百五十二話 笠司、大暑(五)

 はしくらの東京ギフトショーを引き受けて以来、ぼちぼちと担当仕事が増えてきた。むろんそう大きなものは無く、はしくら以外はほとんどがショッピングセンタークラスのミニイベントばかりだが。

 今週末も郊外の駅ビルで開催される定期イベントの運営が控えている。



 七月二十八日金曜日。夜十時の閉店を待って、僕らは作業を開始した。催事会場で図面のコピーを片手にした僕は、父親くらいの歳の業者さんたちにこまごまとした指示を送る。パネルや木製ブロック、途中まで作ってあるゲートの柱、カーペット状に丸められた人工芝、スチレンを加工した切り文字、その他さまざまな作り物と工具類。彼らが運び込むそれらの物品をパースやリストと照らし合わせながらチェックするのは僕の仕事だ。

 施設内のイベントは天候に左右されないから助かる。雨や雪もそうだが、今日みたいに蒸し暑い夜なんかも館内だと快適だ。といっても、空調を止められたらいきなり地獄になるけど。


          *


 駅裏のスパで目覚めたのは朝八時。たっぷり五時間は寝られた。牛丼をかっこんで現場入りすると、すでに音響スタッフが機材のセッティングをはじめていた。


「おはよーございまーす」


 背後から掛けられた声に振り向くと、涼し気なワンピースを纏った派手めの美人がにこやかに笑っていた。軽く会釈して挨拶を返す僕に、彼女は名刺を突き出してきた。


「本日のMCを担当させていただくのはわたくし、とましのえりかです。歌って踊れて喋りもできる、アナウンサー崩れの売れ残り。今ならお買い得のとましのえりかをどうぞよろしくお願いしまーす」


 きゃぴきゃぴしたキャラのイラストをワンポイントにしつらえた名刺の真ん中に、崩し字のフォントが大書されていた。


 MC 笘篠衿香


 じっくりと眺めていたら、差し出されたままの手に気づいた。急いで僕も名刺を渡す。


「エムディスさんってサンタさんのとこですよね。サンタさんには前っから随分と可愛がってもらってます。皆川さんははじめましてですよね。最近入られたんですか? あ、これなんて読めばいいのかな」


 ぐいぐいくる勢いに押されつつ、かろうじて答えを返す。


「リュウジ、です。四月に入社したばかりの駆け出しです」


「今年の新人さん! もしかして新卒? すごいね。それでもうひとりで現場任されちゃってるの?」


 なんか一気にタメ口になった。距離の詰め方が一足飛びだよ、この人。


「学生時代に似たようなバイトを長くやってたんで」


「へえ、そっかぁ。有望新人さんなんだね。こりゃ仲良くしとかなくっちゃ」


 相好を崩した笘篠さんは僕に向かって右手を差し出してきた。白くて細長い手。大きいとかじゃなくて、全体に細いって感じ。僕はその手を軽く握り返した。皐月さんよりも指が長い。


「あらためまして、笘篠衿香、永遠の二十四歳です。学園祭ガクサイのミスコンで賞取ったから大丈夫ってひとに言われてその気になって、女子アナ受けたらまさかの社長面接落ち。一度は芸能プロに所属しはいってグラビアとかもやってはみたけど、やっぱ喋る方がいいなって思い直してフリーになって、MCメインでかれこれン年やってます。戦隊モノでもお堅い式典でもカラオケ大会でもナレーションでもなんでもこなしちゃうよ。現場仕事はそのなかでも大が付くほど得意だから、リュウジくんもその手のお話があったときにはぜひともご指名よろしくね」


 もうリュウジくん呼びかよ、と呆れつつも、定型の返事を返した。が、繋がった手はそのまま。これを聞いて貰うまでは握手を解かないとばかりに、それとね、と追加してきた。


「お願いがもういっこ。私のこと『えりかちゃん』って呼んでもらえると、とぉぉっても嬉しい」


 そう付け足したえりかさんは、ようやく手を放してにぃっと笑った。



 えりかさんのMCは見事なものだった。途中で急に騒ぎ出した子どもの注意を巧みに逸らしたり、結果の不満をぶつけてくる主婦をやんわりと収めたりと臨機応変の対応で、見ていてとても安心できた。目立つ美人で、頭も良くて弁もたつ。前に出るときは舞台映えするのに、影に下がるときっちり気配を落としてくる。耳によく通る滑舌、たぶん声色もいくつか使い分けている。

 こりゃあまさにプロの仕事だ、と思った。


          *


 土曜日だからかたまたまなのか、帰りの山手線は余裕で座れるくらい空いていた。緑色の背もたれに背中を預けてスマートフォンを取り出した僕は、青い鳥のアイコンをタップした。

 今週のアタマにⅩとかって人を小馬鹿にしたような名前に変るんだか変わったんだかしたというツイッターだが、僕のスマホではまだ青い鳥が健在だ。流れてくる映像によると、ただ「Ⅹ」って出てるだけの不愛想極まりないアイコンに置き換わるらしい。嫌だな。なに考えてんだよイーロン・マスクは。

 タイムラインを追っているとⅩ批判の記事の下に月波さんのツイートが見えた。今日の分のようだ。開いて、数日前の投稿から読み直す。エミールくん(女の子だからエミールさんか?)はすでに目的地に到着している。物語は旅パートから種明かしパートに移行してる感じだ。そろそろ風呂敷を畳むのかな。エミールとリヒラはたぶん血縁があるんだろうけど、どうやって終わらせるんだろうか。単純に、薬を手に入れて故郷に帰るってんでは無さそうな気がする。

 そのままの流れで自分のやつも見直した。一番上に連載開始時のツイートが表示されている。


『少年と彼女(仮題)』


「ダサいな」


 思わず呟いてしまい、あわてて周りを見る。が、他の乗客は誰ひとり気づいてる様子はない。安心してもう一度画面に戻って文字を追う。

 にしても、このタイトルは無いよな。ちょっと本気で正式タイトルを考えなきゃ。

 僕は画面を閉じて顔を上げた。物語も終わりが見えてきたし、今日中になにか考えてアップすることにしよう。



笠地蔵六@kasajizorock


【閑話】

今更だけどタイトルを変更します。


少年と彼女(仮題)

 ↓

三十日間のペアリング


少年とアンドロイド美少女が出会ってから別れるまでの30日間物語は、あと10回くらいで終わるはずです。知らんけどw


―――――午前0:01 · 2023年7月30日

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