百九十話 笠司、白露(九)

 コインランドリーで乾燥が終わるのを待っていたらⅩのDMが届いた。月波さんから。立て続けに画像が三枚。もんじゃ焼き、恩賜公園入口、科博の行列。

 なるほど。上野コースを選んだのね。

 僕の案を実際に採用してくれたってのはなかなかに満足感がある。ぶっちゃけ、うれしい。

 画像を見ながらひとりほくそ笑んでいたら、スマホが震えた。DMの続き、ではないようだ。ホーム画面に戻ってみると、LINEのアイコンにバッジが付いていた。龍児おとうとからだった。



********************************************

リマインドだよ。

蟹パは明日。うちの部屋に十七時集合でよろしく。

白ワインはあるけど、他に飲みたいものがあったら持ってきて。

********************************************



 忘れてた。そういえばあいつ、週末に蟹パやるって言ってたっけ。ひとまず、サムアップのスタンプを返しておく。


          *


 窓を開け放した部屋で一週間分の洗濯物を畳んでいると、SNSの着信音が鳴った。洗い立てで少し固いデニムを横に置き、ベッドの上のスマホに手を伸ばす。月波さんからのDMだった。



月波@tsukiandnami


こんにちは!

アキバめぐりを終えた月波です。

蔵六さんから薦められた上野コース、すっごくよかった。秋葉原までの道中もぜんぜん飽きるところが無くて、めっちゃ充実した時間を過ごせました。アメ女の正面ビューもアガったし!

残念ながら科博(覚えた!)はあまりの行列の長さに断念したけど、次回の上京では朝イチから押さえようって決めました。


ところで提案なんですが、蔵六さん、このあとちょっとボクとお茶したりできませんか?

今回のもそうですが、これまでも小説やマンガを紹介したり話に乗ったりしてくれてたから、そのお礼も兼ねて。

もちろん場所や時間のご都合がよければ、の話ですけど。

―――――午後4:40 · 2023年9月9日



 なんと! 月波さんご本人からのオフ会の誘いとは!

 前から一度お会いしてみたいと思ってたひとだし、これはもう乗っからないと嘘のヤツでしょ。いまからすぐに準備して……五時前には家を出れる。

 とにかくまずは返信を。



笠地蔵六@kasajizorock


お伺いします!

月波さんとはお会いしてみたいって前から思ってました。

ゲートシティ大崎のスターバックスでいかがでしょうか。駅から降りてデッキを渡ればすぐのところにあります。

五時半には着いてますので、それを目途に。

―――――午後4:46 · 2023年9月9日



 そうだ。なにか目印を用意しなきゃ。何かないか。 

 視界の端に、ディパックの上に乗った新品のフェイスタオルが映った。昨日の余りでもらったはしくらのノベルティ。



笠地蔵六@kasajizorock


目印に、テーブルの上に白いタオルを置いときます。

―――――午後4:47 · 2023年9月9日



 ほどなく返信が届いた。



月波@tsukiandnami


了解です。

これから向かいます。

―――――午後4:49 · 2023年9月9日



 歯を磨きつつ、横目で月波さんの快諾を確認する。無精ひげも剃っとかないと。

 着るものが思いつかなかったので、先日の設営の日に着ていったコーデを流用することにした。幸いにも、さっき洗って乾いたばかりだ。アイロンはもう間に合わないけど、それはまあいいとしよう。

 まだ新しいバッシューを履いて、僕は部屋を出た。時間は五時ちょうど。余裕だ。


          *


 JR大崎駅を窓外に臨むこのスターバックスに来たのは二回目だ。各務暁かがみあきらと対峙した五月のあの夜以来。なんの偶然か、座っているのもあのときの席。そこしか空いてなかったから。でも座り位置は逆だ。あの日の各務の椅子に、今は僕が座っている。あいつの目からは世界はこんな風に見えていたのか。

 雑念を振り払ってスマホを見る。時刻は17:14。月波さんらしいひとはまだ来ていない。足元のかごに入れたディパックからタオルを取り出し、コーヒーの横にそっと置いた。

 胸がドキドキする。ツイートとDMでのやりとりしかない、でもシンパシーは大いに感じる女のひと。いったいなにを話せばいいのだろう。

 スマホを開き、ツイートとDMの過去ログを辿った。

 東京時間つぶしツアーをめぐっての今日のやりとり、おわら風の盆の生中継をそれぞれが同時に見ての感想、お薦めした『ぼくらのよあけ』を彼女が読み終えたあとの往還、お互いの小説を褒め合っての読みあい、匿名掌編コンテストがきっかけで繋がった最初の自己紹介。そういえば、はじめは中の人おっさんのなりすまし女子かもって疑ったりもしてたんだっけ。

 片方空いた二人掛けの席で、僕はひとり笑いをする。

 月波さんって、いったいどんな感じのひとなんだろう。年上っていうのはそうなんだろうけど、いくつぐらい上なのかは教えてくれなかった。アラサー? まさかのアラフォーだったりして。いやまぁ、それでも別にいいっちゃいいけどね。

 不意に波照間さんの顔が浮かんだ。

 月波さんがあんな感じのひとだったら、すごくいいんだけど。そういえば波照間さん、無事に福岡帰れただろうか。お金は親戚に借りるから大丈夫って言ってたけど。


 知らぬ間に五時半は回っていた。中腰になって周りを見回すが、それらしいひとは見当たらない。


 まあ、少し迷ったりでもしてるんだろう。どっちにしろ僕には時間がある。ゆっくり気長に待てばいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る