訳ありの襲撃者   1

 食事を終えて夜になり、俺と高梨さんはデュランに作戦を聞いたのちに、ベッドにあがり結界を張った。

 普段なら警護は控室と廊下にいるらしいのだが、今夜は襲撃の危険があり、おそらく窓から侵入してくるだろうということで、寝室の物陰にデュランとストークスが隠れている。

 俺達と接する機会が多かった彼らなら、少しは気を遣わずに寝られるだろうという配慮らしい。


「いや、寝られないだろ」

「うん。無理」


 部屋に今日会ったばかりの男がふたりも、いや俺を入れたら三人もいるんだぞ。

 高梨さんにとっては、まったく気の休まらない状態だろう。

 気にしないで寝てくれと言われたからって、簡単に寝られたらびっくりだ。


「天幕付きベッドなので、天幕を下ろせば外のことはあまり気にならないのでは?」

「デュランならな。私はむしろ外で何が起こっているのか見えないほうがこわい。高梨さんは?」

「……どっちもこわい。でも結界があるので私たちは大丈夫。皆さんのほうが心配です」

「いやあ、タカナシさんはやさしいなあ」


 ストークスがちらっと俺のほうを見ながら言った。


「え? 王女様を守る近衛騎士なんだから、暗殺者の相手なんて慣れているんだよね」

「うちはそんな治安の悪い国じゃありませんよ」


 だよな。

 こいつら呑気だもんな。


「怪我をしたらすぐに治すから大丈夫。死のうとしても死なせないから」

「普通なら安心するところかもしれないけど、この聖女なぜかこわいんだけど」

「ストークス、失礼だぞ」

「はいはい」


 ストークスのやつ、俺と高梨さんで態度がだいぶ違うのはなんでだ?

 無意識に男女の差を嗅ぎ分けてないだろうな。

 俺の言葉遣いのせいか?


 何があるかわからないので部屋の外に避難することも考慮して、俺も高梨さんも寝巻には着替えずにレギンスもどきを穿いたままでベッドに上った。

 マットレスが分厚いせいで寝る面が太腿くらいの位置にあるので、よじ登るという感覚だ

 もちろん台が用意されているんだが、それでもまだ身長が低い俺達には高すぎる。


「こんな大きなベッドは初めて見た」


 キングサイズよりも大きなベッドに高梨さんがちょこんと座っていると、余計に小さく見える。

 かわいいけどな。

 心細そうでたよりなげで、心配になってしまう。


「せめて布団が二枚あればいいのに。取り合いにならないか?」

「そんなに寝相が悪いの?」


 もちろんそんなのは俺の勝手な思い込みで、高梨さんは普通に笑って聞いてきた。

 この会話をしている間もデュランとストークスは物陰に控えているんだよ。

 だから日本語を話さないように配慮している。

 自分のわからない言葉でやり取りされるのは、あまりいい気持じゃないだろうからね。

 ただ、こんな会話を聞かされても、しょうもないと言われそうだな。


「寝るのにこんなに勇気がいるとは」


 できれば座って待機していたい。

 襲撃者が来た時に寝ている状態から起き上がるのと、座っているのとでは動き出すまでの速さが違う。


「結界があるから平気よ」


 わかっているんだ。

 でも見えない結界は、そこにあるという確信が持てなくて不安なんだ。

 高梨さんに怪我がないように、一番近くにいる俺が守りたいから。


 とはいっても、高梨さんが横になって布団をかぶっているのに、俺だけが起きていると気を使わせてしまうだろう。

 襲撃者が来るという確証はなく、このまま平和に朝を迎えるかもしれないんだ。

 明日もまた濃い一日が待っているのに、寝不足はやばいよな。 

 そうじゃなくても、落ち込んで謝りに来たロドニーと話をしたり、いざというときに動きやすい服を選んだり、襲撃を受けた際の説明を聞いたりしていたせいで、もうかなり夜遅い時間だ。


