第2話


「まさかとは思うけど俺に勝つつもりじゃないよね?」

すると次の瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まったかと思うとものすごい剣幕で詰め寄ってきた。そしてそのまま襟元を掴むと強引に引き寄せられた。そのせいで首が締まって苦しいのだがそんなことお構いなしといった感じで更に続けた。

「あまり私を馬鹿にしないでもらえるかしら!確かにあなたは強いかもしれないけど私だって負けるつもりなんてないわ!」

いや別にバカにしたつもりはないのだが……それにどちらかと言うと負ける気しかしないのですが……とりあえず離してもらえないだろうか?このままだと窒息死してしまうよ?だが俺がそんなことを考えている間にも話は進んでいくわけで……

「いいわ、そこまで言うなら今すぐ始めましょう」そう言うと彼女は俺の手を掴んで歩き出した。ちょっと待ってくださいどこに行くんですか!?というか本気で戦うつもりですか!?いくら何でも無茶ですよ!!俺の言葉など聞こえていないようでどんどん先へ進んで行く彼女に対して必死に呼びかけるが全く反応がなかった。やがて街の外れにある空き地まで連れてこられたところでようやく解放された。そして振り返ってこう言った。

「さあ準備はいいかしら?」もうどうにでもなれ……そう思い覚悟を決めた俺は右手を前に突き出し詠唱を開始した。

「全てを焼き尽くす灼熱の業火よ、我が右手に集いて顕現せよ!フレイムランス!!」その瞬間、突き出した右手から炎の槍が出現し一直線に彼女へと向かっていった。その様子を見ていた彼女は特に慌てた様子もなく懐から何かを取り出すと俺と同じように叫んだ。

「すべてを凍てつかせる氷の息吹よ、我が左手に集いて顕現せよ!アイスブリザード!!」彼女の呼びかけに応えるように前方に魔法陣が展開されるとそこから大量の水が出現した。それは瞬く間に氷へと変わり辺り一面を白銀の世界へと変えていった。その光景を見た俺は驚愕した。なぜならあの魔法は水属性の中ではかなり高位にあたる魔法で、扱える魔法使いは決して多くないのだ。現に俺もこの魔法を使えるようになるまで半年近くの時を要したのだから……それにもかかわらず彼女はたった一言呟いただけで簡単に発動させてみせたのだ。そのことに驚きつつも俺は更なる攻撃を加えるべく再び構えた。

「燃え盛る火の海より生まれし者よ、我が眼前に立ち塞がりし全ての敵を滅却せし力を示せ!プロミネンスノヴァ!!」その言葉と同時に頭上に巨大な魔法陣が出現するとそこから巨大な火球が姿を現した。そしてその姿を見届けた俺は迷うことなく手を振り下ろした。それと同時に放たれた炎の塊はそのまま彼女に向かっていき着弾と同時に凄まじい爆発を引き起こした。周囲に土煙が舞い上がり視界が塞がれてしまったので様子を見ていたのだが一向に何も起きる気配がなかった。もしや倒してしまったのか?などと心配していると急に煙の中から何かが飛び出してきたかと思うとそのまま俺に抱きついてきた。何が起きたのかわからないまま混乱していると不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「私、こんなに興奮したの初めてです!」そう言いながら頬をすり寄せてくる彼女にようやく我に返った俺はすぐさま引き剥がすと後退りした。

「えっと……大丈夫なんですか?」

「え?何がですか?」不思議そうに首を傾げる彼女の姿を見てひとまず安心したのだが、それよりも気になったことがあったので質問してみた。

「あのー、何で無傷なんですか?」

「ああ、それならこれのおかげですね」そう言って彼女が見せてくれたのは一枚の小さな紙切れだった。どうやら彼女が取り出したのはこれだったらしいのだが、それを見た瞬間、思わず叫んでしまった。というのもその紙に描かれている紋章が王家の紋章だったのだ。

「そ、それって……」恐る恐る聞いてみると彼女は満面の笑みを浮かべながら答えた。

「はい、私の家に伝わるお守りなんです!」

8 その後、俺達はギルドへ戻ると早速受付で手続きを済ませてギルドカードを受け取った。ちなみにギルドカードというのは個人の情報を記した身分証明書のようなものらしく、これに書かれている内容次第で依頼を受けたりランクが上がったりするそうだ。他にも細かい情報が記載されているらしいのだが今の俺には必要ないので後回しにすることにした。それと気になることがもう一つあったのだが、どうして先程の戦いで使っていた魔法はあれほどの威力があったのだろうか?通常ならもっと威力が低いはずなのだが……

