note.3「結び」

page.12「家主と引退ヒーロー」

 ヒーロー。

 誰もが憧れ賛美する、平和の象徴。



 強靭な肉体。

 広くて強く、熱くて透明な心。

 格好かっこいベルトやブレスなど、様々なアイテム。

 世界を照らすほどに眩しい、逞しい勇姿。

 誰しもに手を差し伸べ、人々の笑顔と未来を分け隔てなく守る、模範、理想の体現者。



 じゃあ。

 もし、そんなヒーローが、その力を失ったら?

 その所為せいで、目も当てられない、似ても似つかない体になってしまったら?



 そもそもの正体からして。

 てんで知名度も市民権もい。

 単なる、しがない、ご当地ヒー

ローだとしたら?

 その成れの果てが、どうなるのか。

 


 答えを、一楽たからは知っている。

 目の前に横たわる父、はじめに証明されたからだ。



「……ああ。

 来たのか」

「……それ、俺の台詞セリフだから。

 父さん」



 弟の結婚式を午後に控えて。

 会場近くのホテルに前乗りし、スタンバろうとしていた矢先に。

 一楽たからは、付近の病院に招かれた。



 病室で待っていたのは、実の父。



 脳梗塞により引退、車椅子いす生活を余儀なくされた、元スーアク。



 それまで家族、お子様のためだけに我慢して生きてきた。

 おまけに、「特撮俳優ほんものにはなれなかった」反動で、今ではすっかり我儘、居丈高になっている。



 価値観が頗る古く、下半身麻痺のくせして平気で下ネタを連呼する。



 一楽たからよりも自虐的で、ブラックジョークがてんで笑えない。



 利一としかずの父というだけあり、利己的で目立ちたがり。



 秀一しゅういちに期待しており、彼の幼少の写真、賞状、似顔絵などが未だに居間、部屋に飾ってある。



 そんな調子なので、一楽たからの母、福子ふくこと熟年離婚し。

 秀一しゅういちの結婚式を守るべく、厄介払いのため、「世界旅行」の名目の元。

 後妻である斉悟さいご あやと、今は海外にはずの父親。



 その父親が、今。

 何故なぜか、日本に。

 いや……それどころか、弟の住む福島に、た。

 それも前述の通り、秀一しゅういちの結婚式当日という、大事な時に。



「来て損した。

 すでに、疲労困憊だ」

「まぁ……じゃなきゃ、こうして運ばれとらんし」

まったくだ。

 して、一楽たから

 最近は、どうだ?

 彼女さんとは、上手うまくやってるか?」

「まぁ……」

「そうか。

 早く復職、結婚しろ。

 所詮お前も、俺と同じ『負け組』。

 一度も、本場での仕事をもらえなかった『2流』。

 本物になれ損なった、『2軍』だ。

 才能が買ったんだよ、お互いに。

 引き際だと弁え、もっと真っ当な道を選べ。

 適当に、分相応に生き、地盤と身を固めろ。

 お前には、あのくらいの相手が丁度い。

 お前は、秀一しゅういちとは違う。

 あいつのが余程よほど、器用、上手うまくやっている」



 どういう意味だ。

 うち仲音なことさんは、俺には勿体無い女性ひとだろうが、馬鹿バカにしてんじゃねぇよ。

 つか、ちょっと施し受けたくらいでホイホイされるよう大人気おとなげない甲斐性しに、とやかく言われる筋合いんだよ。

 大体、今、あんたが再婚出来できたのだって、向こうが偶然、い人で、あんたと出会って、あんたを気に掛け、好きになってくれて、拾ってくれたからってだけだろう。

 老犬みたいな状態のくせして、威張って説教してんじゃねぇよ。

 相変わらず、なにもかも古いんだよ。

 初期エンデヴァ◯と蛮野を足して2で割らなかったような物言いしやがって。



 そう切り込もうとするも、一楽たからこらえた。



「……否定は出来できない。

 確かに、俺は出来でき損ないだ。

 虚◯さんみたいに一発当てて、メイン・ライターさせてもらえたわけでもない。

 なんなら、縦軸でもなんでもない、ゲスト回や小説すら書かせてもらえなかった、三文。

 あまつさえ今となっては、台詞セリフさえ満足に浮かばない、書けない、ヤブだ。

 ホント……なっさけない限りだよ。

『俺が書いた作品をグッズ化させて、コレクターの父さんにプレゼントする』。

 なんて大見得切っといて、この体たらくだなんてさ」

「気にするな。

 最初から、当てになんてしていない」

「それはそれで、どうなんだ……」



 フォロー力と気遣いのさに、一楽たからは変な笑いが込み上げる。

 


 本当ほんとうに……なにも、変わってない。

 まぁ、離婚して数ヶ月で変わる方が、なにかを疑うのだが。



「これでも、惜しい所までは行ったんだぜ?

