page.9「障害と元カノ」

「誰かとの食事が出来できないのよ。

 うち一楽たからは。

 あたしにしか、話してないけどね」



 樂羽このはからSOSを受け、一楽たから仲音なこと



 数分で安定させ、彼を寝かし付けてから。

 後ろめたさにより、居間で正座中の樂羽このはに事情を説明し始めた。



「一因は、彼の両親。

 知っての通り、二人はすこぶる不仲でね。

 価値観や見解、期待と希望の相違。

 それらが引き金となり、二人は兼ねてよりバチバチしていた。

 一楽たからが小学生の頃に、離婚寸前だったレベルなのよ。

 で、『兄弟が自立し、結婚するまで』という条件で、首の皮一枚つないで生きて来た。

 まぁ……父親が下半身不随になったから、それを早めたんだけどね。

 そんなわけで。

 一楽たからの両親は30年以上にも渡って、冷戦状態にったのよ。

 それはもう、家族でそろってる時でさえ、ね」



 壁に背を預け、皮肉たっぷりに。

 仲音なことは、樂羽このはを横目で見た。



「考えてもご覧なさい。

 そんな地獄で食べるご飯が、美味おいしく喉を通ると思う?

 そもそも、真面まともに味なんて判別、堪能出来できると思う?

 答えは、『ノー』よ。

 1秒でも早く、その場からなくなりたいと切望するのが自然。

 現に、一楽たからもそうだった。

 なんなら、最初から一人で食べたがってた。

 けど、捻じ伏せられたの。

『家族は、食卓を囲うものだから』って。

 そんな、固定観念でね。

 一楽たからのご両親は、そういうステレオタイプ。

 自分達のことは棚上げし。

なんてろくなもんじゃない』と、幼少時から子供に刷り込ませ、トラウマを植え付け。

 その癖、子供には、二言目には結婚を催促する。

 まるで、踏み倒さんとする人間を追い掛けでもしているかのように。

 本当ほんとう……中々、難儀よね」



 憐憫と嘲笑の混じった笑みを浮かべ。

 腕を組みつつ、仲音なことは顔を上げる。



「おまけに現在、一楽たからは絶賛、スランプ。

 つまり、『自作の声が聴こえない』状態に有る。

 キャラや背景のイメージは出来できる。

 設定を練ったり、独白なら書ける。

 けど、台詞セリフが出て来ない。

 口パクでしか、シーンが脳内再生されない。

 計算しないまま書けていた一楽たからにとって、これはあまりに大きな損失だった。

 しかも自分の担当分野は殊更、台詞セリフを求められる、シミュレーション・ゲーム。

 だから、彼は筆を折るに至った。

 そして今、実家帰りを余儀なくされ、ここでリハビリ中ってわけ

 彼の父親みたいに、車椅子生活とかでもないのにね。

 本人は今、新しい奥さんと、呑気に世界旅行なんて行ってるけどね。

 自分がどれだけ、一楽たからに爪痕を残しているのかも考えもせず。

 彼が書けなくなった背景にも、決して少なからず関与してるのに。

 それを知った上で、我関せずと、余生を満喫してるけどね。

 本当ほんとう……そのまま、二度と帰って来なければいのに」



 吐き捨てるようい。

 腰に手を当て、仲音なこと樂羽このはを見下ろす。



「どう?

 これが今日、一楽たからの倒れた原因。

 今の一楽たからはね……そもそも、普通の食事すら、満足に出来できないのよ。

 その理由は、簡単。

美味おいしい物と、黒歴史に意識を奪われ、キャラの声のみならず。

 残されていたはずのイメージや設定すら、忘れてしまうから』よ。

 ひどい皮肉よね?

