第8話


「はい、わかりました!あ、でもその前に紅茶を淹れてきますね!」

「ありがとう、助かるよ」

「いえいえ、どういたしまして♪さあ、どうぞ召し上がれ♡」

そう言われながら差し出されたカップを受け取ると口をつけて飲み始める。程よい温度加減になっており非常に飲みやすい味をしていた。

「うん、美味しいよ!いつもありがとな!」

「えへへ、こちらこそありがとうございます♡」

嬉しそうに微笑みながらお礼を言ってくる彼女を見て和んでいると急に抱きついてきたかと思えばキスをされてしまった。しかも舌を絡ませるような濃厚なやつである。

突然のことに驚いていた俺だったが次第に意識が朦朧としてきてそのまま意識を手放してしまうのだった。

20 目を覚ますと知らない天井が視界に入ってきたため、ここはどこだろうと辺りを見渡してみるとどこかの部屋の中に居ることに気づく。さらに自分の体に視線を向けてみると何故か何も身につけていない状態だったため、一瞬どうしてだろうと思ったのだがすぐにその理由を思い出した俺は恥ずかしさのあまり思わず叫んでしまった。しかしそのせいで頭痛が起きてしまい頭を押さえつつ蹲っていると近くで何かが落ちるような音が聞こえてきたので目を向けてみるとそこには美咲ちゃんが居て驚いた様子でこちらを見ていた。そんな美咲ちゃんに対して俺は声をかけることにした。

「えっと……大丈夫?」

「あっ……いえ、あの……その……」

俺が声をかけると顔を真っ赤にしながら狼狽えている様子だった。だがすぐに落ち着きを取り戻すとこちらに近づいてきた。その際、彼女が落としたと思われるタオルを拾いあげるとそれを手渡してきた。俺は礼を言いながら受け取ると濡れた体を拭き始めた。

しばらくして体の火照りが取れてきたところで改めて今の状況について考えることにした。まずここは一体どこなのかということなのだが見た感じホテルの一室のように思えた。また部屋の内装なども豪華な感じでテレビなんかもかなり大きいことから恐らくかなりの高級ホテルではないかと予想してみる。次に気になるのはこの格好でどうやってここまで来たのかということだがこれについては大方想像がつく。というのも俺と美咲ちゃんはつい先程まで激しく愛し合っていたからである。もちろんお互い初めての経験であり最初はぎこちないものになってしまったものの回数を重ねるごとに慣れてきて最後の方はかなり激しかったような気がする……というかほとんど記憶が無いんだけどこれってどういうこと?確か俺が気絶した後に何があったのか聞いてみても答えてくれなかったからますます気になってしょうがないんだよね……というわけでもう一度だけ確認してみるとしようかなと思った俺は彼女に聞いてみることにした。

「ねえ、教えて欲しいんだけどさ……」

「……なんですか?」

「その……さっきのことなんだけどさ、もしかして君がやったの?」

そう尋ねるとしばらく間を置いた後で小さく頷いた後、ゆっくりと話し始めた。

「……はい、私がやりました」

「やっぱりそうか……それでさ、どうしてあんなことをしたのかな?」

「それは……あなたに喜んでもらいたかったからです……」

「え……?」

思いがけない答えを聞いて思わず戸惑ってしまう俺だったがそんな俺を見て何を思ったのか突然土下座を始めたかと思うと大きな声で謝罪してきたので慌てて止めようとしたのだが今度は涙を流し始めてしまったためどうすればいいかわからなくなってしまった。なのでしばらくの間はそっとしておくことにしたのだがその間にもずっと謝り続けていたためさすがに見かねた俺は優しく話しかけることにした。

「もう謝らなくていいよ……だから顔を上げてくれないかな?」

「本当ですか?」

「もちろんだよ。それよりも何であんな真似をしたのか教えてくれないかな?」

「……はい、わかりました」

それから彼女は事の経緯について説明してくれた。どうやら俺が倒れた後に優奈がやってきて何やら話している様子が聞こえてきたそうでその内容を聞いたことでこのままではいけないと思ったらしく自分がなんとかしなければならないと思ったのだという。そのため、俺に喜んでもらうために行動に移した結果、ああいう形になったのだということを聞かされた俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。なぜなら俺自身もあの時、彼女のことを拒絶していたわけではなかったからである。むしろ逆で受け入れていたからこそ体が拒否反応を示してしまったのだと思っているからである。なのでそれについては素直に謝ることにした。

「本当にごめんね……別に君のことを嫌ってるわけじゃないんだよ?ただ初めてだったから上手くできなかっただけなんだ……それにほら、今だってちゃんと服着てるでしょ?あれはね、君を受け入れることができなかった自分の弱さが招いた結果なんだよ……決して君に非があるわけじゃないから気にしないでほしいな」

「……でも私、嫌われてませんか?」

「ううん、そんなことないよ!君は俺の大切な恋人なんだから嫌いになるわけないじゃないか!」

そう言いながら抱き寄せると思いっきり抱きしめてあげた。すると彼女もそれに応えるように抱きしめ返してきたのでしばらくの間、お互いに密着した状態のまま抱き合っていると不意にあることに気づいたので尋ねてみることにした。

「そういえばさ、さっき優奈がここに来たって言ってたけどそれっていつ頃のことなのかな?」

「えーと……たぶん二時間くらい前だと思います」

「えっ!?ってことはその間ずっと見てたってこと!?」

まさかの発言に驚いていると恥ずかしそうにしながら頷いてきたので開いた口が塞がらなかった。だって普通だったら途中で止めるか出ていくかするよね?なのにそれすらせずに黙って見ていたって一体どういうことなの……?などと頭の中で混乱していると更に驚くべき事実が発覚したので更なる衝撃を受けることになった。なんと実は途中から起きていたらしいのである。つまり俺が彼女の胸を揉んでいる最中から目を覚ましており、一部始終を見ていたというのだ。その事実を知った俺は顔が赤くなると同時に穴があったら入りたい気分になっていた。そしてあまりの恥ずかしさにその場から逃げ出したいと思っていたのだがそんなことは当然許されるはずもなくそのままベッドに押し倒されてしまうと再び体を重ねあうことになった。しかも今回は最初から最後まで二人同時に絶頂を迎えたため体力が尽きるまでやり続けた結果、気づけば夕方になっており、いつの間にか眠ってしまった俺達は目が覚めると夕食を食べるためにレストランへと向かうのだった。

