


 僕が両手をパンッと合わせて頼むと、ミネリョーは仕方ないなあと僕に向き直った。

 たぶん、最初から教えてくれる気だったのだろう。昔からこいつは弟と一緒になって僕をからかっていたからな、慣れてる。


「あんまり当てになんねーかもよ?」

「うん、それでも聞かせてほしい」


 もはやなりふり構っていられない。ちゃんとデートと言えるものになるようにしてあげたい。彼氏になることを決めたんだから、責任として!


 そう言い張ると、真面目だなぁ、なんて呆れたように言われたけど、当たり前じゃないか? ただでさえまだ気持ちがハッキリしない状態で付き合うことにしたんだから、そのくらいの努力と覚悟は必要だと思う。人として。


 僕の真剣な考えをわかってくれたのか、ミネリョーは肩を軽くすくめてから僕に近寄るように小さく手招いた。

 あまり大きな声では言えないのだろうか、口元に手を当てたミネリョーに合わせて僕もそっと耳を寄せる。


「……どっちかの家に行くんだよ。特に薫ちゃんちは、両親共働きだし兄弟もいないから、家に誰もいない時間が長くてさ。そこで……押し倒す」

「押し倒……っ! そ、そんなことするわけないだろ!」


 あまりにもあまりな内容に大慌てでバッとミネリョーから離れる。き、聞くんじゃなかった!!


「えー、健全な男らしからぬ発言ー。いい子ちゃんぶるなよ、悠太」

「ぶってない! あーもー。仕方ない。帰ったら恒太にも相談してみるかなー……」


 恒太というのは僕の双子の弟で、息をするように悪戯するようなやんちゃな性格をしている。ミネリョーとも昔から仲良くしていたんだけど、恒太はスポーツ推薦での進学を決めたため、別の高校に通っているのだ。


 趣味も性格も僕とは正反対。外見もあまり似てないけど、仲は良い方だと思う。


「……それ、さ。恒太も、俺みたいにからかう未来しか見えねーんだけど?」

「そ、それはそう。むしろミネリョーより酷いかも。うん、やめよ。アイツにはしばらく黙っておくことにする」


 というか、恒太にはまだ彼女が出来たってことも言ってない。言い出すキッカケがつかめないとも言う。家族って、友達よりもそういう話をし難い。

 別に隠す気はないけど、あえて言わなくてもいいかなって。ま、まぁ、いずれそんなタイミングが来た時でいいだろう。


「とにかくさ、まずはデートに誘うことからなんだろ?」

「そうだった……」


 一番大事な部分を忘れてた。もしかしたら陽菜にも予定があるかもしれないし、早く聞いた方がいいよな。お昼を一緒に食べようと言っていたから、その時に聞かなければ。


 ……はぁ、緊張する。


「おいおい、大丈夫かよ。けど、たぶん夏野さんは喜ぶと思うぜ。そしたら、一緒に何するか相談したっていいじゃん。なんでもかんでも、どっちかが決めなきゃいけないルールなんてねーんだし、気を張り過ぎてたら疲れるだろ」

「それもそうだな……。うん、ありがとうミネリョー」

「おー。健闘を祈る」


 隙あらばからかってはくるけど、やはり持つべきものは彼女持ちの友達である。


 ※


 昼休み、僕の席の近くにお弁当をもってやってきた陽菜は今日もニコニコとご機嫌な様子で弁当箱を広げた。相変わらず可愛らしいお弁当だ。自分で作っているのかな? でも、こういうのって迂闊に聞けないんだっけ。

 ミネリョーが彼女にそれを聞いて、お母さんに作ってもらったって恥ずかしそうに答えていたのが申し訳なかった、って言ってたし。その姿もかわいかったっていう惚気が続いたけど。


 いや、今はそれどころじゃない。せっかく昨日は陽菜が誘ってくれたんだから、今度は僕から誘うんだ。

 自分の弁当箱を広げながら、バレないようにそっと深呼吸をする。……よし。


「あの、さ。陽菜」

「んむ? はぁひ?」


 ぐっ、咀嚼中でしたかっ! っていうか、もぐもぐする度に動くほっぺがかわいい。小動物みたいだ。

 ドッドッと心臓が早鐘を打つ。お、落ち着けー。落ち着け、僕!


