二百六話 笠司、寒露(一)

 月波さんとのリレー小説がはじまって三日経った。

 僕は主に男性主人公、大濠団おおほりだんの主観を担当しているのだが、なかなか彼のキャラクターが安定しない。真面目なのか乱暴なのか、方言をどこまで喋らせるのか、とか。

 月波さんとの取り決めで、主人公自身の一人称代名詞はヒロインの契円ちぎりまどかが「ボク」、相方の大濠団は「僕」とした。より自然な会話文がつくるためには、僕らの普段の言い方をそのまま使う方がいいのではないかという考えである。

 しかしそこで、僕はつい色気を出してしまった。大濠の会話文に北東北の方言を適用させよう、と。気負った素人がよくやる手だ。

 しかしそうすると、自分に対する呼称は「僕」よりは「オラ」の方がしっくりくるのだ。口に出してみればよくわかる。


「オラ東京さ行くだ」


 悩ましい問題だ。一人称目線で物語を進めていく場合、その際の呼称代名詞は語り手である主人公の性格や行動規範に直結する。今回のように瞬発力が求められる書き方の場合、主人公のものさしはどうやったって自分のそれを投影させた方が書きやすいに決まってる。だから粗野で乱暴な性格は、今回では考えにくい。途中で絶対無理が来るから。

 まあいっか。別に方言喋るひとすべてが乱暴者ってことは無いし。というか、杜陸もりおか時代に会ったひとたちは、おしなべて関東人よりおとなしかったし。そういうもんだって勢いで強引に押し進めちゃうとするか。


          *


「リュウジ、いるか? 俺だ。スガハラだ」


 夕方の書類整理の最中に掛かってきた電話は菅原さんからだった。半年前まで三年間お世話になっていた菱沼装美での先輩。というか、電話で話すのはもしかしたらはじめてかもしれない。電話取った相手に向かって「いるか?」ってあたり、実にあのひとらしい。


「ご無沙汰してます。てか、なんかあったんスか?」


「おう。いま俺、東京に来てんだよ。さっき打ち合わせが終わってな。東京駅まで出てこんか? 最終まではまだ時間があるから、それまでつきあえよ」


 ちらりとサンタさんを窺う。菅原さんのでかい声はサンタさんの耳にも届いていたようだ。頷き返す顔を確認し、僕は受話器に応える。


          *


 駅に直結のビヤホールで再会した菅原さんは、あたりまえだが半年前とぜんぜん変わっていなかった。相変わらずよく飲み、よくしゃべる。僕はもっぱら聞き役だ。

 今日の仕事、最近の菱沼社長、杜陸もりおかの昨今と続いた話題は、三杯目のジョッキが届いたところで本筋に入った。


「それはそうと信乃しのぶちゃん、来年結婚するよ」


「え!?」


 思わず声が出た。ジョッキを持っていなくて助かった。もし手にしていたら、確実に取り落していただろう。

 僕の動揺をにやにやしながら眺める菅原さんは、ことも無さげに続けた。


「年度アタマに入った仕事で、市内に新しくできた和菓子屋のディスプレイってのがあったのさ。そこの若旦那がさ、うちに挨拶に来たときにお茶出ししたしのぶちゃんのことを、えらく気に入ってくれたんよ。もともとは単発のはずだった装飾を、彼女に会う口実のために『毎月メンテしてくれ』って言いだしちまうくらいの入れ込みようで。でもって、しのぶちゃんのために自分とこの和菓子を毎週持ってきたりしてな」


 完全に固まってしまった僕になどおかまいなしに、菅原さんは悠々とビールを飲み枝豆を食らいまたビールを飲み、それからようやく話を再開する。


「さすがに鉄面皮のしのぶちゃんも無視しきれなくなって、夏前に一回デートした。しのぶちゃん自身のリクエストでぴょんの焼肉。そんときに自分の境遇を話したんだと。実は子持ちのシンママで、水商売してる母親と三人で暮らしてるってな。なんで俺が、まるで見てきたみたいにそんな細っけえことを知ってるかって? そりゃあれだ。俺が若旦那の相談相手だからよ」