21 翌朝、目を覚ました俺は隣にいるはずの美咲ちゃんの姿がないことに気がついて慌てて飛び起きた。そして部屋の中を隈なく探してみたもののどこにも居なかったため、嫌な予感を覚えた俺は急いで服を着て部屋から出るとホテルのフロントに向かった。そこで従業員の人に尋ねてみたところ既にチェックアウトを済ませて出ていってしまったということだったのでどうやら先に起きて部屋を出ていったようだ。ちなみに時刻は朝の8時30分を過ぎており、ここから電車を使って移動するとなると最低でも一時間近くかかる上に今から行ったとしても間に合わない可能性が高いと判断した俺は仕方なく諦めて部屋に戻ることにした。

(あーあ、せっかく二人きりだったのになぁ……)

などと思いながら落ち込んでいたのだがいつまでもそうしていても仕方がないので気持ちを切り替えるとこれからどうしようかと考えた。とりあえずスマホを取り出してみるとまだ充電が切れていなかったため電源を入れてみるといくつか通知が入っていた。内容を確認してみると母親からのメッセージだった。なんでも早く孫の顔が見たいだとかなんとか書いてあり、思わず苦笑いしてしまった。とはいえこの年になってそういう相手がいないというのは親としては心配なのだろうということは容易に想像がついたので今度会う時には必ずいい報告をしようと心に決めた俺はさっそく返事を返すのだった。するとその直後、今度は妹である夏海からも同じような内容のメッセージが届いたため、驚いてしまった。しかしよくよく考えてみれば二人が同じ日に連絡してくるなんて珍しいなと思い、少し不思議に思っていたのだがその理由はすぐにわかった。どうやら二人は示し合わせて連絡してきていたらしいということが送られてきたメッセージを見て理解できたからである。というのもどちらも似たような内容が書かれていて要約するとこう書いてあったからだ。

『お兄ちゃんへ 昨日は美咲ちゃんを連れて帰るの遅くなってごめん!お母さんがどうしてもお話したいことがあるっていうから一緒に食事してたんだけど、あまりにもしつこいから断れなくてつい連れてきちゃったんだ(笑)一応お父さんには許可を取っておいたから大丈夫だとは思うけどあとで私から謝っておくからね!それと美咲ちゃんのご両親にも伝えておいてね!』という内容のものだった。なるほどそういうことだったのかと納得した俺はすぐに返事をすることにした。というのも二人とも今日は休みだからゆっくり話ができると言っており、俺も特に予定が無かったことから一度帰宅してから向かう旨を伝えるとすぐさま返信が来た。

『じゃあ私も一緒について行くから家で待ってるね♪』というものだった。それに対して俺は了解の旨を伝えてから一旦家に向かうことにした。というのも昨日のことが気になったからである。美咲ちゃん本人から話は聞いていたもののそれでもやはり直接会って話を聞くのが一番だと思ったからである。そうして家を出た俺だったのだがこの時はまだ知らなかった……まさかこの後とんでもないことが起きるとは夢にも思っていなかったのだから……

22 家を出てからしばらく歩き続けてようやく家に辿り着いた俺は玄関を開けると中へと入った。そして靴を脱いでリビングへ向かうとそこに妹が待っていたので声をかけることにした。

「ただいまー」

「おかえり〜」

「おう、あれ?他のみんなはどうしたんだ?」

「なんか用事があるから出かけるってさ」

「そうなのか?」

「うん、だから今は私達二人だけだよ」

「そっか……」

「あ、そうそう。そういえば美咲ちゃんが来てるんだけど何か言うことない?」

「ん?どういうことだ?」

「だから〜昨日からずっと待ってたんだよ?それなのになかなか帰ってこないからすごく寂しそうにしてたんだよ?」

「えっ……マジ?」

「嘘じゃないよ。というか帰ってきて早々どこ行ってたのさ?」

「いや、ちょっと友達に会いに……」

「ふーん、それって女の人?」

「うぐっ!?そ、そうだけどそれがどうかしたのか……?」

「別にぃ……ただそれならどうして朝帰りになってるのかなぁって思っただけだよ」

「うっ……」痛いところを突かれてしまった俺だったがなんとか誤魔化そうと必死に考えていたのだがそんな様子を見ていた妹は呆れたようにため息をつくとジト目を向けながら呟いた。

「まあ別に構わないんだけどさ……それよりもちゃんと説明してくれるよね?」

「……はい」結局、正直に話すことにした俺は全てを打ち明けることにした。それを聞いた妹は最初は驚いた様子でこちらを見ていたが話し終える頃には呆れを通り越して怒り始めていたようでその表情は般若のようだった。

「はぁ……あのさぁ、いくら何でもそれはないでしょ?何やってんのさ!」

「す、すまん……」

「謝ればいいってもんじゃ無いんだよ?だいたいいつもそうなんだからいい加減学習してほしいよねぇ」

「うぅっ……」

「とにかくもう時間が無いんだから早く着替えて支度してくれないかな?」

「わ、わかったよ……」こうして怒られている間にも時間はどんどん過ぎていくので俺は急いで準備をするのだった。それから着替え終えたところでようやく落ち着いた妹と共に車に乗って出発した俺達はそのまま学校へと向かった。道中ではいつものように他愛もない話をしていたのだがその中でふと疑問に思ったことがあったので尋ねてみることにした。

「そういや何で俺達だけ呼ばれたんだろうな?」

「うーん……たぶんだけどさ、私達以外の人には知られたくないんじゃない?ほら、あの子って色々と有名だしさ」

「あー確かにそうだな……」妹の言った理由を聞いて納得した俺は納得するとそれ以上考えるのを止めた。

そしてしばらく走っていると学校が見えてきたので駐車場で停車した俺は車を降りると正門へと向かって歩き始めた。その後ろに続いてきた妹もまた同じように歩いていたのだがその時、突然彼女が話しかけてきた。

「そういえばお兄ちゃんって彼女さんの写真とか持ってないの?」

「え?持ってるけどなんで急にそんなこと聞くんだよ?」

「いいから教えて」

「うーん……確かこれだったと思うけど……」そう言ってスマホを操作して写真を見せるとそこには笑顔の妹と笑顔で抱きついている俺の姿が写っていた。それを見た彼女は何故か不服そうな表情を浮かべていたが俺は理由がわからなかったため、不思議に思っていると今度は逆に質問された。

