page.15「ヘヤリーとパズル」
『
それは、「夜明け」「喪に服する期間が終わる」
(見た目だけなら)神秘的な彼女が、「
それ以外にも運命めいた物を、
別に自分の父は、死んでまではいない。
しかし。
あの日からは、
父親として。
ヒーローとして。
男として。
そんな
頼もしく
色褪せなかった
父のピンチに
そんな失望、絶望感もまた、彼から言葉を奪う一因となっていたのだ。
そう考えると。
でも。
そんな彼を、
廃墟に佇む自分に、救いの手を差し伸べ、光を差し込み、声を取り戻させてくれた。
だからこそ、
今度は自分が、彼女を助ける番だと。
「
ダッシュで帰還する
「初めまして……。
「今夜、彼の妻になる、
挨拶も
そればかりか直前に、
……
「必要、
っても、ご納得しないでしょうから。
それに関しては、この件が片付いたら、互いに示し合わせましょう」
「だな。
それで、
他の皆さんは?」
「今は、自室で休んで
私だけが、ここに残った。
母として、君の妻として。
だが一同、やはり気に病んでおられるご
あれから定期的に、足なりメッセなり、こちらに向かわせてくださっている。
私の見立てでは、まだ一人として、満足に休めていない。
おまけに、先程から、呼び掛け続けてはいるが……。
……見ての通りだ」
「そんな……。
やっと……やっと、ここまで漕ぎ着けた、取り付けられたってのに……。
親父、あんななって……。
俺が……俺達が、間違ってたってのかよぉっ!!」
今日は、
「兄さん」と呼ばれたのも。
兄扱いされたのも。
今まで「歳の離れた幼馴染」
それに、
ここまで
となれば。
やっぱ、ここは俺が。
兄貴が、師匠が、どうにかしなきゃだよな。
そう、
「すみません。
策なら、もう講じて来たので」
「……そう仰って頂けるのは、助かります。
ですが、しかし……」
「この通りです。
どうか、お願いします。
俺、今まで……彼女から、恩しか受けてない。
こんな時
「
姿勢を正し、頭を垂れる
彼の切実さが伝わったのだろう。
「……分かりました。
どうか、娘を、お願い致します」
「
空気を緩めようと軽口を叩く
当然だが、夫婦に揃って睨まれた。
仕切り直して。
深呼吸し、ドアの前に立ち。
「
俺だよ」
「……せん、せぇ……」
狙い通り。
けれど、その声は弱々しく。
彼女の流す涙を、恐怖を覚えさせた。
「急に、
でも、安心してくれ。
君の父さん、シュウが、ある程度まで説き伏せてくれた。
俺は、ただ、見てるだけ。
相変わらず、
後頭部を掻き自嘲し。
「それとさ、
……怖がらせて、ごめん。
身内が……俺の父親が。
君を、深く傷付けた。
「
先生が、謝るんですか……?
先生……
前の件なら、もう……」
「ああ。
撤回して、謝罪して、
俺の、失言の
でも、俺の父親の分は、完済してないんだよ。
正直、七面倒だけどさ。
それが、『家族』ってものなんだよ。
あの人、今、増長してるから。
自分が世界を回してる
多分もう、何言っても無駄だ。
自分から謝るビジョンなんて、想像
だったらさ……俺が、謝るしか
あの家を継いだ名義人。
長男不在の穴埋め役。
今の
向こうから、見える
穴が空いてるタイプの扉でもないのに。
隙間だって、開いていないのに。
それでも、
こういうのは、形から入るべき。
電話口でも、
こうするのが、
そんな彼の懺悔が届いたらしい。
少しして、部屋から声が聞こえる。
「私……ずと、考えてたんです。
今日、お母さんに捧ぐ、スピーチを。
けど……全然、
理由は、
自分と彼女を隔てる、1枚の扉。
彼女は今、人前には立っていないからだ。
「あの日から、言葉が、
けど、他の人には、譲りたくなくて……。
どうしても、私が、お母さんを
お母さんの娘は、二人
私のお母さんは、一人しか
胸を打たれる
きっと、幻聴などではない。
「……だから、先生に、近付いたんです。
先生なら、きっと、参考になてくれる。
私の足りない言葉を、埋めてくれるて。
私に今日のスピーチ原稿を、書かせてくれるて。
あの人に似てる先生と、触れ合いさえすれば、免疫が
私も……私の言葉を、取り戻せるんじゃないかて」
立ち返ってみれば。
彼女が、自分を助けに来てくれた真意も。
彼女が、人前では
自分は、もっと
家族だし、異性だし、年下だし。
曲がりになりにも同居人。
そして
「……分かりますか? 先生。
私は、あなたの
そもそも、あなたを救ったのだて。
どうしても先生に、出席して
これ以上、欠席者を増やしたくなかたから。
そんな……自分勝手な、経緯なんです。 あの人と、同じ……」
「違うっ!!」
こういう感覚か。
確かに、中々どうして、面白くない。
カッとなってしまった頭と心を冷まし。
「……急に騒いじゃって、ごめん。
でもさ、
それは、
だって君は徹頭徹尾、自分本意な、あの人とは違う。
君が、俺に近付いたのは。
だったら俺、君を責められない。
こんなにも優しい、一途で
糾弾なんて、
「でも、私……!
