第45話:ノースライト

 さて、ここで問題です。

 なぜ俺は部隊長を集めた会議に呼ばれているだろうか?


 部屋の中には、アラン、キャシー、ジャ―ヴィス、そしてデイサズが鎮座している。

 グレイルは哨戒業務を継続し、ジャ―ヴィスの部隊も任せて、国境に駐留させたままらしい。


 で、なぜか俺もこの会議に呼ばれたのだ。


 理由は聞いていない。

 アランは予定よりも早く砦に戻ってきたそうだが、それもなぜなのか俺は知らされていない。

 よく分からないことだらけだ。


「もう話は聞いていると思うが、ノースライトが侵攻してくる」


 へぇーと俺はそこで初めて知った事実に驚く。

 聞いてないけどな!


「継承権争いはどうなったんじゃ? そのせいで国内はごたついていたはずだが」


 デイサズの爺さんが不思議そうに質問する。


「ごたついているのは変わらないらしいが、そこで第一王子がウェスクに侵攻して成果を上げようと画策したらしい。要は、そこでウェスクの北方を切り取れば、第一王子が王位を継承するって既成事実を作るんだろう。あくまでウェスクの上層部から仕入れた噂だがな」


 ほうほうと俺は心の中でこっそりと頷く。

 俺は王族の政治には疎いが、それでも状況は理解はできる。


「じゃあ、総大将は第一王子なの?」


 キャシーの問いかけに、アランが頷く。


「そうなるな。だが、第一王子はまだ成人になりたてのはずだ。実際はギリアド将軍が執るんだろうな。軍は第一王子の派閥らしいからな」


 将軍の名はギリアドというのか。

 機会はないだろうが、どんな人物なのか一目見てみたいものだ。

 

「で、うちにも召集がかかっているって理解でいいのよね?」


「あぁ、もちろんうちだけじゃない、他の傭兵団もすべてだ。おそらく総力戦になる」


 国家間の全面戦争か。

 前世でも数えるほどしか経験したことはない。


 そもそも俺が第一騎士団の副団長になってからは、どの国も対アンデッドの対策にかかりっきりで、国家間の戦争どころではなかったからだ。


「援軍は?」


「そこはまだ情報はない。ルービス共和国には当然援軍の要請はするだろうが、エステル連邦の動き次第だな。ノースライトとエステル連邦の間で密約でもされていれば、同時侵攻ということもありうる。そうなればルービスは自国防衛優先で、ウェスクの手助けなどしていられんからな」


 戦争というものは単に武力のぶつかり合いというだけではない。

 政治的な駆け引きはすでに始まっているのだ。


 いや、ノースライトにしてみれば、挙兵する時点ですでに工作は終わっているとみるべきだろう。


「勢力の予想はついてるの?」


「第一王子の継承権がかかっているからな、派閥の軍部としては全力で事に当たるんじゃないかって話だ。だとすると、少なく見積もっても二万はくだらんだろう」


 二万か。

 と聞かされても多いのか少ないのか俺には分からんな。


 そもそもウェスクが動員できるのは何人ぐらいなのだろうか。


「多いわね。で、猶予はどれぐらいあるの?」


「最短で二週間といったところか。どの程度睨み合うことになるのかは分からんがな。前回の戦争をなぞるのなら、おそらくカンペタ平原でぶつかることになるはずだ。国境線の砦に籠ることはないだろうって話だ、戦力が分断されるからな」


「短いわね……」


「仕方ない。すでに馬車の手配はしているから、到着後次第、三日後の朝にはリリアを除いて全員出発する。ヴァリアントで数日補給をして、そのまま国境へと向かう手はずだ」


 強行軍だな、と俺は独り言ちた。

 まあ、戦争なんて突発的に起きるものだからな、仕方がないと言えば仕方がない。


 彼らの話をふむふむと聞いていると、どうやら主力のウェスク王国軍と傭兵部隊を合わせて二万五千は集まるらしい。

 戦力だけみればウェスクに分があるようだった。


 問題は、北方のトリスタン教国がどう動くか、それが読めないらしいとアランは補足した。

 そういえば以前、デイサズの爺さんに聞いたことがあった。ウェスクとトリスタン教国の仲はあまりよくないと。


 相手がトリスタン教国とノースライト王国の合同軍となると、ウェスクとしてはかなり厳しい戦いになりそうだ、とも。

 だが、表立ってトリスタン教国が支援することはないから、見かけ上はノースライト王国単体とやり合うことになる。


 結果的に、勝率は五分五分という感じらしい。


 一通りアランから情報が提示されると、キャシーが口を開いた。


「それで、ここにノルドがいる理由が知りたいのだけれど」


「それがなぁ……」


 キャシーの質問にアランは言い淀んだ。


「何よ」


「王国軍からの依頼で、ノルドを連れてこいと言われている」


「はぁ? 連れてこい? というかそもそも軍が何でノルドの名前を知ってるのよ?」


「それは逆に俺がお前らに訊きたい。フェンリルと遭遇したっていうのは何の冗談だ?」


「えっと、それは……」


 今度はキャシーが答えに窮してしまう。

 アランがじっとキャシーを見つめると、諦めたかのように彼女は口を開いた。

 

 樹海に潜ったらキラーマンティスと遭遇して援軍を呼ぶ羽目になったこと、そして俺が一人で樹海で遭難して、結果フェンリルと邂逅してしまうことになった経緯をかいつまんで彼女は説明した。


