page.14「家主と二人の父親」

「すみません。

 折角せっかく、お越し頂いたのに、たいしたお構いも出来できず。

 これ、せめてものお詫びとして持参した、差し入れのコーヒーです。

 昔はブラックでしたけど、今は微糖がお好みでしたよね?」

「あ、ああ。

 頂こう」

「ええ、もう、どうぞ、どうぞ」



 一触即発という空気を、一変させる秀一しゅういち

 それも、一楽たからみたいに感情的、暴力的にもならず。

 あくまでも好意的に、交渉術だけで。



 こういう所を見るとつくづく一楽たからは痛感させられる。

 やっぱ、たいした世渡り上手だと。



「して、お父さん。

 なにやら、ぼくの選んだ日明たちもりに、ご不満がるとのことで」



 危うく、含んだコーヒーを吹き出しかけるはじめ



 一方の秀一しゅういちは、椅子いすに腰掛けながら、手を合わせる。

 俗に言う、『シャーロックホームズハンド』である。

 


 そもそも、すでに勝敗は決していた。

 彼が家族に対して敬語を使うのは、決まって「物申す」時。

 しかも、自販機で買って来たとはいえ、持って来られた好みの物を開けたとあっては、劣勢。



 おまけに、先程までの話を聞かれていた可能性もる。

 それも、ここまで自分がなにかと優遇して来た、自慢の「最高傑作」に。



 そんな彼にまで謀反むほんを起こされたとあっては、面目丸潰れ。

 年金暮らしのはじめが、でかい顔など出来できはずい。

 最悪、ともすれば、折角せっかく有り付けた理想の嫁にまで、愛想を尽かされるかもしれない。



「ち、違うんだっ!

 誤解しないでくれ、秀一しゅういち

 は、ただ、お前のことを思ってだなぁっ!」



 こんな時、秀一しゅういちの前でだけ、一人称が「父さん」になる。

 そんなはじめに、一楽たからは拒絶感を隠せない。

 


 が。

 年甲斐もい不満に駆られ、それをこぼそうものなら。

 ほぼ間違いく父に、ように使われるだけ。

 なので、大人おとなしくしている。



「お父さんが、そこまでぼくおもんぱかってくれるなんて。

 息子冥利に尽きます。

 本当ほんとうに、お父さんには、お世話になってばかりで。

 ぼくは、とんだ果報者です」



 ……くもまぁ、ここまでペラペラ、ヘラヘラと、心にもいおべっかを使えるものだ。

 と、ある意味、感心する一楽たから

 しかし、引き続き、特に触れたりはしない。



 泣き真似マネまでする秀一しゅういち

 見るからに高そうなハンカチで目元を拭い、スーツの胸ポケットにしまい。

 何故なぜか天井を見上げてから、視線を戻す。



「お心遣い、痛み入ります。

 でも、お父さん。

 どうか、少し、思い返して頂けませんか?

 ぼくが、今まで、一度たりとも。

 お父さんの期待を裏切ったことが、りますか?」

「い、いや……」

「そうです!

 ぼくは常に、お父さんに課せられた司令、使命を達成して参りましたっ!

 運動会では、1位になり!

 文化祭の劇では、主役を勝ち取り!

 テストでは、赤点は取らずっ!

 志望する名門進学校には、一発合格し!

 負担にならぬようバイク、自分だけで通学し!

 デートもバイトもせず、勉強に明け暮れっ!

 専門学校に通い、2年で公務員に登り詰め!

 いよいよ今年、勤続10周年を迎えるっ!

 そんなぼくがっ!

 お父さんにご満足頂けないような女性を、生涯の伴侶はんりょにすると!

 お父さんの育てた男が、その程度の、なんの面白みも将来性も実行性もい男だなどとっ!

