page.18「樂羽と2人抜き」

「先生。

『ゾーンに入る』って、どういう感覚ですか?」

「……少し前まで入りっぱだった、俺に聞く?

 まぁ、いけど。

 そだなぁ……『幽体離脱』かな。

 五感とは別に、心に、脳に、映像や声が届いてるってーか。

 体とか重力とか、時間とか現実とか。

 そういう一切合切を忘れて、フワフワ、プカプカしてるってーか。

 少なくとも俺は、そんな感じ」

「参考になりませんね」

「君が、聞く相手を間違えたんだろ。

 ま、その内、分かるさ」

「今日じゃないと困るんですが」

「だったら、キリキリ書け。

 ずは、えず、形にしろ。

 そしたらいずれ、形にもなるさ」

「適当ですね」



 原稿を用意している際。

 そんな会話を、二人はしていた。



 樂羽このはは、今。

 その意味が、なんつかめた気がした。

 こうして、ノー原稿で、マイクの前に立って。

 


 これまで、色んな物を作って来た樂羽このはだったが。

 ここに来て、ようやく。

 クリエイターとしての第一歩に、立てた気がした。



 深呼吸し、鼓動を確かめる。

 


 ……大丈夫。

 意外と、落ち着けてる。



 怖くないわけではない。

 なにか算段、取って置きの笑いぐさなどがわけでもない。

 ましてや、勇気だって。



 けど、平気。

 この場にるのは、一部を除いて、優しい人ばかり。

 その『一部』だって、今日だけは、限り限りギリギリ

 流石さすがに『許せ』はせずとも、『認めて』はいる。



 だから、平気。

 自分は、話せる。

 きちんと、戦える。



 ……あの人、みたいに。



「……幼い頃から。

 私は、典型的な、本の虫でした」



 母親へのスピーチで、まさかの自分語り。

 冒頭から、着地点を見失いつつあった。



「文学的な人に、淡い心を抱き。

 王子様に、憧憬しょうけいを抱き。

 ひたすら、ほんの世界に没頭しました。

 そんな背景も手伝い。

 私の母の再婚相手が、『身内に脚本家を持ってる』と聞き。

 それまで、かたくなに嫌がっていた、怯えていた私ですが。

 今回は、二つ返事で、再婚にオッケーを出しました。

 まだろくに話ても知り合ってもいない相手を。

 私は、そんなふうに、雑に歓迎し。

 同時に、世城せぎ家に興味を持ちました。

 彼の著書を読み、全年齢版のゲーム、動画を漁り。

 まだ見ぬ文学者に、思いを馳せました。 それから、しばらくして。

 その期待は、無残にも打ち砕かれました。

 なんと、噂の脚本家さんが、ニートになり。

 立て続けに、再婚相手のご両親が、離婚しかけ。

 しまいには、向こうの祖父に、拒絶されました。

 文字通り、読んで字のごとく、『最低最悪』でした」



 全員の視線が、アレンくんに突き刺さる。

 オレンジぐまは、ぐに手を横に振る。

 こういう時だけ設定に頼る辺り、実に狭量である。



「それだけじゃありません。

 くだんの先生は、家事が出来できません。

 私が壁にめり込んでいても、美味おいしいご飯を用意しても、てんで気付きづいてくれないし。

 どこかの誰かさんばりに、無神経で無頓着だし。

 だらしなさと不摂生が祟って、元カノさんに川に投げ捨てられまくるし。

 そればかりか、一緒の食事を誘った結果、倒れてしまうし。

 折角せっかく、彼のためだけの手料理をこしらえても、『自分に、そこまでの価値はい』なんて言い張るし。

 思わず、引っぱたいてしまいました」



 冷ややかな視線が、今度は一楽たからに注がれる。

 彼も彼で、急いで手を横に振る。

 


