page.5「ヘヤリーと(自称)元カノ同居人」

 世城せぎ邸。

 田舎の山奥に立つ、閑静な一軒家。

 鳥のさえずり、小川の細流せせらぎに包まれた。

 マイナスイオン溢れる、自然豊かなスポット。



 そんな世城せぎ邸は、今。

 女性の来訪者と、女性の同居人と、だらしないヒモにより。

 分かりやすく、修羅場っていた。



「(プルプルッ、プルプルッ……)」



 肩身が狭そうに、涙目で正座する樂羽このは



「も、もぉ……。

 勘弁して、くださいっ……。

 私が……全部、悪かった……。

 ……です……」



 ベジハラ地獄を乗り越え、健康かつグロッキーになった一楽たから



「分かればよろしい。

 次からは精々せいぜいけろ」



 ソファで足を組みつつ、軽蔑モードを解除する仲音なこと

 踏んだりはしない辺り、そういう特殊な趣味は、双方にいらしい。



「それはそうと。

 樂羽このは

「(ビクビク、ビクビクッ!!)」

「そんなに怖がらないでくれ。

 君には、なにもしない。

 瀬良せらは、君とは友好的になりたいのだ。

 君は、一楽たからの弟の義子ぎし

 すなわち、一楽たからの身内候補の筆頭である瀬良せらにとっても。

 君は、『家族』だ」

「(パァァァァァッ……)」



 手厚い歓迎りに、瞳を輝かせ、手を組み、かしずかんとする樂羽このは

 が、しばらくして、不安そうに。

 わずかに不満そうに、目を泳がせる。



「でも……『家族じゃない』って……。

 ……さっき……」

「誰が、そんな、どごぞの駄目ダメ親父みたいな、不用意な、最低でしかないこと



 呆れ返ってこぼした本音を、途中で切り。

 仲音なことは、一楽たからを睨んだ。

 寒気がして、反射的に一楽たからは起き上がり、正座する。



「……一楽たから。 

 正直に、答えろ。

 お前か? 犯人」

「ち、違うんだって!

 かれと思って、言っただけだんだって!

 だって、ほら!

 俺、秀一しゅういち、この子の父親じゃないし!

 ましてや、血縁でもイケメンでもリッチでもない、今は単なる無職、無色だし!

 だったら折角せっかくの夏休み、俺ごときのために割かせるのは、心苦しいってぇかさぁ!!」

「今のが、辞世の句か?

 お前の、その発言の所為せいで。

 樂羽このはが、心を痛めたんだが?」

「しゃ、謝罪はしたからっ!!

 ぐにっ!!」

「そんなのは、大人としてどころか人として当たり前だ。

 一丁前に誇るな、れ者が」



 手を伸ばし、即座に補足する一楽たから

 が、願い叶わず。

 そればかりか殊更、仲音なことの怒りを買う。



「ちょっと空ける」

「おー、なんか降りて来たぞー。

 誰も考えたことい、実行したことい、老若男女に好まれる、空前絶後の大傑作をー。

 これは、一刻も早く、形にせねばー」

「そこまで大言壮語するならば、重版出来じゅうはんしゅったい達成するんだろうな?

 原作になぞらえ、空気感と世界権を完全再現したまま、美麗なコミカライズで補完し。

 作画崩壊させずに、完結まで、1話も欠かさずにアニメ化させ、独占配信もせず大人気を博し、映画化も決まり。

 忖度そんたくとゴリ押しとヤラセとスキャンダルとゴシップと炎上とヘイトと違和感いわかんと無理のいキャスティングで、忠実に実写も成功させ。

 名実共に完膚、比類きまでに、大ヒットを飛ばせるんだろうな?

 少なくとも、無限列車500億は超えるんだろうな?

 出来できなかったら……分かっているんだろうな?

 お前の体と人生を、すこぶるベジタブルにしてくれる。

 そして、瀬良せらの監視の下、有言実行させてやろうぞ」

「さーせんしたぁ!!」

「ドアホウ。

 普段のお前ごときが、この瀬良せらに勝てるなどと自惚うぬぼれるでない。

 恥を知れ」

「ははーっ!!」



 ついには土下座する一楽たから

 先程まで、穏やかに接していた姿は、見る影もく。



 樂羽このはは、ひそかに引き、物理的にも距離を取った。

 彼と自分との間にそび える障壁を取り払いたくて、ああまでしたというのに。

 キッチンの壁を破壊した意味が、いよいよもって、くなって来た。

 ただでさえはなっから、っていような物だったというのに。

 樂羽このはは内心、面白くない。



 が。

 そんな彼女ですら、流石さすがに驚かざるを得なかった。



 自分用の四次元カバン、ヨジーを持ちつつ、今を出。

 数分で、戻って来た仲音なこと

 彼女が、青いインナー・カラーの入ったロング・ヘアが目を引く、大和撫子に劇的にビフォアフしたのには。

 


「驚かせて、ごめんなさい。

 これが、本来の私。

 ガッくんの前にる時以外は、この姿なのよ。 

 っても、これ、ウィッグだけれど。

 地毛は、ガッくんに切られちゃったから」

「な、仲音なことさまっ!

