page.13「家主と発言権」

 危うく出掛けた手を抑え。

 今にも掴みかかりそうになるのを、必死に我慢し。

 耐えて、耐えて、耐えまくって。



 それでも、冷静ではいられず。

 心とシンクロして、体も視界も揺れ始める。



 信じられなかった。

 自分の父が、弟の義子ぎしを傷付けたという事実も。

 それを、弟の結婚式という、大事な時に、自分からバラすのも。

 あまつさえ、詫びる様子ようすく、ただただ無気力にだなんて。

 


 それでも。

 樂羽このはから言葉を取り去った、恨み深きラスボスを。

 実の父親を、一楽たからは尋問する。



 そうしなくては、ならない。

 彼女の師匠、理解者、同居人。

 彼女に常日頃から、お世話になっている身。



 彼女の、家族として。

 

 


「……なん、だよ。

 なんで、そんなことを……」

「簡単な理由だ。

 あの母娘おやこが、気に食わなかった。

 だから、壊してやったんだ」

「……は?」



 分からない。

 父が、なにを言っているのかも。

 何故なぜ、これほどまでの重罪を、平然と晒せるのかも。



「最初に、あの母娘おやこと会った時。

 小娘が、俺に似顔絵を渡して来やがった。

 俺が最後に務めた、レッドの絵だ。

 これが、また、ド下手でな。

 しかも、小学生の時に、秀一しゅういちが書いたのと、く似ていた。

 尚更、救いようがい。

 明らかに、俺への当て付け。

 こんな体になっちまった俺を、憐れみやがったんだ。

 俺には、それがどうしても許せなかった。

 だから、ゴミに捨てた。

 そしたら、あの女に見付けられ、糾弾された。

 あまつさえ、あの女が秀一しゅういちに電話でリークしている所を、小娘にまで聞かれた。

 ただ、それだけだ」



 ……『それだけ』って、なんだ?

 ……『あの女』ってのは、母さんのことか?


 

「俺は、怒ったよ。

 だって、そうだろう?

 ゴミをゴミ箱に捨てて、なにがおかしい?

 だから、言ってやったんだ。

『あんなやつ、家族でもなんでもないだろ』ってな。

 そしたら、離婚届を出された。

 用心深い、あの女のことだ。

 大方おおかた、遅かれ早かれ、俺と別れる腹積もりだったんだろうよ。

 正直、清々せいせいしたよ。

 俺には、もう、あいつは必要かった。

 3人も子供を生み、うち一人は立派になった。

 充分、社会に貢献した。

 もう、世間体なんかに縛られなくて済む。

 周りに、とやかくつつかれる謂れはくなったんだ。

 あの忌々しい女に年金を奪われ、ひもじく小遣い生活に甘んじる必要もい。

 こんなド田舎に、いつまでも固定されずに、新しい舞台、世界に旅立てる。

 悠々自適に、余生を満喫出来できる。

 60年以上も、なにい、まらない人世を強要されたがな、一楽たから

 俺は……晴れて、自由になったんだよ」



 なんで、そこまで、意気揚々としてる……?

 こんな時ばっか、小学生みたいに目を、表情を輝かせていやがる……?



利一としかずは、もうどうでもい。

 お前にも最早、なにも期待していない。

 だがな、一楽たから

 こんな俺でも、最高傑作を生み出せた。

 あの女や利一としかず、それにお前。

 家族ガチャ失敗続きの俺でも唯一、URユー・レアを引き当てられたんだ。

 公務員で人格者でイケメンの、秀一しゅういちだ。

 出来れば、主演にでもなって、俺の悲願を叶える、敵討ちをしてしかったがな。

 あいつは、本当ほんとうに、くやってくれている。

 まさか、たった二十歳はたちで、役所勤めになれるとは。

 子供の頃から、手塩にかけた甲斐かいった。

 あいつは、あいつだけは、俺の誇りだ」



 家族を、『ガチャ』扱いしてんじゃねぇ……。

 俺達を、『ハズレ』扱いしてんじゃねぇ……。

 


「だのにだ、一楽たから

 なんでそれを、見ず知らずの他所よそ者になんぞ踏みにじられなきゃならない?

