百八十九話 瑞稀、白露(八)

 朝八時、伯母の家の客間で目を覚ました私が食卓に出ていったら、親戚家族の五人が一斉にこちらを振り向きました。


「お、はようございます」


 いきなりの注目に緊張して、朝の挨拶も口ごもってしまいます。ていうか、みんな早くないですか? 土曜日の朝ですよ。祖母や伯父伯母は別にしても、中学生のちえちゃんや、昨日遅くまで夜更かししてたさとしくんまで起きてきてるなんて、鈴木家のひとたち、ちょっと健康家族過ぎません?


「聞いたわよ、瑞稀ちゃん」


 私の分のベーコンエッグを用意しながら伯母が話しかけてきました。


昨夜ゆうべは遅くに、男のひとに送ってもらってたって」


 !!

 誰がそんな要らない情報ことを?!


「お兄ちゃんが窓から見てたんだって。みーねえのタクシーかって思ったら、若い男がわざわざ車降りて玄関まで送ってたって。雨降ってたのに」


 そう返すのは、にやにや笑いのちえちゃん。


「島であたしが言ってたことをさっそく実践に移すなんて。やるわね瑞稀」

「瑞稀ちゃんもいい頃だからねえ」


 お祖母ちゃん、伯父さんまで。

 発信源の聡くんは、ひとり黙々とトーストを食べてます。睨んでる私には目も合わせずに。

 とにかく、謂れなき延焼を防ぐためにもここはちゃんと弁明しておかないと。


「あのひとはお仕事で一緒だっただけ。福岡に送る荷物の中に間違えて自分のお財布詰めちゃって、にっちもさっちもいかなくなってた私を見かねて送ってくれただけだから」


 間髪入れず、伯母が詰めてきます。


「電話のときにはそんなことひと言も言ってなかったじゃない。あれ、空港からでしょ。一緒だったの? それともまさか、迎えに来てもらったの? そのひとに。わざわざ羽田まで」


「いや、それは・・・・・・羽田まで」


 私は力無くうつむくしかありません。


 それはもうラブでしょ、と囃し立てる中学生のちえちゃん。そういうの大好物だもんね、あなたの年頃は。


「さ、瑞稀ちゃんも、片付かないから早く食べちゃって」


 まとめてきた伯母のうながしに、諦めて席に着きます。もう、私の手には負えない。


          *


 昼前に鈴木家を辞した私は、ひとまず小田急線に乗って新宿に向かいました。特に目的もなく、とりあえず中心部に向かうという感じ。スーツケースは先に福岡に戻ってるから、手持ちは肩掛けバッグひとつだけで結構身軽。どこへでも行けそうって格好だけど、先立つものはあまり多くありません。伯父の立て替えで航空券は確保できたのですが、今乗っている電車代も含めてお金はすべて借りもの。なので、なんというか落ち着かないのです。

 車窓の曇り空を見上げながら考えます。いまが正午で羽田発は午後八時。このあと八時間、この東京のどこでどう過ごしたらいいのでしょう。

 栄さんには丸一日東京を満喫してくるって息巻いた私ですが、正直言って手に余ってます。まったくなんにも思いつきません。車内の広告は、マンションの分譲だったり百貨店のセール告知だったりで参考になりません。あまりきょろきょろしてると不審人物に間違えられそうなので、周りに倣って私もスマートフォンを取り出しました。

 LINEを開き、昨夜届いた栄さんからの写真付きの到着報告を見直します。


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 落ちんやったばい

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 わざわざ方言で書いたひとことと空港線のサインが映り込んだ背景に並ぶ変顔のふたりの画像を見てると、自然と笑みが浮かんできます。

 うん。私、やりきった。


 ホーム画面に戻って、「Ⅹ」だけの不愛想なボタンを叩くとタイムラインが流れます。一番上と二番目には、ピクトグラムみたいな見慣れたアイコンが連投で。蔵六さんです。下は連載の続きで、最新の方は近況ツイート。



