「エレク、ドローンの画像を解析しろ」

『了解しました』

 中性的な電子音声が、サザランドの指示に応えた。

アメリカが国内に無数のクラムズ個体の存在を許しながらも本土を手放さずに済んでいるのは、ひとえに第6世代戦車であるM10リッジウェイの実戦投入が間に合ったからであるとも言われている。

 歩兵と連携して死角を殺し、物量をもって面で制圧する。それが21世紀初頭までの戦車の運用思想だったが、クライスラーCヘビーHインダストリーI社が巨額を投入して開発したリッジウェイは、それに真っ向から反していた。セラミックと金属の薄い複合材を用いて車体の軽量化を図り、砲塔を縮めて取り回しを良くし、多脚構造により高い機動性を持つ。開発当初こそとして各方面からの失笑を浴びたが、クラムズ掃討という人類史上類を見ない任務においては無類の強さを発揮した。

 特筆すべきは、射撃管制を始めとした中枢制御をほぼAIに担わせたことだ。このAIは単純な制御だけでなく、自律的な思考と判断が出来る。つまりその気になれば、無人でも運用は出来るのだ。ただ、どうしても解決できない倫理上の問題から、そして熟練兵士の判断の精度と速度の優位性から、有人制御という点は譲れなかった。換言するなれば、操縦手と砲手、通信手兼戦車長に続く第4の搭乗者、それが戦車AIであるとも言える。

 彼らは名を持つ。CHI社のファクトリーから出荷され、最初の電源が投入される前に陸軍当局によってランダムに定められたコールサインが、その戦車を、そして搭載されたAIを同定する個体名となる。

 『電気処刑人エレクトロキューショニスト』、通称エレク。それが、サザランドら3名の搭乗する戦車の名だ。僚機は同型のAI戦車で名をフリートインディアン、通称をインディといい、戦車長キース・ベイカーほか、砲手ドニ―・モレノ、操縦手リチャード・クーが搭乗している。この2台、そして無人の観測用ドローンをもって現在の任務にあたっている。

 市街地から比較的遠く、周囲に森林など火災を起こす危険のない砂漠地帯などで最も多用される戦闘教義バトルドクトリンのひとつに、『カーニバル』と称されるものがある。密集するクラムズを航空機により爆撃した後、撃ち漏らしを小回りが利き単身でもクラムズと渡り合えるリッジウェイで掃討して回るというものだ。

 現在の任務もそれに則ったもので、約1時間前にアリゾナ州とニューメキシコ州の州境のほど近く、サン・シモンの市街地に、編隊を組んだB‐21がTNT当量にして5キロトン相当の爆薬を投下したばかりだった。爆風の勢いで10メートルを超す砂の柱が辺り一面に出現するほどの爆撃だ、当然大型のクラムズと言えど生き残れるはずはない。ただ、撃ち漏らしがいた場合、少々面倒なことになる。先述の通り、クラムズのエネルギー効率は人類を含む地球上の炭素生命体とは比べものにならないほど高い上に、単体での極めてスピーディな生殖が可能なのだ。たった一体が仲間の死体や周囲の珪素化合物を摂取して生殖を繰り返し個体数を元に戻してしまえば、せっかくの労力が水の泡になる。地方都市の民家やインフラを我が手で砕くことに忸怩たる思いはあるが、それだけは許してはならなかった。

 なればこその、カーニバルだ。謝肉祭カーニバルでキャンディを撒く仮装ピエロの後ろを取りこぼしが無いか着いてまわる子供たちのように、地面を這いつくばるようにして撃ち漏らしの後始末をして回るのだ。

 インディが先行しその間はエレクが援護を、その次はエレクが先行して索敵。この繰り返しを、機甲小隊の最小構成単位である2台の戦車により行う。生き残りを全て排除するか、一帯の安全を確認できるまで任務は終わらない。

 輸送機トランスポーターが2台をこの地に投下したのが43分前。朝の日射しが既に砂地を強く熱しているのが左右のモニタに映る赤外画像からもよく分かって、サザランドは早くもうんざりしていた。

 歴史に登場してからこの方戦車のコクピット内部が快適だったことはなく、それはジッリウェイにしても同様である。セラミックの塊と電子機器の間に出来た裂け目を思わせる僅かな空間に仰臥位にも似た体勢で身体をねじ込んで、左右の五指はおろか足先まで使ってボタンやレバー、フットペダルの操作を行わなければならない。

 空調は効いているもののそれは快適を意味するものでは決してない。搭乗者と精密機器に致命的なダメージが無ければいいという程度のものに過ぎないのだ。だから周囲の悪環境は更なる精神的ストレスとして搭乗者の、サザランドの神経を逆撫でする。二人の部下のやり取りに、エレクまで加われば尚更だった。

