note.2「リハビリ」

page.8「家主とイショクジ」

「『イショクジ』?

 ……『俺と日明たちもりさんが、一緒に食事する』。

 ってこと?」

「は……はい……」



 家の案内を終え、母の寝室を借りることとなったあと

 そう、樂羽このはが提案した。



 ちなみに現在、彼女はしゃべれている。

 まだ辿々しくはあるものの、言葉を発せている。

 


 それについて一楽たからが訪ねた際。

「人前ではないので」

 と返された。



 そういうものか。

 と一楽たからも納得した。



 それはそうと。

 一楽たからは今、すごく険しい顔をしていた。



「どうして、俺と?

 別々でも、くない?

 ほら……俺は夜型、日明たちもりさんは朝型だしさ」



 などと口をついて出そうな、安易な台詞セリフを。

 一楽たからは、ぐに消した。

 また彼女を傷付けたり、仲音なことさんに犬神家にされては困る。



 一楽たからは、推察した。

 持ち前の観察眼、読解力を武器に、逡巡し。

 ほどくして、回答する。



「ひょっとして。

 今まで、お母さんと、あまり食べられてなかった感じ?

 それで、誰かと食べるのに、憧れがるとか?」



 実際には、京一きょういちの提案を採用しただけで。

 今まで、月星つくしも混ざって、なるべく一緒に食事していたのだが。

 樂羽このはは、これをチャンスだと捉えた。



 隣なのか、正面なのか、斜めなのかは分からないが。

 自分が人前(特に一楽たから)に立つ以上、真面まともな会話は成立しない。

 それに、自己肯定感の薄いだけで、気遣い屋の彼なら、究明したりもしないはず

 よって、魂胆を見抜かれ、折角せっかくのプランを壊される心配もい。



 などと考え。

 樂羽このはは、自己嫌悪に陥った。



 福子ふくこさんは、「可愛かわいい」「あざとい」と言ってくれたけど。

 本当ほんとうの私には、そんな要素は欠片かけらも備わっていない。



日明たちもりさん?

 大丈夫?

 急に話し過ぎて、疲れちゃった?」



 この部屋の前の主に罪悪感を覚えていると。

 2階に住む、その息子に心配されてしまった。



 樂羽このはは、ぐに言い繕おうとする。



「へ、平気、ですっ」

「そう?

 なら、かった」



 ああ、本当ほんとうに。

 この人は、なんて優しいんだろう。

 見ず知らずの、曖昧な家族である私を、こうまで歓迎し、受け入れてくれるなんて。

 


 似てるのは、見た目だけ。

 とは、まるで違う。



「……っ……!!」



 底なし沼のような悲しみと、夜空のごとく巨大な恐怖。

 上下から飲み込まれそうになるのを、どうにか持ち堪え。

 呼吸困難になりかけつつも、胸に手を当て。

 樂羽このはは、伝えようとする。



「……分かった。

 俺でければ、付き合うよ。

 日明たちもりさんとの、イショクジ」



 それよりも先に、一楽たからおもんぱかる。

 樂羽このはの心が、少なからず救われる。



「っても俺、朝、弱いからさ。

 多分、お昼からになると思うけど。

 それでも、可?」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」



 歓喜のあまり、思いっ切りうなずいてしまう樂羽このは

 彼女の様子ようすが音だけで手に取れ、一楽たからは吹き出した。



「ありがと。

 なんで、そこまで舞い上がってるのかも、俺と食べたいのかも。

 正直、く分からんし、聞かないけど。

 お誘いを無下むげにするのは、違う気がするからさ。

 ご相伴に預からせてもらうよ」

「(グーッ!!)」



 またしても、サムズアップしてしまう樂羽このは

 ビデオ通話でもないから、こちらの様子なんて見えないというのに。



 というか、「テンションの上昇で口数が減る」現状、現象が謎ぎる。

 普通、逆なのではないだろうか。



 もっとも。

 一楽たからは、大して意に解さないのだが。



沢山たくさん話して、疲れたでしょ?

 そろそろ、お風呂入ったら?

 俺はもう済ませてるから、ゆっくり浸かって来て」

「(ブンッ、ブンッ!)」



 首肯する樂羽このは

 ついで、通話が終了。

 一楽たからが切ったのだ。



「〜っ♪」



 拍子抜けしそうなほどに目標達成し。

 樂羽このはは、ロフトでゴロゴロし。

 そのまま、ぼんやり天井と、にらめっこを開始する。



「……大丈夫。

 私は、平気。

 ちゃんと、しゃべれてる。

 ちゃんと、認めてくれてる。

 一楽たからさんは……信用出来できる。

 私を拒絶、絶望させたりしない。

 あの人とは、似て非なる」



 宥めるように告げ、深呼吸し。

 少しして樂羽このはは、用意を済ませ。

 階段を横切り、風呂場へと直行する。



 上に一楽たからの心境になんて、まったく気付かぬまま。



 彼がめずらしく自虐していなかったことも。

 それほどまでに頭が回りにくくなっていた理由さえ。

 悲しいほどに、見落としたまま。



 翌日のお昼。

 リクエストを求めるも、一向に連絡が取れず。

 気になって駆け付けてみた彼の部屋に広がった光景を。

 まったく、予想だにしないまま。



「た……。

 か、ら……。

 ……さん……?」



 一楽たからが、目を開けたまま、気絶しているだなんて。

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