二百四話 笠司、秋分(四)

『三十日間のペアリング』の最終回の投稿が終わった。

 書き終えたのは一週間前だけど、こうやってポストされたものを見ると感無量だ。

 でも感慨に浸っている暇は無い。なぜなら、月波さんとのリレー小説『うれしぐすくぬー』は明日、十月二日からからはじまってしまうのだから。

 月波さんとふたりで決めた投稿ルールは、月波さんが自ら投稿した一昨日深夜のポストですでに公開されている。



月波@tsukiandnami


笠地蔵六さん @kasajizorock との合作リレー小説『うれしぐすくぬー』が10/2からスタートします。


福岡の女子高生と岩手の男子高校生が沖縄で出逢い、不可思議な事態に巻き込まれる話です。


毎日更新予定で、6〜13時は月波、18〜25時は蔵六さんの更新。自著の連続は最大3回までという仮ルール(笑)

―――――午前1:38 · 2023年9月30日



 先攻は月波さんで、毎日朝六時から午後一時までが彼女の投稿できる時間帯。その間にあがった投稿を受けて、後攻の僕がその続きを午後六時から翌深夜一時までの間に投稿する。それを明日から大晦日までの九十一日間毎日欠かさず繰り返してひとつの物語として完成させるというのが、今回の遠大なビッグ計画プロジェクトである。

 はっきり言おう。これは相当にとんでもない企画だ。正直、続けられる気がまるでしない。一日交替の全九十一話でいいんじゃね、と気楽に考えていた僕が甘かった。

 はじめは月波さんもそんなふうに考えていたらしい。でも、DMと共有シートを使ってのプロットの打ち合わせを毎晩重ね、1クール十三週間を十三節に分割したプロット表で各節のクリヤ要素を並べてみると、とてもじゃないけど百話弱で終われるとは思えないボリュームになってしまったのだ。

 負担を均等にするため、最低投稿回数は倍の百八十二回。さらに百四十字では収めきれない回のために、各々の担当時間で最大三回まで連続投稿できることとした。結果、最低でも百八十二話、もしもフルで書くとすると五百四十六話にまで膨らむ、他に類を見ない連続長編ツイッター小説になることとなった。


 アタマ痛ぇ。


 いや、アタマ痛いのは月波さんも同じだろう。彼女だって僕と同じく社会人で、昼間は普通に仕事をしている(はず)。


 月波さんが先攻なのは、冒頭に石垣島の風景を持ってこようふたりで決めた際に、行ったことのない僕が書くよりもロケハン経験のある月波さんの方が適任だろうと僕が推したから。

 ちなみにタイトルの「うれしぐすくぬー」とは沖縄八重山地方の旧い言葉で「すべてうまくいく」の意味、とChatGTP先生が教えてくれた、と月波さんが言っていた。そういえばそんなようなタイトルのインド映画があったような。

 いま調べた。『きっと、うまくいく』だそうだ。映画Comの評価では4.3とかなり高い。面白いのかな。


          *


 ちょっと早いが晩飯の買い出しでもと、影が延びはじめた戸越商店街を散策していたらLINE通話がかかってきた。発信元は、葵日葵あおいひまり。なんだ? 日曜のこんな時間に。


「あ、いたいた」


 いたいたじゃねぇよ。家電いえでんじゃないんだから。


「あのさ、リュウにいちゃんは今夜もヒマだよね」


 しかもいきなりの決めつけ。いやたしかに今夜もヒマですが。


「いま買い物中。豪華なディナーでもつくろうかと思って」


「どうせつくるのは丼ものでしょ。そんなのいいから、ちょっとつきあってよ。ていうか、ハヤトからのLINE見てないの?」


「見てないけど。なんかあったのか?」


「彼、熱出して寝込んでるの。ちゃんと体調管理しとけって言ったのに。お昼にお見舞い行ったんだけど、ちょっと出てくるの無理って券だけ渡されて~」


「ごめん。いまいち話が見えないんだが」


 いや、ハヤトが熱出して寝てるってとこまではわかったけどね。


「だから~今日は一緒に映画観に行く予定だったの、螺巌ラガン篇。このまえ前編履修させたから。なのに肝心の日に風邪とかひいて」


 螺巌篇って、もしかしてグレンラガン? なんで今頃?


