終幕

 季節が二度巡り、鈴蘭はすっかり立ち直った。もちろんすぐにとは行かなかったが、向き合うと決めた十吉は決して諦める事なく鈴蘭との時間を重ねていった。

 進んで下がってを何度も繰り返した先に今の幸せがあり、お互いにそれを噛み締める。


「ご懐妊です」


 それは近頃調子の悪かった鈴蘭のために医者を呼んだ時のこと。鈴蘭まで病気で失ったらと肝を潰すような心地で医者からの言葉を待っていた十吉は驚きと喜びで抜け殻のように立ち尽くす。そして、耐えかねたイネが「それで奥様は?」と部屋に入ってきたところで、ようやく十吉は「鈴蘭が、子供……僕の子供……子供だ‼︎」と叫んだ。イネは十吉の言葉に頬が綻び、そのまま年も忘れて外に駆け出して行った。

「イネ、もう若く無いのだからむりはするな!」

「ふふっ、イネさんたら」

 ベッドから身体を起こして笑う鈴蘭の隣に腰掛けると十吉は額に張り付いた髪をよけて、その頭を撫でる。手に触れる柔らかな髪がくすぐったくて、けれどそれすらも愛おしかった。

「鈴蘭、僕は良い夫ではなかった。それでも今こうして君と……これからは僕たちの子供ともいられる事が僕にはたまらなく嬉しい。これからは良い夫、そして父になるよ」

「まあ!すでに良い夫ですよ……私こそ散々迷惑をかけたのに、それでも選んでくださってありがとう」

「……君はわかってやっているのか?」

「何の話ですか?」

「……いや、いい」

 惚けた顔の鈴蘭に完敗だと十吉は額に口付けを落とし立ち上がった。

「それじゃあ私は仕事に戻る。君は身体を大事にしてくれ。何かあったらイネを呼ぶと良い」

「はい。行ってらっしゃい」

「行ってくる」

 十吉が部屋から出ると女中やら安藤やらがわざとらしく背を向けていた。主人の逢瀬を盗み見るなどとんでもないやつらだと十吉は息を吐いた。

「さ、お前たちも仕事に戻れ」

「「「はい!」」」

 蜘蛛の子を散らすように持ち場に戻る姿を見届けてから打ち合わせに使う書類を取りに執務室へ歩き出した。


 十吉が出て行った後、平静を保てていたかしらと熱くなる頬を抑える鈴蘭。気持ちを打ち明けてからの十吉はストレートで困ると恥ずかしさから矛先が向かう。

「まさか本当の家族になれるなんてね」

 そう言ってそっとお腹を撫でた。ここに命が宿っているなんて考えもつかないけれど、それはたまらなく幸せな事なのだと鈴蘭は幸せそうに笑った。

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花は折りたし梢は高し 彩亜也 @irodoll

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