 少々、語弊がりますっ!

 わたくしめに『切れ』とご命令したのは、他でもない、仲音なことさまでしたっ!」

「そうね。

 でもね、ガッくん。

 あなたが、『あたしをフッたから』でしょ」

「い、いえっ!

 確か『一旦、別れよう』と言ったのはっ!」

「そうね、私。

 でも、そっちが、そういうムード出したからでしょ?

 それはそうと、ガッくん改め一楽たから

 私が、こっちのモードで現れたってのが、どういう意味なのか。

 もう、分かってるわよねぇ?」



 ヨジーから、何故なぜかスノーケル用具を出す仲音なこと

 次の瞬間、豹変し。



「とっとと、あたしの前から退場しろ、おらぁ!!」

「お、お許しをぉ!!」

「問答無用っ!!

 覚悟しんせいや、カバチタレがぁっ!!」



 それまでの清楚な雰囲気を捨て。

 一気に、ガチギレ状態に突入する仲音なこと

 


 そのまま、逃げようとする一楽たからの腰を抑え、持ち上げる。

 さながら、プロレスか、鮭の掴み取りのようである。



 有無を言わさぬまま窓を開け、川を一望する仲音なこと

 一楽たからにスノーケルを付け。

 軽やかなフォームで、ジョー・◯ブソンのごとく、膝を胸まで上げ。

 そして、ついに。



「文字通り、頭冷やしてこんかい、ドバホォォォォォッ!!」



 砲丸投げのごとく。

 川まで一直線に、一楽たからを放り投げた。

 


「ここ、俺んぃぃぃぃぃっ!?」

同居人あたしの家でもあるわ、ボッケナスー!!」

「ごめん、仲音なことさん、愛してるー!!」

あたしのが愛してるわぁ!!」



 遠ざかりながらも、律儀にツッコむ一楽たから

 同じく、大声で反論する仲音なこと

 と思いきや、唐突にバカップルになる二人。



 数分後。

 物凄い水しぶきが上がり。

 一楽たからは、犬神家となった。

 


「はっ。

 夏だったおかげで命拾いしたわね。

 まぁ、仮に落としても、あたしが拾うまでよ」



 なにやら格好かっこく決める仲音なこと

 そもそも、一楽たからの命を落とさせたのも、彼を浅瀬に落としたのも、仲音なことである。



「(プルプルッ、プルプルッ……)」

「ん?

 あー、平気よ。

 いつものこと、いつものこと

 これくらい、日常茶飯事だから。

 なんなら、真冬でもないし。

 あの程度でくたばるような、ヤワな育て方してないわ。

 証拠に、ほら、ご覧なさい。

 見ての通り、ピンピンしてるわよ」



 言われたので、おずおずと視認する樂羽このは



 確かに、一楽たからは元気だった。

 無観客で絶賛、一人シンクロ中だった。



 あんなことになっているのに、タフな男である。

 どうやら、メンタルのみならず、フィジカルもたくましいらしい。

 思わず、樂羽このはは拍手を送る。



「さて、と。

 それはそうと、樂羽このは

「(ビクビクッ、ビクビクッ!!)」



 勝手に壁を壊した上に、一楽たからたぶらかした嫌疑もけられている。

 そんな自分もあるいは、一楽たからように、浅瀬に投擲されるのでは?



 いやな想像をし、髪を逆立て、ガクブルし始める。

 一方の仲音なことは、柳眉を逆立て、樂羽このはの前に移動し。



「ごめんなさいっ!!」



 と、全力で土下座した。



「違うのっ。

 本当ホント、そういうんじゃないのよっ。

 彼も言ってただろうけど、他意たいいのよっ。

 シンプルに、あなたに負担をけたくない、時間を割かせたくないってだけで。

 ただ、ほら?

 うち一楽たから、人一倍、自己肯定感、低いってーか。

 ネガってる時ばっか、口数とか、スベリと失言が増えて、余計に逆効果ってか、逆撫でされるってーか。

 正直、『あなた、本当ホントに分かってる、反省してる?』ってなるってーか。

 あー、いや、ごめん、惚気とか愚痴でもなくてね?