「そのー、確認というか、聞きたいことがあるというか」

「聞きたいこと? 何でも聞いてよ!」


 笑顔が眩しい! こんなにも素直に答えられると余計に緊張する。

 たぶん、陽菜は笑顔で答えてくれる、と思う。軽い調子でいいよって言ってくれる、はず。自惚れかもしれないけど、好意を向けられていることはいい加減、ちゃんとわかっているから。


 よし、言うぞ。今、今言うぞ。そう覚悟を決めれば決めるほど、鼓動がめちゃくちゃ速くなっていく。そろそろ口から臓器が飛び出る。

 その前に、言葉を出さなければ! ギュッと拳を握って息を吸い込み、僕は一息で告げた。


「次の日曜日の予定は空いてますかっ」

「えっ、日曜日……?」


 陽菜の顔が見られなくて、俯いたままひたすら返事を待つ。戸惑ったような声に、急に不安になった。

 くっ、もっとスマートに言えないものか? 前置きだって、もっと上手く挟めれば良かったのに。つくづくヘタレで情けない男だ、僕ってヤツは。


 とはいえ、言ってしまったものは仕方ない。このままの勢いで全部言ってしまおう。手が、震える。


「……うん。その、良かったら、だけど。一緒に、出掛けない、かなー……? って」

「……」


 本当は、もっとあれこれ言うつもりだった。昨日誘ってくれてありがとうとか、だから今度は僕が誘いたかったとか。

 けど、なんかもう精一杯で。言葉に出来るのがこれだけだった。思っていた以上に緊張する。僕は乙女か。


 ……それにしても、さっきから静かだ。もしかして、迷惑だったとか? 予定があって断りにくいとか!?


「あっ、無理ならそう言ってもらって大丈夫だから! もし、陽菜の予定がなかったらどうかなって思っただけで……い、忙しいならまたの機会に」

「行く!! 行くよ!!」


 慌てて付け加えるように伝えると、その途中で僕の声を遮るように陽菜が叫ぶ。ちょ、ちょっと、さすがに声が大きいって! クラスに残っていた人たちの視線が集まっているのがわかる。


「絶対に行く。……嬉しい。悠太が誘ってくれるなんて、初めてだから」


 陽菜は、少し泣きそうな顔でそう言った。泣いてはいないけど、いつ泣き出してもおかしくないっていうか。

 そ、そんなに? 確かに僕が誘ったのは初めてだけど、そもそも付き合い始めたのが二日前なんだから、そうまた不思議ではないと思うんだけど。


 でも陽菜が心から嬉しそうに笑うから、まるでずっと僕に誘われるのを待っていたかのように錯覚してしまう。そ、そんなわけないけどさ。


「あ、でも。僕、正直なところあんまりお金がなくて。どこか遠くに行くとか買い物に行くとかは難しいんだけど。情けなくてごめん」

「そんなの、私だって同じだよ! 私は悠太と一緒にいられるならどこでもいい。公園だって、ただ歩いているだけだっていい!」

「大げさじゃない……?」


 でも、良かった。金銭面の不安は陽菜も同じだったみたいで。いや、僕に合わせて言ってくれてる部分もあるのかもしれないけど、少なくとも呆れられるだとか、嫌な顔はされずに済んだ。

 やっぱり、最初から正直に白状しておいて良かったな。ここで見栄を張ったら後で大変だろうから。


 しかし、本当に大げさだと思う。クラスメイトも生温い眼差しでこっちを見てるし、女子なんかは良かったね、と泣いてる子もいるんだけど? 陽菜ですら泣いてないのになんでそこまで? 女子っていうのはすぐ泣きたくなるものなのだろうか?


「大げさじゃないよ! 私がすっごく嬉しいのは本当なんだから! あ、今更やっぱりなしとかはダメだからね! 日曜日はデートだからね! あれっ、デートでいいんだよね? デートのお誘いだったよね!?」

「そ、そうだけどそんなに大きな声で言わなくても! さすがに恥ずかしいんですがっ!」


 なぜかお祝いムードで盛り上がり始めたクラス内で、ウキウキの陽菜と慌てる僕。どうしてこうなった? 二人だけの時に誘った方が良かったかな、と思うものの後の祭り。


 まぁ、いっか。とにかくデートに誘うことは出来たんだから。明日は土曜日で学校も休みだし、ゆっくりどう過ごすかを考えようかな。


 ────


『陽菜をデートに誘った。けど、どこに行って何をすればいいかはまだ思いつかない。明日の僕、後は任せたぞ』

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