神無月 令和五年十月

寒露 十月二日~十月十五日

「うれしぐすくぬー」1(十月二日~十月八日)――月波・蔵六140字リレー小説

第一節『エンカウント』


♥月波 @tsukiandnami


360度、さえぎるものの何もない青空。浮いているのは白い綿雲だけ。ぼやけた果てを真横に区切る水平線。手前ほど明るいエメラルドグリーンのグラデーションが、視界の下半分全てを占領している。

ここは石垣島。南西の果てに浮かぶ八重山諸島で一番の観光島。

ボクたちの物語は、この島からはじまった。

―――――午前7:42 · 2023年10月2日



「なんでよりによって石垣島なんね」

「ホント。沖縄って聞けばフツーは国際通りって思うっちゃ」

あー。なんでこんな班にされちゃったんだろ。全ては班決めの日に熱出した自分の所為なんだけど、縁やミコたちも友だち甲斐が無い。ボクは話の合わないギャル達から離れ、独り後をついて青空の下を歩く。

―――――午前7:43 · 2023年10月2日



初夏の石垣島。高二のボク達は修学旅行でここに来てる。陰キャを自認する身としては本島よりもこっちの方が性に合ってるけど、ギャル達は違うみたい。

ハイキングコースをボーっと歩いてたらいつの間にか独りになっていた。今しがたの青空も重い雲に変ってる。

急な雨が大粒で、黒い道とボクを叩いた。

―――――午前7:44 · 2023年10月2日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


さっきすれ違ったギャルたちはうるさ過ぎた。ちょっとだけ可愛いのもいたけど、あの勢いは勘弁だ。あれもどっかの修学旅行だろう。

天文台は悪くなかったが、そこまで興味は無い。星空オタどもは放っといて、僕は一人で降りてきた。次のカヌーの方が百倍楽しそうだし。

それにしても雲行きが怪し過ぎるよ。

―――――午後6:28 · 2023年10月2日



いきなり降ってきやがった。てか、これはマジヤバレベル。どっか逃げ場所は……と思ったら、林の奥に洞窟が見えた。

走り込んでひと息ついてる僕に奥から誰かの声がかかった。先客がいたらしい。

「誰?」

薄暗がりに佇んでたのは地味な雰囲気の眼鏡っ子。ギャルと同じ制服っぽい。

「単なる雨宿りだ」

―――――午後6:30 · 2023年10月2日




♥月波 @tsukiandnami


くらい洞穴でボクが手持ちのタオルで手足を拭っていたら、いきなり人影が駆け込んできた。え、なに?!思わずボクは誰何する。

「単なる雨宿りだ」

応える影。逆光でよく見えないけど、制服っぽいブレザーを頭に被ってる。そういえば、空港で擦れ違った集団のと同じのかも。男子高校生?ちょっと怖いよ。

―――――午前7:33 · 2023年10月3日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


合羽代わりの上着をはたいていると、奥の眼鏡が後退りしてる。おいおい。オラは心優しき岩手男児ぞ。そったらビビらんでんなんもせんて。

顔を上げた僕が一歩踏み出した途端、眼鏡が奥に逃げ出した。土を蹴る音が響いてるけど、そっちって大丈夫なの?と思ったら、案の定悲鳴が上がった。

僕はあとを追う。

―――――午後7:23 · 2023年10月3日




♥月波 @tsukiandnami


思わず逃げ出しちゃったけど、もう足は止まらない。この先がどうなってるかもわからないままボクは奥に疾走はしる。

「きゃっ!」

滑らかな地面に手を突いた。何かにつまずいたみたい。

大丈夫かあ、という間延びした声が白い光とともに近づいてくる。あの男だろう。もうダメ。逃げ切れない。

ボクは観念した。

―――――午前8:00 · 2023年10月4日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


「なに逃げ出してんだか。ビビったのは判っけど、俺なんもしねえって」

蹲る眼鏡っ娘を安心させるため、僕はスマホの光を自分に当てて自己紹介した。

大濠おおほりだん。岩手の高校生だ。修学旅行で来てる。おめは?」

