訳ありの襲撃者   2

「い、いえ……あ? なんで?」

「腰痛も治ってる」


 死に損ねたことより、腰痛が消えたことのほうに驚く気持ち、少しだけわかる。

 現実味のない死より、毎日感じていた体の痛みがなくなるほうが実感できるよな。

 この体になって、動くのが楽でどれだけ驚いたか。

 徐々に衰えていたから気づかなかっただけで、十代と三十代では雲泥の差があったわ。

 あたりまえか。


「聖女の前で死ねるなんて、甘いことを考えるなよ?」


 笑顔で言ったら、年上のほうは腰をさすりながら呆けた顔で俺を見つめ、若いほうは床に寝転がったまま頭を持ち上げて俺を注目した。

 本当にお前らのんきだな。

 強くても犯罪者にはとことん向いていない奴らだ。

 

「この聖女、容赦ないタイプっぽいよ?」

「な、な、聖女がスキルを?! どういうことだ?」


 ようやく我に返ったおっさんは、にやにやしながら話すストークスの足を掴んで揺すっている。

 デュランが俺達を守るために結界ぎりぎりの場所に仁王立ちしているので、高梨さんも少し安心したのか、俺の肩越しに襲撃者の様子を覗き込んだ。


「な、もっと幼い子供もいたのか!?」

「あああ、俺は何て言うことを」


 高梨さんは若く見えるからな。

 日本人を見慣れている俺から見て十五くらいということは、西洋系の人種から見たら十二歳くらいに見えても、いやもっと若く見えてもおかしくない。

 長命な種族にとって高梨さんは、俺たちが小学生と話す感覚なのかもしれない。


「も、申し訳ない」

「顔をあげて。そして、なんでど素人のきみたちがこんなことをしたのか聞かせて」

「ミヤムラ様、もう遅い時間ですし取り調べは我々にお任せください」

「いや」


 彼らは平民だろ? どんな方法で取り調べられるかわかったもんじゃないし、なぜこんな無茶なことをしたのかは聞いておかないと、気になって眠れないよ。


「カイさん、レベル高いですよね」

「なんで名前を?!」


 高梨さんに声をかけられて、年上のほうの傭兵カイは目を丸くした。

 ふたりとも少しは落ち着いたようで床に胡坐をかいて座り、周囲を近衛騎士が取り囲んでいる。

 俺はベッドのふちに腰を下ろして足を揺らし、高梨さんは俺の背中に半ば隠れる場所で、布団を肩までかぶったままで正座していた。


「カイさん? 傭兵の? 部屋の明かりをつけてくれ」


 デュランが慌てた様子で言い、煌々と室内全部の明かりが灯された。

 

「なんで、あなたがこんなことを……」


 有名人だったか。

 やっぱりレベル四十二は強いんだろうな。

 じゃあ高梨さんのレベル六十四って化け物じゃね?