そんなことを思いながら考え込んでいると突然声をかけられた。声のした方を見るとそこには先程の女性が立っていた。

「どうしたの?もしかしてどこか具合でも悪いのかしら?」心配そうに尋ねてくる女性に問題ないと答えると彼女はホッとしたような表情を浮かべた。それから彼女は用事があるということでそのまま別れることになった。その際、今度一緒に冒険をしようと誘われたので快く承諾しておいた。また近いうちに会うことになるだろう。そう思いながら俺は宿屋へ帰ることにした。

9 宿に戻った後はすぐに部屋へ戻りベッドに横になると今日一日の出来事を振り返った。異世界に来ていきなり命懸けの戦いに巻き込まれるとは思わなかったが、無事に生きているだけでも良しとしよう。そう自分に言い聞かせながら眠りについたのだった。翌朝、目を覚ました俺は身支度を整えてから朝食を食べに一階へと向かった。ちょうどピークの時間帯だったのか多くの客で賑わっていた。空いている席を探していると昨日と同じ女性がいたので声をかけることにした。どうやら彼女もこちらに気付いたらしく手招きしていた。

「おはよう、よく眠れたかしら?」

「おはようございます、お陰様でゆっくり休めました」挨拶を交わしつつ向かいの席に座ると彼女が話しかけてきた。

「そういえば自己紹介がまだだったわね、私はクレアっていうのよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします、俺は零といいます」お互いに簡単な自己紹介を終えると料理が運ばれてきたので食べ始めた。食べている間、他愛もない話をしていたのだがその中でふとあることを思い出した。

「そう言えばまだこの街のこと何も知らないんですよね、よかったら教えてもらえませんか?」そう頼むと彼女は笑顔で答えてくれた。まず今いる場所は王都であるアウルムという街らしい。この国の名はヴァリア王国と言い人口はおよそ2万5000人程度なのだそうだ。さらにこの国には四つの地区が存在していて東に位置する東区、西区、南区、北区に分かれているのだという。ちなみに俺達がいる場所は西区だそうで、商業区と呼ばれている所の中心に位置しているということだった。次に各地区の説明をしてくれたのだが、ここだけ聞いていれば普通の街並みと変わらないなと思いながら聞いていた。そして中央区の説明になったところでその内容に驚いた。なんとここには貴族達が多く暮らしている場所であり他の地区の倍以上の広さを誇っているのだとか。さらには城まで存在しているという話だったので、どれだけ金を持っているんだと思ってしまうほどだった。続いて国について説明されたのだが、ここは王政の国で王族によって統治されているのだそうだ。なので当然、国王陛下がトップにいるということになるわけだが、この国王という人物なのだがかなり変わった人物として国民の間でも有名なのだとか。まあこんな言い方をすると誤解されるかもしれないが決して悪い意味ではないそうだ。むしろ良い意味で有名であるため自然と名前が広まっているのだという。しかも先代の国王が病で倒れてしまい現在の王が即位してからわずか二年足らずで国を発展させたという実績を残していることから国民の期待も高いようだ。とはいえ、あくまで噂程度の話ではあるが……そんな話を聞いた後で今度は冒険者や魔法に関してのことを教えてもらった。この世界にはモンスターと呼ばれる生物が存在することは既に知っている通りだが、その他にも魔獣というものがいるらしい。それは何らかの原因により凶暴化した動物の総称のことで普段は大人しいのだが何かの拍子に狂暴化してしまい人を襲い始める危険な生き物だという。そして厄介なことにその全てが何かしらの魔法を使用することができるというのだ。もし遭遇してしまえばほぼ確実に戦闘になると思っていいとのこと。実際に過去に討伐隊が組まれたこともあったそうだが、返り討ちにあってしまうケースが多かったせいで今では依頼すら出されていない状況が続いているそうだ。そのため基本的には戦う力のない一般人では手出しすることができないらしい。それでも中には腕に覚えのある強者達が挑んでいくことがあるようだが結果は惨憺たるものだったということだ。そこまで話すと一度話を区切り再び口を開いた。

