page.7「ヘヤリーと謎ジェントルマン」

 時間は、少し遡り。

 世城せぎてい樂羽このはの前には、なにやらチカチカする、ブロンド男性が現れていた。

 といっても、玄関にる彼を、樂羽このはが一方的に注視、警戒しているだけだが。



「あれ?

 ご不在かな?

 車はるのに、おかしいな。

 おーい、一楽たからくーん。

 ぼくだよー。

 開けておくれよー」



 何度かインターホンを押すもコンタクトが取れず、困惑。

 そのまま、顎に手を置き、男性は推理する。



「ひょっとして、どこかに引っ越した?

 あるいは……もしや、誘拐!?

 大変だ!

 ぼくの大切な一楽たからくんが、エイリアンに生き血を啜られて、痩せ細ってしまうっ!!

 こうしてはいられない……今ぐ、彼に連絡をっ!!

 いや……それでは、侵略者の魔の手が、今度はぼくに及ぶかもしれない!

 今の僕は、謂わば、彼に残された切り札、最後の希望!

 ぼくとの絆を、敵に知られるのは不味まずいっ!

 となれば、ずは警察に通報をっ!!」

「〜っ!!」



 流石さすが不味まずいので、慌てて止めに入る樂羽このは

 結果、素性の知れない男性に、姿を晒してしまう。



「ん?

 やあ、こんにちは、初めまして。

 ぼくは、長南ちょうなん 京一きょういち

 ひょっとして、ここの関係者さんかな?

 つまり、一楽たからくんの居場所を知ってる、事情通さんかな?

 かったら、君の名前を、教えてくれるかい?

 うるわしき、プリティー・レディー」

「(プルプルッ、プルプルッ……)」

「あー。

 驚かせて、ごめんよ。

 流石さすがに、急ぎたね。

 どうか、泣かないでおくれ。

 ほら、これ。

 かったら、使ってくれたまえ。

 君のよう可愛かわいらしいレディーの涙を拭えたのなら、このハンカチーフくんも本望だろうさ」



 恐怖心から樂羽このはの流した涙を、冷静に拭く京一きょういち



 見るからに高級そうな品を、即座に、見ず知らずの相手の為に使える。

 それは、樂羽このはから信頼を得るには、充分な行動だった。



「っ!!」



 が、それはそれ。

 現在この場に一楽たから仲音なことない以上。

 なんとしてでも、我が身一つで、この家を守り切るのが、樂羽このはの勤め。

 よって、ドアの前で、彼女は立ち塞がる。

 気分はさながら、弁慶である。



「……ひょっとして、アレかな?

 君は、秀一しゅういちくんの、娘さんかな?

 確か、名前は……そう、樂羽このはくん。

 君のことは、福子ふくこさんから毎日のように聞いているよ。

 噂にたがわぬどころか、聞きしに勝る、絶世の美女。

 正しく、現世に舞い降りた妖精さんのようだ」

「〜っ!!」

「あー、ごめんよぉ。

 恥ずかしがらせるもりはかったんだ。

 重ね重ね、申し訳い。

 昔から、こういう性分なんだ。

 ぼくは、女系の出身でね。

 幼少の時分より、女性の扱いというのを、かなり叩き込まれたんだ。

 気分を害したのなら、申し訳い。

 この通りだ」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」



 本日ニ度目の、年上からの土下座。

 それも、ゴツゴツしたコンクリの上。



 これは、色んな意味で、痛い。

 樂羽このはは再び、今にも膝を付きそうな彼を止めに入る。



「非礼を、許してくれるのかい?」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」

「恩に着るよ。

 ありがとう、樂羽このはくん」

「(グーッ!)」

「それはそうと。

 一楽たからくんは、ご在宅かな?

 最近、一緒に食事が出来できてないから、心配でね。

 挨拶がてら、差し入れを持って来たんだが」

「……?」



 樂羽このはは、少し考えた。

 この、如何いかにもい人ぜんとした男性を、一楽たから仲音なことに断りもく、案内していものかと。



 そもそも、この人は、何者なのか。

 触り程度に聞いていた、『チャラい(秀一しゅういち談)』長男だろうか。



 名字が違うのは……婿入り?