 お父さんは、そう思われますかっ!?」



 立ち上がり、左右に動き。

 手を上げ、かと思えば手を胸に置き。  さながら舞台役者のごとく、雄弁に、饒舌に語る秀一しゅういち



 今、この病室は、紛れも誇張もく。

 彼の支配する舞台へと、早変わりしてしまった。



 余談だが、この男。

 高校生の時点で、こっそりバイトはしているし。

 縺れはしなかったものの、なんなら園児の頃には、すでに彼女もた。

 というか、「図書館で勉強」という名目で、デートもガンガンしていた。

 ただ、はじめには直隠ひたかくしにつつ、学業と両立させていたにぎない。

 それを成せるだけの才能、強運、話術、人脈の持ち主。

 


 世城せぎ 秀一しゅういちとは、そんな男。

 ギリ許せる範囲の、稀代の大法螺おおぼら吹きなのだ。


 

「い、いや……」

「そうですともっ!

 ぼくは決して、お父さんを裏切りませんっ!

 この命果てるまで、あなたの誇りで、すべてであり続けてご覧に入れましょう!」



 選挙演説でもしてるかのごとく、はじめの手を取り、誓う秀一しゅういち

 療養中に、このテンションと実績で、自慢の息子に迫られたとあっては。

 流石さすがはじめも、タジタジである。



「……わ、分かった。

 その件については、撤回しよう」



 こうして、あっさりと非を認めるはじめ

 もっとも、謝罪はしない辺りは、流石さすがという他いが。



「ご理解頂けて、何なによりですぅ。

 今後とも日明たちもり家を、どうぞ、ご贔屓にお願い致しますねぇ。

 それと今後、なにかございましたら、さきぼくをカスタマーにしてください。

 きっと、お父さんにご満足、ご納得頂ける形へと、改善させて頂きますのでぇ」

「あ、ああ。

 了解した」

「……」



 一楽たからは、みずからの幼さを恥じた。



 結局の所、自分はなに出来できていない。

 ただ父親から、残酷な真実を突き付けられた、しがないつなぎ。

 しかも、それすらもこなせず。  危うく実力行使に出掛けてさえいた。



 今となっては、はじめより余程よほど、父親らしく成長した。

 そんな弟の姿を拝まされ、苦しくなる一楽たから



 ああ、本当ほんとうに。

 自分は、なにをやっているのだろうか。



 などと思っていると。

 不意にスマホから通知音が届き。



『気にすんなし、ナルジロさん♪

 先行して止めといてくれて、サンキューだし♪』



 今もニコニコと話しつつ、父親の気を引き付けつつ。

 背中で持ったスマホで、ノールックでアプリを正確に起動し、送信先を絞り、文章をしたため、一楽たからにメッセする。

 熟練の技が光る、切れ者っり。



 そんな器用な秀一しゅういちに、思わず吹き出す。

 も、怪しまれても困るので、顔を逸らす。

 


「それはそうと、お父さん。

 折角せっかく、お越し頂いた所、申し訳ありませんが。

 流石さすがに、お体にさわると存じます。

 ですので、誠に遺憾ながら。

 今日は、ご欠席なさった方が、よろしいのではと」

「そういうわけにはいかん。

 確かに、疲れてるし、本音を言えば帰りたいが。

 ここまで来て、参加せずに帰れるか。

 こちとら、スピーチの文章まで、作って来たんだぞ」

「でしたら、それはどなたかに代読を」

「断る。

 俺の出番、唯一の楽しみが、無くなるだろ」



 ……結局は、自分のためじゃねぇかよ。

 つか、スピーチはすでに、ミナミさんにお願いしてんだよ。



 そう図星を示しそうになるも、抑える一楽たから

 秀一しゅういちも、苦々しい顔で、なんとかはじめを不参加にさせようと試みる。



「では、こうしましょう。

 お父さんは、経過観察を進めつつ、現状維持で。

 本当ほんとうに怪しくなったら、ピンチヒッターを立てる。

 ということで、どうか一つ」

いだろう。

 俺は、意地でも出るがな。

 だから、バーターなんてらん。

 直前になったら、適当に用意しろ。

 俺より目立つ人間なんて、許してなるものか」



 ……あんた、新郎じゃねぇし、ご来賓ですらねぇだろがい。

 あと、くもまぁ、病室のベッドで寝転がりながら、そこまで偉そうに振る舞えるな。



 などと黒いことを考えつつも。

 どうにか、口には出さずにおいた。



「だだっ!!

 ただいまでぇす!!