 部屋の照明は消したので、中庭のほうが明るい。

 警備兵が巡回し、外灯がしっかり灯されている中庭を通らないとこの部屋のベランダにはあがれない。

 それ以前にここは王族の住居用の建物なので、手引きしてくれる仲間がいないと近づくことも不可能なのだそうだ。


「宮村さん、寝ました?」

「……」

「宮村さん」

「寝てないよ」

「よかった。全然眠れません」


 そりゃそうだ。

 襲撃者が来るかもしれないと思っているせいか、部屋の空気が張り詰めている気がする。

 今は気配を殺していないデュランとストークスが身じろぐ音もするんだ、寝られないさ。


「死んでるかどうか確認しに来るんだろ? だったら枕でふくらみを作って……」


 上体を起こして高梨さんのほうを向こうとして、家具の陰から顔を出したディランと目が合った。

 口に手を当てて静かにするように指示してから、窓のほうを指さしている。

 おおお、スパイ映画みたいだ。

 緊張感が一気に増すと同時に、テンションも上がってしまった自分が嫌だ。

 映画と現実は違うのに、痛い目に合わないと駄目なタイプだとは思ってなかった。


 俺が素早く布団に潜り込んだので高梨さんも何かあると察したのか、黙って息を潜めている。

 落ち着け、自分。

 余計なことをして邪魔をしないように、怪我人が出たときは早く対処できるように。

 ヤモリが窓に張り付いているときのように布団の中でうつぶせになり、右手で布団を掴み、左手はシーツについてすぐに起き上がれるように――こんな経験ないから実際は出来るかどうかは別にして――自分なりに万全の準備で息を潜める。