「日葵、お前ハヤトとつきあってんだよな?」


「それがどうしたのよ」


 あ、やっぱつきあいはじめてんだ。そりゃよかったな、ハヤト。


「いや、いいのか、診ててやらなくて」


「なに寝ぼけてんですか。ハヤトは寮だよ。こんなぴちぴちきらきらの女子があんな山猿の群れみたいなとこ居られるワケないでしょ。あっちは診てくれてる連中がいーっぱいいるの」


「わかったわかった。要らんこと言って悪かった。で、そのグレラガ後編、要はチケットが余ってんだな?」


「話が早い! さすがはリュウにいちゃん。そうなの。五時半にマークシティのインフォメーション前ね。終わったらなんかおごるから」


 じゃあね、という高らかな声と同時に通話は切れた。画面を戻してハヤトのトークを探すと、いま聞いた話が一時間ほど前に送られていた。了承とお見舞いを返信して、上を見上げる。商店街の細長い空にオレンジ色のうろこ雲が流れていた。


          *


「やっぱ燃えたぁ」


 ずずず。


「たしかに。全部知ってる内容でも、あの勢いはしっかり魅せてくれるな。暑苦しいの五割増しで」


 ずず。ずずずるる。


『劇場版天元突破グレンラガン螺巌篇』を観終えたあとの博多ラーメンは美味い。まして隣にいるのが同じ感覚を共有できる同胞であれば、なおさら。


「まったく。こんな素晴らしい期間限定コンテンツを大画面で観る機会が用意されていたというのに、あのツキに見放された虚弱体質のていたらくは」


 ずずーっ。はふぅ。


 この性格と筋金入りのオタク度を高校時代に知っていたら、さぞや良い悪友になれたことだろう。いや、悪友に「良い」は無いか。


「ときにリュウにいちゃん、私たち、言うまでもなく私とハヤトのことですけど、その私たち、今月末にちょっとした計画を立ててるんですけど、リュウにいちゃんもいっちょ噛みしません?」


「計画、とは」


「言わずもがなですよ。今月と言えば神無月。その末。そして渋谷、とくれば、もうおわかりでしょう」


 や、わからんのだか。

 合点のいってない僕の顔をのぞき込んではぁと溜息をついた日葵は、蔑みのこもった眼をして吐き出すようにこう言った。


「ここにもハヤト並みのニブチンがいたとは。ハロウィンですよ、ハ・ロ・ウィン。仮装して、渋谷の街を練り歩くんですよ。この私がなんのために渋谷の会社に入ったと思ってるんですか」


 いや、フツーそんな理由で会社選びはしないだろ。


 口にすると十倍になって返ってきそうなので、ここは黙って聞いておく。

 期待したツッコミが空振りとなった日葵は一瞬むっとした表情を浮かべたが、すぐに切り返して話を続けた。


「とりあえず考えてるのはですね、男どもふたりはコナン・ザ・グレートと怪獣王ターガンになってもらって、私は武部本一郎たけべもといちろう画伯のデジャー・ソリスなんぞに」


「マニアック過ぎる!」


 ロバート・E・ハワードとか六十年代アメリカアニメとかバロウズの火星のプリンセスとその挿絵画家とか、いったい誰がわかるってんだよ。


「てか、みんな露出度高過ぎない? ハヤトと僕なんて、ほとんど腰蓑一丁だよ。しかもふたりともブルワーカー使用前の貧弱坊やだし」


 日葵にしたってデジャー・ソリスの豊満な肉体美からは極北に位置してるし、とは口が裂けても言わない。


「案ですよ、案。まあ現実路線から考えればドラキュラ伯とか狼男とか血みどろ看護師あたりが妥当なんでしょうけど。とにかく祭りなんですから参加しないなんて有り得んでしょって」


 箸を振り回して力説する日葵を落ち着かせるため、僕はテキトーな返事で場を丸く収めんと試みた。


「わかったよ。とりあえず前向きに考えとく」


 騒ぐのを止めた日葵は、こっちを見てにんまりと笑ってやがる。どうも言質を取られたっぽい。

 これはマズったかな。

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