page.14「家主と二人の父親」
「すみません。
これ、せめてものお詫びとして持参した、差し入れのコーヒーです。
昔はブラックでしたけど、今は微糖がお好みでしたよね?」
「あ、ああ。
頂こう」
「ええ、もう、どうぞ、どうぞ」
一触即発という空気を、一変させる
それも、
あくまでも好意的に、交渉術だけで。
こういう所を見ると
やっぱ、
「して、お父さん。
危うく、含んだコーヒーを吹き出しかける
一方の
俗に言う、『シャーロックホームズハンド』である。
そもそも、
彼が家族に対して敬語を使うのは、決まって「物申す」時。
しかも、自販機で買って来たとはいえ、持って来られた好みの物を開けたとあっては、劣勢。
おまけに、先程までの話を聞かれていた可能性も
それも、ここまで自分が
そんな彼にまで
年金暮らしの
最悪、ともすれば、
「ち、違うんだっ!
誤解しないでくれ、
父さんは、ただ、お前の
こんな時、
そんな
が。
年甲斐も
ほぼ間違い
なので、
「お父さんが、そこまで
息子冥利に尽きます。
……
と、ある意味、感心する
しかし、引き続き、特に触れたりはしない。
泣き
見るからに高そうなハンカチで目元を拭い、スーツの胸ポケットにしまい。
「お心遣い、痛み入ります。
でも、お父さん。
どうか、少し、思い返して頂けませんか?
お父さんの期待を裏切った
「い、いや……」
「そうです!
運動会では、1位になり!
文化祭の劇では、主役を勝ち取り!
テストでは、赤点は取らずっ!
志望する名門進学校には、一発合格し!
負担にならぬようバイク、自分だけで通学し!
デートもバイトもせず、勉強に明け暮れっ!
専門学校に通い、2年で公務員に登り詰め!
そんな
お父さんにご満足頂けない
お父さんの育てた男が、その程度の、
お父さんは、そう思われますかっ!?」
立ち上がり、左右に動き。
手を上げ、かと思えば手を胸に置き。
今、この病室は、紛れも誇張も
彼の支配する舞台へと、早変わりしてしまった。
余談だが、この男。
高校生の時点で、こっそりバイトはしているし。
縺れはしなかったものの、
というか、「図書館で勉強」という名目で、デートもガンガンしていた。
ただ、
それを成せるだけの才能、強運、話術、人脈の持ち主。
ギリ許せる範囲の、稀代の
「い、いや……」
「そうですともっ!
この命果てるまで、あなたの誇りで、
選挙演説でもしてるかの
療養中に、このテンションと実績で、自慢の息子に迫られたとあっては。
「……わ、分かった。
その件については、撤回しよう」
こうして、あっさりと非を認める
「ご理解
今後とも
それと今後、
きっと、お父さんにご満足、ご納得頂ける形へと、改善させて頂きますのでぇ」
「あ、ああ。
了解した」
「……」
結局の所、自分は
ただ父親から、残酷な真実を突き付けられた、しがない
しかも、それすらも
今となっては、
そんな弟の姿を拝まされ、苦しくなる
ああ、
自分は、
などと思っていると。
不意にスマホから通知音が届き。
『気にすんなし、ナルジロさん♪
先行して止めといてくれて、サンキューだし♪』
今もニコニコと話しつつ、父親の気を引き付けつつ。
背中で持ったスマホで、ノールックでアプリを正確に起動し、送信先を絞り、文章を
熟練の技が光る、切れ者っ
そんな器用な
も、怪しまれても困るので、顔を逸らす。
「それはそうと、お父さん。
ですので、誠に遺憾ながら。
今日は、ご欠席なさった方が、
「そういう
確かに、疲れてるし、本音を言えば帰りたいが。
ここまで来て、参加せずに帰れるか。
こちとら、スピーチの文章まで、作って来たんだぞ」
「でしたら、それはどなたかに代読を」
「断る。
俺の出番、唯一の楽しみが、無くなるだろ」
……結局は、自分の
つか、スピーチは
そう図星を示しそうになるも、抑える
「では、こうしましょう。
お父さんは、経過観察を進めつつ、現状維持で。
という
「
俺は、意地でも出るがな。
だから、バーターなんて
直前になったら、適当に用意しろ。
俺より目立つ人間なんて、許してなるものか」
……あんた、新郎じゃねぇし、ご来賓ですらねぇだろがい。
あと、
などと黒い
どうにか、口には出さずにおいた。
「だだっ!!