 用意されたご馳走が美味おいしければ美味おいしいほど、ショックを受けるだなんて。

 本来なら、自分勝手、勘違いもはなはだしいわ」



 2階で寝ている一楽たからの方へ顔を向け。

 仲音なことは、続ける。



「自分でも用意出来できる、ルーティン染みた、簡易的な料理。

 私の叩き込んだ、胃袋を掴んだ、慣れ親しんだメニュー。

 それなら、なんの障害もい。

 あるいは、長南ちょうなんが誘った時みたいな、豪勢な外食。

 それも、心の準備が出来できるから、なんとかなる。

 でも、今回は違った。

 昨日、あなたが振る舞った料理は、その中のどれでもない。

 唐突で、おまけに絶品だった。

 しばらろくに食べてなかった分、余計に刺さったでしょうね。

 もっとも、感覚がにぶってるから、食べた直後は気付きづかなかったでしょうけど」



 さも、業務連絡でもするかのごとく冷静さ。

 ここまで来ると最早、である。

 


 樂羽このはの中で、仲音なことの印象が様変わりする。

 てっきり、一楽たからに未練たらたらのヤンデレだとばかり踏んでいたのに。



あたし長南ちょうなんの手作りと勘違いしたおかげで、食べられたけど。

 それを作ったのが、あなただと判明し。

 そのあなたと、今度はイショクジすることになった。

 いやが応でも、彼の舌と記憶に、あなたの手料理の味が、時間差で蘇る。

 両親とのトラウマも連れて、ね。

 結果、またしても彼は、脳内での言葉を失う。

 けど、そんな実情を知らなかった、あなたを悲しませたくもない。

 その二律背反に追い込まれた結果。

 自衛本能の働きにより、倒れたってわけね。

 まぁ……本人に聞いてない以上、あたしの推測の域を出ないけど。

 なんにせよ、助かったわ、樂羽このは

 やっぱり、あなたに頼って正解だった」

「……っ!!」



 ここに来て、ようやく。

 樂羽このはは、うつむいていた顔を上げた。



「……なんなんですか……!!

 ……一体、なんなんですか!?

 さっきから、ずと!!

 なんで……なんで、そこまで淡々としてるんですかっ!?

 一楽たからさんの……!!

 あなたの、元カレさんの話なんですよっ!?

 ひょとしたら、手遅れだたかもしれないんですよ!?」



 立ち上がり、詰め寄る樂羽このは

 一方の仲音なことは、クールに拍手した。



「驚いた。

 あなた、無口ではあるものの、本当ほんとうしゃべれるのね。

 やっぱり、言葉の喪失が顕著なのは、一楽たからの前にる時に限りだったのね」

「どうでもいですっ!!

 今、そんなことっ!!」



 胸倉をつかみ、樂羽このはは問い詰める。



「私を、ここに招いたのもっ!

 訪問日を、昨日にしたのもっ!

 そんな危険な状態の一楽たからさんを、6日も一人にしたのもっ!

 全部、あなたの差し金じゃないですかっ!」

「仕事だったのは事実よ。

 その間に、すでに決まっていたスケジュールを済ませて来た。

 連絡だって、マメに取ってた。

 それに、必要な工程でもあった。

 私は、あなたほど、純粋でもシンプルでもない。

 ほだされ、妥協し、その果てに。

 結局、彼を甘やかしてしまう。

 ここまでの荒療治を成し遂げるには、どうしても必要だったのよ。

 甲斐甲斐しく彼をお世話しても違和感いわかんい。

 新手の協力、実力者が」

「それだけじゃない!

 あなたは昨日、京一きょういちさんが来る直前に、なくなりましたよね!?

 あの時、レーダーで探知して、予測してたんじゃないですかっ!?

 ここを訪問した京一きょういちさんが私に、イショクジを提案するて!!

 そのもりもいままに、私が一楽たからさんを、あんな状態にするて!!

 それて……私達を利用した、裏切てたてことじゃないですか!?

 あなたの元カレさんを、意図的に苦しめたてことじゃないですか!?」

「だとしても。

 あたしは、お咎めしではなくって?

 確かに、あなたを差し向けたのはあたしだけど。

 そこまで仕向けたという、確証はい。

 すべて、机上の空論でしかないわ」

「〜!!」



 樂羽このはは、信じられなかった。

 こんなダブスタ人間が、ここまで身近に実在していようだなんて。



 怒りと悲しみを通り越し。

 樂羽このはは、呆れつつあった。



「……なんなんですか?

 あなたは、私達の。

 一楽たからさんの、味方ですか?