 からからと笑う菅原さん。

 無謀な和菓子屋主人だ。よりによって一番テキトーなひとを相談相手に選ぶなんて。見て話ししてりゃすぐわかるだろうに。


「彼女としちゃ引導を渡すつもりで暴露したんだろうけど、それ聞いて若旦那、かえって盛り上がっちゃったんだな。和菓子ひとすじ二十年、女っけ無しで突っ走ってきたアラフォーがよ、はじめての自分の店を持った直後に出会った初めての恋だ。しかも彼、ガキんときに貧乏のせいで妹を亡くしてんだな、これが。そのあたりもしのぶちゃんの娘にかぶせちゃったんじゃねぇのかな。とにかく、こりゃあもう運命だって言いだして、そっからあとはもう、こどもとおばあちゃん向けの菓子持って日参よ。さしものしのぶちゃんもその勢いにはほだされちまったみたいで、娘を連れての三人で岩山の動物園行ったりするようになったのよ」


 話を聞いているうちに考えが変わってきた。

 菅原さんはたぶん態度を変えることがなかったのだろう。話を聞き、笑い飛ばし、方向づけるような助言など一切せずにテキトーな思いつきを口にしてはなんちゃってーとひっくり返して煙に巻く。そのゆるさが、ご主人の生真面目さを柔らかいものにしたのかもしれない。


「はじめはおっかなびっくりだった娘っ子も、浄土ヶ浜までドライブして海遊びするころにはしっかり懐いてたんだそうな。この話はしのぶちゃんが自分で話してくれたっけ」


 五月の終わり、雨の仙北町で一度だけ見かけたなつめちゃんの笑顔を思い出した。信乃さんははおやだけに向けていたあの笑顔を、そのひとにも見せてあげたのだろうか。


「で、プロポーズしたのがこの前の連休よ。祝日の月曜の午後に若旦那から東家本店まで呼び出されて、なんでも好きなもん食って飲んでくれってな」


 そうか。そのご主人は、半年かけて本懐を遂げたのか。


 ああ、よかった。


 僕は心の底からそう思った。


 あのとき、電柱の影から声を掛けたりしないで。


          *


 二十時二十分発のやまびこに乗るという菅原さんを八重洲口で見送った僕は、長距離バスに乗って杜陸に向かったあの日の逆を辿って新橋まで歩き、あの夜と同じ店に入った。あいかわらず破格に安いハイボールを頼み、ホルモン焼きそばをつまみに、僕はひとりで杯を掲げた。

 これから先になにがあるかはわからない。想像もしていなかったトラブルに遭うことだってあるかもしれない。それでも、だ。御嶽みたけさんは家族をつくることを選んだ。彼女は幸せに向かって足を踏み出したんだ。

 和菓子屋のご主人がどんなひとなのかは知らない。でも菅原さんのくちぶりからは、いい加減なイメージは感じられない。彼女のことだから、いずれ家庭に入るとしても、大恩を受けた菱沼社長や、長く職場を共にした菅原さんをないがしろにしたりはすまい。彼らとの関係はこれからも絶やすことなく続くに違いない。であれば、なにか問題が起こったとしても、菱沼装美のひとたちがきっと御嶽さんを助けてくれる。僕には選ぶことができなかったことを、かれらがみんなでやってくれる。


 御嶽さん。本当によかった。心から言うよ。おめでとう。



 肩を叩かれて気がついた。


「ラストオーダー、なんかあります?」


 外国人店員のたどたどしい言葉に首を振った僕はスマホの時計を見る。


 23:28


 どうやらカウンターで寝落ちしていたらしい。起こしてもらえて助かった。

 首を二、三度振って、水とウイスキーが分離しているジョッキの上澄みだけを啜る。

 うん。目が覚めた。ていうか、なんか忘れてる気が……。


 そうだ! リレーを書かなきゃ!


          *


月波@tsukiandnami


やっと来た。

面白いけど、ちょっと遅いよー(笑)

―――――午後11:46 · 2023年10月5日



笠地蔵六@kasajizorock


ごめんなさい。

ちょっと先輩と飲みに行ってて。

―――――午後11:50 · 2023年10月5日



月波@tsukiandnami


ルール上はセーフです。

しかも、そのルール提案したのボクだし(笑)

―――――午後11:55 · 2023年10月5日



笠地蔵六@kasajizorock


明日からはまた、早め早めで行きまーすw

―――――午後11:59 · 2023年10月5日

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