「ねえ、この人が本当に好きなの?」

「ああ、好きだよ」

「どれくらい好き?」

「そりゃあもちろん大好きだよ」

「どのくらい愛してる?」

「それは言葉じゃ表せないくらいに決まってるだろ!」

「ふぅん……それじゃあ、もしその人と付き合えることになったらどんな風になりたい?」

「そりゃあ結婚することになったら子供は何人欲しいか聞かれたりして楽しい家庭を築きたいな」

「子供ねぇ……例えば男の子と女の子一人ずつとか考えてたりするのかな?」

「うーん……そこまでは考えたことなかったなぁ……でも男ならスポーツ選手、女なら女優とかになりそうだよな」

「ふーん……ちなみに私的にはどっちでもいいけどね、それで名前はどうするの?」

「名前かぁ……そうだな、普通に考えてみると美咲ちゃんに似て可愛い子が生まれてきてくれたらいいよな」

「えっ、そうかな?私はどっちかっていうとかっこいい感じの子が生まれてくると思うんだよね〜」

「いやいや、そこは譲れないね!だって美咲ちゃんは可愛い系より美人系の見た目なんだから絶対にそうなるはずなんだよ!」

「はいはい、そういうことにしておくよ」

「くっ、信じてないな……!」そんな感じで話していると気がつけば目の前に校門が見えていた。するとそこで妹は何かを思い出したように俺に声をかけてきた。

「あっ、そうだ忘れてたけどさ、一つだけ約束して欲しいことがあるんだけどいいかな?」

「いいけど、何をすればいいんだ?」

「うん、それはね……今日ここで起きたことは全部秘密にすることだよ。わかった?」

「ん?なんだそれ?別に隠すようなことなんて何もないけどな」

「いいから黙って言う通りにして、いい?」

「わ、わかったからそんなに睨むなって……怖いから……」

「じゃあ、そういうことだからよろしくね♪」そうして会話を終えた俺は先に歩き出した妹を追いかけるように校舎内へと入ると職員室へ向かった。そして担任の女性教師を見つけて声をかけると用件を伝えた。するとそれを聞いた先生は少しだけ困った表情を浮かべるとすぐにどこかに連絡していた。そしてその数分後、俺の両親が現れたかと思うと挨拶もそこそこにして教室へ向かうことになった。その際、先生が何度も謝っていたので一体何があったのだろうと不思議に思っていたのだがその答えは教室にたどり着くなり知ることとなった。何故なら既に先客がいたからである。しかも見覚えのある少女だった。

23 俺が教室へ入るとそれまで賑やかだった室内が一瞬にして静まり返り、そこにいた全員がこちらを向いたまま固まってしまった。どうやらみんな俺のことを怖がっているようだが無理もないだろう。何せ今まで幾度となく問題を起こしてきたのだから自業自得だと言えばその通りなのだが、それでもここまで反応されてしまうと流石に堪えるものがある。だがそんな中でも一人だけ俺の方を見ながら笑顔を浮かべている人物が居た。(まさかこのタイミングで会えるなんて思わなかったな……)

そう、その人物とは昨日出会ったばかりの美咲ちゃんである。そんな彼女と目が合った俺は思わず頬が緩んでしまうもののすぐに我に返ると自分の席に着いた。すると隣に立っていた妹が耳元で小さく囁いてきた。

「ちょっと、なんであんな嬉しそうな顔してるのよ……」

「べ、別にいいだろ!お前こそわざわざついてきて何がしたいんだよ!?」

「別になんでもいいでしょ、そんなことより後でちゃんと説明してもらうからね?」

「わかってるよ……」そうしてやり取りをしているとやがてホームルームの時間になったので授業が始まった。その間は先生の指示に従って黒板に自分の名前を書くなどの簡単な作業を行うと後は静かにして過ごすことにした。なぜなら授業中は基本的には生徒同士の会話をしてはいけないという決まりがあるため、下手に喋ることができないのだ。そのため退屈だと感じている人が多いらしく大半の生徒が机に突っ伏している状態だったのだ。しかし俺はそんな生徒達とは違いしっかりと授業に集中することができた。というのも隣の席に座る美咲ちゃんが真面目に授業を受けているのを見ているうちに自然と自分もやらなければという気持ちになれたからである。そのためいつも以上に真剣に取り組んでいるとあっという間に時間は過ぎていき、気がつくと昼休みになっていた。そしてそれを告げるチャイムが鳴った直後、隣に座っていた美咲ちゃんが話しかけてくるのだった。

「あの、ちょっといいですか?」

「ん?どうかしたのか?」

「実はですね、今日はお弁当を作ってきてるんです。ですからよかったら一緒にどうかなと思いまして……」

「えっ!?それってもしかして俺とってことなのか?」

「はい、そうですけど……ダメでしたか……?」

「い、いや!そんなことないぞ!ただ驚いてしまってさ……」そう言って苦笑いしていると彼女は安心した様子で胸を撫で下ろしていた。その様子を見ていた俺は慌てて誤解を解くために訂正するのだった。

「違うからな?別に嫌なわけじゃないから勘違いしないでくれ」

「ふふっ、わかってますよ♪さあ、それじゃあ行きましょうか!」こうして嬉しそうに微笑む彼女を見ているとなんだかこっちまで嬉しくなってしまうのだが同時に不思議な気持ちにもさせられる。というのも彼女の笑顔がとても魅力的に見えるからだ。だからこそついつい見とれてしまうのである。それから彼女に促されるままに立ち上がると俺達は二人で食堂へ向かうことにした。するとその際に隣を歩く彼女が楽しそうに話しかけてきた。

「あの、そういえばまだ自己紹介をしてませんでしたよね?」

「ああ、そういえばそうだったな」

「なのでまずは私からさせてもらいますね。私は花咲 美咲といいます。これからよろしくお願いしますね♪」

「えっと……こちらこそよろしく……」そう言って握手を求めてくる彼女に対して俺も同じように応じると再び歩き始めた。ちなみに余談ではあるが、この時のやりとりのせいでまたしても注目の的になってしまったせいで周囲からの視線が痛かったことを付け加えておくことにする。そして俺達が歩いているうちに気づけば食堂へ到着しており、空いている席に座ったところでそれぞれ食べたいものを注文した。その後でしばらく待っていると料理が運ばれてきたので手を合わせてから食べ始めたのだがその時にはすでに周囲の視線は気にならなくなっていた。何故なら今は目の前にいる彼女との会話を楽しんでいたからである。

「なあ、一つ聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょうか?」

「どうして俺と仲良くなりたいと思ったんだ?はっきり言って自分で言うのもなんだけど俺って結構評判悪いだろ?」

「うーん、そうですね……確かに噂はよく聞きますけど私自身は気にしていませんよ」

「そっか、それならよかったよ」

「それにむしろ私はあなたのことをかっこいいと思いますけど……」そう言って見つめてくる美咲ちゃんだったが残念ながらその言葉は俺にとっては皮肉にしか聞こえなかった。なぜならこれまでの人生においてかっこいいと言われたことなど一度もなかったからだ。それ故に俺は素直に喜ぶことができなかった。