「カイさん。そしてそちらはヒューさんだよね?」


 目を丸くして頷くヒューに笑いかけると、こんな状況だというのに照れたように頭をかいた。

 ついさっき死ぬ覚悟をして実行し、喉をかきむしって苦しんでいたのに、この短時間でよくそこまで立ち直ったな。


「私たち、鑑定スキルを持っているんだよ。だから睡眠薬と神経毒が食べ物に入れられていたのがすぐにわかったんだ」

「カイ、あの侍女、騙しやがったんだ。様子がおかしいとは思っていたぜ」

「落ち着けヒュー。彼女には判断できなかったんだろう」


 依頼だけして放置か。

 ずさんな作戦だ。


「おそらくそうなんでしょう。三人いた侍女の最後のひとりでしたから」


 デュランはすっかり敬語になってしまっている。

 他の騎士たちも、それを当たり前のこととして受け止めているようだ。

 こうしていると疲れた三十半ばのおっさんにしか見えないのに、いったい何者だよ。


「ロドニー、あの女はどうした?」

「裏口から逃げようとしたところを確保しています」

「彼女の証言もとるので、嘘はつかないでください」

「お偉い近衛騎士様が平民の俺に敬語はやめてくださいよ。一度は自害しようとした身だ。今更嘘なんかつきません」

「じゃあ聞いていい?」


 子供に弱いというのなら、十五歳くらいの男の子はどんなだったかを思い出して話そうとしたんだけど、そんな年齢の子供と接点なんかなかったわ。


「誰に依頼されたの?」

「……」

「リリって誰?」


 ヒューが肩を震わせ、縋り付くような目で俺を見上げた。

 でも口を開かない。

 うーん。もう時間も遅いし、近衛騎士を待たせているから、さっさと話しを終わらせないとまずいんだよなあ。


「あの三人の侍女のひとりが手引きしたんだよね。んで、あの侍女はアレクシア・スケルディング侯爵令嬢の侍女だった。じゃあ依頼してきたのはアレクシアでしょ?」

「え? 侍女が吐いたんですか?」

「ヒューくん、話はしっかり聞こうよ。鑑定を持っているって言っただろ? こちらの高梨さんの鑑定はすごいんだよ」

「そうなの。おふたりが以前は王太子に依頼されて警護していたのもわかるの。最初の聖女の警護もしていたのよね?」


 なんだって?


「……全部わかっているんですね」


 諦めたようにカイは笑い、髪をくしゃくしゃにかきあげた。

 

「無理だってわかっていたんです。でも、やらないわけにはいかなかった。駄目だと、わかっていたのに」

「カイさん、諦めないでくださいよ。この聖女様たちなら、もしかしたら」

「ヒュー、俺たちはこの方たちを襲撃したんだぞ」

「わかってます。でもでも、もうこうするしかないんです! お願いです。妹を助けてください。カイさんも甥っ子を人質に取られているんです。彼なんてまだ十二歳なんですよ!」


 彼の言葉で部屋の雰囲気が変わった。

 ざわざわと騎士たちが小声でやり取りする声で部屋が騒がしい。


「静かにしろ。話を聞かせてくれないか。われらは王女様付きの近衛騎士だ。悪いようにはしない」

「カイさん」

「……」


 デュランとヒューに説得されても、カイのほうはまだ迷っているようだ。


「あなたが死んでも黙っていても、たとえ襲撃が成功していても、その子が無事でいられる保証なんてある?」


 おいおい。未成年にそんな物騒な目を向けるなよ。

 震えがくるほど怖かったけど、無理やり口端をあげて笑って見せた。


「子供たちが最も無事でいられる確率が高いのは、ここにいる人たちを味方につけることだとは思わない?」

「…………」


 だからさ、なんでそんな不気味なものを見る顔をするんだよ。

 こんなプリティーな少女に失礼だろ。


「高梨さんは病気が治せるんだ。だから、多少のお願い事は王女様も聞いてくれると思うんだ」

「病気が治せる……」

「本当に?!」


 ヒューは床に手をついてがばっと身を起こし、狂おしいほどの期待を込めて高梨さんに聞き、彼女が頷くのを見て、深い深いため息をついた。


「ありがてえ」

「感謝するのはまだ早いよ。誰が病気なのかは知らないけど、ちゃんと全部話してくれないと協力は出来ない。アレクシアが依頼したんだね?」


 ふたりは同時に無言で頷いた。

 王太子が行方不明になったのも、その女のせいだろう。

 待て。生きているんだろうな。

 女に殺されてないだろうな。


「未成年の子が人質っていうのは……学園の寮にいるのかな?」


 ストークスが彼らの背後にしゃがみ、ポンと肩をたたいた。

 同情していますよって顔が胡散臭いのに、俺に向けるよりずっと安心した顔をその男に向けるのはどうよ。

 拗ねるよ?


「そう……です。妹が病気で、旦那のほうは七十も年上だったんで二年前に死んじまって」


 七十の年の差カップルって、カルチャーショックなんて甘いもんじゃないぞ。

 今日はいろいろと頭を使ったせいもあって、思考を放棄したくなる。


「学園の寮に入れるしかなかったんです」

「うちもカイさんのところと似たようなものです。両親とも死んじまって、俺が稼がないといけなくて、妹を寮に預けたんです」

「ストークス、その学園の寮っていうのは、子供の面倒を見る施設?」

「はい。平民の貧しい家の子供や家族が傍にいられない子供を預かり、教育を受けさせ生活させる施設です。成人するまでは誰であろうとそこで受け入れ、食事と寝床と学ぶ機会を与えられます」


 おお、それはすごい。

 この国の識字率はほぼ百パーセントだってことだろう?