その
「君は、俺を『
俺が、意図的に、自分から『
君はただ、ちょっと『黙って』いただけだ。
俺も、そこまで君に興味を持てなかった。
そんな気分、身分じゃないからって、詮索せず。
ただ、ありがたく恩恵に預かっていたに
君は、
「私は……!
先生の気持ちを考えず、
「
俺のが、ちょっと特殊ケース、分かり
第一、1週間そこらで、そこまで読み取れる
生活リズムも、まるで異なってたしさ。
てか、ニートの分際で
そんな俺が罰当たりだったんだよ。
君の責任なんかじゃない」
「それだけじゃない……!
その
それでいて、
先生と仲良しでもある彼から、オーケー
現状維持のまま、甘えたがるなんて……!」
「俺にだって、
君が俺を、『師匠』としか思っていない
俺だって君を、『妹』『家族』としか見ていない。
てか、耳掃除とか、ベッド別での添い寝とか、軽めのハグとか。
これ
「でも、私……!
1ヶ月も、先生と一緒に暮らしてたのに……!
あんなに、相談に乗って
ただ、壊して、家事して、
夏休みの宿題よりも大事な課題を……!
原稿を、少しも進められなかった……!
先生みたいに、なりたかたのに……!」
結局の所、自分こそが、父と同じ。
他者に心なんて開かない、生粋のエゴイストだったのだと。
本来の自分なら、
彼女が言葉を失うのは、『人前』限定であると。
そして、その打開策として、今日みたいな
だのに。
それを怠った。
行おうとなんて、して来なかった。
聞く耳なんて、少しも持とうとしなかった。
あれだけ、お世話になっておいて。
自分は、彼女に
控えめに言って最低、屈辱の極みでしか、ない。
それでも。
背徳感と後悔で押し潰されそうになりながらも。
「……
一つ、誤解してるよ。
俺だって
頭の中に響くのは一部、プロモーション染みたキーワードだけ。
俺に関しては、そう。
そうやって、
他の、
ここぞって時に、一気に爆発させ、消化させる。
要はさ……『パズル』みたいな物なんだよ」
時刻は、午後1時。
式の開催は、午後6時。
残り時間は、あと5時間。
いや……写真撮影や、親族への挨拶も加味したら、もっと迫られ、狭められるだろう。
その間に、
それだけに飽き足らず、今度はスピーチ原稿を用意させようだなんて。
どう考えても、無理難題でしかない。
どれだけ器用でも、母親思いでも。
今の
第一線でこそないものの、10年近く作品で食べて来た自分とは、訳が違う。
だったら、もう。
こうする以外に、他に道は
「……俺さ。
ずっと、望んでたんだ。
こんな贖罪が、俺にも訪れてくれる
廊下のシャンデリアを見上げ。
「シュウと違って、
いっつも、いっつも、空気読めなくて。
スベってばっか、地雷踏んでばっか。
他の作家がデビュー、メディア化決まる度に嫉妬して、
案の
結婚なんて、夢のまた夢でしかなくて。
……そんな、俺でもさ。
弟の結婚式
そう、願ってたんだ。
っても、今となっちゃ、説得力とか皆無だけどさ。
現に、君に助けられるまで、不参加決め込んでた
声がくぐもらない
「最早、単なる無い物ねだりでしかないけどさ。
夢の中ではさ。
きっと、その頃には俺も、
多少なりとも兄貴、社会人になっててさ。
スーツだって、パリッとしたの新調しててさ。
そこそこ、実力や実績も兼ね備えててさ。
参列者の人達に、サインや握手を求められたりなんかしてさ。
そんな
……まぁ。現実なんて、世知辛いんだけどさ。
今の俺、無名どころか、働いてすらいないんだけどさ。
それでもさ、
俺も、男で、作家で……兄貴だから、さ。 それなりに、覚悟決めたんだよ。
……だから」
視線を、ドアへと戻し。
「
俺、やるよ。
俺も、君に付き合う。
君にばかり、辛い思いを強いない。
君は、俺の『弟子』で。
俺は、君の『師匠』なんだろ?