 あー……なんて言えばいかなぁ……」



 顔を上げ、髪をグシャグシャにしつつ、繕おうとする仲音なこと

 しかし、言葉が纏まらず。

 再び、畳に額を当てる。



うち一楽たからは、そういうんじゃないから。

 あなたのこと、拒絶したりしないから。

 あれでも、悪いやつじゃないから。

 同棲してた、あたしが保証する。

 その点だけは、安心して。

 っても、これからも、地雷踏むかもしれないけど。

 そしたら、透かさず、あたしを呼んで。

 今日みたいに、出来できる限りフォローするし。

 なんなら、懲らしめるから」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」



 樂羽このはは、首と手を横に振る。



 流石さすがに、また浅瀬に投げ込まれても困る。

 そもそも、年上に土下座されている現状ですら、持て余しているほどだ。



 樂羽このはは、仲音なことに近付き、頭を上げさせる。

 さいわい、流血こそしていないものの。

 仲音なことの額は、やや赤くなっていた。

 もっと早く止める、動くべきだったと、樂羽このはは自責した。



「ごめん。

 なんか、かえって気を遣わせちゃったわね。

 本当ホント……駄目ダメな大人ね」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」

「もしかして、励まそうとしてくれてる?

 ありがとう。

 い子ね。

 あたしの見込んだ通りだわ」



 無意識に、樂羽このはの頭を撫でる仲音なこと

 母に甘えた経験の薄い樂羽このはは、うれし恥ずかしといった反応を見せた。



「そうだ。

 じゃあ、お礼も兼ねて。

 ちょっと、サービスしちゃおうかしら」



 手を合わせ。

 なにかを思い付き、思い立ったように、その場を仲音なことは離れ。

 


 数分後。

 開けっ放しだったドアから、ヒョコッとクマが生えて来る。

 


 樂羽このはは、それに見覚えがった。

 自分もく知るオレンジ・ベアー。

 動くヌイグルミのカゾクマ、アレンくんである。



 余談だが。

 『アレンくん』までが、正式名称である。



「(パァァァァァッ……)」

あたし、声優なの。

 っても、大人向けのだけど、それはさておき。

 お詫びと、自己紹介も兼ねて」



 軽く前振りしつつ、



「はじめましてクマー。

 ボク、アレンくんクマ。

 よろしクマー」



 まさかの、声真似マネ、完全再現。

 しかも、腹話術。

 仲音なことの口は一切、開けられていない。

 


 恐るべき技術と才能。

 宴会芸、お詫びやサービスでは済まされないレベルの、とんだサプライズである。



「(フォォォォォオォォォォォッ!!)」

「コノハちゃーん。

 ボクと、オトモダチに、なってくれるクマー?」

「「(ブンブンッ、ブンブンッ、ブンブンッ、ブンブンッ!!)」」



 またしても、今度はマシマシでヘドバンする樂羽このは

 下手ヘタをすれば、ヌイグルミよりもやすそうなまでる勢いだ。



 誘惑に抗えず、仲音なこと(の抱えるアレンくん)に近付く樂羽このは

 そのまま、彼女にヌイグルミを渡し。

 仲音なことは、樂羽このはを抱き締めた。



「お気に召したかしら?」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」

「ならかった。

 改めて、よろしくね?

 樂羽このは

 一楽たからの面倒、ちゃんと看てやって。

 あたしの代わりに」

「……?」



 アレンくんに夢中になっていた樂羽このはが、不思議そうに顔を上げる。

 てっきり、仲音なことも一緒に住む流れとばかり思っていた。



「いやー、その……ほら。

 あたし、ああいうことするし。

 あと、小姑ムーブしか出来できないから。

 でも、邪魔かなーって。

 しばらくホテルかネカフェにでも泊まってから、マンション探そうかなーなどと。

 それで、ピンチの時にだけ、馳せ参じようかなーと」

「(ブンブンッ、ブンブンッ!!)」

「そうは言ってもねぇ。

 現に、今日も一楽たからを振り回して、投げ飛ばしてるし。

 あいつの自業自得とはいえ。

 少しでも、あいつとのエンカ率、下げたいってーか……」

「(ブンッ、ブンッ!)

 (グーッ!)



