百五十五話 瑞稀、立秋(一)

「了解しましたぁ。じゃ、そういう感じで振り替えときまぁす。あと、替わんなくていいんですか? ・・・・・・わっかりました。こっちで伝えときまぁす。それでは、お疲れさまでしたぁ」


 パーティション一枚隔てた向こうから、電話応対する水晶ちゃんの声が聞こえてきました。あのフランクな口調からして、お相手は社内の人みたい。

 こちらのブランド推進室は先週後半から灰田さんが出張してて部屋には私ひとり。その所為か、いつもは気にならない総務の話し声がやたらと聞こえてきます。ていうかもしかして、私の声もこんな感じで向こうに筒抜けなのかな?

 ノベルティの分厚い冊子を開いたままそんなことを考えてたら、総務部とをつなぐドアがカチャリと開いて水晶ちゃんが顔を覗かせてきました。


「瑞稀先輩、いま灰田室長からお電話があって、今週はこのまま金曜まで有給とるからあとはよろしくって」


 え? ええー!?


「なんで替ってくれなかったの」


「室長が、瑞稀ちゃんは忙しいだろうしメールで指示伝えるからいいよ、って」


 なにそれ聞いてない。

 愕然としてる私を尻目に、水晶ちゃんは部屋に入ってくることもなく、伝えましたからねぇとだけ言い残して扉の向こうに消えました。

 マジですか灰田さん。金曜までって、今日はまだ月曜日なんですよ。五日間も上司不在で私にどうしろって言うんですか!?


 途方に暮れていたら、ポーンとメールの着信音。過去最速の反応で画面を開きます。

 たしかに。水晶ちゃんが言っていた、灰田さんからのメールです。



―――――

波照間瑞稀さま


灰田です。

突然で申し訳ないんだけど、急用ができたので今週は休みます。少し早いけど夏休みとカウントしといてください。

で、以下が今週の瑞稀さんのミッションです。


・ギフトショー関連

(1)フライヤーの進行管理

 先週末に報告してくれた星野さんとこへの依頼は、見積もりも含めてOKです。今週末までにデザインをフィックスさせて、僕のところに送ってください。最終のGOは来週明けで。


(2)ノベルティ選定

 こちらは名入れの関係上、金曜までに発注をかける必要があります。で、提案なんですが、フェイスタオルはどうでしょう。九月の初旬と言えばまだまだ暑さが残る時期ですし、そうでなくとビッグサイトは駅までの歩く経路で屋根無しのところが長くあります。すぐに使える汗拭きタオルは、きっと喜ばれるんじゃないかな。

 この案でよければ、どのタオルにするかの選定を任せたいと思います。条件はウチのロゴがうるさくない程度に主張できること。予算と数量は当初の範囲内であれば構いません。個人的には今治いまばりタオルがお奨めです。

 ちなみに「金曜までに」というのは、ロゴを刺しゅうで入れてもらう時間を考えてのことです。

 タオルでいくのであれば、ロゴ入れの位置も含め最終判断まで任せますので、発注までお願いします。

 他の案があるようなら、早めにこちらにメールしてください。


(3)来場者のハートを鷲掴みにするツール

 今週の最大ミッションはこれです。来週明けにお聞きしますので、それまでに案を確定しておいてください。

 その際、くれぐれも予算と納期までのスケジュールをお忘れ無く。


(4)スタッフ用ウェア

 時期が時期だからTシャツでいいんじゃないかな、と個人的には思っています。ただ別案でも構いませんので、来週明けには発注できるよう案をまとめておいてください。

 基本、これについてはお任せします。ご自分が三日間着ることを考えて選ぶといいと思います。


・ブランドサイト関連

(5)更新作業

 社員インタビューは予定表通りで。内容も確認済みですので、更新タイミングだけお間違えなく。


・その他

(6)オルタのロードマップ

 星野さんデザインの第二弾以降については、瑞稀さんがよかったと言うことですから問題ないと思います。ですので、瑞稀さんなりの来年度末までのロードマップを考えてみてください。

 こちらに関してはまったく急ぎませんので、あくまでも手が空いたらで構いません。


以上、よろしくお願いします。

こちらはメールを受け取ることはできますが、返信タイミングが多少遅めになるかもしれません。その点についてはご勘弁を。


  灰田光陽


追伸

瑞稀さんの夏休みの件は、申請の日程通りで了解しました。

―――――



「はぁ」


 二度読み返して、溜息をつきました。

 少なくともサボり放題ってわけにはいかないってことですね。まぁ、することもわからず放り出されるのに比べればよほどマシってもんです。

 フライヤーは星野さんとスケジュールを共有すれば問題なさそうだし、ノベルティもタオルって案は文句なしだと思います。さすが灰田さん。しかもお奨めブランドまでご指定で。ここまで線路を敷いてもらえれば、素人の私でもなんとかなるでしょう。サイト更新も定例の作業だけだし、Tシャツもえいやっで決めちゃえば問題なさそう。

 一番の難関は、やっぱり「来場者のハートを鷲掴みにするツール」ってことですね。今週はどうやら、頭脳労働週間になりそうです。


 それにしても、灰田さんの急用ってなんなんでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る