君が言葉に、パズルに挑むんなら。
俺だって、挑戦する。
もう君を、決して一人になんてしない。
させたくないんだ、絶対に」
「先生……!
そんな、まさか……!?」
ここに来て、
ドア越しに、立っているのかを。
父を断罪した、彼でさえ。
ともすれば、結婚式を
「そんなの……!
……そんなの、
間に合いこ、ない!!」
「だったら!!
俺が、証明してやるよっ!!
ミナミさんから、
ドアに組み付き、軽くぶつかり。
我慢を、背伸びを、猫撫で声を。
特別、子供扱いを
「『1時間』だ!!
それだけ
その間に、
証拠としては、充分だろ!?
そんで、君の分の作成も手伝う!!
君の届けたいメッセージ、全部乗せろっ!!
拙くても、足りなくても構わないっ!!
あとは俺が、全部どーにかしてやるっ!!
整合性の取れる範囲で、縫い合わせてみせるっ!!」
「
「ここまで
『構ってください』って、あんだけせがんどいて!!
対等な交換、協力条件求めといてっ!!
人を
ここまで俺の日常に、家に、人生に、
今更、構われずに済むと思ってんじゃねぇよ!!
この期に及んで、白ばっくれんじゃねぇよっ!!
俺に遠慮なんか、しようとしてんじゃねぇよぉっ!!」
図らずも、
それは、彼が思っている以上に、
16年もの歳月で積み上げて来た、
彼は、ものの1ヶ月で、そこまで追随して来たというのだ。
驚異的なペースである。
少し、違うかもしれない。
『恋するまでに、時間なんて関係
自分と
けれど、憎からず思い合っているのは、事実。
ブランクこそ
色んな意味で、決して老若男女に好まれる経歴ではないにせよ。
この人なら、信用に足る。
この人なら……信じてみたく、なる。
「君の憑くべき部屋は、そこじゃない。
やっと、俺にもツキが回って来た。
君に返せる。
黙って、付け上がらせろ。
とっとと、そっから出て来て、俺に請 願、懇願しやがれ。
……『
こんな私を怒らず、責めず、受け入れ、歓迎し、助けてくれる。
ナヨナヨした自分を捨て、等身大で、私を見てくれる。
同じ目線で、私と並び立ってくれる。
そんな……今の、この人なら。
「こ、
「い、今まで、そんな近くにっ!?」
固く閉ざされていたドアが、やっと開き。
正に、目と鼻の先に
目を閉じ、深く息を吸い。
割と平気なのを、肌で感じ。
電気さえ点いていなかった、暗がりを去り。
「……先生の、ヘタレ虫。
私、確かに言いましたよね?
『さん付け
「俺も言った
『こんな歳にもなって、ちゃん付けや呼び捨てはむず痒い』ってな」
「折衷案、ですね」
「みたいだな」
「歳とか関係
逃げてばっかなんて、
「
すっかり小生意気、毒舌になりやがって。
「お
自称でも公称でもないです。
私が、とやかく言われる筋合いなど
それより、先生こそ。
よくもまぁ、おめおめと大口、叩けましたよね。
今や、
私と
「んなもん、あと数日の話だろ。
「いいえ、お断りします。
これからも、断じて
あなたから受けた大恩を、完済するまで。
あなたからの教えが、無くなるまで。
この命の
あなたに従い、お慕いし。
必要とあらば、従わせます」
「おー、
「ご心配
現代は、女性の味方なので。
その気にさえなればいつでも、世論を味方に付け。
ディープ・フェイクやカマトト、ヘヤリー力によって洗脳、扇動し。
先生を、社会的に
「お前、破門っ!!」
「どうぞ、ご自由に。
されませんし、させませんし。
どうせ、させられませんので。
「ねーお前、そこまで言っといて結局、家族、弟子止まり、ヒロイン未満って、どんな気持ち?」
「ハラスメントです」
「
早々に、気まぐれで切り捨ててんじゃねぇよぉっ!?」
バチバチとメンチを切り。
かと思えば、どちらからともなく笑い合い。
「……
「
「
正当な対価ですよ。
私だって、手間暇掛けてお世話して差し上げてるんですから」
緊迫したムードを、
「冗談は、この
事態は、一刻を争う。
さぁ……修羅場ろうぜ、
楽しい
リードせんとする、師匠の腕。
それを握り、弟子は笑顔を返す。
「……はいっ!!
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