 それとも……敵ですか?」



 仲音なことが、無邪気に笑った。

 樂羽このは以外の目にも、空気が読めていないように映るだろう。



「……そんなの、決まってるわ。

 あたしは、一楽たからの『唯一』よ。

 そのためだけに、調整したんですもの

「……『調整』?」

「そうよ」



 再び壁に背を預け。

 畳を眺めながら、仲音なことは語り出す。



あたしはね?。

 樂羽このは

 男を屈服させるのが、好きなの」

「……はい?」



 いきなり、なにを言い出すんだ?

 と、衝撃発言に、なかば引く樂羽このは

 そんなのお構い無しに、仲音なことは話を進める。


 

「惚れさせて、擦り寄らせて、骨抜きにする。

 それにより、あたしの自尊心、承認欲求は満たされ。

 レゾンデータル、アイデンティティの確立につながる。

 新しいあたし、替え玉も用意出来できる。

 けど、男女の愛なんて所詮、一過性。

 放たれて、飛び散って、やがて消える。

 そんな、花火みたいな物。

 それがいやで、この業界に入ったのよ。

 2次元なら合法的に、複数の男と関係を持てる。

 ここなら、一般向けよりも長く、広く、深く、仮想の男達とちぎれる。

 あたしの心の安寧を、保てる」

「……はぁ……」

「そんな中、友達に声を掛けられたのよ。

『どうしてもお見合い相手になってしい人がる』ってね。

 その仲人なこうどは、私が常日頃からねんごろにしてる、マッサージ師でね。

 前にベンチで横になっていた所を、旅行中の彼女に、施術で助けてもらった大恩がるのよ。

 で、それからはすっかり、彼女のファンになってね。

 彼女に解されたいがために遠路遥々、定期的に体をメンテナンスしてもらってたの。

 彼女も彼女で、あたしを気に入ってくれてね。

 旅行がてら、あたしを治しに来てくれるようにもなった。

 そんな彼女が、あたしに紹介して来たのが、誰を隠そう」

「……一楽たから、さん?」



 フィンガー・スナップを決める仲音なこと

 大和撫子モードでもさまになるのが、樂羽このは小憎こにくたらしかった。



「断った結果、関係を断たれるのも迷惑。

 だから仕方しかたく、引き受けたのよ。

 でも、やるからには、撃墜女王のプライドを賭ける。

 だから、徹底的に調べ、作り上げた。

 彼の趣味、タイプ、ストライク・ゾーン、セーフ・ライン、パーソナル・スペースフェチズム、シチュ、口調、口癖、一人称に至るまで研究し。

 wikiやシブ、ホームページや過去のインタビュー、これまでの作品まで具にチェックし。

 なんなら、仲人なこうどの伝手で、彼の蔵書の写真、卒業アルバムまで分析し。

 ついでに、彼には内緒で、ご両親に内部調査もして」

「うわぁ……」

「私に馴染ませるべく、活動拠点を仙台に移し。

 叩き上げの新設ゲーム会社に、自分を売り込み。

 実力と実績を武器に、仕事を勝ち取り。

 ゲームと一緒に、彼と接点を作りつつ、免疫と経験、コネを持たせ。

 ほどくして、プライベートで接触し。

 あくまでも、『直前に聞いたばかり』という雰囲気を装って、シンパシーを覚えさせ、油断を誘い。

 気を合わせ、気を持たせ。

 そうして、射止めた。

 で、適当にフッて終わらせる予定だった。

 にもかかわらず、がらにもく本気になって。

 意図的に意気投合したのに、それとは別に受け入れられてて。

 たいした勝算もいまま、彼との初デートの前から、彼の私物、無許可で引っ越しなんかして。

 気付きづけば、彼の横に永住してた」

「それ、って……」

「『罰当たりな八つ当たり』。

 最低でしょ?

 控え目に言って。

 確かに、ここまでは彼も知らないし。

 訴えられたら、あたしが負けるかもしれないわね。

 っても、あいつなら、それすらも許容してくれそうだけど」

「ま、まぁ……」



 事実なので、樂羽このははフォローしなかった。



「またしてもロープレするのが億劫になったのか。

 もしくは、ずっと、すっかりだましていた罪悪感からか。

 それとも、適齢期特有の焦りか。

 あるいは、単に魔除け、謳い文句にしようとしたのか。

 はたまた、朗読すると決まって赤スパが飛ぶ、一楽たからの学生時代の拙作せっさくが目当てなのか。

 結局の所、真相なんて定かじゃないわ。

 けど、答えなんてくても、どーでもい。

 あたしは一生、あいつに付き纏う。

 あいつを治すためなら、公序良俗にのっとらず、文字通り、なんでもする。

 ただし、あいつを傷付ける悪魔にもなったら、あいつを癒やす天使にもなる。

 あいつを解き放つためなら、心を許した他者だって利用する。

 ただ、それだけよ。

 これで、満足?