ただいまでぇす!!
ゆっくりとドアを開け、入って来る新参者。
誰を隠そう、
仮にも病院で働いていた割には、妙に元気な、
「ややっ!!
むむっ!!
これはこれは、
ご無沙汰しておりますっ!!
そして、あなたが
はじめまして、
この度はご結婚、おめでとうございますっ!!
今後とも是非、よしなにお願い致しますっ!!」
「あ……。
は、はい……」
「おい。
どこが、『看護師』『マッサージ師』なんだよ。
思いっ切り賑やかじゃねぇかよ」
と言わんばかりに、
気持ちは分かるが。
そんな
「ととっ!
今日の主役が、いつまでも外していては
さ、さっ!
二人の背中を押し、強制的に締め出す
そのまま、めっちゃ
テンションとは不釣り合いに再び、静かにドアを締めた。
ポツン、ポカンとなる兄弟。
これがアニメなら今頃、風に吹かれ、落ち葉が待っている所だろう。
「……とりま、帰るべ」
「……んだな」
放心状態になった結果、方言の出る二人。
そのまま入り口に向けて、歩き始める。
「の前に、ちょっとマジ飯ってかね?
超絶
「
「いやいや、ガチ気にすんなって。
俺はただ、マジ恩返ししてるだけだぜぇ、マジ愛しのナルジロおにーちゃん♪」
色目を使うみたいにウインクをし、裏声を使う
お前、
お前だって普段、公務員らしくねぇだろが。
「
思わず素直に暴言を吐く
「ってのは、普通に冗談だけどさ。
これでも、マジに感謝してるんよ、実際。
ジロさん
もう少しでゲリラ参加、というか台無しにされる所だった。
勘弁してくれよ、マジで。
そんなの、ドラム◯ニアの決勝ステージの再来みたいになるじゃねぇかよ。
そもそも俺、今日はマジ
はー、マジしんど、超パネー」
「相変わらず、語彙力と品性の
今の会話だけで何回、『マジ』連呼したよ」
「えー、そうですねぇ。
名探偵・
……分っかんねぇ♪」
「類語も含めたら『8回』じゃ、パリピが」
「おー、
俺よか頭
「ねーお前ホント、
かと思えば再び、シリアスになり。
「なぁ、ナルジロさん。
あの人の月収って、
「おぉ?
さぁなぁ。
「だよなぁ、俺も。
でもさ……だったら、とりま稼ぎ
そんで、ギャフンと言わせて。
いつか、身代金ケースみたいなの広げて、腰抜かしてやる。
もう二度と、俺の大事な家族に。
あんなナメた口、利かせてやんねぇ」
悪童みたいな表情をする
「そりゃ
妙案だ」
「
こっちには強い味方、『ボーナス』ちゃんが
「この、将来安泰の高給取りめ。
こちとら、ピンキリだっての」
「言っとくけど。
これでも俺、ナルジロさんの
その年になって、自分の好きな分野で仕事
それでいて、話もしっかり
じゃなきゃ、
「それに関しては、感謝してる」
「おぉ。
しとけ、しとけ」
「お前の手柄じゃねぇけどな」
腹を割って話しつつ。
どちらからともなく、笑う兄弟。
遠方の
こんな
「それはそうと、ナルジロさん。
ちょっと、いつもの、
ヒョイッとスマホを構える
「……好きにしろ」
「超サンキュー♪
じゃあ、遠慮
これから起こる
断れはしない
言質を手に入れた
「マジで
……俺、関係
にしても、こいつもこいつで、やっぱ大変なんだなぁ。
そんな弟を眺めながら、ぼんやり労う
それにつけても。
まさかの
これには
てっきり、もう会わず終いになるものとばかり踏んでいた。
しかも、ここに来ての身バレ。
それも、自分からオープンして行くスタイル。
あんな理由で、
……
「おい……
「いやマジで消えてくれ首突っ込むんじゃねぇトラックに突っ込まれろクソ親父どうせ勇者になんかなれやせんだろうけど。
って、ん?
「
今、どこに
「
だったら、ホテルに」
そのまま電話アプリをスピーカーで起動し。
「もしもし、
『
今まで、どこで、
「いや、悪かったって、勝手に
ところで、ごめんけど、
『もうしている!!
連絡も取れないし、鍵も掛かってる!!
一体、
嫌な予感が、的中した。
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