page.11「救いのヘヤリーと出向理由」

 日明たちもり 樂羽このはは、ベテラン文学少女である。



 子供の頃から本を嗜み。

 小学生になる頃には、感想文を書くでもないのに、読書に夢中になり。

 将来の目標は、「作家っぽい人とお付き合いすること」と、本気で書いたほどなのだ。



 だからこそ。

 作家の兄を持つ秀一しゅういちとの、母の再婚を認めたし。

 如何いかにも、王子様っぽい灯頼ひよりに惹かれもした。



 と同時に。

 色々とズレているのを承知で、「花嫁修業」もしていた。

 家事万能となり、DIYの猛者となり、それらしい器量を身に着けることで。

 いつか出逢うだろう本命を、逃さんとしていたのだ。



 そんな背景から知らぬ間に培った、驚異的な解釈力。

 そこに、同じくユニーク・スキルである、料理力。



 この2つを合わせることで、一楽たからの心を直し。

 彼の声を、見事に取り戻してみせたのだ。



 もっとも。

 秀一しゅういちとの電話から、そこら辺を見抜いた仲音なことにより。  こうして、またしても利用されたのだが。

 


 この際、なんでもい。

 そう、樂羽このはは開き直った。

 それで、先生が直るのなら、と。



「……なんで。

 ここまで、してくれるんだよ」



 けれど、まだ足りなかった。

 彼の闇は、病みは、中々に深く、根強かった。



「俺……ニートだぞ?

 一人じゃ真面まともに家事すら出来できない、コテコテの駄目ダメ人間。

 家族云々を除外しても。

 君に施しを受けられるような、大層な身分じゃない。

 今の俺に……そこまでの価値、いだろ」



「……っ!!

 あんたねぇ!!」



 この期に及んで卑屈な一楽たから

 仲音なことが、思わずマニッシュな口調もめ、マジギレしそうになるも。

 それより先に、樂羽このはが動き。



 パチンッ!!

 と、一楽たからにビンタをした。



「……巫山戯ふざけけないで……!!

 巫山戯ふざけないでよぉ!!」



 樂羽このは一楽たからが出会ったのは、昨日。

 はっきり言って、日は浅い。



 けれど。

 その間に二人は、色んなことった。



 自分の料理を食べる一楽たからを、めり壁った樂羽このはが観察したり。

 色々とバレて一際、恥ずかしい思いをさせられたり。

 動画をお薦めしたり、RAINレインでもつながったり。

 一楽たからが失言を撤回したことで、一周回って気を許したり。

 改めて家を案内してもらったり、電話したり、イショクジを取り付けたり。



 たった1日の出来事でこそあれど。

 二人だけでも、こんなにもイベントが起こった。



 どれも、メイン級ではない、些細な内容かもしれない。

 けど、自分達は、特別な間柄、家柄でもない。

 この程度で気を許しても、決して軽はずみではないはず



つながりの薄い私を、アポしで受け入れてくれて!

 早まて無許可で家を壊されたのに、少しも叱らないで、怒らないでいてくれて!

 私を、『家族』だと認めてくれて!

 苦手なのに、私のために無茶して、イショクジに乗ってくれて!

 気絶するほどに、一生懸命、向き合てくれて!

 いつだて、真意も問い質さないまま、私に賛同、味方してくれてっ!!

 こんなにも優しく、暖かく接してくれて!!

 それなのに、『自分に価値がい』だなんて!!

 そんな、悲しいだけのこと、言わないでっ!!」



 樂羽このはは今、一楽たからの前で、言葉を発している。

 自分の言葉を、彼の前で、正面から、届けられている。



 きっと、彼がきちんと、樂羽このはを見られていなかったからだ。

 だからこそ、緊張も恐怖もせずにいられる。



 理由が理由だけに、微妙な心境だが。

 この際、樂羽このはは気にしないことにした。



「あなたの価値は、あなたが決めるもの!!

 それについては、異論はい、けどっ!!

 私にとての、あなたの価値まで!!

 私のことも、私の気持ちもろくに知らないままっ!! 

 私でもないあなたが、自分だけで勝手に決めないでっ!!」

日明たちもり、さん……」



 不測の事態に、戸惑う一楽たから

 彼の前に座り、その手を取り、そっと包み。

 樂羽このはは、続ける。



「……私が、治してみせます。

 あなたの五感と、声と、食歴を。

 そして、なにより。

 あなたの、その、歪みまくた性根を。

 徹底的に、叩き直して差し上げます。

 そして、1《い》ヶ月後。

 お母さん達の結婚式に、意地でも参列して頂きます。

 だて、あなたの他に、世城せぎ家に男性の身内はないんですから。

 そのためにも私は、こうして、この家に来たんですから」



 そんな所だろうと、一楽たからは思った。

 正確には、最初から、そう確信し続けていた。



 じゃないと、説明がつかないのだ。

 彼女が出向して来た、その理由の。



 一楽たからは、感銘を受けた。

 この時代に、ここまで親孝行な娘がるとは、思わなかった。

 