「お前ら、何をやってきたんだ……」


 アランはまずキャシーを睨むと、次に俺に厳しい視線を向けてきた。

 いや、すいませんね。


「知らないわよ。私は知らないからね。ノルドが勝手にフェンリルとお友達になって砦に連れてきたんだから!!」


 キャシーが慌てた様子で釈明する。

 彼女を庇う言葉を思いつけなかったので、俺は黙って話を聞いていた。


 まあ、彼女の言っていることは間違っていないからなぁ。


「まぁ、その話は後でゆっくりとノルドにも訊くとして、フェンリルから加護を受けた子供がうちにいるって噂が将軍の耳にも届いたらしい。それで戦の神の寵愛を受けたノルドを軍に駐留させて、この戦争の勝利を祈るっていう思いつきらしい」


「思いつきって……」


「俺も困っているんだ。だが断ることができなかった。別に戦わせようって話じゃないから、後方の補給部隊にでもいさせておけばい」


 リリアにどう説明するのよ、とキャシーが問うと、それはアランから後で説得するとのことだった。


「後方にいるとしても、こんな子供を一人で置いておくわけにもいくまい? 誰か付き添わせるのか? 割ける戦力はおらんぞ」


 デイサズの爺さんがもっともなことを指摘する。

 一人か二人俺につけるとすると、それだけ赤狼傭兵団の戦力が低下することになる。


 それは俺としても申し訳なかった。


「じゃあさ、やっぱりキャシーの部隊に入れてもらうってのはどう?」


 俺がそう提案すると、キャシーは素っ頓狂な声を上げた。


「はぁ!?」


「いや、仮に負けるとするじゃん、敗走するときに王国軍の人に僕一人混じっていても軍の人も困るわけじゃん。僕も放置されてもどうしていいか分からないし。だったら、キャシーたちと一緒にいたほうが逃げやすいというか、誰にも迷惑かけないじゃん」


「私が困るでしょうが!」


 そんなに嫌がるなよ。

 そこまで拒否されたら俺も悲しくなってしまう。


「そもそもさ、部隊の特性上、キャシーの部隊は斥候か遊撃で、最前線で敵とやり合うわけじゃないでしょ」


「だからって危ないわけじゃない。あんた分かってるの? 戦争なんだよ、これは」


 いや、そんなことは重々承知の上なんだが。

 そもそも俺はウェスクという国のことすら全然知らないのだ、そんな国の軍隊の、しかも補給部隊なんかに配置されては困る。

 

「そもそも火魔法士のお母さんがいないんだから、戦力に穴があるわけじゃん。僕は穴埋めに最適だと思うんだけど」


「ほら、またそれだ! 結局ノルドは戦う気なんじゃん!」


 キャシーが悲鳴のような声を上げて反応する。

 そんなに過剰反応しなくてもいいと思うのだが。


「さすがにノルド、お前にまだ人殺しをさせるわけにはいかん。ちょっと火魔法が使えるからって調子に乗るな」


 アランの言葉に、キャシーがびくっと体を震わせる。

 そして、情緒不安げに視線を左右へと振る。


 こいつ、隠す気ゼロじゃないか。

 

「おい、何だ、その反応は……」


 アランの問いかけに、キャシーが大きく肩を揺らす。

 頼むよ、キャシー。


「あー、そのことなんだけどね、リリアには伝えてないんだけど……」


 そしてキャシーは樹海でノースライトの傭兵崩れとやり合ったことを話した。そこで俺が指揮官含めて五人殺したことも、びくびくと震えながら説明をした。


 彼女の話を聞きながら、アランは頭を抱える。

 ジャ―ヴィスとグレイル、デイサズも口をぽかんと開けて驚いているようだった。


「俺がちょっといない間に次から次へと……勘弁してくれ……」


「あたしのせいじゃないからね、ライネルが矢傷を負って逃げきれなくて、仕方なく戦う羽目になっただけで」


 わたわたとキャシーが身振り手振りで釈明する。

 ライネルまで巻き込むなよ。


「だからってなぁ」


「そもそも、ノルドは一人で勝手に砦の外に出て、今までだって何人も殺してきたんだから!」


 おいおい、それは言わない感じだったろうが。

 こいつ、アランに対しては強気に出られない何かがあるのか?

 ぽんこつだな。


「ノルド、それは本当なのか?」


 明らかにアランは怒っている。

 もはや俺にはどうしようもない、今さら隠すとさらに叱られるだろうから、どうにか許してもらう他はなかった。


「まあ、間違っていないというか、別に殺したくて殺したわけじゃないというか、返り討ちにしたというか、樹海の中っていうわけじゃなくて、平原のほうで例えば、女の人が盗賊っぽいのに襲われていたから助けるためにとか」


 俺が適当に言い訳をすると、聞いていた面々がため息を吐く。

 おいおい、とジャ―ヴィスが呆れたように呟く。


「ともかく、ノルドのことはまた考える。後、ノルド、お前にはまだ聞きたいことがある」


 アランに睨みつけられて、俺はやれやれと肩を竦める。

 まあ、いつかはばれることだったのだ、それが少し早まっただけとはいえる。


 とりあえず、ノースライト軍とやり合う可能性も考慮して、この二週間で少しでも訓練をしないとな、俺はそう思った。

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