眼鏡っ娘、ギャルとは対極な顔してっけど、よく見りゃ結構可愛いっけ。

彼女が口を開いた。

―――――午後7:47 · 2023年10月4日




♥月波 @tsukiandnami


おおほりだん。なんかいい奴っぽい。ボクが一人相撲取ってたみたいで恥ずかしい。とりあえず自己紹介は返そう。

「ボクはちぎりちぎりまどか。福岡の女子高。同じく修学旅行」

「ちぎりまどか、さん。よろすぐ。まずは起き上がるべ。怪我とかしてね?」

大丈夫、と応えるボクに大濠おおほりは手を貸してくれた。優しい。

―――――午前7:45 · 2023年10月5日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


やっとこさこっち向いた。

思わず差し出してしまった手に眼鏡っ子、もといちぎりさんが掴まってくれた。

ヤバい。ドキドキする。女の子と手ぇ繋ぐなんて、小学校の体育以来だ。緊張がバレねばいいんだが。

「ねえ、ここに把手みたいなのがあるよ」

僕の緊張なんかガン無視で、ちぎりさんは足元を指差している。

―――――午後11:41 · 2023年10月5日




♥月波 @tsukiandnami


ビビってた自分を誤魔化すために、ボクも大濠おおほりを真似てスマホのライトで地面を照らしてみた。ボクがつまずいたのは戸棚の把手みたいなものだった。当たった衝撃でか、蓋に隙間ができてる。

ちぎりさん」

大濠が何か言おうとするのをボクは制した。

ちぎりでいいよ。ボクも大濠おおほりって呼ぶし」

マウント取るのが先。

―――――午前8:15 · 2023年10月6日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


ちぎりでいいよ。ボクも大濠おおほりって呼ぶし」

福岡って言ってたっけ。都会の男女はそんな感じなのか。なんかドラマみてぇだ。

気勢を削がれた僕を尻目に、ちぎりは把手を引っ張ってる。地面に蓋があるのか?

大濠おおほり、ちょっと手伝って」

同い年の女子から呼び捨てにされるなんて、それだけでドキドキしてしまう。

―――――午後7:10 · 2023年10月6日




♥月波 @tsukiandnami


やっぱ力仕事は男子に限る。ジェンダー論とかくそくらえ。

大濠が頑張って開けてくれた蓋の下には縄梯子が伸びていた。

「上からライト照らして」

え、下りるの?って反応だけど、そりゃあ下りるっしょ。こんな面白そうなもの。しかも、即製とはいえ従者もついてるんだし。

ボクは躊躇なく穴に入った。

―――――午前9:06 · 2023年10月7日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


「なにこれ!?」

真っ黒な穴の下から反響した声。

何かあった?と尋ねる僕に、下りてきて、と命令口調。

なんか完全に仕切られてると思いつつも、僕も縄梯子を下りていく。

地下は思ったより広く、土壁がほんのりと碧い。光が入ってる?

「これ見て」

契が指差す先には、翠の光が脈動する石があった。

―――――午後6:17 · 2023年10月7日




♥月波 @tsukiandnami


大濠が降りてきたのを確かめてから、ボクは石の乗る台に足を踏み出した。淡い光に満たされてるからライトを点けなくても足元は見える。

「おい。大丈夫なのか?」

一緒にいる人がビビってると、かえって落ち着く。手の届くところまで近寄って、光る石を観察してみた。凸凹でこぼこして不細工な、でも綺麗な石。

―――――午前7:27 · 2023年10月8日




♠笠地蔵六 @kasajizorock


ちぎりが手を伸ばしてる。おいおい、触る気かよ。

慎重な手付きで持ち上げた契が振り返り、なんともないよと言ったその瞬間、急激に石の発光が増した。

「あ」

契が放り投げた石を、僕は咄嗟に両手で受け取る。光は強く、既に直視できない。

視界の隅で契が崩れるように倒れた。僕の意識も途切れていく……

―――――午後9:33 · 2023年10月8日

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