 首を横に振り、サムズアップし、仲音なことひざから降りる樂羽このは

 そのまま自身のヨジーを持ち、外に出る。

 く分からないまま、仲音なことも付いて行く。



 気付けば二人は、倉庫の横、裏庭にた。

 ちなみに、どういうわけか、木材が所狭し、それでいて整頓されて置かれていた。



「ねぇ。

 一体、どうしたの?」



 仲音なことが質問すると、何故なぜか体を反転させられた。



 そして、数秒後、振り向いたら。

 さっきまでなにかった裏庭に。

 立派な小屋が建っていた。

 


「……!?」



 作業音も立てず、時間もけず。

 さながら、スリラーバー◯でフランキ◯の作った橋のごとし。

 必要条件は、「決して人目には付かない」、ただそれだけ。

 恩返しする鶴も吃驚びっくりの、正しく職人芸である。



 先程、仲音なことの披露したプロの神業。

 それが、一気に宴会芸に格落ちするレベルの偉業。

 といっても、相手が悪ぎただけなのだが。

 


「う、嘘……!?

 あなた、こういう作業も出来できたのっ!?」

「(テレテレ、テレテレ……)」

「いや、とんでもなっ!!

 最近の女子高生、物すごっ!!

 もうこれ、普通に就職出来できるレベルじゃない!!」

「(ペカーッ)」



 褒められ、ニッコニコでドアを開け、お招きする樂羽このは

 流石さすがに家具までは備わっていないと踏んでいた仲音なことだったが。

 なんと、すでにログベッドや箪笥たんす、簡易なキッチンなど、必要な分は一通り揃っていた。

 最早、匠の技とか、その程度では済まされない。



 それはさておき。

 これなら、一楽たからと邂逅し、激情のあまり説教、投げ飛ばす心配もいし。

 水回りだけ、必要に応じて借りれば事足りる。

 折衷案として、完璧。

 少なくとも、仲音なことは、そう思った。



「も、もしかして……。

 うちの壁も、あなたが……?

 でも、なんで……?」

「(ビクビクッ!)」



 今更ながら、もっともな疑問を投げる仲音なこと



 対する樂羽このはは、ドキッとしつつ、正気に戻り。

 ヨジーから出したペンと林檎を、「んーっ」と合体させてみせた。



「……えーっ、とぉ……。

 ……『一楽たからとの壁、距離を、物理的にも無くしたかった』。

 ……って、ことかしら?」

「(グーッ!)」



 気持ちは分かるし、尊重もするが。

 それにしたって、遠回しな上に、やり過ぎ。

 というより、カーテンで仕切られているとはいえ。

 思いっ切りお風呂を覗けてしまうのだが。



 もっとも、自分や一楽たから、それに樂羽このはも。

 そこまでイドに忠実なタイプではないと認識しているが。

 ましてや、一楽たから仲音なことは、2次コン寄りなのだし。



 ……一楽たから



「しまった!

 一楽たから、忘れてたっ!!」

「(ビクビクッ、ビクビクッ!!)」



 慌てて、浅瀬を見る二人。

 そこには、シンクロ選手世城せぎ家代表の姿は消えていた。

 結果、樂羽このはたちまち、顔面蒼白となる。



「流された……!?

 いや……あそこは、そんなに急流じゃない……!

 となれば……!」



 額に指を当て、脳内レーダーで一楽たからの気を探る仲音なこと

 樂羽このはのインパクトに劣りこそすれども。

 バトル漫画の世界線でない以上、これもこれで充分、とんでもスキルである。



 ず、この家に迫る、一つの気配。

 その周辺には、一楽たからない。

 そして、彼と樂羽このはの接触は、自分にとっては、ある意味、好ましい。

 よって、仲音なことはスルーした。

 もっとも、酷なことになるのは歴然なので、フォローはしようと思ったが。



 ややって、一楽たからの気配を探知する仲音なこと

 その近くにる、もう一人の人物。

 その正体を、仲音なことは知っていた。

 


 というか。

 数時間前まで、初対面でありながら、一緒にカラオケしていた。

 共に、複雑なジレンマを抱えていた同士。



「あんの、つくつくぼうしがぁっ!!

 うち一楽たからに粉ぁけやがるたぁ、その血は何色だ上等だボンタン狩りだゴラァァァァァッ!!」

「っ!?」



 ダサ格好かっこい意味不明な台詞セリフと共に、目にも止まらぬ速さでダッシュする仲音なこと



 補足だが。

 本来、『粉をける』とは、『男性から女性に声を掛ける』という意味であり。

 先程、一楽たからの言葉遣いを指摘していた仲音なことにとっても、あるまじき誤用。

 つまり、彼女は今、割とガチでメンヘラっている。



 ポツンと一人、残される樂羽このは



 しばらく突っ立っていると。

 今度は、インターホンが来客を知らせる。



 ここまでの間に、ちょくちょく話題に出ていた、もう一人の関係者。

 彼が今、樂羽このはと出会おうとしていた。

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