 

「そこまで子供を大事にしているのなら、その子供を人質にするってまずいんじゃないのか?」

「まずいなんてものじゃありませんよ。学園から子供を引き取って隔離しているんですか?」

「まだ学園にいるとは思うのですが、俺たちは会わせてはもらえなくなっていて、授業も受けられない状況に置かれているようです」

「なんでそんな無茶を」

「私たちは最初の聖女の護衛だったので、アレクシア様の秘密を知っているんです」


 ようやくすべて話す気になったのか、なぜかカイは俺のほうを見ながら話し始めた。


「聖女様はとても可愛らしい方で、まだ二十二歳でした。突然この世界に連れてこられて、元の世界に大事な人がいるとかで気の毒なくらいに沈んでいらして、王太子はどう接していいかわからなくて王女様と一緒に毎日のようにお会いになっていました。それがアレクシア様は許せなかったのです」


 許せないって言ってもさ、召喚したの国王だし。

 聖女だって、来たくてここに来たわけじゃないだろ。


「アレクシア様の息のかかった講師を揃えたせいで授業が進まず、聖女はレベルがあげられなくて役立たずだと責められました。それに、普段は我々が護衛をしていたので手が出せなかったので、お茶会に誘って嫌がらせをしたんです。御令嬢方の集まりに男の我々は近づけず、聖女はいつも小さな四角い魔道具を見て泣いていました」

「四角い魔道具?」

「あ、これじゃない? スマホ」

「ああ、そうです。それによく似ていました」


 高梨さんが取り出したスマホを見て、カイは何度も頷いた。

 充電が切れたら終わりだから、家族の写真を待ち受けにして見ていたのかもな。

 

「でもそれを、アレクシア様は取り上げて壊してしまわれたんです」

「なんですって」


 メリッ!


「え……」

「あ……」


 高梨さん! 今、拳でマットレスをぶん殴っただろ。

 レベルが高くて馬鹿力になっているのを忘れないでくれよ

 たぶん、骨組みがどこか折れたぞ。


「だって、二度と会えないかもしれない家族の写真が見られなくなったのよ? 向こうに大事な人がいたってことは恋人がいたのかもしれないじゃない」

「心が折れただろうな」

「聖女様は、それからは部屋に引きこもってしまって、誰にも会わず何も食べず、気付いた時にはもう置き手紙を置いて消えてしまっていました」

「その手紙に魔族のことが書いてあったのか?」

「はい。もうこの世界の人間はこわくて信じられないので、魔族の国に行くと書いてありました。王太子殿下はそれでアレクシア様を厭い、婚約を解消したんです。でも彼女は解消を認めず、王太子殿下が行方不明になった後も婚約者のための予算を勝手に使っていたんです」


 とんでもねえ女だな。

 犯罪者じゃないか。


「それを知っている俺たちが邪魔だったんだと思います。だからカイさんと俺に襲撃を命じて、失敗したら自害しろって」


 聖女の護衛だったカイとヒューを、最初から使い捨てにする気だったのか。

 俺たちが今までの聖女たちのように、レベル1でスキルを使えなかったら、あっさり殺されていたかもしれない。

 その罪を彼らになすり付ける気だったんだな。


「デュラン、ストークス、どうすんだこれ」

「明朝王女様に報告いたします。ふたりは、ひとまずは投獄するしかありませんが、事情を話せば子供たちの保護をしてもらえるでしょう」

「俺たちが捕まるのは当然だ。でも子供たちを助けてください」

「お願いします」


 カイとヒューは床に額がぶつかるくらいに頭を下げた。

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男だけど聖女として異世界召喚されたので、相棒の気功師のために戦います 風間レイ @rei_kazama

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