note.1「出会い」

page.1「家主と、めり壁少女」

 世城せぎ 一楽たから

 男性。

 ペンネーム、望月もちづき 一楽たから

 31歳、独身。

 前職、シナリオ・ライター(主にアダルト関連)。



 そんな彼は今。

 わけって、活動拠点だった仙台から離れ。

 石巻の実家へと、里帰り。



 それまでの多忙さが嘘のごとく、働きもせず。

 かといって、米炊きや風呂掃除くらいしか家事もせず。

 勿論もちろん、就活すらせず。

 絶賛、自堕落に独りヒモ暮らしを満喫していた。



 ここで注目すべきは、ではなくという所である。



「……ん、んぅ……」



 今日も今日とて、安定の12時起床。

 長年の夜勤経験による生活リズムは、一向に改善されず。

 気付けば、深夜までスマホを弄り。

 配り始めたログイン・ボーナスを秒でもらい、8時間近く惰眠を貪り。

 こうして、だらしなく大きな欠伸あくびをして、呑気に背伸びなんぞしていた。



「……アラームがいって、素晴らしい……。

 予定も、納期も、ナッシング……。

 超絶フリーダム、ビバ無職……。

 でも、出来できればそろそろ、復職してぇ、大金しぃ……」



 自分の部屋で謎に、雑に二礼二拍手一礼を行い。

 USBケーブルを外したスマホで、プレイリストを再生。

 そのまま、ニュースや特撮記事、漫画やソシャゲ周回などのルーティンを済ませ。

 


 1時間後。

 ボサボサの頭で、私生活感バリバリのまま。

 一楽たからは、2階から降りて行く。



「お茶漬けは確か、まだ……し、ギリったな。

 あー、しまった、米炊くの忘れてたぁ。

 んじゃ、チャーハンでっかぁ。

 開封済みのが半分くらい、残ってたし……。

 っても、そろそろ買い足さなきゃだよなぁ。

 あーでも、しんでぇ、面倒めんでぇ、運転こえぇ。

 スーパーが、発注通りに届けてくれたりしねぇかなぁ……。

 出来できれば、こう、清楚なお姉さんならモアベター。

 って、るか、そんな便利でしかないシステム、田舎いなかに。

 オタクと偽装結婚した小説、漫画じゃあるまいし……。

 て、あ、そうだ。

 今日で、1週間じゃん。

 ラーキー。仲音なことさんに、適当に買って来てもぉらおっと。

 いやー。やっぱ、持つべきものは仲音なことさんだなぁ。

 いつもありがとぉ仲音なことさん、大好き、300回愛してるー。

 願わくば、こんなニートもどき切り捨てて、とっとと幸せになってくれー」



 改めて思う。

 山荘染みた、ポツンとした一軒家での独り暮らし。

 この現状の、清々すがすがしさ、開放感たるや。

 なんせ、生来のお喋り好きから発揮される無意識、長めの独り言を注意されるわずらわしさとも無縁なのだから。

 


 思わず、両手を広げ目を閉じ、喝采を浴びるイメージをする。

 別に、サーカス団とかでもないのに。

 ただ、階段を降りただけなのに。



 そして、思うのだ。

 今日も今日とて、案のじょう

 自分自身は、こんなにも話すのに。

 はっきり見えるのに、くっきりイメージ出来できるのに。



 やっぱり、のかと。



「……ええい。

 めだ、め。

 辛気っぺぇ」



 本格的に落ち込みかけたのを踏み止まり。

 気分転換に顔を洗い。

 次いで、浴槽の栓を抜く。



 相変わらず、風呂場の換気扇の音が気になるが。

 こうしないとカビがルンルンなので、仕方がい。



「……ん?」



 キッチンに入るやいなや。

 一楽たからは、即座に違和感いわかんを覚えた。



・耳障り、電気代の無駄でしかないので切っていたのに、作動している換気扇。



すでに炊飯、保温済みのジャー。



何故なぜか置かれている、ホカホカご飯と、鮭の塩焼き、お味噌汁と、兎さん林檎と、アイスのレモンティーと、クリームたい焼き。



・飲んでから洗いもせずにテーブルに置いていたのに、磨かれ乾かされているグラス。



・無造作に滞留していたのに、きちんと纏められている、箸やスプーン。



・真夏だというのに、開けた窓から入る風により、涼しく、快適に整えられた室内。



何故なぜか何本ものテープが貼られている天井。



 ……明らかに、怪しい。

 どう見ても作為的、人為的である。

 


 てか、最後に限っては、本当ほんとうなんだ?

 用途と必要性が、まるで分からんぞ?



「……仲音なことさんか?

 それとも、ミナミさん……?