 背後にいる高梨さんがもぞりと動き、少しだけ俺に身を寄せた。


 すぐに窓の外に影がふたつ。

 中腰で壁にへばりついて、中の様子を窺っているようだ。


 やがて少しだけ背が低いほうの男が腕を伸ばし、窓をそーっと開け始めた。

 鍵をかけていないのはわざとだ。

 侍女が手引きをすることになっていたのなら、鍵は開けておくはずだからな。


 人がひとり通れるだけ窓が開くと、背が高いほうの男が先に室内に足を踏み入れ、もうひとりもすぐにそれに続いた。

 もっと気配を探ろうよ。

 ほら、カーテンの陰に隠れていたストークスがもう、いつでも飛び掛かれる体制になっているよ。

 すぐ横を通ったのに気付かないのは、ストークスが優秀なのかきみたちが間抜けなのか、悩むまでもない気がするぞ。


 天幕は開けっぱなしなので、彼らには人が寝ている蒲団のふくらみは見えているはずだ。

 暗い室内では、俺が生きているかどうか確認できないだろう。

 背の低いほうが、もう一歩足を踏み出そうとした時、背の高いほうの男がさっと左手を水平に伸ばして動きを止めさせ、右手を腰の剣に伸ばした。


 一瞬で男の気配が変わった。

 この男、実はやばいやつかもしれない。


 ストークスとデュランの気配も変わり、室内が緊迫した雰囲気に包まれた。

 静寂が耳に痛い。

 喉が渇いて、咳ばらいをしたくなってくる。


 あー、もうだめだ。

 俺はこういうの苦手。

 どうせ彼らは互いの動きに神経を張り詰めさせていて、ベッドの上の俺達のことなんか気にしちゃいない。

 だったら驚かせてやれと、一触即発の彼らの注意をわざと引くように、枕元の明かりを灯しながら身を起こした。


「…………」

「…………」


 悪意を向けられたことはある。

 敵意だってある。

 でもここまで生々しい殺意を向けられたのは初めてだ。


 ただそれは一瞬のこと。

 三十代半ばの物騒な目つきの男は、目を大きく見開いて俺を凝視し、


「子供……だと」


 力ない声で呟いて、体中の力を抜いた。

 腕をだらんとたらし肩を落とした姿は、さっきまでとはまるで別人のようで、無精髭を生やした細い冴えない容貌は、本来の日本での俺の容姿と少し似ていた。


「カイ?」

「無理だ。子供は殺せねえ」

「は? うわ、マジで子供だ」

「こんばんは」


 声を掛けたら、背が低い若いほうの男がびくっと肩を揺らした。

 俺のことを子供と言うけど、彼だってまだ若い。ロドニーと同じくらいの年かな。

 茶髪のサラサラストレートヘアで、青い瞳の優しげな顔付きの男だ。


「どうする? 戦う? それとも剣を捨てる?」


 結界があるおかげで気が大きくなっている自分がいる。

 立てた膝に顎を乗せてにっと笑って見せたら、男たちはずるずると後ずさった。


「それで今後の対応が変わるよ?」

「どうする? 逃げ……」


 慌てふためいて窓のほうを振り返った男は、物陰から剣を構えて姿を現したストークスに気付いて硬直した。

 デュランも、隣の部屋に控えていた者たちも、窓や扉から続々とはいってくる。


「あの女、だましやがったな」


 やっぱり未成年を大事にするんだなあ。

 抗いもせずに剣を捨てたぞ。

 未成年の聖女を襲撃したんだ。処刑されるかもしれないんじゃないか?


「子供は……駄目だ。いくら甥っ子のためでも……」

「だ……よな。くそ、結局こうなるのかよ」


 鑑定してみたところ、ふたりの職業は傭兵・何でも屋と記されていた。

 この世界に冒険者という職業がないんだとしたら、なんでも屋が一番近い職業かもしれない。

 魔獣がいてダンジョンがないと冒険者は成り立たないもんな。

 年上のほうのレベルが四十二?!

 四十代はまだ、あの魔導士と鑑定士しかいなかったのに?

 

 あの一瞬、背中の毛が逆立ったのは間違いじゃなかった。

 あのまま戦いになっていたら、怪我人はひとりじゃふたりじゃすまなかったかもしれない。

 ……いや待てよ。

 だったら窓を開けた時点で、室内に潜んでいる人間がいることに気付かないか?


「おまえたち暗殺者じゃないな。そこは俺を人質にしようとするとか、せめて任務を全うするために武器を投げつけるとかしないか?」

「余計なことを言うな。拘束しろ」


 真顔で話しかけたストークスを睨みつけ、デュランは隣の部屋から飛び込んできた騎士たちに指示を出した。


「家族に迷惑はかけられない」

「くそ。すまん、リリ」


 ふたりは顔を見合わせて頷き合った。


「こわがらせてすまな……うぐっ」

「ぐはっ」


 突然、年上のほうの賊は苦しげに首を抑えてどさりとその場に膝をつき、若いほうは首に爪を立ててかきむしりながら仰向けに倒れ込んだ。

 分厚いカーペットが敷かれているのに、頭が床にぶつかるゴンという音が響いたから、かなり勢いよく倒れこんだようだ。


「くそ、毒を飲んだ」

「馬鹿野郎!」


 聖女の前で自殺って、喧嘩売ってるんかーい!


「浄化、回復」


 床に頭を打った音が痛そうだったので、回復もおまけにつけてあげよう。

 ふたりに魔法をかけると、青みがかった光と淡い緑色の光がふたりの体を包み、スキャンするときのように頭上から足元に光の輪が移動した。

 かっこいい。

 ちょっと近未来っぽいエフェクトが俺好みだ。


「「…………」」


 喉をかきむしって苦しんでいたふたりは、急に楽になって、しかも体力まで回復してしまって、侵入してきた時より元気な状態で床に倒れこんだまま固まっている。

 服毒したと知って血相を変えていた近衛騎士たちも、さっきまでの深刻な表情から一気に気持ちが冷めたようで、素に戻った顔で動きを止めて俺を見た。


「え? ダメだった?」


 そんな冷めた表情で注目されるようなことをしたか?

 むしろ感謝してくれよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る