秋分 九月十八日~十月一日

「エミールの旅」19(九月十八日~九月二十四日)――月波140字小説

月波 @tsukiandnami


「あの山の向こうだよね。エミの生まれた村は」

何気ないヤナハの言葉にドキリとする。

そう。私は少しズルをした。候補地は他にもいくつかあった。その中で、村に最も近い土地を強く薦めたのだ。リーダーの一人である私の発言は重用され、ここに決まった。だから私は、ここでの計画を必ず成功させる。

―――――午後8:31 · 2023年9月18日



初期入植者六十人で開拓を始めた私たちの町ハイドゥナンは、三年で人口百人を越えた。私たちのように来る前からつがっていたものも含めて十八組いる夫婦の間に産まれた十五人の子どもたちの他に、後続の仲間や旅人が新たに加わって。学院の研究室助手だった最年長のニオを暫定町長に、町は育っていった。

―――――午前7:34 · 2023年9月19日



ハイドゥナンが千人を超えたのは六年目だった。四年目の大豊作を機に町のステータスが上がり、入植者が激増したのだ。

八年目の春、私は連れ合いのヤナハと三人の子らと共に、十五年ぶりに故郷に凱旋した。

村は無くなっていなかった。私がいた頃よりも家も人も増え、心なしか規模も大きくなっていた。

―――――午後10:49 · 2023年9月19日



村の通りで大きな包みを背負う娘とすれ違ったとき、ヤナハが耳打ちした。

「今の子、初めて会ったときのエミとそっくりだった」

その言葉を最後まで聞かずに、私は娘を追い、声を掛ける。

「もしかして、貴女の両親はアグリコラとアガ?」

一瞬は訝しんだ娘だが、私の顔を認めると笑顔で大きく頷いた。

―――――午前7:07 · 2023年9月20日



「エマ、といいます。私によく似た貴女、もしやエミール?」

十四年ぶりに呼ばれるその名前に、私の心は震えた。

私を追い、覚束ない足取りで駆けてきた娘が目前で躓いた。エマが抱き止める。

「よかった。転ばずに済んで。貴女はエミールさんの子どもね」

娘は被りを振った。

「マムはエミリーだよ」

―――――午後6:40 · 2023年9月20日



ああ、そうだね、とエマは優しく応えた。

「貴女のお母さんはエミリーさんだけど、エミールさんでもあるし、私の姉様ねえさまでもあるんだよ」

「ねえさま?」

目を丸くする娘の肩に手を置くと、エマはスッと立ち上がる。

「姉様、行きましょう。ご家族みなさんで、私たちの父と母に会いに。私がご案内します」

―――――午前8:49 · 2023年9月21日



「父さん、母さん」

十五年ぶりに会う両親は、多少老けていたもののまだまだ元気そうだった。

「おかえり、エミール。とても立派になって」

父さんはそう言って穏やかに笑った。母さんは涙を流しごめんねと繰り返しながら私を抱きしめた。

私は大丈夫だよ。あのときの話、リヒラから全部聞いてるから。

―――――午後7:28 · 2023年9月21日



家は以前より広くなっていた。


村の人たちが次々と鬼籍に入り、残り人口が三世帯五人になったところで父は決めた。二人で子を成そう、と。

双子だから二人とも同じ三十五歳。でもまだ元気。エマも六歳で力になってくれる。

二世帯の老人たちも反対はしなかった。もはや父たちの方が多数派なのだから。

―――――午前8:03 · 2023年9月22日



エマの弟と妹が続けて産まれたのは、私たちがハイドゥナンを興した頃と重なる。幸いにも彼らに遺伝形質の障害は無かった。

私は知らなかったが、父の作った道具、母の作った衣服は、私たちの町で売られていたらしい。豊作の翌年に父と母に弟子入りする人たちが現れ、職人の村として復活途上だという。

―――――午後6:37 · 2023年9月22日



「そうか。あの町はお前たちがつくってくれたのか」

父さんは感慨深げに言った。ヤナハとエマを加えた五人での夕餉の後の語らい。私たち夫婦の三人の子の相手は私とエマの弟妹がしてくれている。

忽然と現れた町ハイドゥナンが、父たちの危機を救い、村再興の起爆材にもなった。感慨深いのは私も一緒。

―――――午前8:15 · 2023年9月23日



「この秋、ハイドゥナン建立十周年式典を執り行います。来賓枠をご用意したので万難を排してのご来訪をお待ちします」

執務室の広い机で、私は手紙をしたためる。五年後の一万人都市を公約に掲げた前年の選挙で晴れて町長となった私は、大規模な周年祭開催を決めた。式には絶対に来て欲しい人がいるのだ。

―――――午後6:49 · 2023年9月23日



十六年ぶりに会うリヒラは少し縮んだように感じられた。お前が大きくなった所為だとリヒラが笑う。

「よくぞここまで大きくした。エミリー、俺は誇りに思うぞ」

市長室の窓から街を見下ろすリヒラに、まだまだ育てますよと私は応える。

種蒔きの仕事は引退したと語るリヒラに、私は考えていた願いを伝えた。

―――――午前7:39 · 2023年9月24日



復活した職人村の生家の前で家族や両親、弟妹たちと並ぶ私は、旅装束のエマを抱きしめる。

「私も姉さまみたいな立派な人になりたい」

耳元でそう囁くエマに、私も囁き返した。

「私の真似なんてしなくてもいい。貴方は貴方よ」


青空の下、エマとリヒラの影が見えなくなるまで私はそこで見送り続けた。

―――――午後5:38 · 2023年9月24日


(了)



https://twitter.com/tsukiandnami/

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