緑色の願望5

「なんか、すみません。後輩なのに図々しいというか……」


「いえ! むしろ、明るくて助かったというか。……水瀬、くんはどう思いますか?」


「どう、というのは……これからのことですか?」


泉先輩は俺の質問に頷く。正直難しい質問だ。俺が先輩の立場を想像してみても、基本的には他人に無関心で生きてきたのもあるし、そこまで仲良くない人からの迷惑行為なんて然るべき場所で公表しそうだ。ただ、泉先輩は少し前まで友人だった人からイジメを受け始めた。これまでの思い出や親しかった相手のことを思っているのかもしれない。


「……そうですね。やっぱり先輩の気持ちが大事だと思うとしか言えません」


「あはは。……困らせてしまってすみません」


ここ最近は穂花とばかり話していたのもあって、非常に会話が難しい。あの騒がしさと横暴さのせいで、泉先輩が余計に物静かで受け身の性格に思える。かといって、この場を離れてしまっては、先輩は孤独になるだろう。


「話は変わりますが、医者を目指しているのは凄いですね」


「は、はい。……父に子どもの頃から言われて育ったので」


「そうでしたか。それでも将来のことを意識しているのは大人だなぁって思いますよ」


「ありがとうございます。でも、私っていつも弟に迷惑かけてばっかりだし、親から言われたことができるだけなんですよ」


「泉先輩には弟さんがいらっしゃるんですね」


「えぇ、双子なんですけどね。私はいつも自分で決められないので、学校では特に頼ってしまって。最近は家でも学校でも無視されてしまったんですけどね」


イジメの話題から話をそらすために夢の話を聞いてみたが、どうやら家庭環境にも色々問題を抱えているようだ。あまり深く突っ込んでいい話題でもないし、また別の話にしたほうがいいか。


「俺は兄妹がいないので他人事に聞こえるかもしれないですが、きっと、迷惑半分嬉しさ楽しさ半分って感じなんじゃないでしょうか?」


「……何でですか?」


「だって、人生良いこともあれば悪いこともあるじゃないですか。結局は想像でしかないですけど、振り返ってみると、互いに笑い合ったことなんていくらでもあるんじゃないかなって思っちゃうんです」


もちろん想像でしかない戯言だ。でも、家族というものはそういうものなんじゃないだろうか? いつも楽しい仲良しな関係は確かに良いことだと思う。でも、時にぶつかって憎み合って、大小ある摩擦も家族にはあっていい。少なくとも、俺は自分の両親とよく喧嘩するし、色々文句だって互いに言い合うが、だから家庭環境が悪いとは感じない。


おそらく泉先輩は自分に自信がないんだ。それも、度が過ぎた自己評価の低いタイプの人だ。これはイジメが起こる以前から染みついている問題だろう。


「水瀬くんのほうがよっぽど凄いですよ。会ったばかりなのに話しやすいところとか」


「誰だって人にはない長所ってやつがあるってことかもですね。先輩のおかげで俺の長所が分かったかもしれません」


「ふふ、そういうところ、相手との距離感なんでしょうか? よく見て相手に合わせた感じです」


少し癖毛の茶髪が夕日によく馴染む中、少しはにかみながら褒めてくれる泉先輩はしっかりと自分の考えを言葉にできていた。入学式から7日、この日初めて上級生の友人ができた。

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Ever Since ―伝わらない想い― 夜月鵠聖 @yuzuki_kosei

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