二百九話 瑞稀、寒露(三)

笠地蔵六@kasajizorock


月波さんとのリレー小説『うれしぐすくぬー』も第二節に突入したけど、月波さん、月曜朝から新キャラをぶっ込んできたよ!

さて、どう返すかを夕方までに練らないと。

―――――午前8:09 · 2023年10月9日



 蔵六さんのポストを見て、地下鉄の車内で含み笑いしてます。

 こんなこと言ってますけど蔵六さん、ホントはちゃんと予想してるんですよ。だって一週間ごとにこなさなきゃいけないチェック項目は、共有してるんですから。

 主に私が動かすマドカちゃんにはユタのニジリさん、蔵六さん担当の団くんにはノロのミギリさんが知恵袋としてくっついてくるってとこまでは、ふたりでつくったプロットに入ってます。だってそれくらいは決めとかないと、お話がしっちゃかめっちゃかになっちゃうじゃないですか。

 でもどの場面で登場させるとかどんな性格にするとか、さらにはどんなお芝居をさせるかとかは各々自由。自分のやりたいイメージはあるけれど、相手のターンで投げられたボールとかはちゃんと拾いに行かなくちゃいけない。

 実際にやってみるとわかるんですが、リレー小説ってスパンの長いコミュニケーションそのもの。そう。例えば野球の試合みたい。一回ごとに交代する相手の攻撃をしのぎ、こちらも同じように手管をこらして攻め立てる。ただ野球と違うのは、勝つことが目的ではなくて、いい試合を最後まで続けてきれいに終わらせるのが目標だってこと。

 ああそうですね、野球よりもテニスや卓球のラリーに近いかもしれません。


 一週間やってみて、蔵六さんとの間合いがなんとなくわかるようになりました。間違いなく言えるのは、蔵六さんのパスが私を打ち負かすことを目指すのではなく、拾えるぎりぎりのところを狙って出そうとしているってこと。その考えは、私ともほぼ同じです。相手の限界を絞り出して試合を盛り上げよう、観ているお客さんをもっと楽しませよう。そんな感じ。


 私の目、狂いはなかった、よね。


          *


 東京行きのスケジュールがおおむね決まったので、早々に飛行機と宿を抑えちゃいます。今回は二日目の社内大会もあるので狛江の伯母宅はやめといて、東京本社に近い水道橋か飯田橋辺りで……って、めっちゃ高価たかいじゃないですか。どこも軒並み二万円以上。うちの平社員の宿泊手当、上限が八千円なんですけど。水道橋駅ちかに一軒だけあった五千五百円のとこもウェブサイト見に行ったらカプセルホテルだったし。

 これはもう、灰田さんに相談するしかないですね。

 とは言うものの、当の灰田さんはさっき外出したばかり。総務の三木原部長と打ち合わせって書いてあるから、たぶんいつもの蕎麦屋さんでしょう。社内の広告枠を融通してもらうのに、部長に根回しお願いしてるのかも。



「素人だなぁ瑞稀っちは。そういうのはね、航空券と宿泊をセットにして探すの。そうすればトータルで三万くらいのなんてすぅぐ見つかるから。いつだっけ。十月三十一出発で一泊だよね」


 食べかけだったお弁当の箸を置いてスマホを触りはじめた涌井さんは、一分と待たずに画面を突き出してきました。


「ほら」


「え、二万八千円?! 宿泊込みで? これって片道とかじゃないんですか」


「ちゃんと読んで。福岡発三十一日七時五分、羽田発一日ついたち十九時半って書いてあるでしょ」


 たしかに書いてあります。宿泊も新宿のホテル。これ、なんていう魔法? 私が午前中調べたのでは全部で六万円以上してたっていうのに。


「それ、私のメールに送ってください!」


「こんなの送っても意味ないよ。それよかあとで探し方教えたげるから、自分でやって。その方が今後も役立つでしょ」


「すごい! すごいよ、涌井先生っ!」


 尊敬のまなざしで見つめる私の真向かいで、涌井さんは満足げに胸を張ります。


「もっと褒めていいよ。総務はね、こうやって社員の無駄遣いを抑えることで会社に貢献してるんだから」


 横で水晶ちゃんもうんうんと頷いてる。ふと思って隣に目を向けると、天童さんも当然ですって顔をしてました。総務部女子、やはり侮れない。


 認識を新たにした私が自作弁当の焼き鮭とごはんを口に運んでいたら、斜はす向かいから水晶ちゃんが突っ込んできました。


「瑞稀先輩、やっぱ逢いに行っちゃったりするんですよね。例の彼氏に」


 思わずごはんを噴き出しそうになる。

 なんでまた、これっぽっちの火の気すらないところにわざわざ煙を立てようとするか?

 私の口にものが入ってるのをいいことに、彼女は滔々としゃべり続けます。見ると食べていたサンドイッチはもう無くなり、水晶ちゃんの前には保冷ボトルとミニバッグしかありません。口惜しいことに、敵の布陣はカンペキです。


「いいなあ。東京の彼と公費を使って遠距離デート。しかも一泊つき! ときは折しもハロウィンの夜。燃え上がっちゃいますよねぇ。普段逢えないもどかしい君が、今は目の前にいる。ふたりはさながら、織り姫と彦星のように・・・・・・」


「いいかげんにしなさい!! 人聞きの悪い。だいたい最初の前提が間違ってます。私には彼氏とかいません! 会場の装飾パネルでいっしょに映っていたひとは皆川さんっていって、今回ブース制作をしてくれたエムディスプレイさんの担当者の方。ただそれだけ! 手頃な年格好って理由で選ばれただけだから、並んで映ってる以上のことはなぁんにもありません!」


 焼き鮭とごはんをろくに噛まずに飲み込んだ私は、一気に弁明します。ここで断ち切っておかないと、どんなふうに延焼させられちゃうかの不安しか残りませんから、とどめのひと言も追加して。


「もちろんですが、東京に行っても皆川さんと会うことなんてあり得ません!」


 しゅんと縮こまる水野さんを睨みつけつつも、胸には鈍い痛みが刺さりました。

 ホントはいろいろあったじゃないですか。並んで映ってる以上のことが。

 十日近くも時間を掛けてふたりでマンションに住む若夫婦のペルソナをつくりあげ、夏の羽田で偶然出会い、灰田さんに代わりになって私の仕事を手伝ってくれて、私の悩みを聞いてくれて、財布を無くした私のために羽田まで迎えに来て、そのまま狛江まで送ってくれて、帰りの品川でもう一度偶然逢って、そのまま空港で見送ってもらった。並んで写真に映った、なんてごくごく一部の話に過ぎない。

 正真正銘ふたりで並んで撮った展望室での一枚が、頭のスクリーンを横切りました。


 それなのに私いま、絶対逢わないって言い切っちゃった。

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