 相当、溺愛されていたんだろうな、と。

 失礼に値するかもしれないこと

、ぼんやりと一楽たからは感じた。



「すーっ……」



 不意に、深呼吸し、胸に手を当て、目を閉じる樂羽このは

 そして。



「『ド』ーんなー、時ーでもー♪

 『レ』いせん時にもー♪

 『ミ』んな、いなくてもー♪

 『フ』ァンでいたいのー♪

 『ソ』ーっとそばにいる♪

 『ラ』ーいねんも、先もー♪

 『シ』たい、続けるー♪

 さぁ、二人で、いましょー♪」



 唐突に替え歌を披露し。

 樂羽このはは、宣言する。



「今のが、あなたに捧げる歌。

 私の、決意表明です。

 あなたは、私の『先生』です。

 あなたに教えを請うのも、この夏休み、滞在の目的です。

 そのためなら最大源、お仕えします。

 あなたを元気に、やる気にさせるべく、尽力します。

 だから、どうか先生。

 私を、弟子にしてください」



 あまりにもっ飛んだ、樂羽このはからの提案。



 バラバラだったビルが修繕され。

 凸凹な道路は塗装、整備され。

 荒れ果てた荒野には、花々で彩られ。

 


 それまでの人気ひとけかった町に、自分の生み出したキャラや、推したちが戻って来て。

 その談笑により、活気に満ちている。



 気付きづけば、一楽たからの世界は、『廃墟』ではなくなった。

 

 てんで、どこも、孤独でも無音でもなくなった。



 一楽たからは、今。

 寂しさを、忘れられつつあった。



「……ああ」



 久方振りに無意識に、心から笑い。

 同時に、同じく何ヶ月りかにうれし涙し。

 クシャッとグシャッとしながら、一楽たからは返す。



「……ありがとう。

 日明たちもりさん。

 ……こんな、俺でければ。

 ……喜んで」



数分後。

 一楽たから樂羽このは仲音なことは、三人で仲良くイショクジした。



 精神的に不全となっていた、一楽たからの五感が戻ったことで、彼の前に立つのを余儀なくされ。

 案のじょう樂羽このはは再び、言葉を失ったが。

 


 それでも、三人は。

 血縁なんて一つもい、なりたての家族は。

 楽しく、正しく、食事をした。

 


 2日目には、他にもイベントがった。



 たとえば、仲音なこと

 演じる際には形から入り、ウィッグやコンタクトなどにより、コスプレ元と遜色ないレベルまで完全再現する彼女。

 そんな仲音なことが、「灯頼ひよりとの初デートを明日に控える」と知り。

 レイヤー魂に火が着いた結果、樂羽このはが徹底的にコーディネートされ。  服の代金を知り、しかもすべ仲音なこと持ちだと知り、樂羽このはを気絶させかけ。



 帰って来たと思ったら、またしてもトラブルが発生。

 樂羽このはが突如、マンドラゴラ染みた悲鳴を上げ。

 慌てて一楽たから仲音なことが駆け付けてみれば、彼女は何故なぜか額を隠していた。

 本人曰く、「それまで母に甘えていた手前、一人で床屋、美容院に行った経験がく、自分で切ろうとして失敗した」とのこと

 最終的に、仲音なことによって、違和感いわかんい上に可愛かわいらしく仕上げてもらい、こときを得た。



 そして、夜。

 再び樂羽このはが、甘えたがりを発動させた。

 本人曰く、「今まで母と一緒に寝ていたけど、ホームシックも相俟って眠れなくなった」とのこと

 迷った末に、一度寝たら梃子でも起きない仲音なことに代わり、一楽たからが下で寝る運びとなり。

 樂羽このはが眠るまで手をつなぎ、どうにか落ち着かせ、安眠へと導くのだった。

 話し合いの末、翌朝から、「定期的に、家族の範囲内で、二人に甘えてもい(仲音なこと推奨)」ということとなった。



 そして3日目。

 ついに、初デートとなった、樂羽このは灯頼ひより

 案のじょう、ヒヨりまく灯頼ひよりだったが。

 一楽たから仲音なことのバック・アップにより、どうにかデートのていを維持する。

 


 が、その途中でまたしても、イレギュラー発生。

 なんでも、「方向性の違いにより灯頼ひよりのクラスが男女別で文化祭の準備を進めた結果、女子側の看板作りなどが遅れてしまい、彼に白羽の矢が立った」らしい。



 他校生ではありながらも、灯頼ひよりのピンチを放ってはおけない樂羽このは

 またしても、鶴の恩返し的な方法で、人目を避けつつDIY力を遺憾無く発揮。

 たちまち、灯頼ひよりのクラスの女性陣に好かれ。

「助かったのは灯頼だんしのおかげ」として、クラスの和解に貢献。



 そんな姿を見て。

 灯頼ひよりは、樂羽このはに感謝し。

 と同時に改めて、彼女が気になるのだった。



 そうこうしてる間に、慌ただしく時は過ぎ。

 気付けば、樂羽このはが来てから1ヶ月近くが経過し。

 いよいよ樂羽このはの母と、一楽たからの弟の結婚式、当日となった。



 万全を期すため、早乗りする一楽たから一行。

 そんな世城せぎ家の前に、これまでで最大級のピンチ。

 一同のラスボスが、立ちはだかる。

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