 それに、世城せぎ家は女系どころか、むしろ男所帯のような気がするが。

 ひょっとして、昔は祖母が多かった……とか?



 いずれにしても。

 不審人物を、簡単に世城せぎていに上げるわけにはいかない。

 二人が不在なら、なおことである。



 そうみずからに言い聞かせ。

 樂羽このはは、通せんぼをする。


 

「……ひょっとして、アレかい?

 ぼくの知らぬ間に、通行手形くんが導入されたのかい?

 生憎あいにく、それらしいパスは今、手元にはいが。

 代わりに、『揚げたい焼きくん』なら、持参してある。

 次からは、きちんと気を付けるからさ。

 どうか今回は、これで大目に見てはもらえないかい?」

「(ペカーッ!!)」



 ニッコニコで、樂羽このはは玄関と、心の扉を開けた。

 


 余談だが、数分後。

 灯頼ひよりとのデートのプランが前倒しになったことに、あとから気付きづき。

 それについての謝罪を済ませてから、改めて二人で計画を練るのだった。



「いやぁ。

 手間を取らせて、ごめんよ。

 まさか、一楽たからくんや仲音なことくん以外の住人くんがるとは。

 もっと多く、手土産くんを用意しておくべきだった」

「(ビクビクッ、ビクビクッ!!)」

「あっはっはっはっ。

 安心したまえ。

 二人の分は、日を改めて、また買って来る。

 どうぞ、好きに開けてくれたまえ。

 もっとも、仲音なことくんには拒否されてしまうやもしれないが。

 一楽たからくんの選んだ相手をけなようで、我ながら感心しないが。

 彼女とは、どうも、馬が合わなくってねぇ。

 音楽性や方向性ならぬ、『愛し性』の違い、とでも言うべきか。

 他の内容なら、特に衝突もしないのだが」

「(パァァァァァッ……)」

「お気に召したかい?

 それはなにより。

 君みたいな美女にご満足頂けて、ぼくうれしい、鼻が高いよ。

 今度、また買って来るとしよう」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)

 (グーッ!!)」

「あっはっはっはっ。

 君は、本当ほんとうい子さんだね。

 他の女性陣には多少、嫌われてしまったが。

 樂羽このはくんとは、上手うまくやって行けそうだ。

 一楽たからくんにならって、ぼくの事は、『ミナミさん』と呼んでくれたまえ。

 これから、どうぞ、ご贔屓に頼むよ」

「(グーッ!)」



 すっかり京一きょういちと打ち解ける樂羽このは

 彼女が、美味おいしそうに頬張る姿を見て、京一きょういちも幸せそうな顔をする。



 かと思えば。

 不意に真顔となり、立ち上がる。



ぼくとしたことが。

 この家を訪問したさいの、大事な日課を忘れてしまっていた。

 少し、御前おんまえを失礼するよ」



 言いつつ、自身のヨジーを持ち外に出て。

 京一きょういちは、一楽たからの車の、軽いメンテナンスを開始。

 続いて、ガソリンやウォッシャー液など、カー用品を補充する。

 


 あとから聞いたが。

 その、キラキラした見た目にそぐわず、整備士をしているのだとか。

 端正な顔と、綺麗な金髪が黒くなるのは、少し残念な気がするが。

 それもそれで「ギャップ萌え」だと、樂羽このはは思った。



 そんな彼の姿を見て、樂羽このはは感じた。

 もしかしたら彼なら、自分のも、褒めてくれるのではないかと。



 一楽たからの車の安全確認というルーティーンを終え、戻って来る京一きょういち

 クイッ、クイッと、彼の手を引っ張り。



「(ペカーッ!!)」



 樂羽このはは、自身の破壊した壁を、京一きょういちに見せた。



 本当ほんとうは、外の小屋の方が、色々と好印象なのだろうが。

 仮にも仲音じょせい用に作った場所を、京一とのがたに無断で披露するのは、躊躇ためらわれた。



 といっても。

 こっちもこっちで、風呂場に直結しているのだが。



「こ、これはっ……!!