「さて、ここまで色々と説明したけど何か質問はあるかしら?」

「そうですね……じゃあ一ついいですか?」

「ええ、何でも聞いてちょうだい」

「それじゃあお言葉に甘えて聞きますが、魔法って何ですか?」俺の質問に一瞬キョトンとした表情をする彼女だったが、すぐに笑いながらこう答えた。

「あははは!そんなこと聞かれるなんて思ってなかったわ」その後もしばらく笑っていた彼女だったがようやく落ち着いたのか一息つくとこう続けた。

「それで聞きたいことっていうのは魔法のことについてでいいのよね?」

「はい、その通りです」俺が頷くと彼女は真剣な表情になり話し始めた。

「そうね、まずは魔力というものについてから説明する必要があるわね」彼女の話では空気中に漂っている魔素を体内に取り込むことで魔力へと変換させる仕組みになっているのだという。そしてその魔力を詠唱することによって魔法という形で放出するのだそうだ。つまり魔法を使うには二つのものが必要となることになる。一つは魔力、そしてもう一つは魔法を発動させるための呪文となるわけだ。ちなみに無属性の場合は体内の魔力を消費して発動させるため比較的簡単に扱えるようになっているのだそうだ。ただ闇属性に関しては扱いが難しく習得するのも困難と言われているらしく、今のところ使い手は確認されていないとのことだった。

「なるほど……だいたい理解しました」話を聞いて納得した俺は頷いてみせたが一つだけ疑問が残っていたので尋ねてみた。

「話は変わるんですけど、そもそも何で闇属性なんていうものがあるんですか?」

「うーん、実は私にもわからないのよねぇ……」申し訳なさそうに答える彼女に気にしないでくださいと言って次の質問に移った。

「わかりました、それじゃ最後の質問です」

「どうぞ、遠慮なく言ってちょうだい」

「さっき話したみたいに魔法を発動するには呪文を唱える必要があるわけですよね?でもそれなら何故普通に話しているだけで魔法が使えるようになるんですか?」すると彼女は難しい表情を浮かべながら答えた。

「それなんだけどね、実際のところよくわからないのよ」なんでも彼女の実家にある古文書の中に記されていた記述によると本来、人間が扱うことのできるはずのない魔法は呪文を口にすることでそれが実現しているのだという。ただしそれも完全ではなく、あくまで不完全なものにしか過ぎないのだと書かれていたらしい。そのことが示す意味というのが未だにわかっていないので現状としては謎に包まれたままとなっているそうだ。

「……そうですか、ありがとうございました」とりあえずお礼を言った後、残っていた料理を平らげた俺は立ち上がるとそのまま席を立つことにした。それを見た彼女も慌てて立ち上がると一緒に会計を済ませてから店を出た。そして宿に戻ろうと歩き出したのだが不意に声をかけられたかと思うと背後から何者かに抱きつかれてしまった。何事かと思い振り返ってみるとそこには昨日の女性が立っていた。

9

「えーっと、確かクレアさんでしたよね?」恐る恐る尋ねると彼女は嬉しそうに抱きついてきた。それからしばらく抱擁されていたのだがやがて満足したのか離れると笑顔を浮かべながら言った。

「もう行っちゃうんですね、もう少しお話ししたかったのですが残念です……」どうやら俺のことを待っていたらしく偶然見つけたから声をかけようとしたところ急に走り出したので急いで追いかけて来たようだった。それにしても随分と好かれたものだと思いつつも悪い気はしなかった。というのも最初に出会った頃に比べると表情や口調が柔らかくなったような気がしたからだ。とはいえ気のせいかもしれないと思ったので深く考えないようにしておいた。そうしていると彼女が俺に話しかけてきた。

「あ、あのー、お願いがあるんですが聞いてもらえますか?」おずおずと尋ねてくる彼女を不思議に思いつつ了承した俺はどんな内容なのか聞いてみた。すると彼女は恥ずかしそうにしながらもゆっくりと答えてくれた。

「そ、そのですね……私とパーティーを組んでもらえないでしょうか!」その言葉に思わず固まってしまったがしばらくして冷静さを取り戻すと理由を聞いてみることにした。するとどうやら一人で活動していくのが不安だったため一緒にいてくれる仲間を探していたらしく、そこでちょうど俺と会ったのでこうして頼んできたのだという。最初は少し戸惑ったものの、どうせやることもないわけだし何より困っているなら助けてあげたいという思いもあったため俺は首を縦に振った。それを聞いた彼女はとても喜んでいたのだがそれを見ていたクレアさんも一緒になって喜んでいたのだった。

10 というわけで二人目の仲間が増えた俺達はひとまずギルドへ戻ることにした。目的は昨日登録したばかりのランクアップをするためだったのだが、その前に受付へ足を運ぶと早速手続きを開始した。その際にクレアさんのランクを確認したのだが、なんとまだFランクだったことが判明した。なので仕方なく俺が代表して処理をしてあげることになったのだが、その結果、無事Dランクに昇格することができた。ちなみにこれ以外のランクについては特に変更はなく、最初からAランクなどあり得ないことなのだそうだ。また、C以上になると国からの招集がかかったりするらしいのだが、よほどのことがない限り召集されることはないということだった。まあ確かに言われてみれば当然の話ではあるなと思ったが同時に面倒な事態に発展しないだけマシかと思うことにした。そして今回の報酬を受け取り終えると次は新たな依頼を受けるために掲示板を見に行った。ちなみにクレアさんは自分のランクよりも高い依頼を受注できないということで今回は見学しているだけだった。そのため暇そうにしていたので適当なクエストを選んであげようとしたが本人が頑なに拒否したため結局は別の人に選んでもらうことにしてその場を後にした。その後はいつものように食堂で昼食を食べた後、部屋に戻り今後の方針について話し合うことにした。