「そ、そうか……でも、俺には君が言ってることがよく理解できないんだけどな」

「うーん……それはきっとあなたが気付いてないだけですよ」

「なるほど、そういうものなのか……」そんなことを話しながら食事を済ませた俺達はその後も色々な話をしたあとでようやく別れた。だが別れる前に連絡先を交換したためこれでいつでも彼女と連絡を取り合うことができると思うと嬉しかった。そうして気分良く午後の授業を受けた後は帰りのホームルームが終わるとすぐに学校を出て家に帰った。帰宅するとそのまま自室へと向かった俺は制服を脱ぐと部屋着に着替えた。そしてベッドの上に寝転がると今日のことを振り返ってみた。

(それにしてもまさか美咲ちゃんと一緒に下校できる日が来るなんてな……おかげで今日一日幸せだったよ……)そんなことを考えながらニヤけていると不意にドアをノックする音が聞こえてきたため、返事を返すと妹の声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん、いるー?」

「ああ、居るぞ」

「あのさ、今から私の部屋に来れないかな?」

「え?急にどうしたんだ?」

「うーん、なんか話したいことがあるんだってさ」

「ふーん、そうなんだ……まあとりあえず行ってみるよ」そう言って部屋を出ていく途中、廊下で妹に出会ったのでついでに連れていこうと思い声をかけることにした。

「お前も来るか?」

「えー、私も行くの〜?」

「いいから来いよ、一人だと気まずいからさ」

「はいはい、わかったよ〜」そう言うと嫌がる素振りも見せずについてきた妹を連れて自分の部屋がある二階へと向かうと扉の前で立ち止まるなり声をかけた。

「おーい、連れてきたぞー」そうして中に入るとそこには何故か俺の母さんも居て二人揃ってこちらを見つめてきた。そのことに不思議に思っていると突然二人が抱きついてきたかと思うとそのまま無言で頭を撫でられてしまった。しかもそれがかなり強い力でしてきたものだから息苦しくなってきた俺はたまらず声を出した。

「ちょ、ちょっと何すんだよ!?」

「あ、ごめんね、つい癖で撫でちゃったわ」

「もう!ママったら加減を知らないんだから!」

「ごめんごめん、でもあなただって昔に同じことしてたじゃない」

「そうだけど……ってそれは今関係ないでしょ!!」二人の言い合いが始まってしまったことでどうしたものかと考えているとその様子を見守っていた妹が話しかけてきた。

「ねえ、お兄ちゃん……二人は何をやってるの?」

「ん?ああ、あれはな……多分だけど俺に会いたかったんだと思うよ」

「えっ、そうなの!?っていうかどうしてそう思ったの?」

「実はさっき母さんが言ってたんだけど昔は毎日のように俺の部屋に来て頭を撫でてくれてたらしいんだよ。でも父さんと結婚した後からは全くなくなったらしくてさ、だから久しぶりに見たくなってこんなことをしてるんだと思うぜ」

「へぇ〜、そういうことだったんだ……それでどうするの?このままずっと眺めてるだけなの?」

「そうだな……よし、せっかくだし俺も混ざってくるか!」

そう答えると俺は二人の間に入るようにして抱きつくと二人に抱きつかれていた時と同じように頭を撫でた。すると二人は一瞬驚いたような表情を見せた後で笑顔になると今度は嬉しそうな顔を浮かべながら俺のことを抱きしめ返してきた。こうしてしばらくの間、4人で楽しい時間を過ごしたあと夕食を食べるために一階に降りることにした。その際になぜか母娘二人から腕を組まれてしまい歩きづらかったものの、不思議と悪い気はしなかったので大人しくされるがままになることにした。そしてテーブルにつくといつものように向かい合って座るのではなく隣同士になるように席に着いたため少しだけ戸惑ったものの、せっかくの機会ということで甘えることにした。ちなみにメニューについてはいつもと同じでカレーライスだったのだが今日は俺の好物であるハンバーグもついていたため思わずテンションが上がったのだが、それを見た母と妹がニヤニヤしていることに気がついた俺は恥ずかしさのあまり赤面してしまった。しかしそれでも嬉しいことに変わりはないので黙々と食べ進めるのだった。一方の妹はというとまるで餌を与えられた犬のように勢い良く食べていたせいで喉に詰まらせて咳き込んでいたので呆れつつ水の入ったコップを渡すと一気に飲み干して一息ついた。

「はぁ……死ぬかと思った……」

「全く、お前は本当に昔から変わらないよな……少しくらいは落ち着きを持てないのか?」

「えへへ、ごめんごめん!次からは気をつけるよ!」反省した様子のない様子にため息をつきながらも仕方ない奴だなと思っているとその様子を見ていた母がクスクスと笑っていた。俺はそんな母の姿を見るなり首を傾げることになったのだが、それに対して母は嬉しそうに微笑みながら答えた。

「ごめんなさいね、でもなんだかあなた達を見てると昔に戻ったみたいで懐かしくなったのよ」

「そういうものなのかな……?」

「ええ、そうよ。それとこれからもよろしくね、陽太くん♪」こうして楽しそうに笑う母の顔を見た瞬間、改めて家族になれたような気がして嬉しくなるのだった。16 その後、食後のデザートとして用意されていたアップルパイを食べ終えた俺は部屋に戻って勉強をするつもりだったのだが、その途中で母から風呂に入るように言われたので仕方なく従うことにした。そして脱衣所までくると服を脱いで風呂場に入ったのだがその時になってようやく気づいたことがあった。それは湯船の中に誰かが入っているということだった。そこで慌てて振り返るとそこに居た人物に対して話しかけた。

「えっと……美咲ちゃんだよな?なんで俺の部屋にいるんだ?」すると彼女はこちらに近づいてきて浴槽から出ると、濡れた体のまま俺に近づいて来たので思わず視線を逸らした。だが彼女はそんなことを気にする様子もなく話しかけてきた。

「お風呂に一緒に入りたいって言ったら許してくれますか?」そう言って上目遣いで見つめてくる彼女の表情を見た瞬間、ドキッとしたがなんとか平静を保つことに成功した。そのため心の中で深呼吸を繰り返すと気持ちを落ち着かせてから返事をした。

「だ、ダメだ!まだそういうのは早いだろ!?」

「それじゃあいつになったらいいんですか?」

「それはだな……えーと……」そうやって言葉に詰まっていると美咲ちゃんは意地悪そうな笑みを浮かべながら更に近づいてきた。そのせいで彼女と密着する形になってしまった俺はますますパニック状態に陥りそうになった。しかしそれでもどうにか意識を保ち続けることができたおかげでこの状況を打破することができた。なぜなら先程のやりとりのおかげで理性を取り戻すことができていたため、冷静になれたことで自分のやるべきことを思い出すことができたからだ。