 大穴で、スーパーの清楚な美人さん、とか……?」



 顎に手を当て、推理に没頭する一楽たから

 しかし、いくら考えても、自分の凡才では正解を叩き出せない。

 そしてなにより、空腹と、焼き鮭の白飯の誘惑には勝てない。

 


「いただきます」



 ほどくして一楽たからは、指定席に着席し、手を合わせ。

 タブレットを用意し、ヘッドフォン装着。

 普段通り、アニメを見ながら食事を開始する。

 


 余談だが。

 ヘッドフォンとタブレットは、共にフル充電だった。

 本当ほんとうに、妙なことばかりである。



 もしかして、知らぬ間に飲酒でもしてたのだろうか。

 確かに、同居人や元同僚から、酒癖の悪さは指摘されてこそあれど。

 アルコールなんて、成人式や、新年一発目の祝の席とかで、仕方しかたく含んでいたくらい

 自発的に呑んだことなんて、ここ数10年で一度もいし。

 というか現在、この家には、リカーなんて置いていないのだが。



 謎は深まるばかり。

 しかし今、一番いちばんの謎は、冷蔵庫や戸棚の中。



 在庫確認し、もうぐ帰宅予定の同居人に、足りない物をオーダーせねば。

 じゃないと、餓死してしまう。

 もっとも、それならそれで、大歓迎なのだが。



「なーんて。

 こんなこと言ったら、まぁた仲音なことさんに叱られちまうな。

 ま、っかぁ、別に。

 今に始まったことじゃないし。

 もし『別れる』ってなっても、その方が仲音なことさんにとってはことだし。

 って、これ言ったら仲音なことさんに叱られ以下略」



 自嘲しつつ、リスト・アップを済ませんとして。



 そこで、ようや気付きづいた。

 なにやら、冷蔵庫が妙なことに。



 ジュースやケチャップしかいのは、まぁい。

 食べ物系がまったいのは、自分が出不精なだけなので、不自然ではない。

 


 それはさておき。

 この、真ん中に空いている、人の入れそうな穴は、なんだ?

 そして、左上にる、空気穴みたいなのは何事か。

 まるで、『冷蔵庫ドッキリ』でも仕掛けようとしているみたいではないか。



「……いやいやいや……」



 自分しかない家で何故なぜ、そんなバラエティ、モニタリングを撮影する必要が?

 多分、経年劣化とかだろう。



 その内、買い換えるとしよう。

 気が向いたら。



 と勘繰りをめ。

 冷蔵庫のドアを、締めようとして。



 再び、違和感いわかんを禁じ得なくなる。



「……ん?」



 今度は、壁の様子ようすがおかしい。



 というか、美少女が、埋まっている。



「……」



 端正な小顔を白塗りで台無しにし、エイリアンみたいなホワイト衣装を身に纏い。

 何故なぜか震えつつ、スマホを持ちながら、静かに泣き、口をパクパクさせている、見知らぬ少女。



 ここに来て、一楽たからは察した。

 食事と、環境整備の行き届いたキッチンを用意してくれたのは、この子だったのだと。

 そして、この少女こそ、両親や弟が話していた『ヘヤリー』こと義子ぎし

 すなわち、弟の婚約者の連れ子。

 最近、我が家でもっぱらの噂の、日明たちもり 樂羽このは、その人なのだと。

 


 そして、なにより。

 紅潮こうちょうし、体をクネクネさせ、目を左に泳がし、懇願するような、意味深な眼差しを、自分に注げる。



 ……モジモ◯くんみたいだから、モジモジしてる?

 とか、そんなことく。



 その意味を、正確に汲み取ろうとした。



「……」



 一楽たからはヘッドフォンをしつつ、彼女からもっとも離れた椅子いすに座り。

 樂羽このはに背を向けつつ、動画を見始めた。



「あー!!

 やっぱ、このヘッドフォン、すごいなぁ!!

 なんたって、ノイキャン付きだもんなぁ!!

 他の音なんて、ちーっとも耳に入って来ないもんなぁ!!」



 わざと大仰に叫び、なにかを促す一楽たから

 


 刹那せつな樂羽このはは壁から抜け。

 そのまま彼に一例し、キッチンを飛び出し。

 一目散に、かわやへと駆け出し、鍵を掛けた。



 一楽たからは、決して聞き耳を立てたりしない。

 そんな、紳士にあるまじき行為はしない。

 あくまでも、気付きづかぬりを貫き通さんとした。



 いくら相手が、めり壁少女であっても、レディーはレディーである。

 きちんと敬わないと、あとが怖い。

 具体的には、社会的な制裁が。

 


 なにはさておき。

 こうして、二人は出会い。



 そして、ここから始まったのだ。

 彼女と過ごす、ケセラセラな、河音せせらぎような日常。

 すなわち、座敷わらしべ長者ヘヤリー・テイルが。

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