 大人向けだし、公認様ではないけども。

 ちゃんと、ドラマの脚本、任せてもらえたんだぜ?

 っても所詮、パイプ頼りだけどさ。

 それでも、ノリノリで執筆したし。

 コンシューマ版だけど、動画配信もされてた。

 評判も上々だったから、ありがたいことに、次回作のオファーも来てた。

 でも、フイにしちまった。

 なんせ、家の一大事だったんでな。

 手前てめえの父親がピンチの時に、なにやってんだ、って。

 そう思うと、なにも書けなくなった。

 非情に、本物に、プロになり切れなかったんだよ」

「……本当ほんとうに、甘いやつだ。

 俺のことなんて、気にするから、そうなる。

 まるで、日明たちもりさんのようだ。

 お前のが、お似合いなんじゃないか?」

「いや、なんでだよ。

 なんで、そこで近恵このえさんが出て来るんだよ。

 関係いだろ。

 この件とも、俺とも」



 思い返してみれば。

 この時点で、一楽たから気付きづくべきだった。

 いや……普段の一楽たからなら、感じ取っていたはずなのだ。



 自分より余程よほど、親交が深く。

 3周りは離れてる新妻を、デレデレした顔で「あや」と呼び、彼女以外をひそかにドン引きさせていた。

 還暦にまでなって、まだ現役で居続けようとしてる。

 入院中にお世話になった枯れ専ナースと後に結婚し、退院後もお世話され、ニヤニヤしてる。

 そこまで女性に興味津々な、自称・話上手の、馴れ馴れしいナルシスト。

 そんな父による、弟の奥さんへの名字呼び。



 そして、なにより。

 これまでの、樂羽このはの反応。

 彼女と仲音なことの、初顔合わせの際のやり取り。



「でも……『家族じゃない』って……。

 ……さっき……」

「誰が、そんな、どごぞの駄目ダメ親父みたいな、不用意な、最低でしかないこと



駄目ダメ



「ーーあ」



 点と点が、重なり。

 伏線が、命と意味を取り戻し。

 違和感いわかんが、怒りへと昇華される。



「おい……!!

 まさか……!?」

 


「……やはり、知らなんだか。

 まぁ……言うわけいよな。

 うちの家系は、甘ったればかりだからな。

 それにしても……お前は、本当ほんとうに鋭く。

 なにより、運がい。

 一番いちばんに、ここを訪ねた結果。

 一番知りたくなかった真実を、明かされるとはな。

 それも、りにって、この俺みずからに」



 そんな胸中を知ってか知らずか。

 はじめは、窓の外を眺めながら、ぼんやり続けた。



「おかしいとは思わなかったか?

 ただの一度も考えた、勘繰ったことかったか?

 あれだけ自由奔放に、やりたい放題に動ける小娘が。

 何故なぜ、人前に立つだけで、ああも言葉を失うのか。

 一人じゃなくなるだけで、あそこまで、コミュニケーションが下手になるのか。

 普段の言動から、微温湯ぬるまゆみたいな環境で溺愛されて育ったのが見て取れるのに。

 何故なぜ、あそこまで追い詰められ、不自由を強いられたのか。

 親類以外となれば、その原因の候補者、該当者は、果たして誰なのか。

 その答えを、教えてやろう」



 横目で一楽たからを捉え。

 枯れかけた目を不気味に光らせ、はじめげる。



「俺だよ、一楽たから

 俺が、あの小娘を、そうさせた。

 心をえぐり、トラウマを植え付け、言葉を奪った。

 俺こそが、その張本人にして真犯人。

 一連の騒動の、諸悪の根源だ」

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