笠地蔵六@kasajizorock


今朝はしっかり10時前まで寝た。

ヤマだった先週の仕事も(余録も含めて)終わり、今日明日は完全休養。

といって、することはないけど。

急に涼しくなって、エアコンのない部屋には助かる。とりあえず、溜まってた録画でも見て過ごすかな。

―――――午前10:31 · 2023年9月9日



 蔵六さんも昨日まで忙しかったんだ。いずこも変わらず、か。溜まってた録画を見て過ごすのとか、いいなあ。

 私は家のレコーダーに録画されてるはずの『あまちゃん』の続きを思い出します。


 電車が下北沢を過ぎたところでひらめきました。

 蔵六さんに、東京の時間つぶしスポットを教えてもらおう。夕方までの間をひとりでも楽しめて、なおかつお金のかからない。そんな夢のような提案を。

 って、むちゃぶり過ぎかな。



 人の流れに乗せられてエスカレーターを二回のぼり、新宿駅の南口改札を抜けたところで、握っていたスマートフォンが震えました。蔵六さんからのDMです。



笠地蔵六@kasajizorock


トーキョーメガロポリスにようこそ。

よくぞ、この東京マスターに聞いてくれました。

なぁんて言って、僕も春まで東北でしたから、ホントのところ都内のことはよくわかっていません。でも期待に沿えないなりに、なんとかがんばって提案したいと思います。


(1)代官山~中目黒

 観光スポットとはちょっと違う、都内に住む人の遊び場。

 お薦めは「蔦屋書店」 あのTSUTAYAの本店で、代官山の丘の上にあります。低層で面積の広い書店で、あまり普通の本屋では見かけない書籍が多く並んでいます。立ち読み用の椅子(?)もたくさんあり、買った本をゆっくりと読めるカフェ(スタバ)やサロンみたいなところもあったり。本好きであれば、二時間くらいは楽しめそう。


(2)上野~御徒町~秋葉原

 上野公園はミュージアムがいっぱいで、どれも二~三時間はつぶせます。中でも僕が好きなのは国立科学博物館。通称「科博」です。常設展だけでもおなか一杯になれますよ。

 上野からJRの線路に沿って南に歩くと、国内有数の商店街「アメ横」があります。あの「あまちゃん」東京篇の舞台になったアメ女の劇場もありますよ。

 さらに南に歩くと、昔は電気街、いまは完全にオタクの街と化した秋葉原。これらをひと巡りしたら、きっと夕方になってます。

 ランチがまだなら、上野のもんじゃは試されてもいいかも。


(3)お台場

 定番の若者向けスポットですね。実はまともに行ったことはないんですけど(笑)

 まあいろいろ探検できそうなところはあるようです。ゆりかもめの先頭に乗るだけでも価値がある、んだそうです。


(番外)皇居

 一周5キロの周回コース。お堀の周りをぐるっと回るアレです。僕も一度は走ってみたいと思っています。散歩コースとしてもいいらしく、日比谷公園をはじめ周囲に大きな公園がいくつかあります。一時間半~二時間といったところでしょうか。

 そのあとは新橋の安いお店で軽くひとり飲みする、なんてのも。


またなにか思いついたらDMします。

トーキョートリップをゆるりとお楽しみください。

―――――午後12:32 · 2023年9月9日



 長文キター! これ、十分そこそこで書いてくれたの? すごっ!

 蔵六さん、謙遜されてますけど、これって完全にマスター級じゃないですか。超感謝ですよ。とにかくお礼っと。

 お台場は昨日までいたから外すとして、蔦屋書店も皇居の周りもそそられるけど、今の気分ならやっぱり二番の上野かも。さっきあまちゃんを思いだしたところだし。

 上野だと、JRでいいのかな。経路を調べて電車に乗ったら、もんじゃのお店を調べてみましょ。

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