「エミールの旅」12(七月二十四日~七月三十日)――月波140字小説

月波 @tsukiandnami


初めて見るニライカナイの街は、壮観のひと言だった。前の街も驚いたけど、ここは桁が違う。どこまでも続く大通り。沿道の建物はどれも多層階で、中には五階建てなんかもある。人の数は、この旅で寄った街の人々全部を足しても、その十倍以上かも。

「そんなもんじゃないよ。ここには一万人住んでる」

―――――午後8:01 · 2023年7月24日



大通りには馬車と人を分つように樹木が並んでいる。

「街路樹、と言うんだ」

リヒラはボクが視線を向けるひとつひとつをちゃんと拾って教えてくれる。ヤナハもここは初めて。煌びやかな喧騒にボクと同じで浮き足立ってる。

濃いピンクの花が鮮やかな大木を脇に設えて、ヤナハの叔父さんの店はあった。

―――――午前8:42 · 2023年7月25日



「元気でね。また何処かで逢おう」

ヤナハは叔父さんに引き取られることになった。店主は兄の客死を酷く悲しんだけれど、その遺志を継ぎ見事荷物を守ったヤナハをいたく気に入ってくれたのだ。

「この子は私が立派な商人にしてみせます。あなた方も道中ご無事で」

歓待の宴のあと、ボクたちは別れた。

―――――午後8:14 · 2023年7月25日



ほんの二週間程度だが、その間ずっと一緒だったヤナハがいなくったのは、思ってた以上に堪えた。十三歳の男の子だった彼と夏が明けたら十五歳になるボク。初めてちゃんと接した同世代の異性。

「エミリー」

隣を歩くリヒラがボクをそう呼んだ。

「明日、薬を買いに行こう。そして、お前の話をしよう」

―――――午後6:00 · 2023年7月26日



いくつもの集落を越えた長い道のり、三つの季節をまるまる使った旅もようやく目的地に辿り着いた。母さんの病気を治す薬は明日ようやく手に入る。帰りは来た道を辿るだけだからずっと早いはず。年が変わるよりも前に帰れるかもしれない。

ただひとつ気になる。リヒラの言うボクの話っていったい何?

―――――午後7:20 · 2023年7月27日



午前に立ち寄った問屋で持ってきた工芸品や加工品を金貨に替えたボクらは、その足で薬売りの店に行った。店主とリヒラのやりとりを後ろで聞くボクは、少し腑に落ちないものがあった。彼らの会話の中に母さんの病状については何も無く、普通の傷病に効く万能薬や回復薬、あとは老化抑止の話だけなのだ。

―――――午前1:31 · 2023年7月29日|



街を縦断する幅広の川に張り出した酒場のテラス席で、リヒラとボクは遅い昼食を取った。注文した薬はこれから調合するので、明日取りに行けばいい。

蒸し鶏のサラダ、とうもろこしのスープ、川魚のフリッター、大麦のパン。リヒラの前には麦酒のジョッキも置かれている。


「さて、どこから話そうか」

―――――午前0:27 · 2023年7月30日|



「最初にお前の最大の心配事を解いてやろう」

並んだ皿が概ね空になったところで、リヒラはそう切り出した。ボクはとにかくなんでも聞く。

「お前の母親、アガの黒斑病だが……」

あれは仮病だ。そう言ってリヒラは杯を干した。

けびょう……? 嘘の病気ってこと?

じゃあ母さんは死んだりしないの?!

―――――午後8:21 · 2023年7月30日



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