 なんと流麗な、破壊だ!!

 美しい……!!

 他の部分に、ひび一つ入っていないじゃあないかっ!!

 最早、最先端の現代アート……!!

 一体、誰が、これをっ!?」

「(ペカーッ!!)」

「も、もしかして、君かいっ!?

 君が、これを完成させたというのかいっ!?

 たった一人で!?」

「(グーッ!)」

「素晴らしい……!!

 素晴らしいよ、樂羽このはくんっ!!

 君は、紛れもい大天才っ!!

 後世に語り継がれる、世界に羽撃はばたくべき逸材だっ!!

 君さえければ是非、卒業後は、我が社に入ってくれたまえっ!!

 上にはぼくから、話は通しておくっ!!

 これ程に器用な君なら、いつでも大歓迎だ!!

 なんなら、願わくば、今ぐにでもスカウト、ヘッド・ハンティングしたいくらいだよっ!!

 あっはっはっはっ!!」

「(パァァァァァッ……)」



 数分後。

 内定がもらったことを、樂羽このはは母にRAINレインした。

 すると、『出来でかした。流石さすが、私の自慢の娘だ』と、秒で返信が来た。



 最早、説明不要だろうが。

 現在この話は、天然オンリー、ツッコミ不在でお送りしている。



「いやぁ!

 今日は、なんい日なんだ!

 まさか、君のような逸材に出会えるとはっ!」

「(コクッ、コクッ!)」

「そうか、そうか!

 君も、ぼくと出会えてうれしいかいっ!

 結構、結構!」

「(グーッ!)」



 最初の時とは、まるで異なり。

 和やかなムードに包まれる世城せぎてい



 しかし、数分後。

 京一きょういちは再び、シリアスな。

 それでいて、どこか寂しそうな顔色を見せた。



「……樂羽このはくん。

 君を善人と見込んで、折り入って頼みがる」



 にこやか、煌びやかな雰囲気を消し。

 京一きょういちは、頭を下げる。



「どうか、お願いだ。

 一楽たからくんと一緒に、食事をしてはくれまいか?」



 物々しい雰囲気と違って、簡単そうなリクエスト内容。

 しかし、ただ事ではないオーラを感じ、樂羽このはも気を引き締める。



「お恥ずかしい話なのだが。

 ぼくは今まで一度も、一楽たからくんと食卓を囲んでいないんだ」

「……っ!?」

「いや……これでは、語弊がるな。

 外食や買い食いなら、何度かる。

 だがこの家で、手料理を振る舞ったことも、一緒に食べたことい。

 こんなことぼくが言えた義理ではないかもしれないが……。

 ……あまりに残酷だとは、思わないかい?

 折角せっかくの家族なのに、一度も、自宅で食事をしていないだなんて」



 それに関しては、樂羽このはも同意見である。

 よって、彼女もうなずいた。



「賛同してもらえて、うれしいよ。

 勿論もちろん、無理強いはしない。

 あくまでも、『可能であれば』の話だ。

 お願い、出来できるかい?」

「(グーッ!!)」

「……ありがとう。

 頼もしい限りだ。

 今日、君と会えたのは、この上い僥倖だ。

 本当ほんとうに、君と話せてかった。

 どうか、そのまま彼を」



長南ちょうなん、貴様ぁぁぁぁぁっ!!」



 感動シーンみたいな空気が生まれる中。

 帰って来て早々に、それを台無しにする仲音なこと



 ちなみに、彼女のレーダーとスピードに付いて行けず、一楽たからは置いてけぼり。

 またしても仲音なことは、意図的に、一楽たからを一人にしたのである。



 そのまま急いで靴を脱ぎ、近付き。

 仲音なことは、樂羽このはを庇う。



「あんた……!!

 さては、樂羽このはまでメタボらせようとしたわねぇっ!?」

「(ビクビクッ!!)」

「はっはっはっ!

