第46話:出立
あの後、アランにはこってり絞られた。
怒るというよりは、人殺しをした俺を心配する様子でもあったが、そこについては精神的な異常はないと説明した。
まあ、人を殺したことによる精神的な負担は目に見えるわけではないから、アランの心配を払しょくできたかどうかは疑問だが。
お母さん――リリアには秘密にしていることはキャシーから伝えられているようだった。
出産が控えている状態だから、俺からも話すな、と念を押された。
炎槍がすでに使えるようになっていることを知ると、それについては驚かれた。
これで中級魔法士ぐらいの戦力にはなるでしょ、と俺が主張すると、また調子に乗るなと頭を叩かれた。
フェンリルの牙の使い道については、どうにかアランの了解を得ることができた。
最悪、取り上げられて売られる可能性もあるかと思っていたが、フェンリルから俺に直接渡されたものを取り上げるというのは不運を招くと判断したような口ぶりだった。
まあ、戦に関わる者にとっては、言を担ぐというのが常ではあるから、それもさもありなんという感じだが。
すでに、ヴァリアントから馬車が何台か砦に到着していた。
アランやジャ―ヴィス、そして準備のために戻ってきた数名の第二部隊の面々に加えて、キャシーの第三部隊とデイサズ、俺を運ぶためだ。
もちろん、リリアは砦に残ることになる。
おそらく戦争が始まる頃には子供が生まれるだろう、という話だった。
で、俺が今、何をしているかというと、キャシーに頼んで訓練場である手伝いをしてもらうことになっていた。
「本気でやるつもりなの?」
「もちろん!」
キャシーの手にあるのは、先をつぶして丸めた矢だ。
「いくら先が丸いからといって、当たったら痛いわよ」
「当たらないから大丈夫」
やれやれ、といった様子でキャシーが肩を竦める。
まあ顔は狙わないから安心して、と
キャシが矢を番え、俺に向かって放つ。
俺はそれを右手の短剣で迎撃して撃ち落とした。
「次!」
さらに矢が放たれる。それを俺はまた振り上げた剣戟でいなす。
「一本じゃ訓練にならないよ。もっと連続して放って欲しいなぁ。後、移動しながらでお願い」
「はいはい」
キャシーが左に回り込みながら、次々と矢を放ってくる。
その攻撃は正確無比で、確実に俺の胸を狙っているようだった。
俺はその矢を的確に弾いた。
うん、これはたいして難しくはないな。
理由は簡単だ、的が小さすぎるのだ。
ノルドの体は小さく、当たる範囲が圧倒的に狭い。
避けるのも容易であるし、仮に当たりそうなものであっても軌道が限定されているから、後はタイミングの問題だけとなる。
「今度は距離を取って、山なりの軌道でお願い!」
「はぁ」
キャシーがため息をつく。
何が不満なのか、あまり彼女の機嫌はよろしくはない。
とはいえ、実際の戦場では直線的に向かってくる矢よりも、距離のある、山なりの軌道のほうが多いだろうとは思っていたから、これを迎撃する訓練は必須だとは思っていたから、訓練の手伝いをしてもらわないと困る。
お互い、訓練場の端に位置して、矢を撃ち落とす訓練を繰り返した。
炎弾で迎撃できないかどうかも試してみたが、軌道が少しずれるだけで、撃ち落とすこと自体はできなかった。
「まあ、こんなもんかな」
俺が満足して呟くと、キャシーは呆れたようにまたため息をついた。
「あんたさぁ、もうちょっと自重するっていう意識はないの?」
「自重って?」
「何でこんな訓練しなきゃならないのよ。あんた、戦場に出る気まんまんじゃないの……」
「いや、念のためだよ。あくまで何かあった時の保険ってことで」
「リリア――お母さんのこともちょっとは考えなさいよ」
そう言われ、俺は返す言葉がなかった。
アランから俺を連れていくことが伝えられた時、リリアは大泣きしたらしい。
俺は直接その場を見ていないが、相当ショックだったらしい。
将軍からの直接の命令ということで拒否できないから最終的には受諾したが、納得はできていないらしい。
昨日もずっと、彼女にだっこされたまま眠ることになった。
リリアを心配させるのは俺も望むところではなかったが、名指しで呼ばれたのなら仕方がない。