 はじめさぁん!!

 えず、フルーツとスポドリこしらえて来ましたよぉ!!」



 ゆっくりとドアを開け、入って来る新参者。

 誰を隠そう、斉悟さいご あや

 仮にも病院で働いていた割には、妙に元気な、はじめの後妻である。



「ややっ!!

 むむっ!!

 これはこれは、一楽たからさんっ!!

 ご無沙汰しておりますっ!!

 そして、あなたが秀一しゅういちさんですね!?

 はじめまして、斉悟さいご あやと申しますっ!!

 この度はご結婚、おめでとうございますっ!!

 今後とも是非、よしなにお願い致しますっ!!」

「あ……。

 は、はい……」



「おい。

 どこが、『看護師』『マッサージ師』なんだよ。

 思いっ切り賑やかじゃねぇかよ」

 と言わんばかりに、一楽たからを睨む秀一しゅういち

 


 気持ちは分かるが。

 そんなことを言われても、一楽たからにはなに出来できないのが実情である。



「ととっ!

 今日の主役が、いつまでも外していては不味まずいですっ!!

 あとことは、わたくしめにお任せくださいっ!!

 さ、さっ!

 一楽たからさんもっ!!」



 二人の背中を押し、強制的に締め出すあや

 そのまま、めっちゃい笑顔でサムズアップし。

 テンションとは不釣り合いに再び、静かにドアを締めた。



 ポツン、ポカンとなる兄弟。

 これがアニメなら今頃、風に吹かれ、落ち葉が待っている所だろう。



「……とりま、帰るべ」

「……んだな」



 放心状態になった結果、方言の出る二人。

 そのまま入り口に向けて、歩き始める。



「の前に、ちょっとマジ飯ってかね?

 超絶おごる」

わりぃな、いつもいつも」

「いやいや、ガチ気にすんなって。

 俺はただ、マジ恩返ししてるだけだぜぇ、マジ愛しのナルジロおにーちゃん♪」



 色目を使うみたいにウインクをし、裏声を使う秀一しゅういち



 お前、あやさんのこと言えねぇよ。

 お前だって普段、公務員らしくねぇだろが。

  


ん殴りてぇ」



 思わず素直に暴言を吐く一楽たからの前で。

 秀一しゅういちは、殊勝な顔をした。



「ってのは、普通に冗談だけどさ。

 これでも、マジに感謝してるんよ、実際。

 ジロさんらんと、ガチで危なかったかんね?

 もう少しでゲリラ参加、というか台無しにされる所だった。

 勘弁してくれよ、マジで。

 そんなの、ドラム◯ニアの決勝ステージの再来みたいになるじゃねぇかよ。

 いくら俺でも、森◯丁ばりのMCはマジ無理だって。

 そもそも俺、今日はマジたいして立ち回れねぇし。

 はー、マジしんど、超パネー」

「相変わらず、語彙力と品性の欠片かけらぇな、お前。

 今の会話だけで何回、『マジ』連呼したよ」

「えー、そうですねぇ。

 名探偵・秀一しゅういちの推理によれば、うーん……。

 ……分っかんねぇ♪」

「類語も含めたら『8回』じゃ、パリピが」

「おー、流石さすがジロさんっ!

 俺よか頭いんじゃね?」

「ねーお前ホント、なんでアドリブ、土壇場じゃねぇと阿呆アホになるの?」



 折角せっかくの真顔を秒で台無しに、テヘペロしてる秀一しゅういち

 かと思えば再び、シリアスになり。



「なぁ、ナルジロさん。

 あの人の月収って、いくらだったっけ?」

「おぉ?

 さぁなぁ。

 流石さすがに、覚えてねぇなぁ」

「だよなぁ、俺も。

 でもさ……だったら、とりま稼ぎまくるわ。

 そんで、ギャフンと言わせて。

 近恵このえさんと一緒に、ガンガン働いて。

 いつか、身代金ケースみたいなの広げて、腰抜かしてやる。

 もう二度と、俺の大事な家族に。

 あんなナメた口、利かせてやんねぇ」



 悪童みたいな表情をする秀一しゅういち

 一楽たからは、それがうれしく、誇らしかった。



「そりゃい。

 妙案だ」

伊達だてに公務員やってねぇよ。

 こっちには強い味方、『ボーナス』ちゃんがるんだかんな」

「この、将来安泰の高給取りめ。

 こちとら、ピンキリだっての」

「言っとくけど。

 これでも俺、ナルジロさんのこと、超リスペクトしてっかんね?