 そもそも、あいつは敷居が低過ぎるんだ。

 考えてもみろ。

 実子ってことは、過去に他の男がて、やることやって、それでも別れた。

 つまり、『浮気者』『中古』『欠陥品』だ。

 しかも、親戚関係でもない、娘と仲良くしてたってだけの、蒸発された他人まで引き取った偽善者。

 どう贔屓目に捉えても、大ハズレでしかない」



 違う……。

 会ったことくても、分かる……。

 近恵このえさんが、どれだけい人なのかなんて……。

 日明たちもりさんと、月星つくしさんを見ていれば……。

 


「若くて素直で綺麗で、未経験で敬虔な専業主婦なんて。

 あいつなら選り取り見取り、好きなだけ吟味出来できるだろ。

 最近、『男女平等』だのなんだのと騒がれてるがな。

 男も女も元来、本心なんて、そんなもんだろ。

 瑞々しくて、整ってて、便利で、忠実で、家庭的。

 そんな使用人を、誰しも切望する。

 それが、この世の成り立ち、縮図だろうに。

 今更、それを根底から変えよう、覆そうだなんて、烏滸おこがましくて虫唾が走る。

 大体、男よりも女のが余程よほど、そういうスパダリを、フィクションで求めてるだろう。

 そのくせ、そういった発言をすると、自分を棚上げして、ここぞとばかりに叩かれる。

 これのどこが、『平等』だってんだよ。

 あいつだって、男のことをパトロン、ATM、奴隷、オカズとしか思ってない。

 それなのに、構図なんか、そう変わるかよ。

 女なんて、愛想なり尻尾なり腰なり振ってさえいりゃ、それでいだろ。

 下手ヘタに『』なんて持たせるから、付け上がるんだ」

 

 

 ……だから、奪ったってのか?

 日明たちもりさんから、『発言権ことば』を。

 


 そんな、身勝手極まりない、老害でしかない、顰蹙ひんしゅくとヘイトしか買わない。

 そんな……そんな、逆恨みでぇっ!!



「……っざっけんな……!!

 ……巫山戯ふざけんなよぉっ!!」



 麻痺していたのがかった。

 一楽たからは、そう心から思った。

 


 それなら、はセーフ。

 胸倉をつかむのは、問題無いだろうと。



「あの子は、器用なんだ!

 一人で、即席で小屋を作れるような!

 子供の頃から、自分だけで、大抵のこと出来できように、育てられてた!!

 そんな、すごい子なんだよっ!!」

「だから、なんだ」

「『絵』だよっ!!

 日明たちもりさん……樂羽このはさんが書いたっていう、『似顔絵』だ!!

 それだって、喜んでもらおうとして、善意で、意図的に、小学生みたいにしたってだけの話だろ!?

 そこに悪意なんて、憐憫なんて、欠片かけらも込められちゃいねぇ!!

 そもそも! ヒーロー・ショーのこと知ってる時点で!

 大なり小なり、気を許してるし、気を引こうとしてる!

 うちと、家族になろうとしてたんだって!!

 そんなの、ぐに受け取れるだろ!?

 それなのに……なんなんだよっ!!

 さっきからの、その物言いはっ!!

 そこまで一方的に目のかたき、目の上のたんこぶにし続けなくたっていだろ!?

 しゃべりたくても、言葉を発せられない!!

 その無力感が、挫折感が、ジレンマが、息苦しさが、もどかしさがっ!!

 長年スーアクやってたんだから、身に沁みてるはずだろっ!?

 大体、最後の方は、ほとんど関係かった!!

 単なる感想、持論、やっかみでしかなかっただろうがっ!!」

「それが、どうした。

 俺の勝手だろう。

 何故なぜ、そこまで肩を持つ。

 第一、一楽たから

 そこまでの『』が、お前にると思うか?

 仕事も金も生活力も皆無。

 温情と消去法、お零れで家を明け渡されただけの。

 そんな、今の、お前に」

「っ……!!」



 まただ。

 またしても、『』だ。



 しかも経緯はさておき、今度は、正当な理由。

 そこだけ切り取られると、一楽たからは無力化される。

 牽制としては、充分である。

 


 はじめの言葉は、なにも間違ってない。

 自分は消去法で、家主になっただけだ。



 長男は、収監中。

 三男は、他県在住。



 だから、まだ近くにて、フッ軽な自分に、白羽の矢が立った。

 ただ、それだけの理由。

 そこに、「期待」「適任」などのポジティブ要素は伴わない。



 そんな自分が。

 自分に住居をくれた、育ててくれた、大恩る父、前の名義人に。

 説得力も財力も皆無なまま。

 安っぽい正義感を振り翳して、衝動的に。

 立ち向かえる、はずい。



「……だったら、なんだ。

 関係ぇだろ、今。

 話すり替えて、正当化して、言い逃れようとしてんじゃねぇよ」

 


 ただし、本来であれば。



「『家族ガチャ』ったな?