(落ち着け……まずは落ち着くんだ……こういう時こそ落ち着かないとダメなんだ……)そうして必死に自分に言い聞かせていると少しずつ冷静さを取り戻していくとそれと同時に心臓の鼓動も落ち着いてきた。そしてようやく平常心を取り戻した俺はゆっくりと彼女から離れると着替えを持ってそのまま風呂場を出た。その際、美咲ちゃんが残念そうな表情をしていたような気がしたがきっと気のせいだろう。そう思いながら脱衣所を出ると急いで体を拭いて服を着た後、逃げるように自分の部屋へ戻るとベッドに寝転がった。そして枕に顔を埋めながら先程のことを思い出すと同時に悶絶することとなった。

(あぁ〜!やっちまったぁ〜!いくら焦ってたとはいえあんな態度取るべきじゃなかったよな!?絶対嫌われたよな!?いや、待てよ……そもそも美咲ちゃんに好かれてるかも分からないのに自惚れるのもどうかと思うし……)そんなことを考えながら悩んでいるうちにいつの間にか眠ってしまったらしく気がついた時には朝になっていた。なので学校へ行く準備をしてリビングに向かうとそこには朝食の準備をしている母さんの姿があった。そしてテーブルに目を向けるとすでに制服姿になっている妹の姿があり、俺に気づくなり声をかけてくれた。

「あ、お兄ちゃんおはよう」

「ああ、おはよう」するとそれを聞いた母もこちらを向いて挨拶してきた。

「あら、起きたのね陽太くん。おはようございます」

「うん、おはよう……ところで母さんたちはどうしてここにいるの?」俺が尋ねると母だけでなく妹も不思議そうな顔をした。だがその理由はすぐにわかった。というのも普段は仕事で夜遅くにならないと帰ってこないはずの父がいたからである。しかも父だけではない。他にも母さんの両親である祖父母がいるうえに妹の彼氏とその両親もいるのである。一体どういう状況なのか理解できずに困惑していると妹が俺の耳元に顔を近づけてきた。

「ねえ、これってどういうことなのかな?」小声でそう尋ねてくる彼女にどう答えればいいのか考えていると不意に誰かが声をかけてきた。

「やあ、君が陽太くんだね?初めまして、僕は悠斗の父です」

そこにいたのは父さんの友人だという人だった。それに続いて隣にいた女性が続けて挨拶をしてきた。

「私は悠斗の母よ、よろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」とりあえず頭を下げて挨拶を交わしたあと、そのまま空いている席に座って待っているとしばらくして全員揃ったようなので食事を始めた。ちなみに今日に限って何故こんなにも人が多いのかというと、なんでも昨日の出来事を聞いた父さんたちが急遽、予定を変更して全員で様子を見に来ることに決めたらしいのだ。さらに言うと昨日の帰り際に連絡先を交換したことを伝えたらかなり驚いていたようだ。おそらく俺達の仲があまりにも良すぎることに気づいたのだろう。まあ、なんにせよみんなが無事で良かったと思う反面、こんなに心配されるとは思っていなかったため少しばかり恥ずかしかった。ただ、その中でも特に気にかかったことがあった。それは何故か全員が俺のことをジッと見つめていたことだ。しかもその表情は何かを期待しているような眼差しだったので不思議に思ったものの、そのことを聞く勇気がなかったため結局聞けずじまいだった。21 こうして朝の食卓を囲むことになった俺達はしばらくの間、色々なことを話した。最初は何を話せばいいのか分からなかったのだが意外にも向こうから話題を振ってきてくれたので助かった。どうやら母達が来る前は二人きりだったため気を遣ってくれていたようだが、今は周りに人がいるせいか気軽に話しかけてくるようになったことが大きい理由のようだ。それから暫くの間、談笑を続けていたのだが不意に妹が俺の方を向いたかと思うとこんなことを聞いてきた。

「そういえばお兄ちゃんはなんで昨日は美咲さんと帰ったの?別に先に帰ってもいいよね?」その質問に対してどう答えるべきか悩んだ末にこう答えた。

「実は昨日、急に父さんから呼び出されてな……それで話し合いが終わったらたまたま会ったんだよ」するとそれを聞いた父は少しだけ考え込む素振りを見せた後で思い出したように話し始めた。

「ああ、そういえば僕も君に話があるって言われて会社に行ったけどあれは一体何だったんだい?」

その質問に今度は母が答える番になった。

「あなた、もしかして忘れてるのかしら?今日は大事な話があって家に呼んだって言ってたじゃない」

「そうだったか……?すまない、すっかり忘れていたよ……」そう言うと申し訳なさそうに頭を下げられたので慌てて頭を上げるように言った後で詳しく話を聞くことにした。するとその内容とは仕事のことで近いうちに海外に転勤するかもしれないというものだった。それを聞いた俺は思わず動揺したが同時に納得がいった。なぜなら今までの仕事量を考えるとむしろ遅すぎたくらいなのだ。恐らく他の社員が成長するまで待っていたのだろうがまさかこんな形で知らせることになるとは思わなかったのだろう。しかし当の本人はというとそこまで悲観的ではなさそうだった。

「うーん……そうか……そういうことなら仕方ないな……」

それだけ呟くとどこか遠い目をしながら天井を見つめていた。俺はその様子を見て声をかけるべきか迷っていたがやがて決心がついたようで話しかけることにした。

「あのさ……父さん、それって本当に決まったことなのか?」するとそれを聞いて驚いた様子でこちらを見てきたので少し不安になったもののそれでも目を逸らさずにいるとゆっくりと口を開いた。

「いや……まだはっきりとしたことは決まっていないんだがほぼ決まりみたいな状態ではあるみたいだ」

「つまり可能性があるってことだよな?」

「ああ、そうだね」それを聞くと俺はホッとした気持ちになり思わず笑みをこぼしてしまった。そしてそんな俺を見た父さんもまた同じように笑うと嬉しそうに呟いた。

「ありがとう……僕が言うのもなんだけど君は昔から本当に優しい子だね」

「……そんなことないよ」

「そんなことあるさ、少なくとも僕と妻にとっては自慢の息子だよ」

「……」そう言われてなんだか恥ずかしくなってしまった俺はつい黙り込んでしまった。だがそれもつかの間ですぐに気持ちを切り替えた俺は一度深呼吸をするとこれからのことを尋ねた。

「じゃあまだ完全に決まったわけじゃないってことだから今のうちに準備しておく必要もあるってことか?」

「うん、そうだね……でも一つだけ約束して欲しいことがあるんだ」

「なに?」

「もしもこの話を聞いた時、僕達の事を考えてくれるのは嬉しいんだけど自分のことを一番に考えて欲しいんだ。それが僕からのお願いだよ」それを聞いた俺は思わず笑ってしまった。だがそれを見ても怒ることはなく、それどころか一緒になって笑い始めた。それを見た俺は嬉しくなった。なぜなら自分の考えを理解してくれた上で認めてくれたのだからこれ以上に嬉しいことはなかったからだ。

