第2話 闘いのマナー
俺は、目を閉じてジャケットを整え、背筋を伸ばし胸の前に両腕をあげた。
そして、指をひとつずつ合わせる尖塔構えを即座に組み「御馳走、さま、でした」と呟き、食事後の儀式をすませた。
「さぁ解散や、さて皆さん、注文にいくで」
賭け金・ファイトマネーの処理をすませたジムは、喜怒哀楽の様相を浮かべるギャラリー達へ、店への料理の注文、テーブル席への移動を促した。
一方で、移動する一陣から取り残されるように現れたスドーの取り巻き二人が、呆然としたままの兄貴分への、かける言葉を探していた。
野良フードファイト界隈では、「ホワイトアウト」に限らず、勝負後のギャラリー達は会場となった店で食事をしていく事が、強制こそされないが重要なマナーである。
賭けに負けた大勢も渋々席へと散っていった。
「…な、…納得いかねぇ!」
呆然自失の状態から、こみあげられる怒りによって現実へ引き戻されてきたかのような形相のスドーが、突如唸りをあげた。
「坦々麺でシミひとつ跳ね返らねぇなんてあるわけねぇ!」
吠えたスドーは、ファイトマネーを仕舞い込み店を立ち去ろうとする俺を睨んだ。
「そもそも、この店だって手前ェと縁があるってハナシじゃねか。この仕合いは無効だ!」と詰め寄る。
「そ、そうだ無効だ!」子分たちも一緒になって抗議の声をあげる。
決着が着いた後での緩みかけていた緊張が唐突に思い出され、店内の視線が集まった。
「確かに、この店『リュウキ』の店長と、俺とは知り合いだ。だが、今日の勝負に裏表はねえ」
俺はスドーと向き合う。すると「ぉぅおぅおう」と厨房の奥から、とぼけたような中年のおやっさんが声を割り込ませた。
「兄さんがた、落ち着きなよ。わたくしゃ店長だけどさ。坊っちゃ、…いやそちらさんと、お兄さんの出し物は、勝負前にお互い確認済だろ。」
「おう、公平なファイトだった、スドーは、ラッシュやスタンピードでは良い成績をだしとる。ホワイトアウトにまだ慣れてねぇってだけの話だ」
と、店長の言葉から繋ぐように、太い声をした誰かが立ち上がった。その声の主の大男は、スドーへとゆっくり歩み寄り肩にポンと手をおいてなだめた。
「…くっ!」
声をかけた男の顔を確認するなり、複雑な表情をあらわしたスドーは、いたたまれなくなったのか店から飛び出して走り去ってしまった。
間をあけて、ばつが悪そうな顔をした子分たちが、逃げるようにスドーを追って出て行った。
「おーい、お連れさんがた、テイクアウトでも頼んどきー?、って行ってもーたわ…」
と、店の奥でおヒヤを飲んでいたジムが座席で肩をすくめた。
「ありがとう。礼を言う。」
俺は二人に頭をさげた。店主はニコリと笑うと厨房の奥へ戻っていった。
スドーをたしなめ、腕を組んで仁王立ちをした筋肉質の大男は、近くで見るとさらに大きく、まるで岩山のようにも思えた。
「兄ちゃん、良い勝負だったぜ。あまりに綺麗な喰いっぷりに、こっちまで真似したくなった。スタンピードはやるのかい?」
「いや、俺はドカ食いはできないし、ましてや早食いだってできない。丁寧に味わうこれが全てさ」
と、俺は片手をひらひらさせた。
野良フードファイト界隈の様相として、主に丁寧さを競う「ホワイトアウト」は、比較的新しく表れたファイト様式で、まだまだ一般に浸透しているとは言えなかった。
世間一般でファイトとして真っ先に連想されるのは、大食いを競う「スタンピード」。
そして、早食いを競う「ラッシュ」のいずれかだ。
「そうか、俺の名はハガネ、主にスタンピードをやっている。大食いも楽しいもんだぜ!イージスはバトルネームだろ。名前を教えてもらえるか?」
俺は去り際に、ガハハと上機嫌に笑うハガネへ名を伝えた。
「リュウキ…、
カレー饂飩屋のヴァルキリア 肉を休ませる @yodobasi_potato
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