カレー饂飩屋のヴァルキリア

肉を休ませる

第1話 バトリング

「おいおい、ちんたら喰ってんじゃねぇ!」


 俺が座るカウンター席の、背後のスペースに立つ男が、沈黙を破るように声をあげた。


 「だまっとけや、店に迷惑がかかるやろが」と、俺に向けられたであろう言葉に、その隣から注意が入った。


 俺の隣に座る、さっきまで俺と同様に、片手を落としミドルレンジで坦々麺をつついていた男は、ちらりと俺のどんぶりをみた。


 すると奴は腰の位置をわずかになおし、左手で自分のどんぶりを掴んで覆いかぶさり、インファイトに切り替えた。


 二人そろって白いトップスとボトムスを身に纏いカウンターに座る俺たちの、背後の人だかりに熱気が上がる。


 もうすぐ決着がつくと空気から感じ取ったのだろう。


 


 俺はペースを崩さずに箸を口に運び続ける。


 背後の別の位置から「ああ、俺の金が…」とぼやく呟きが聞こえる。


 


 俺たちは、今日の勝負の坦々麺で、「ホワイトアウト」をしていた。


 「ホワイトアウト」は、汁が跳ねて服が汚れるような食べ物を、丁寧にかつスピーディに完食する様を競う、野良フードファイトのひとつだ。


 丁寧さの判定のため、服は上下ともホワイトで統一しなければならない。


 今日の舞台である麺屋「リュウキ」で、俺たちはしみったれた金と、小さなプライドを奪い合っていた。


 


 ドンっと、隣でどんぶりを置いた音がなった。


「完食だ、俺の勝ちだなイージス!賞金はこのスドーがいただいた!」


 スドーは、勝利を確信した薄ら笑いを浮かべながら、猛禽のような目をこちらに向けた。


 俺はペースを崩さず、およそ30秒後にしめやかに完食宣言をあげた。


 


「ほな、確認するで」と、この場の仕切りの事務局、通称「ジム」がギャラリーの間からずいっと割って出てきた。


 2つのストップウォッチを見比べるジムの傍ら、スドーは、受け取るであろう賞金の使い道とばかりに、近所のケーキ屋の検索を始めていた。


 ジムは俺とスドーの、服をそれぞれ確認した。


 そして、メモを見ながら宣言した。


「勝者、イージス」


 うおっっと、店への迷惑を気にしながらの小さな歓声があがる。


「俺は、信じとったよ」と先ほどの野次との同じ声が聞こえる。


 ギャラリーが3割程がガッツポーズをとっていた。


 


「なっ!?俺の方がはやかったろうが!」


 と驚いてスマホを落とし、詰めよるスドーにぴしゃり。


「これは、ホワイトアウトや。ラッシュやない。」


 そして、二人の胴を見比べながら、


「服をみてみい。あんさんのは汁がとびすぎて、まるで迷彩服や」


 目を丸くし驚き、食い下がるスドー。


「俺は、30秒も速かったし、奴だってペナルティはあったはず。それを考慮しても…」


 と口にしたところで、「あっ…」と抗議を中断した。


 


「馬鹿な。シミひとつねぇ…?!」

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