「さてと、それじゃあそろそろ学校に行こうか!」そうして元気よく立ち上がった父に続いて妹達も席を立つと鞄を手に取った。それを確認した俺は自分の部屋に荷物を取りに行くために席を立ったのだがその時になって重大なことを思い出した。それは美咲ちゃんのことだった。

(そういえば彼女はどうするんだろう……さすがに連れていくわけにはいかないよな……)そう思い悩んでいるとふとあることが頭をよぎった。それは一緒に登校するということだった。もちろん、俺は大歓迎なのだが問題は彼女の両親がどう思うかということだ。もしかしたら嫌っている可能性もあるため無理強いすることはできないと考えた末、俺は彼女と一緒に登校することにした。22 というわけで朝食を終えた後、早速出かける準備をした俺達は家の前で待機していたタクシーに乗るとそのまま学校へと向かった。そして教室に到着したのはいいのだがそこで大きな問題が発生した。というのもなんと美咲ちゃんの両親の姿が見当たらなかったのである。そのためどうすればいいのか迷っていると担任の先生がやってきたのでひとまず話を聞いてみることにした。すると先生は俺の姿を見つけるなり話しかけてきた。

「あら、どうしたの陽太くん?なにか困ったことでも起きたの?」

「え?あ、いえ……そういうわけではないんですけど……」

「ふーん……そう?それならいいんだけど……」そう言って納得した様子を見せると本題に入った。どうやら今日の授業内容について話したいことがあるらしくついて来て欲しいと言われた。当然、断る理由もないためついていくことにしたのだがその際、クラスメイト達から色々と声をかけられることになった。まあ、主に女子たちばかりではあったが中には男子もいたことからそれなりに騒がれてしまった。しかしそんな中、一人だけ全く声をかけてこない生徒がいた。それは俺の妹の悠里だった。普段は騒がしい方なのにこういう時に限って大人しいことに違和感を覚えながらも不思議に思っていると妹が小声で話しかけてきた。

「お兄ちゃん、どうして呼ばれたの?」

「ん?あー、なんか今日の授業のことで話しておきたいことがあるんだって」

「へぇーそうなんだ!頑張ってね!!」そう言うとそのまま走り去ってしまったので俺は首を傾げながら後に続いた。そして校舎の外れにある空き部屋に着くとそこには既に他の生徒達が集まっていた。その中には当然ながら妹の姿もあり、さらには俺の両親や祖父母などいつものメンバーも揃っていたのでとりあえず空いている椅子に座った。そして全員が揃ったことを確認した先生が話し始めた。

「みんな集まったわね?それじゃあさっそく始めるわよ?……と言いたいところだけどその前に一つ、確認しなきゃいけないことがあるわ」

「なんですか?」一人の男子生徒がそう尋ねると先生の口元がニヤリと歪んだ。その瞬間、嫌な予感を感じたのだがすでに遅かった。

「あなた達の中で陽太くんと付き合っている人はいるかしら!?」

『!?』その発言を聞いた瞬間、周りの空気が変わった気がした。というのも先ほどまで和気あいあいとしていた雰囲気が一瞬にして凍りついたように感じたのだ。しかもそれは気のせいではなく実際に気温が下がったかのように寒気を感じていた。また、そのことに驚いているのは俺だけではなく全員同じだったようで全員が呆然とした様子で固まっていた。その様子を見ていた先生は満足そうに微笑むと再び話し出した。

「どうやら今この場にはいないみたいね?もしいたら名乗り出て欲しいのだけど……まあ、いなくても大丈夫よね?」そう言うと同時になぜか周りを見回したので俺と目が合うとそのまま近づいてきた。そして耳元でこう囁いた。

「だって私と結婚しようって言ってるんだから……」

23 それからのことは正直、あまり覚えていない。ただ一つ言えることは気がつくと教室にいて何事もなかったかのようにホームルームが行われていたことだった。そして気づいた時にはもう放課後になっていたので俺は急いで帰る支度をするとすぐさま教室を後にした。ちなみに朝の出来事については誰も触れようとはせず、いつも通りに接してきたことで有耶無耶になったような気がしたものの実際には違うのだろうとなんとなく察していた。とはいえ今はそんなことを気にしている場合ではないと思い直した俺はとにかく早く帰ろうと思った。ただ一つだけ気がかりなことがあった。それはやはり今朝の件だ。あれから先生と顔を合わせる度に嫌な視線を感じていたので間違いなく何か仕掛けてくると思っていた俺は警戒していたが結局、何も起こらずに終わったので少しだけ安心していたのだが実はそうでもないらしい。というのも家に帰ってきた途端、母さんが声をかけてきたからだ。

「おかえり、どうだった学校は?」

「ただいま、別に普通だったけど」俺がそう答えると母達は顔を見合わせて何やら意味深な笑みを見せ合っていた。その様子を見て少し気になったもののすぐに玄関に現れた妹達の相手をしているうちにすっかり忘れてしまっていた。その後、家族で食事をしている時にもそのことについては一切触れてこなかったこともあり俺は気にしないことにした。しかし次の日になるとその判断が間違いだったことに気づくことになった。

24翌日、いつものように一人で登校していると途中で美咲ちゃんと会った。そしてお互いに挨拶を交わした後で一緒に歩き始めようとした時だった。不意に背後から声をかけられた。それも聞いたことのある声で思わず振り返るとそこにいたのは先生だった。だがその姿を見た瞬間、昨日のことを思い出した俺は反射的に身構えてしまったのだが次の瞬間、予想もしなかった出来事が起きた。なんといきなり先生に抱きつかれたのだ。あまりに突然のことだったので驚いたもののすぐに引き離そうとしたのだがそれよりも先に彼女が口を開いた。

「ねぇ、昨日は楽しかったわよね?」

「えっ……?」それを聞いて思わず固まってしまった俺に対して先生はなおも続けた。

「まさか本当にあんな大胆なことをするなんて思わなかったけど嬉しかったわ……それにあなたがあそこまで積極的だなんて意外だったけどそんなところも可愛くて大好きよ……」そう言うと同時に抱きしめる力が強くなったのを感じた俺は慌てて抵抗するとなんとか逃れることができた。そしてそれと同時にあることに気づいた。