 あなたの、あたしへの悪印象を払拭し、多少なり信用を取り戻すには、事足りる?」

「……」



 ついに『利用』と明言した。

 悪びれもく、認めた。



 依然として、その偽装っりには辟易こそすれども。

 なんだかんだ一楽たから想いなのが伝わり。

 樂羽このはは、首を横に振った。



 樂羽このはの気を引くのには、充分だった。



「でも……。

 ……だたら、どうして、別れたんですか?」

さっきも言ったはずよ。

 あたしじゃ、あいつを完治させるには至らなかった。

 あいつを、自由には出来できなかった。

 あいつの自堕落くせを、改善出来できなかった。

 一楽たからと、どこまでもズブズブ、退廃的になる未来さえ望んでしまった。

 入れ込みぎたのよ、流石さすがに。

 そんなイエスマン状態で、『恋人』だなんて言えるはずい。

 だから、風穴だけ開けて。

 後に爆薬にするために、6日間の放置、冷却期間を設けて。

 あいつの心に侵入し、内側から直してくれる、新風を招き。

 9回裏逆転満塁ホームランばりの、チート・デイを期待した。

 仕事も終わらせつつ、立ち返って見詰め直してた。

 っても、離れられないから、『同居人』の肩書きは残したし。

 後ろ髪引かれたくはないから。

 あいつに、髪を切らせてやったけどね」

「あなた、て……。

 ……とんでもない人ですね」

「そうよ。

 現世に再臨した、魔女よ」

「……なんですか、それ」

「キャッチ・コピー。

 今、適当に考えた」

「あははっ」



 知らぬ間に、笑ってしまっていた。

 樂羽このはは、やはり仲音なことを嫌い切れなかった。



 と同時に、確信した。

 仲音なことに遠慮は、無用だと。



いんですね?

 私が、一楽たからさんを助けても」

「当たり前じゃない。

 願ったり叶ったりよ」

「で、でもっ!

 形式上は、お二人は今、お付き合いしてないわけですし……! 

 その所為せいでもし、一楽たからさんか私が、あるいは双方が、本気になったら……!」

「杞憂よ。

 あなたは、灯頼ひよりに惹かれつつあるし。

 一楽たからは、あたし以外には靡かないわ。

 でも、そうねぇ。

 まかり間違って、イレギュラった暁には」



 樂羽このはの髪を直し、頬に触れ。

 仲音なことは、微笑ほほえむ。



「『ライバル』として、改めて歓迎するわ。

 ただし、『同じ土俵に立ってる』だなんて、おごらないことね。

 あなたは、あくまでも、あたしの『コマ』。

 あいつにとってのあたしは、であってではない。

 すでに、『殿堂入り』なのよ。  玉座の防衛さえ、今更するまでもないわ。

 でも、まぁ……それでも奪い去りたいってんなら。

 そしたら、もう勝手になさい。

 あたしも、迎撃あるのみよ。

 ただし、無傷でも軽傷でも終わらせないわ。

 叩きのめす、まだのめす、さらにのめす。

 それが、ファイナリストよ」



 パキポキと拳を鳴らす仲音なこと

 そのたくまさとギャップに、樂羽このはは思わず笑ってしまった。



「さて、と。

 ここからが本題よ、樂羽このは

 今からあたしが、あなたに伝授するわ。

 あいつを救うための方法を。

 心して、聞くのね」

「……はいっ!

 ただ、どうやて……?」

「簡単よ」



 再び2階、一楽たからの部屋を睨み。

 仲音なことは、言い切った。



あたしは、『広く浅く』。

 あんたは、『狭く深く』。

 それが、あたし達の守備範囲拡大の差。

 この地の利を活かして、あいつを陥落させるのよ。

 あたし達、2人で、ね」

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