「おいポンコツ、解析はまだかよ」

『ポンコツではありません、タイラー。それとも私も貴方をくろんぼとお呼びすれば?』

「言うじゃねえか、アホたれ」

 笑い声と共に、前方座席のヘッドレストから覗くタイラーの後頭部が揺れるのが車長席から見えた。

「おまえに前歯があったら叩き折ってやるところだ」

「言ってる場合か。おいエレク、生き残りはいるのか?」

 苛立ちを露わにしたウィルソンが噛み付かんばかりに問う。

『視認できるクラムズ個体は、原形を留めているもので68体。うち何らかの動きを見せている個体はありません』

「生き残りはいないんだな?」

『断言できません。砂の下や岩陰に隠れてやり過ごしている可能性もあります』

「低周波はどうだ」

『検知できません』

「赤外線画像は?」

『爆撃の熱放射がノイズとなっており解析は困難です』

「結局分かんねえってことか。いかれポンコツが」

『いかれポンコツではありません』

「やめろタイラー、話が抉れる」

「ウィルソン、お前機械頭マシンヘッドと人間様どっちの味方だ、あ? それとも外でくたばってるお仲間が恋しいのか?」

「何言ってんだアホかお前」

 いよいよ業を煮やしたサザランドは、「いい加減にしろ!」と怒鳴りつけた。

「集中しろ。生き残りを細切れにするか、中身をシェイクにするのがおれたちの仕事だ」

 流石にエレクは『了解しました』と返答するが、タイラーはまた白い歯を見せて笑い、ウィルソンンはむっつりと黙り込んだ。

「返事はどうした、坊やたち」

「集中、細切れかシェイク、了解」とタイラー。

「了解」とウィルソン。

 ようやく満足したように、サザランドはエレクに指示を出す。

「主砲をいつでも撃てるようにしておけ。1発目は炸薬榴弾、2発目は化学砲弾だ」

『了解しました』

 現状、クラムズに対し最も効果的だとされているのが弗化水素酸による化学的融解反応だ。ただし、外殻の上から掛けても効果は薄く、初弾で外の殻を破り、次弾で露出した中身に直接ぶち込んでやるのが定石だった。弗化水素酸は他の生物にとっても劇物であるため使用は国際条約によって厳しく制限されるが、本作戦においては無制限の使用が許可されている。

「目標まであと100メートル」

 

 街の東西を抜ける国道の西側、入口付近にある岩陰の合流地点で待機していたインディとすれ違いざまに短いやり取りを交わし、いよいよエレクはキルゾーンに進入した。爆撃の名残である煙は既に殆ど消えているが、ほんの小一時間前、死の雨さながらにミサイルを投下された出来立ての地獄だ。所々疎らに、白い石英質の岩石が落ちており、進むにつれ密度と大きさを増していった。これがクラムズの体組織だ。遠目に見れば白っぽい岩に見えなくもないクラムズたちは体内組織も水分量が少なく、散らばる臓器や肉片も見慣れていない人間にはそれとは分からない。

 見渡す限り生きて動くもののいないかつての目抜き通りを、しかし3人は額に汗を浮かべながら慎重に観察し、じりじりと進んで行く。乾いた砂が風に舞う姿にもびくりと反応しそうになる動物的本能を兵卒として培った胆力で押さえつけ、冷静に、だが素早く脅威か否かを観察する。

 さっきまで無駄口を叩いていた前方席の2人も、今や画面と手元の操作に集中し押し黙っている。階級こそ低いが、幾度もの危険な任務を五体満足で潜り抜けた猛者たちだ。危険な任務だが、それにあたるに錬度は十分だとサザランドは自負している。

 タイラーは筋肉自慢揃いの機甲師団のなかでも群を抜いた体躯の持ち主で、シャツを内側から破かんばかりに膨れ上がる筋量はどちらかといえば人間よりもゴリラに近い。粗野で粗暴な言動も野生動物顔負けだが、厳しい訓練が彼にひとかけらの規律を叩きこみ、生死紙一重の実戦が霊感にも近しい野生の勘を研ぎ澄ました。

 ウィルソンは大学院で電気通信工学を専攻した後に入隊した変わり種で体躯や体力は他の隊員より幾分見劣りするものの、電子機器に関してはハード・ソフトを問わず誰よりも精通している。なよっとした金色の縮れ毛に眼鏡というな見た目のせいでタイラーにはしょっちゅうおたくギークだなんだと揶揄されているが、内心実力を認めているのはサザランドの眼にも明らかだった。

 この2人とエレク、そしてサザランドのチームで、いくつもの任務を経て生き延びてきた。きっと今回もそうなる。そう思っていた。

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