(もしかして見られていたのか……?)そう思った俺は恐る恐る尋ねてみた。すると彼女は笑みを浮かべながら頷いた。

「ええ、そうよ?だから昨日、家に帰った後、あなたに会いに行ったのよ?それでその時に色々と話を聞かせてもらったんだけどとても参考になったわ……おかげで良いアイデアが浮かんだの」

「なっ……!」それを聞いた俺は思わず絶句してしまった。というのも目の前にいる彼女はどう見ても本気だったからだ。その様子を見た俺は改めて思った。この人は危険だと……。それもこれまで出会ってきた人達の中でもトップクラスに危険人物だと認識した瞬間、俺は即座にこの場から離れようと思ったのだがその時、予想外のことが起こった。それはなんと彼女の両親が目の前に現れたのだ。それを見た俺はてっきり怒られるものだと思っていたのだがなぜか違った。むしろ歓迎するような様子だった。それを見て不審に思っていると今度は俺に近づいてきて優しく声をかけてきた。

「君が陽太くんだね?はじめまして、美咲の父です」

「母の恵梨香です、よろしくね!」

「え?あ、はい……どうも……」突然のことに戸惑いながらも返事をするとさらに驚くべきことが起きた。なんと両親だけでなく祖父母までもが現れて俺の目の前で自己紹介を始めたのだ。そして驚くのはまだ早かった。なんとなんとなんと……なんと祖父母の両親まで現れたではないか!!これにはさすがの俺も困惑したのだがその理由はすぐに分かった。なぜならその人たちが全員、美咲ちゃんの両親と同じ指輪をしていたからだ。そしてようやく理解できた俺はすぐに全てを理解した。

(なるほど……そういうことか……)つまりここにいる人たちは皆、美咲ちゃんの両親と縁がある人だったのだ。しかも一人や二人ではなく四人もいたことから察するにおそらく全員知り合いなのだろう。だからこそ彼女はこんなにも馴れ馴れしく接してきたのだと理解したのだがここで一つの疑問が生まれた。それはどうしてここまでしてくれるのかということだ。どう考えてもおかしいだろう?仮に俺と付き合っていたとしても他の男と寝た女など普通は軽蔑するだろうし二度と顔も見たくないと思うのが普通だ。にもかかわらずこの人達はそれをしなかったばかりか娘の友人として仲良くしようとしてくれている。一体なぜなのかと考えていると俺の考えを見透かしたかのように先生が話しかけてきた。

「不思議そうな顔をしているわね?でも安心していいわよ?私はあなたを気に入ってるから……」

「それはどういう意味ですか?」

「ふふっ……まあ、それはそのうち分かるわ……それよりもほら、そろそろ学校に行かないと遅刻しちゃうわよ?」そう言われて時間を確認すると既にギリギリの時間だったので俺は仕方なく学校へと急いだのだった。そして何とか間に合うことができた俺はその後もいつも通りに授業を受けたのだがその間、常に誰かに見られているような気がして落ち着かなかった。さらに帰りのホームルームが終わってすぐのこと、再び先生に呼び出されたため嫌な予感を覚えつつもついていくと案の定、空き部屋に着いたところで腕を掴まれて強引に中に連れ込まれた。その結果、扉には鍵がかけられたせいで閉じ込められてしまった。そのことに焦りを覚えた俺はすぐさま脱出を試みたのだが時すでに遅く、あっという間に取り押さえられて身動きが取れなくなってしまった。

25

「くそっ!離せっ!!」必死になって暴れるものの力の差がありすぎて抜け出すことができないことに苛立ちを感じていると不意に先生が近づいてきたかと思うと耳元でこう囁いた。「無駄よ?大人しくしなさい?」まるで子供をあやすような口調で言われたことに対してますます腹が立ったがそれ以上に今の状況に対する恐怖の方が大きかった。そのため俺は最後の望みをかけて必死に叫んだ。

「誰か助けて!!!」すると次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開いたかと思うとそこには見知った顔ぶれが現れた。その中には悠里の姿もあった。そしてそんな光景を目にしたことでホッと安堵した直後、彼女達が口々にこう言った。

「お兄ちゃんを離して!!」

「その人から離れてください!!」だがそれに対して先生は不敵に微笑むと余裕そうな様子でこう言い返した。

「あらあら、一体何事かしら?これは私と彼の問題なんだからあなた達は引っ込んでいなさい?」その言葉を聞いた瞬間、妹の様子が一変した。

「ふざけるなぁっ!!!」その怒鳴り声を聞いた瞬間、俺は咄嗟に止めようとしたがその前に動き出していた人物がいた。それは何を隠そう実の妹である悠里だった。彼女は目にも留まらぬ速さで駆け寄るとそのまま飛び蹴りを繰り出した。しかしその直後、信じられないことが起きた。なんと先生はそれを片手で受け止めると空いている方の手で妹の腹部めがけてパンチを放ったのだ。あまりの衝撃に悶絶する妹を見ながら彼女は笑みを浮かべたまま呟いた。

「ふん、小娘が私に勝てるとでも思っているのかしら?」そう言いながらさらに力を込めると同時に彼女の顔から笑みが消えた。それと同時に妹が苦しみだした。

「ぐっ……!あぁっ……!!」

悲痛な声を漏らす様子を見ていた俺はいてもたってもいられず彼女に向かって声をかけた。

「やめろっ!それ以上は死んでしまうぞ!?」だがそれでもなおやめようとしない先生に対して怒りを募らせているとそこに意外な人物がやってきた。それはあの先生の父親であり俺達とは顔見知りの老人だった。彼は先生の近くまで来ると耳元で何かを囁いた。するとそれを聞いた彼女は途端に動揺を見せた。

「そ、それは本当なのですか……?」その様子を見る限り、どうやら親子の間で何かあったようだった。俺はそれが気になって仕方がないものの今はそれどころではなかった。何故ならいつの間にか妹はぐったりとしており明らかに意識を失っていたからだ。そのことに危機感を覚えていると彼女がこちらを向いて尋ねてきた。

「ねぇ、あなたは私のことが好きなのよね?」

「なっ……!?」あまりにも唐突な質問だったため一瞬戸惑ったもののすぐに答えることにした。

「あぁ、もちろん好きだ」その答えを聞いた先生は嬉しそうに微笑んだ後でこんなことを言ってきた。

「だったら私と結婚してくれるわよね?」その言葉を聞いた瞬間、俺は耳を疑った。

(え……?今なんて言ったんだ……?結婚……?いや、まさかそんなはずないよな……?)そう思った俺は念のため確認することにした。

「あの……聞き間違いかもしれないのでもう一度言ってもらえますか……?」すると彼女は微笑みながら答えた。

「あら、そんなに聞きたいの?いいわ、何度でも言ってあげる」

「私はあなたの妻になるつもりなの、だから結婚しましょう」それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。だがしばらくして徐々に冷静になると今度は猛烈な怒りが込み上げてきた。なので俺は大声で怒鳴った。