 誤解しないでくれ、仲音なことくん」

「だ・か・らっ!!

 としうえを『くん付け』するの、止めろってんでしょっ!?」

「これは失敬。

 僕は仲音なことくんの義父に当たるので、形だけでもと思ってね。

 それはそうと、仲音なことくん。

 ぼくは、健康的な範囲で、フクフクさせたい。

 そして、女性にき使われたい、尽くしたいだけさ。

 女系出身がゆえに、そういう環境で育って来たのでねぇ」

うっさい、枯れデブ専っ、女の二重スパイ、女心の敵、堕天使っ!!

 もう結婚したんだから自分の奥さん、福子ふくこさんだけで満足しなさいよっ!!

 いく福子ふくこさんの面影るからって、うち一楽たからまでフクフクにするんじゃないわよっ!!

 ダイエットとリバウンド対策に、どれだけ苦労したと思ってるのよっ!?

 勿論もちろん樂羽このはにも、必要以上に手出しさせないからっ!!」

「(ビクビクッ、ビクビクッ!!)」



 正に、青天の霹靂。

 先程から、京一きょういちには驚かされてばかりだが。

 今のが一番、樂羽このはには衝撃的だった。



 てっきり、『理想的な長男』とばかり踏んでいた長南ちょうなん 京一きょういち

 その正体が、まさか、3周りは離れてそうな、福子ふくこの新しい旦那だとは。



「君が倹約家ぎるだけだ。

 少しくらいポチャッとしていた方が、愛嬌もるし、健康的じゃあないか」

「それだって、あんたの持論じゃないっ!!

 固定観念の雁字搦メイトしからんのかっ!!

 うちの男共は、まるでなっとらんっ!!

 いから、帰れっ!!

 しっ、しっ!!」

「(シャァァァァァッ!!)」



 手で払う仲音なことと、毛を逆立てる猫のような顔をする樂羽このは



 樂羽このはにまで敵意を持たれたと知り。

 京一きょういちは、お手上げのポーズを取る。



「やれやれ。

 君とあやくんとは本当に、反りが合わないね。

 残念でならないよ、仲音なことくん。

 しかし、女性に言われた以上、逆らえまい。

 ご要望通り、今日の所は失礼するよ。

 それでは、樂羽このはくん。

 くだんの件、任せたよ。

 い戦果を期待しているね」



 RAINレインのIDのか書かれた名刺を、樂羽このはの前に置き。

 背中越しにサムズアップし、チャラく退散する京一きょういち

 危うく太らされていたかもしれないと知り、樂羽このはは腰が抜け、震え始める。



「大丈夫。

 大丈夫よ、樂羽このは

 あなたの体型は、あたしかならず守ってみせるからね。

 この家に住んでる間も、その先も、永久とわに」

「(コクコクッ、コクコクッ!!)」



 日も浅いのに、母娘のような関係になっている二人。

 実に絵になる光景である。



 一方その頃、外では。



「あれ?

 ミナミさん。

 お疲れっす」

「やぁ、一楽たからくん。

 お疲れさま

 擦れ違いを乗り越え、こうして会えたのも、なにかの縁だ。

 どうだい?

 これから一緒に、フレンチ・バイキングにでも」

「ちょぉぉぉぉぉなぁぁぁぁぁんっ!!

 うち一楽たからの舌と腹と、私腹を肥やすなぁぁぁぁぁっ!!」

「いや、なんで俺が投げられるのぉぉぉぉぉ!?

 今日、3回目ぇぇぇぇぇ!!

 仲音なことさん、愛してるよぉぉぉぉぉ!!」

あたしもぉぉぉぉぉっ!!」

「あっはっはっはっ。

 今日も元気、賑やかだねぇ、君達は。

 大変、結構」



 三度、浅瀬で犬神家となる一楽たから

 確かに『日常茶飯事』とは聞いていたが。

 ここまでとは、流石さすが樂羽このはも想定外である。



「……」



 自分は、とんでもない一家と、お近付きになってしまったのかもしれない。

 そんな気がしてならない、樂羽このはなのだった。

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