二百七話 瑞稀、寒露(二)

 最初にメールをくださった編集担当の東雲しののめさんによる取材依頼の理由はこんな感じでした。


・展示商品が目新しかった

・展示の演出(マンションの一室)が商品とマッチしていた

・展示会場(マンションの一室)のリアリティが秀逸だった

・配布物(限定冊子)が展示のリアリティを付加していた

・初参加のクオリティとは思えなかった


 あとでなにか請求されちゃうんじゃないかって思うくらいのべた褒めです。ここまで褒め上げられて取材を断れるひとなんていませんよね。

 


―――――

株式会社はしくら

ブランド推進室チーフ 波照間瑞稀さま

CC:室長 灰田光陽さま


お世話になっております。BP編集部の東雲です。


さきほどは資料をお送りいただきありがとうございます。

私も最終日に会場で拝見したんですが、あのリビングルームのセットはエモかったですね。

なによりびっくりしたのは、壁に飾られてた写真のおふたりが並んでお客様に対応してたこと。もう全部地続きって感じで、すごい説得力がありました。

冊子の物語で補完してるのもナイスです。

おかげで、いただいたタオルも引き出物かと思えちゃって。


それにしてもあの企画、

さきほど灰田室長からのメールで知りましたが、商品企画の段階から一貫して波照間チーフが先頭に立って進められていたというのも驚きです。

同じ女性として、私もたいへん刺激を受けました。

オルタペストリーの新規性とともに、女性の社会進出の実例という点にもスポットを当てられたらと思ってます。


ついては今後の記事化への流れなのですが、やはりどこか早めのタイミングでインタビューができればと考えています。

波照間さん、近々に東京にお越しになる御用とかはありませんでしょうか。

こちらの日程としては、月内に来ていただければ十二月十日発売の一月号に間に合わせられるのですが。

色よいお返事をお待ちします。


十月六日


ビジネスパブリシング編集部

東雲塔子

―――――



 なんですかねこのメール。

 もうね、背中のこそばゆさが辛抱たまりません。

「商品企画の段階から一貫して」って言われても、無茶振りされた研修で、右も左もわからない新参者が苦し紛れに出した提案がたまたまツボにはまって採用されたってだけで、計画性もなにもあったもんじゃなかったし。


「代理をしてもらった皆川さんには、僕からもそのうちお礼しないといかんな。こうして怪我の功名にもなっちゃったわけだし」


 あの商談室が来場した方からそんなふうに見られてたなんて、赤面としか言いようがない。


「で、どうする瑞稀ちゃん。東京行きはいつにする?」


 灰田さんまでそんなこと言ってるし。

 いつも私がやってるリモートでのインタビューでもいいんじゃないんですか?


「そんなのダメにきまってるでしょ。瑞稀ちゃんもバックナンバー見たよね。どの記事でも担当者のインタビュー風景がセットになってたのを」


 そうなのです。過去に連載されているこのコーナーはどの回も八ページ以上割かれてて、しかもその中に企業担当者がポーズとって説明してる写真が何枚も挟み込まれているのです。それも立派な応接室とか屋外のテラスとかをロケーションにしての。


「いや、でも私、写真映り悪いし……」


「どこが!? 過去の記事に出てるおっさんたちの十倍いいよ、瑞稀ちゃんの方が」


 よりによって、比べる相手はおじさんですか。それに十倍っていうのもビミョー。


「それに、東京本社にはあんな立派な応接室とかなかったし」


「あんなのホテルの部屋借りて撮ってんだよ。僕も前職で似たようなの手配したことあるから知ってる」


「灰田さんもご一緒してもらえますか?」


「前に言ったよね。この件は一から十まで瑞稀ちゃんにまかせるって。僕は僕でやらなきゃいけないことが山積みだから、取材につきあえる時間なんて逆さに振っても出てこないよ」


 そうですよねえ。やっぱそうきますよね。

 私はパソコンの画面に月間スケジュールを呼び出して、つらつらと眺めます。来週は週末に半期報告会があるから資料づくりで手が離せないし、そのあとも社内インタビューの第二陣が五月雨で入ってる。

 行っていけないことはないけれど、モデルをお仕事にしてるんでもないし、写真撮られるだけにひとりで東京行くっていうのもなぁ。


「瑞稀ちゃん、いいのがあるよ」


 手帳をめくっていた灰田さんが笑顔を向けてきました。


「来月の一日に東京で全国販売店大会があるんだけど、そこでオルタを紹介してきてよ。で、雑誌の取材の方はその前の日に受けてくればいい。十月の三十一日。ぎりぎりだけど月内だし」


 全国販売店大会。各地にあるはしくらの販売店や特約店の代表者が集まって表彰をする半期に一度の全国大会です。私は一度も行ったことないけど、そこそこのホールを借りて実施してるうちの年次イベント。そんなとこに行って私ひとりで説明、ですか? 荷が重すぎません?



―――――

波照間瑞稀さま


さっそくのご返答ありがとうございます。

取材日程の件、了解しました。


十月三十一日(火)

時間は午後で調整します。

場所と正確な時間は後日連絡しますのでよろしくお願いします。


それとインタビュー前の準備のため、メールにてお尋ねすることもあるかと思いますので、そちらの方もご対応お願いします。


BP東雲塔子

―――――



 なんというか、あれよあれよという間に東京行きが本決まりになってしまいました。夏からこっち、三回目の東京です。二月までは家族と一緒か、そうでなきゃ修学旅行しか行ったこと無かった私は、今年は神戸から始まって、東京経由の波照間島、ビッグサイト出張と新幹線やら飛行機やら船やらが目白押し。しかも今度のは、最初から最後まで完全に一人旅。もう、びっくりです。

 一年で四回も旅行に行くなんて、去年までの私からしたら想像がつかないですよね。


 月末に東京かぁ。


 私はふと、ふたつの名前を思い出しました。


 皆川さんは元気にしてるかな。

 蔵六さんと連絡取ってみるのはどうだろう。

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