「ふざけんなよっ!!誰がお前なんかと結婚するものかっ!!」しかしそれを聞いても彼女の態度に変化はなかった。それどころかどこか勝ち誇った様子さえ感じられた。

「いいえ、結婚するのよ?だってそう約束したんだから……」

「なっ……!?約束だと……!?」驚いて聞き返すと彼女は笑みを浮かべながら頷いた。

「そうよ、ちゃんと覚えているわ?あの時、確かにあなたは言ってくれたじゃない、私の事を愛していてずっと一緒に居たいってね?」それを聞いた瞬間、思い出した。それは確か半年くらい前のことだった。たまたま彼女と二人きりになった時につい勢いで告白してしまったことがあったのだがその際に彼女に同じ気持ちだと告げられたことが脳裏をよぎった。

(そうか……そういうことだったのか……)彼女の言っていたことは嘘ではなく本心だったのだ。そうとわかった途端、激しい後悔に襲われた。なぜならあの時の自分を思い出すたびに嫌悪感しか覚えなかったからだ。何故なら当時の自分は若くて恋愛に夢中になっていたこともあって正常な判断ができていなかったのだ。だからあんな軽率なことを言ってしまったのだと今更ながら痛感させられた。とはいえいくら後悔したところでもう後の祭りだったが……。こうして自分の愚かさを思い知らされた俺はその後、素直に謝罪しもう二度とあんなことは言わないことを誓った。そしてそれを見た彼女は笑顔で頷くとこう言った。

「わかればいいのよ、それじゃあ早速だけど式の準備をしないとね……」そう言って何やら準備を始めようとした彼女に対し今度は父親の方が慌てて声をかけてきた。

「待ちなさい!こんな形で話を進めようとしてどうするつもりだ!」その言葉に彼女は首を傾げた。

「え?何か問題でもありますか?」

「大ありだよ!!君は何もわかっていない!まずはきちんと彼に説明してからだ!」

「はぁ……仕方ないですね……」それを聞いた彼女はため息をつくとこちらに向き直って説明を始めた。

「ごめんなさいね?この人ったら昔から心配性で困るのよね……」その口調からは困っているような印象を受けるのだが実際は違うということはわかっていた。なぜなら顔がニヤけていたからだ。そんな彼女の様子を目にして改めて確信した。

(やはりこの人は狂っている……)

そう思うと同時に恐怖を感じた。だからこそ一刻も早くここから逃げ出そうとしたその時、突然先生が俺の腕を掴んできた。そして次の瞬間、とんでもないことを口にしてきた。

「あなた……いえ、陽太君?今から一緒に遊びましょう……」そう言うと彼女はそのまま俺を引きずって歩き出した。当然、俺は抵抗しようとしたのだが相手が相手だけにどうすることもできなかった。そのため仕方なく付き合うことになったのだがそれからの展開は地獄だった。まず最初に連れてこられたのはラブホテルだった。しかもただ泊まるだけでなくそこで色々とされた挙げ句、最後にはお金まで奪われてしまったため財布の中はほとんど空っぽになってしまった。さらにそこから徒歩で家まで帰る羽目になりその上、道中では変な男に付き纏われるわ見知らぬ男に襲われるわと散々な目に遭ったが何とか無事に戻ることができた。しかしここで一つ問題があった。それは家に帰るまでにかなり時間がかかってしまったことで妹に怒られるのではないかと心配したことだった。何せ学校を出た時間が遅かったせいですでに午後9時を過ぎていたのである。そのため恐る恐る玄関の扉を開けるとそこには仁王立ちしている妹がいた。そしてそんな光景を目にした俺が思わず呆然としていると向こうから話しかけてきた。

「遅いよお兄ちゃん!一体どこに行ってたの!?」

「あ、あぁ……ちょっと寄り道してたらこんな時間になってしまってだな……」

「ふーん、そうなんだぁ……それで?どこに行ってたのかなぁ?」そう言いながら詰め寄ってくる妹を見た俺は冷や汗を流しながらも何とか誤魔化そうとした。

「そ、それはだなぁ……ほら、あれだ……えーと、そのぉ……」するとそこまで言いかけたところでいきなり腕を掴まれたかと思うとものすごい力で締め上げられた。そのせいであまりの痛みに悲鳴をあげる羽目になった。

「ぎゃあああああぁぁぁぁっ!!」そんな俺を見て満足げな表情を浮かべた後、悠里は優しくこう告げた。

「別に怒ってるわけじゃないんだよ?ただお兄ちゃんの口から直接、話を聞かせて欲しいだけなんだけど教えてくれないかなぁ……?」だがその様子を見てとてもではないが教えてくれる雰囲気ではないと感じた俺は痛みに耐えつつ正直に話すことを決意した。

27 そうしてこれまでの経緯について説明したところ何故か妹から予想外の言葉が返ってきた。

「へぇー……じゃあその先生って人に無理やり襲われそうになったってことなんだねぇ……」その言葉を聞いた瞬間、疑問を覚えた俺はどういうことか尋ねようとした。しかしそれを遮るように妹が言葉を続けた。

「それにしても酷い話だよぉ……まさかお兄ちゃんのことを襲おうとするなんてさぁ……」それに対して俺はある点について指摘した。

「いや、それよりもお前はどうして先生が俺を襲ったことを知っているんだ?」そう尋ねると彼女はさも当然のように答えた。

「そんなの簡単だよ、実は私もお兄ちゃんの後をつけてたからね♪」それを聞いた瞬間、驚愕した。何故なら全く気づかなかったからである。そのため理由を尋ねたのだが答えは返ってこなかった。

「ふふっ……まあいいじゃないですかそんなことは……それよりこれからどうしますか?一応、あのクズは懲らしめておいたので大丈夫だとは思いますが万が一、また現れたりしたら大変ですよ?」その言葉に俺は不安にかられたもののとりあえず様子を見ることにした。

28 翌日、いつものように登校した後、授業を受けていると急にスマホが鳴った。何事かと思って確認するとそれは妹からのメールだった。その内容を確認するとそこにはこんなことが書かれていた。

『今日、放課後になったら教室に残っていて下さい』

「えっ……?」何故そんなことをする必要があるのかわからなかったが断る理由もなかったので了承の返事を出した後で先生の方に目を向けた。すると彼女もこちらを見ていたのか目が合ってしまった。その瞬間、ドキッとしたがそれを

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燃え盛る火の海より生まれし者よ、我が眼前に立ち塞がりし全ての敵を滅却せし力を示せ! あずま悠紀 @berute00

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