「エミールの旅」13(七月三十一日~八月六日)――月波140字小説
月波 @tsukiandnami
「ああ、そうだ。死んだりしない。あの黒斑もファネルの花と消し炭を磨り潰して塗っただけ。寝込んでいたのも全部演技だ」
演技?! って、なんのために?
「じゃあ、母さんは元気なの?」
「元気のはずだ。もっとも今頃は、生まれてくるお前の弟か妹のことで大騒ぎしてるかもしれんが」
ボクの弟? 妹?
―――――午後6:00 · 2023年7月31日
「俺のこの世界での職務の正式な呼び名は播種代行過客。汎人類再興委員会直属の役職で、俺はこの地区の主任だ。とはいっても、地区全体で十人いるかいないかだが」
いつもとは違った顔のリヒラが語る台詞は、ボクにはちんぷんかんぷんだった。はしゅだいこうかかく?
「平たく言えば子種の配達人だよ」
―――――午後5:31 · 2023年8月1日
「二百年程前に全世界で同時に始まった人口減少の波は、網の目のように張り巡らされていた世界中のインフラを分断し、破断させた。百八十年前に最盛期を迎えた人類はその後加速度的に衰退し、星の数の町や村が過疎を理由に消滅した。町と町を結ぶネットワークは失われ、コミュニティは孤立していった」
―――――午後6:46 · 2023年8月2日
「世代ごとに濃くなる血と、乳幼児生存率の低下。止まらない高齢化。同世代の適齢男女がいない。しかも非血縁同志なんて有り得ない。未だ活気を残す一部の都市を除き、ほとんどは十世帯を下回る過疎村になった。エミリー、おまえの村もそうだよな」
ボクは反論した。
「父さんと母さんは出会ったよ!」
―――――午後6:39 · 2023年8月3日
「お前の両親、アグリコラとアガは双子なんだよ」
ボクは耳を疑った。村に一冊しかない教科書にも書いてあった。同じ親を持つ兄妹は結婚できない。
「でもあの村には他に同世代がいなかった。いや、同世代どころか前後三十歳以内すら。ずっと一緒に過ごしてるふたりが夫婦のようになるのは当然だった」
―――――午後7:46 · 2023年8月4日
「あのふたりが一緒に暮らすのは村でも暗黙の了解だった。でもな、子づくりは別なんだよ。まったく同じ血を持つ父と母ではダメなんだ」
たぶんボクは真っ白な顔をしていたのだろう。向かいの席から腕を伸ばしたリヒラは、大きな掌をボクの頬に当ててからゆっくりと口を開いた。
「そこで、俺の出番だ」
―――――午後7:29 · 2023年8月5日
「なあエミリー。お前はどうしたら子どもができるか知ってるか?」
ボクは昔母さんが言ってたことを思い出した。
「男と女が愛し合って互いを慈しみ合うと、魂の入った血ができる。ふたりの魂の血が混じり合うと小さな卵になる。その卵を女が自分の腹の中に収め、成長し、子どもになって生まれてくる」
―――――午後8:06 · 2023年8月6日
https://twitter.com/tsukiandnami/
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