きっと彼女も妊娠中で精神状態は不安定な部分もあるだろう、とは思っていた。
「まあ、死なないから大丈夫」
「その自信はどこから出てくるのよ……」
キャシーは完全にお手上げといった様子で、俺に何を言っても無駄だと思っているようだった。
さすがに俺が最前線に出るということはないだろう。
前線で取り残されて敵軍に囲まれるようなことでもない限り、撤退の一手だけであれば逃げ切る自信はあった。
さすがに死ぬつもりなど俺にも毛頭なかった。
そしてその日はやってきた。
ついに砦を出立するときがきたのだ。
俺たちは一旦辺境都市ヴァリアントに向かい、そこで補給をしてからそのまま国境へと旅立つことになる。
初めての遠出に、俺は心を躍らせていた。
しかも、フェンリルの牙も持っていくことになっていた。
ついでにヴァリアントで鍛冶士に頼んで、双剣に加工してもらうのだ。
それも楽しみでならなかった。
皆には黙って樹海にこっそり行って、死者と商人の短剣を回収していた。
樹海では短剣を二本ともなくしてしまって無手になったため、今度は予備の剣を確保しておこうと思ったのだ。
そして、俺は結局、キャシーの率いる第三部隊に入れてもらうことになった。
デイサズの爺さんの言った通り、いくら後方の部隊とはいえ王国軍に俺を一人置いておくのは軍側にも迷惑をかけるだろうというのと、かといって少ない戦力を割いて俺の保護者に回すことも得策ではないとアランに判断されたのだ。
第三部隊には、ライネルもディージィーもいる。
一緒に戦った経験のある仲間がいるというのは、俺にとっても好都合だった。
一応、何かあったときにはデイサズの爺さんとともに後方に引くことにはなっているが。
馬車に武器が積まれていくのを見ながら、俺がぼっーっと突っ立っていると、ふいに背後から抱きしめられる。
すぐに相手が誰かは分かったので、俺は振りほどきもせず、黙って抱かれていた。
「ノルド、気をつけてね」
リリアが俺の耳元で囁くように言う。
その声はか細く、今にも泣きだしそうだった。
「大丈夫だよ、お母さん。僕は強いんだから」
安心させるように、俺は自信たっぷりに答える。
「そうね、ノルドは強い子だものね。でも怪我もしないでね。お母さんも、お腹の子もあなたの帰りを待っているから」
「キャシーや、ライネル、ディージィーだっているんだから」
「そうね、みんながノルドのことを守ってくれるようにお母さんからも頼んでおいたわ」
どうしても湿っぽくなってしまうな。
これではまるで今生の別れみたいなやり取りだ。
「フェンリルの加護だって受けてるし」
「お母さんもそのフェンリル様とやらに祈っておくわ」
さらに強く、強く抱きしめられる。
おそらく、ノルドが子供でも、成人しても、このやり取りは変わらないのだろうと思った。
彼女にとっては、俺は、いつまでも大事な子供のままなのだろう。
いつか、俺にも家族が、子供ができれば、その感情を理解できるときがくるのだろうか。
俺は前世でハーミットとの闘いを経て、どこかも分からぬ大陸の地に新しい生を受けることになった。
そして、何の因果か、これから戦争に巻き込まれようとしている。
今だ、バールステッド大陸もグレゴリア皇国の状況も分からぬまま、ただ、自己の研鑽を続けている。
できることといえば、ハーミットとの再戦に備えることだけだ。
ノースライト軍と直接矛を交えることになるかどうかは分からない。
だが、対人戦の経験は是が非でも得たいのは事実だった。
そして、今俺が住んでいるウェスク王国に負けてもらうわけにもいかなかった。
今はまだ、できるだけのことをしよう、そう考えていた。
アランが傭兵の面々に声をかける。
それを不安そうな様子で、マーシャやクリスタ、ウェンディたちが眺めていた。
みなが、次々と馬車へと乗り込んでいく。
今まさに、ノースライト王国との戦場へと俺たちは出発することになった。
緋色の傭兵は眠らない~双剣使いの転生譚~ 和希羅ナオ @wakira
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