 こと教えてやんよ、クソ親父。

 そんなんが生まれる前から、流行語大賞にうにノミネートされてんだよ。

 子供達おれたちの、現代の正当な評価。

 ……『親ガチャ』って、言葉がなぁ」



 拳をポキポキと鳴らす一楽たから

 同室者がなくてかったと、改めて実感した。



 ここに来て、ようやく崩されるはじめ

 そのまま、少し後ろに下がり、両手で一楽たからを制す。



「ま、待てっ!

 話せば、分かるっ!」

「結構だ。

 話したくねぇ。

 分かりたくも、分からせられたくもなぁ」

「お……俺は、お前の父親だぞ!?

 ここまで育ててやったのに、仇で返すのかっ!?」

「実子を『ハズレ』『2軍』扱いして、あまつさえ悪びれもせず本人に言う。

 時代錯誤の男尊女卑展開して、自分は不仲、極寒だったのを棚上げして、結婚催促し。

 ステータス目当てで、家庭も過程も素っ飛ばして、さっさと再婚する。

 しまいには、その化石みたいに凝り固まった超古代の価値観で、意固地に現代の風習を認めず。

 相手の気持ちも背景も汲まず、ちっぽけなプライドのために、息子の結婚を破断にしかける。

 今のあんたが、真面まともに『父親』気取れると自惚うぬぼれてんじゃねぇよ。

 それに、俺の親なら、もう別にる。

 理想的な長男と、イケジョなオカンがな」

「お、俺を殴る気かっ!?

 ただでさえ、さっき倒れて、運ばれたんだぞ!?

 早まるなっ!」

「早まったのも、誤ったのも、そっちだろ。

 セレモニー当日に病院送りになっただけで飽き足らず、とんだ爆弾ぶつけて来やがって。

 てか、息子の冠婚葬祭を台無しにしかけてといて、く言うよ。

 全部、身から出たさびだろうが。

 今なら、そのさびに苦しめられたみんなの気持ちが、く分かる。

 あんたは、参列するべきじゃなかった。

 海外だろうとどこだろうと構わんから、大人おとなしくさせてなきゃいけなかったんだ。

 そもそも、ここまで沢山たくさんの人を傷付けて、黒幕の自分だけがノーダメってのは許せねぇ。

 まぁ……結局は、俺の自己満だがな」

「一旦、冷静になれっ!

 お前まで、利一としかずみたいになるぞ!?」

「そうだな。

 とどのつまり、俺も、あんたと同じ。

 足りない言葉ばっか撒き散らして、いたずらに周囲を傷付ける。

 どうしようもない、しょーもない、性懲りもい、ヒモ体質のエゴイストだ。

 おまけに、職し金し彼女しの人でなし、ろくでなし。

 今の俺には、なにいし、誰もない。

 だから、なにも失わない。

 さいわい、挙式は夜。

 まだ向こうの家族とは顔合わせしてねぇ。

 だから、俺のことも、俺が参列予定なのも、日明たちもり家には知られていない。

 母さん、仲音なことさん、灯頼ひより、ミナミさん、あやさん。

 こっちからの代表なんざ、すでに頭数も足りてる。

 みんな、俺ごときより余程よほど、しっかりしてる。

 俺の不在、不祥事なんかで今更、あいつの結婚式はビクともしねぇ。

 俺のことは、まぁ……適当に誤魔化し、察しといてくれるだろ。

 うち長男坊、父親のように、な」



 拳を構える一楽たから

 恐怖のあまり、防御態勢を取るはじめ



 一楽たからの伸ばした腕が、はじめの顔を捉えようとした、正にその時。

 横から出て来た手が、それを阻む。

 


 刹那せつな、注意を奪われる一楽たからはじめ

 二人の視線の先にたのは、明日の主賓。



 世城せぎ 秀一しゅういち



「シュウ……。

 お前……」



 ちっ、ちっ、ちっ。

 とチャラく指を振り、舌を鳴らし。

 一楽たからの腕を戻しつつ、秀一しゅういちは笑った。



「久し振り。

 そんで、サンキュー、『兄さん』。

 こっからは、俺に任せときなって」



 恐らく、一楽たからの人生で初かもしれない、『兄さん』呼びをしつつ。

 秀一しゅういちは、はじめと向き合った。



「ご無沙汰です、お父さん。

 ご足労頂き、恐悦至極です。

 大事だいじくて、なによりです。

 それはそうと」



 腹に一物いちもつを隠しながら。

 秀一しゅういちは、はじめ微笑ほほえんだ。



「お疲れの所、申し訳ありませんが。

 少々、お時間、よろしいでしょうか?」

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