 その年になって、自分の好きな分野で仕事出来できて。

 それでいて、話もしっかり面白おもしれーって、マジすげーかんね?

 じゃなきゃ、樂羽このはちゃんと月星つくしちゃん送ったりせんかんね?」

「それに関しては、感謝してる」

「おぉ。

 しとけ、しとけ」

「お前の手柄じゃねぇけどな」



 腹を割って話しつつ。

 どちらからともなく、笑う兄弟。



 遠方のため、普段はスマホで済ませている手前。

 こんなふうじかに語り合えたのも、約10年振りである。



「それはそうと、ナルジロさん。

 ちょっと、いつもの、いかい?」



 ヒョイッとスマホを構える秀一しゅういち



「……好きにしろ」

「超サンキュー♪

 じゃあ、遠慮くー♪」



 これから起こることを知っている手前。

 断れはしない一楽たから



 言質を手に入れた秀一しゅういちは、ニッコニコで親指を構え。



「マジで巫山戯ふざけんなよクソ親父てか手前てめえそもそも呼んでねぇだろ勝手に来んな帰って来んな日本に百万歩譲って来たとしてもアポ取れドアホあとスピーチ原稿の用意とかしてんな頼む訳ぇだろ今更つーか海外に永住しろむしろ現世に降りてくんな地獄で達者で暮らせ大体誰が『不釣り合い』だボケてんじゃねぇぞ毒親が近恵このえさんも樂羽このはちゃんも月星つくしちゃんも最高だろうがなにが不満なんだよ俺に言えやさっきみたいに論破してやっから丸く収めてやっからホント腹立つあとナルジロさんもムカつくなんで俺より樂羽このはちゃんに好かれてるのズルくね俺定期的に樂羽このはちゃんからナルジロさん絡みのRAINレイン来るんだけどなんなのまさかマジでガチになったの待ってマジ待って冗談だったんだけど勘弁だからアポ取れってんだろアホどいつもこいつもホントにやぁ……」



 ……俺、関係くない、飛び火してない?

 にしても、こいつもこいつで、やっぱ大変なんだなぁ。



 なおもブツブツ言いつつ、メモアプリで高速フリックする秀一しゅういち

 そんな弟を眺めながら、ぼんやり労う一楽たから



 それにつけても。

 まさかのはじめの電撃参戦。

 これには一楽たからも、度肝を抜かれた。

 てっきり、もう会わず終いになるものとばかり踏んでいた。

 


 しかも、ここに来ての身バレ。

 それも、自分からオープンして行くスタイル。

 まったく、たまったものではない。

 あんな理由で、日明たちもりさんたちを傷付けられていたとは。



 ……日明たちもりさん?



「おい……秀一しゅういち……」

「いやマジで消えてくれ首突っ込むんじゃねぇトラックに突っ込まれろクソ親父どうせ勇者になんかなれやせんだろうけど。

 って、ん?

 なんだよ? ナルジロさん。

 わりぃけど、邪魔しねぇでくれ」

日明たちもりさん……。

 今、どこにる?」

樂羽このはちゃんか?

 だったら、ホテルに」



 なにかを察し、真顔になる秀一しゅういち

 そのまま電話アプリをスピーカーで起動し。



「もしもし、近恵このえさん!?」

秀一しゅういち!!

 今まで、どこで、なにをしていた!?』

「いや、悪かったって、勝手になくなって!

 ところで、ごめんけど、樂羽このはちゃんの様子ようす、見てくんね!?」

『もうしている!!

 さっきから、ずっと!!

 連絡も取れないし、鍵も掛かってる!!

 一体、なにったというのだ!?」



 嫌な予感が、的中した。



 秀一しゅういち近恵このえの、結婚式当日。

 はじめが引き起こしたトラブルは、まだ終わらない。

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