「さて、それでは改めて今後どうするか考えましょうか」そう言って話を切り出すと二人も賛同してくれたため話し合いを始めた。しかしいきなり問題が発生したためそれについて意見を求めることにした。それは俺達の冒険者としての目標についてである。

「ところで今更なんですがお二人はどういった目的で冒険者になったんですか?」そう尋ねると二人はお互いに顔を見合わせると苦笑いしながら答えてくれた。

「私は……その……あまりお金に余裕がないもので……それで少しでも稼げる方法があればと思って……」

「私も似たような理由ね、それに仕事も早く見つかりたかったし」二人がそれぞれ正直に話すとさらに続けてこう言ってくれた。

「だから私達は零君についていくことに決めたのよ、そうすれば生活も安定するしね」

「まあそんな感じかしら、とにかく目的があってやっているわけじゃないってことよ」そんな二人の回答を聞いた後で再び考え込むこととなった。正直言って俺自身の目的なんてものは何もなかった。強いて言うならばこの世界を見て回りたいというものだがこれはあくまで個人的な理由でしかないため他の二人に迷惑をかけたくなかったのだ。そのため俺は一度断っておくことにした。

「すみません、せっかくの申し出ですがお断りさせていただきます」そう言うと予想通りというかなんというか納得がいっていない様子だったので俺はその理由を説明することにした。

「実は俺には夢のようなものがありまして、それは旅をして色々な景色を見ることです。なのでお二人とはここでお別れになります」もちろん嘘である。本当の理由は別にあったのだが今は詳しく話すつもりはなかったので適当にごまかしておくことにした。そして一通りの説明を終えると最後にもう一度確認してみた。

「本当にそれでよろしいのですか?」すると二人は静かに頷いた。それを見て安心した俺は笑顔で感謝の気持ちを伝えるとこの日は解散することにした。

11 翌日、予定通りギルドへ向かうとすぐに依頼書を確認してみた。その内容というのはこの街から遠く離れた場所にある小さな村への配達物だった。なんでもとあるお偉いさんが珍しいものを見たいという理由で遠出することになったらしいのだがその際、どうしても荷物が必要となったため急遽用意する必要があったのだという。しかも既に馬車などの手配を済ませており今さら断ることなどできなかったようだ。そういうわけでやむなく引き受けることになったそうだがこのままでは到底間に合いそうにないため急いで届けなければならないという状況になってしまったというわけだ。そこで俺達に白羽の矢が立ったということらしい。この話を聞いた俺達は迷わず依頼を受けることにした。というのも依頼主の住所というのが今いる街からかなり離れているらしく徒歩で向かっていてはとても間に合わない距離だったからだ。そうなると必然的に馬に乗る必要があるわけだが生憎と持ち合わせがないため手に入れる必要があった。そんなわけで俺は街の外れにある厩舎へ向かった。そして近くにいた人に声をかけた後に事情を説明しなんとかレンタルさせてもらえることになった。ただそれでもやはりそれなりの金額になってしまうため一人当たり金貨二枚、日本円にして二十万円を支払う必要が出てきた。さすがにそこまで払えないということもありどうしようか悩んでいたのだがそこへ声をかけてくる人物がいた。振り返るとそこにいたのは先日世話になったあの女性だった。彼女は俺を見ると笑みを浮かべながら近づいてきた。

「こんにちは、今日はどうしたの?」尋ねられたので事情を説明した上で金が足りないことを告げると驚いたような表情を浮かべたかと思うと突然笑い出した。そしてしばらくの間笑った後でようやく落ち着いたのか深呼吸をしてから答えた。

「あはは!なるほどそういうことですか、でしたら私の知り合いを紹介しますよ」すると彼女はそう言ってきた。俺は最初こそ断ろうとしたのだが彼女が強引に腕を掴んできてそのまま連れて行かれてしまった。そして連れてこられたのは街の外れにある大きな屋敷だった。門の前では数人の男達が並んでおり全員が屈強な体つきをしていた。そんな中を進んでいき敷地内へ入ると立派な庭園を抜けて屋敷の前までやって来た。そして玄関の前に立つと彼女は扉を叩いた後でこう言った。

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