「他の人達だって、似たような物です。  やっと出会えた王子様は、白馬じゃなくてバイクだし、見た目に反してナヨッとしてて、決め手に欠けた八方美人だし。

 先生の元カノは、別れたのに同居してるし、極悪非道、絶対零度、キャラがブレブレのダブスタ策士だし。

 理想的な長男だと思っていた人は、実は義父だし、ギフトで太らせようとする、女性の奴隷だし。

 本当ほんとうに、ひどい人達ばかりです。

 今にしてみても、れっきとした詐欺だと思います。

 正直、出会って、期待して、大損でした」



 灯頼ひよりが落ち込み、仲音なことが目を逸らし、京一きょういちが笑う。

 改めて、滅茶苦茶な身内だと、樂羽このはは思った。



「でも。

 それだけじゃありませんでした。

 王子様は、垢抜けていないからこそ、意気投合出来できたし。

 元カノさんは、なんだかんだ、先生や、私のことを優先してくれるし。

 理由はさておき、義父さんが先生を思う気持ちは、紛れもく本物だし。

 深く考えないまま、私の選んだ人達は。

 しくも、そういう、気のい人達でした。

 そして、先生」



 今度は樂羽このはが、率先して見詰める形で。

 一楽たからへと、注目が移る。



「先生は、特に優しい方でした。

 私が家の壁を壊しても、意に介さず。

 私が眠れない夜には、私が落ち着くまで手を握り、割と近くで寝ていてくれて。

 灯頼ひよりくんとのことで困っている時は、あんまり宛にならずとも、相談に乗ってくれて。

 今日だって。

 付き、冷たい独房で、無力に打ちひしがれていた私を。

 私の中に潜んでいた、数多の言葉を、罵詈雑言を。

 先生は、解き放ち、受け止めてくれました。

 私を鼓舞すべく、ものの1時間で、家族紹介の文章を用意し。

 私と一緒に、スピーチ原稿を用意してくれました。

 もっとも、そのクオリティとセンスは先程、皆さんがお聞きした通りですし。

 そこまでしてしたためて来たカンペは、ご覧の通り。

 私が自分で、すでにバラバラにしてしまいましたが」



 口元を抑え、クスッと笑う樂羽このは

 一楽たからはじめとは比較にならないジョークに、観客が湧く。

 結果、約2名が、ひそかにダメージを受ける。



「長くなってしまいましたが。

 世城せぎ家の皆さんは、私を、快く歓迎してくださいました。

 程度やニュアンスの差はれど。

 私も、そんな皆さんを、好きになれました。

 皆さんとなら、これからも、なんだかんだで、やって行けそうです。

 なので私は今、この結婚に、特に不満、不安はりません。

 どうか、お幸せに。

 そして、最後に」



 機内トラブルにった、不時着寸前の旅客機のような、危ない言い回し。

 その締めに、樂羽このはは入る。

 一楽たからと、灯頼ひよりの前に移動し。



「……一楽たからさん。

 ……灯頼ひよりくん。

 改めて、お願いします。

 一楽たからさんは、『き相談相手』『お兄ちゃん』として。

 灯頼ひよりくんは、『恋人』『旦那さん』として。

 二人共、違う意味で。

 私と、家族になってください」



 まさかの、結婚式ハイジャック。

 


 ここに来ての、異性の2人抜き。



 これを受け、一楽たから灯頼ひよりは、顔を見合わせ、爆笑する。



「……樂羽このはさん。

 いくなんでも、自由ぎるだろ……」

本当ホントだよ。

 樂羽このは、こんなキャラだったっけ?」

「っしゃあ。

 彼氏に勝った。

 俺、知ってたし」

うっさい、タカにぃ

 てか、かれしに内緒で、二階級特進してんな。

 勝手に人の彼女を、呼び捨てにしてんな」

「一回きり、発破かけただけですー。

 樂羽このはさんも、満更でもなさそうですー」

「……ロリコン」

「お前にもダメージ判定入るし、そもそも樂羽このはさんに失礼だろ、おぉっ!?」



 緊張感と年の差感のい掛け合いをしてから。

 一楽たから灯頼ひよりは、樂羽このはと向き合った。



「こちらこそ。

 お、俺でければ、その……。

 ……よろしく、です……」

「うわぁ。

 ここで日和ひよんなよ、オージ様」

「う、ううう、うるさいなぁ!!

 仲音なことさんに奇跡的に拾ってもらったタカにぃには、分からないんだよっ!!

 てか、『謳時オージ』って呼ぶなっ!!

 旧姓だし、不釣り合いだし、恥ずかしいよっ!!」

「さぁさぁ皆さん、お立ち会い&ご唱和くださいっ!!

 せー、のっ!!

 オージッ!!

 はいっ、オージッ!!」

「タカにぃぃぃぃぃっ!!」



 煽り散らかす一楽たからと、ひたすら赤くなる灯頼ひより

 仲のい2人のやり取りに、樂羽このははお腹を抱えて笑う。



 一楽たからは、樂羽このはに返事なんてしていない。

 自分達は今更、そういう確認の必要な間柄ではないのだ。

 なん一楽たからは、樂羽このはないと、日々の生活もままならないのだから。



「以上をもちまして、お祝いの言葉とさせて頂きます。

 ご清聴、ありがとうございました。

 重複になりますが。

 どうか、末永く、お幸せに。

 世城せぎ家の元夫妻のような、『鴛鴦おしどり』夫婦になってください」

「ちょっ……!?

 勘弁してくれよぉ、樂羽このはちゃぁんっ!!」

「それ、違う意味っ!!

 とんだ皮肉になってるからぁ!!

 めたげてよぉ、本当ほんとうにぃっ!!

 知ってて言ってるだろ!?

 絶対ぜったいっ!!」



 思わず席を立つ秀一しゅういちと、急いでツッコむ一楽たから

 樂羽このはは、二人に向けて、あかんべえをする。



 徹頭徹尾、危ういフライトになったが。

 それからは危な、滞りく進み。



 災難続きではあったものの。

 天気にだけは恵まれた、今日この日に。

 秀一しゅういち近恵このえは、結婚したのだった。



 余談だが。



「いやぁ、一楽たからくんっ!

 さっきの、かったよっ!!

 今日は、大活躍だったねっ!!」

「ほ……本当ホントですかぁ!?」

「ああ!

 私も今度、君の作品、読ませてもらうよっ!!」

「是非……是非ぃっ!!」



 といった具合に、肩を叩かれ、労われ。

 近恵このえの父には大好評だったと、会食時に知り。

 一楽たからは、少なからず救われた。



本当ほんとうに、素晴らしかった!!

 先程の、一喝!!」

「そっちかーい!!

 家族紹介のスピーチちゃうんかーい!!

 てか、アドリブやないかーい!!」



 割りかしぐに落ち込んだ。 

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